手
学校前のバス停を使えば15分くらいでカラオケがある商業地帯に到着する。
私の学校に通う生徒が放課後に遊ぶとすれば、この一帯が定番。
案の定、私や他のメンバー、女子バレー部の二人と男子バレー部の三人、の計六人以外にもバスを利用している生徒がいる。
行く目的はそれぞれ違って、カラオケだったりゲーセンだったり、カフェで勉強会っていう話も聞こえてくる。
「大丈夫?」
男子バレー部の主将が声を掛けてきた。
私が"見上げる"数少ない人の1人。
「え?うん、大丈夫だけど」
「そう?なんか顔色悪いな~って……」
「そんなことないよ」
そんなことは、なくはない。
ちょっと落ち着かない。
車内に降りる場所のアナウンスが流れた。
誰かがボタンを押して、ランプが点灯する。
『停車の際、揺れますのでご注意下さい』
バスがバス停に到着した。
アナウンス通り、停車する時に体が前後に揺れるけど、そこは鍛えてるから大丈夫。
「ッ……」
「え?」
今舌打ちのような音がした。
「さ、行こ行こ!!いい部屋無くなっちゃうよ!!」
女子バレー部のキャプテンが私の手を引いて、バスを降りた。
カラオケにはやっぱりウチの学校の生徒がいた。
もう既に部屋に入って熱唱中だ。
私達も用意された部屋に入った。薄暗くて、長身の面々が入れば狭く感じる部屋だ。
「じゃあ、誰から行く~?」
「んじゃ、俺から」
立候補したのは男子バレー部の主将。
慣れた操作で曲を選び、すぐに歌い始めた。
ここにいる全員が知っている曲で、場を盛り上げる最高の選曲。しかも、上手い。この後に歌う人が尻込みしそうな上手さ。
男子の他二名は歌う曲を探し、私以外の女子二人はタンバリンや手拍子して、男子主将の歌に聞き惚れている。
私は一瞬、スマホを開いた。
でも、すぐに閉じて、ぼんやり部屋の様子を眺めていた。
1曲目が終わると、拍手喝采。
男子二名は選曲を終えたらしく、男子主将からマイクを受け取り立ち上がった。
「あ、私飲み物取ってくるね」
私は自分と他の人のグラスを持って立ち上がった。
「あ、ありがとう!!」
「俺も一緒に行くよ。お前らなんでもいいか?」
「「OK!!」」
男子主将が男子の分のグラスを持ち、まるで私をエスコートするように部屋を出た。
紳士的というか、なんというか。
ドリンクバーには数種類のジュースが用意されているけど、どれも定番。
キャプテンはオレンジジュースだし、もう1人はぶどうスカッシュ。
私は迷いながらドリンクバーとは別に用意されたポットに手を伸ばした。
「え?麦茶?」
「うん」
「へ、へぇ……」
「無難でしょ?」
三人分の飲み物を用意し終えて、コップをトレイに乗せて、皆が待つ部屋に戻った。
「ちょっ……待ってよ」
遅れて男子主将。
部屋に戻るとまるであなたの番だよと言わんばかりに、選曲のリモコンが私の席の前に置かれていた。
きっと悪気はないんだ。
わかってる。
今日の今日まで部活ばっかりで"気晴らし"なんてして来なかった。
ううん、出来なかった。
そのための"今日"なんだ。
その気持ちは嬉しいし、歌を聞いているだけだけど楽しいよ。
ウソじゃない。
でも、胸にトゲが刺さっている感じがする。
選曲のリモコンを操作して、歌いたい曲を探してみた。
歌手名。
曲名。
選曲ランキング。
私のレパートリーの曲はあるんだけど、どの曲も今の気分に合わない。
選曲履歴を開くと、私達の前にこの部屋を使っただろう人の履歴が見れる。
聞いたことがある曲もあれば、見たことも無いタイトルの曲もあって、何の曲かスマホで調べるとアニソンだった。
彼はこの曲知ってるかな?
彼はカラオケに来たらどんな曲を選ぶんだろう?
彼は今…………何してるだろう?
私はスマホのLINEの画面を開いた。
連絡はない。
連絡……しようにも何て送ろう?
手元にあった麦茶を一気に喉に流し込んだ。
「ごめん、ちょっと用事思い出したから帰るね」
鞄を抱えて帰ろうとした時、誰かの手が私の手を取った。
大きくて分厚くて力強い……
手。
「もう帰るの?一曲くらい歌おうよ♪」
男子バレー部の主将だった。
全身の血が凍っていくのを感じた。
全身の毛という毛が逆立っていく。
部屋に流れる音が濁っていく。
泥沼に落ちたように息が苦しい。
「放して!!」
私は力いっぱい手を振りほどいてカラオケを飛び出した。
ーーーーー
「え?何?何したの?」
「あ、いや、ちょっと呼び止めて、手を掴んだだけだけど……」
「ちょっと!!今、あの娘デリケートなんだから!!」
「ご、ごめん」
「まだ……早かったのかもね」
「うん。あの娘のために計画したカラオケだったけど、あの娘のこと全然考えてなかったかも」
「でも、あれ大丈夫か?」
「ああ、なんか凄い勢いだったけど……」
「……悪い、皆。ちょっと俺探してくる」
「探すって……今はそっとしてた方が……」
「いや、探す。探して謝ってくる。悪いんだけど、皆はそのまま楽しんでて。終わったら戻ってくるよ」
「行っちゃった……」
「うん……大丈夫かな?」
「どうだろ?」
「ねえ、悪いんだけどさ、私達もちょっと探しに行ってくる。行こ」
「うん!!」
「え?ちょ!?」
「俺らどうすんだよ!?」
「とりあえず好きなだけ歌ってて」
「行っちゃったよ……」
「ああ、行っちゃったな」
「失恋ソングでも入れとく?」
「はぁ~……」