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ボディーガードの朝は早い。

なんて一度言ってみたかっただけです。

すみません。

あの日からボクのボディーガード生活が始まった。

とは言うものの、毎朝の登校時間は変わらない。

事前に交換した先輩のLINE(めっちゃ嬉しい)に何号車に乗っているか伝え、先輩が乗るスペースを確保している。

その後、乗車してきた先輩が確保しておいたスペースに入る。

ただそれだけの簡単な仕事。

先輩は電車の内壁に背を向けて寄りかかっているから、少なくとも後ろから~ということは少ないと思う。

前に関してはボクがいる。

ボクが壁……いや、紙装甲のボクが壁にはなれないけど、とにかく前にはボクがいるから、前から~ということもない。

万が一の時はLINEで知らせてもらうことになっている。

だから右手は常にスマホを握りしめている。

左手でなんとか吊革を掴んで、必死に電車の揺れに耐えている。

と言うか神経のほとんどをそれに費やしている。

だって、ほら……ねえ?

ボクの役割は登下校中の電車に乗っている間だけ。

でも、何事も無く先輩が電車を降りるのが、なんだか嬉しい。


「なんかアイツ、キモくない?」


「わかる。1人でニヤニヤ、キモい」


今朝もボクは先輩を守ったんだっていう達成感がある。


「ああ、早く帰りたいな~」


思わずそんな本音が零れる。

こんな充実した毎日が続けばいいな~って思いながら、しばらく過ごしていた。

でも、ある日気付いてしまった。

それはいつもと変わらない平日の朝。

いつもと同じようにLINEを送った後のことだ。

何気無く先輩とのLINEを見返してしまった。

そこにあるメッセージの数々は、まるで感情の篭っていない機械的で面白みも何一つない定型文を張り付けたようなメッセージだけだった。


ボク

『おはようございます』

『これから電車に乗ります』

『今日は最後尾に乗っています』


先輩

『おはよう』

『わかった』

『ありがとう』


あれ?LINEって絵文字とか顔文字とかスタンプって無かったっけ?

別の日のメッセージを確認すると……


先輩

『これから部活』

『終わったら連絡する』


ボク

『わかりました』

『練習頑張ってください』


~~~


先輩

『練習終わった』


ボク

『先に駅で待ってます』

『一番前の車両の所にいます』


現実とはこんなものかと気付いてしまった。

ボクと彼女の物理的な距離は本当に近い。下手をすれば触れてしまいそうになるくらい近い。

だけど、そう……ボクと彼女が今以上近付くことはないんだ。

そう気付いてしまったことで、誇らしげだった日々が空虚になった気がした。


「アイツ、マジキモくない?」


「わかる。こないだまでニヤニヤしてたのに、脱け殻みたいになって、マジキモい」


何とでも言ってくれ。

それでも、ボクはボディーガードを続けた。

そうだよ。別に何かを期待して始めた訳じゃない。見返りがほしい訳じゃない。下心だってない……っていうのは全部嘘だ。何かを期待しているし、見返りじゃなくても何かあるかもって思ったっていいじゃんか。

ぼんやりそんなことを考えていたその時、右手に握っているスマホが震えた。

全身の血が音を起てて凍っていくのを感じた。

恐る恐るスマホを開き、メッセージを確認する。


先輩

『もうすぐ中間テストだね』


凍った血が溶けていく。

痴漢じゃない。


先輩

『中間が終わったら、高総体。そこで優勝したら、夏に全国大会なんだ』


真後ろにいる人からLINEが届くのがちょっと不思議な気分。


ボク

『頑張ってください』


ああ、もっと何か気の利いたことを言えないのか!?


先輩

『うん、頑張る』


何か気の利いた返信。

何か気の利いた返信。

何か気の利いた返信。

ダメだ、全然思い浮かばない。

そんなことをしている内に電車は学校の最寄り駅に到着。

先輩はボクの後ろから抜け出して電車を降りた。


「あ、まっ……」


慌てて口を閉じた。

何をしているんだ、ボクは……。


ーーーーー


テスト前期間に入ると部活動は例外無く休みになる。同好会だろうと、全国大会を目指す部活だろうと同じだ。

学生の本分は勉学だから。

だから、私も授業が終われば帰り支度を始めるのだけど……


「もう帰るの?」


同じ女子バレー部のキャプテンが後ろから絡み付いてくる。


「うん、だって練習は出来ないし」


「そうだけどさ~。何か用事あるわけじゃないんでしょ?」


「え?うん、まあ……」


「じゃあさ、カラオケ行こ!!」


「え~?カラオケ?」


「そう!!思い出作ろうよ~」


駄々っ子みたいに駄々をこねる。

前にも誘われてカラオケに行った時は、もう何時間も歌い続けて大変だった。


「ええ、何々?女子は今日カラオケ?」


そこに追い討ちのように男子バレー部の主将でエースが現れた。

部活紹介の時、全国制覇を掲げたあの男子だ。


「ちょっと聞いてよ、ウチのエースが特に用事もないのに帰ろうとしてるんだよ!!」


「ええ、行こうよ。明日は休みなんだしさ。あ、俺もいい?」


「ええ!?いいよ!!行こ行こ!!」


「じゃあ、俺ちょっと何人か声掛けてみる」


「よろ~♪さ、あとはウチのエースだけだよ」


たぶん、ここまでしつこいのは私に気を使っているからだ。


「わかった、行くよ」


「やったね!!さあ行こ行こ!!」


胸にトゲが刺さるような気がした。


『お疲れ様』

『今日の帰りなんだけど、友達と出掛けることになったから、先に帰っていいよ』


後輩

『わかりました』


それ以上、返信は来なかった。

いつも素っ気ないメッセージだけど、今のはいつになく素っ気ない気がする。

彼はオタクらしいけど、アニメや漫画の話は全然してこないし、電車の中でも話したことはない。LINEでも漫画のスタンプとか使うかと思いきや絵文字すら使わない。

そういえば、こないだも高総体の話に一言しか返信が無かったな。

いや、別に何か求めてる訳じゃないけど、ねえ?

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