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一目惚れしたとは言え……

部活紹介の日から桜がほとんど散って、青い葉っぱの割合が増えてきた頃。

当然、ボクと彼女が接点を持つなんてことはあり得ない。

時々。本当に時々。登下校中に遠目で姿を見かけるだけだった。

当然、話しかける勇気もなく、いや、ヒエラルキーのド底辺のボクがヒエラルキーの頂点に位置するであろう彼女に恋をするなんて、きっと何かのバグだろう。

そうだよ。

そんなはず無い。

勘違いだ。

気のせい。

たぶん前に見たアニメかゲームのキャラに似てるからとかそういう感じ。

いや、絶対そうだ。

ここ最近、そんなことを自分に言い聞かせて登校している。

ボクが乗る駅ではまだ乗客がそれほど多くなくて、運が良ければ椅子にだって座れる。


そして、今日は運が良い日。


出入口付近の椅子が空いていた。

ボクは迷わず、そこに座り、目を閉じた。

眠ってしまうかも知れないけど、今日は仕方ない。


「ゲームが止まらなくて、気付いたら3時だもんな~……」


睡眠と覚醒の間を行ったり来たり、虚ろな状態で電車に揺られていると大勢の足音が妙に大きく聞こえて、すっかり目が覚めた。

まだ降りる駅は先なのに、もったいない。

ボクは周囲を見渡した。

同じクラスの男子グループや上級生の女子グループ。カップルもいたり、その隙間に斑点みたくサラリーマンや公務員風の大人達がいる。

ああ、ボクは"誰"を探しているんだろう。

どんなに自分には無縁の存在だと言い聞かせても、

目が、

脳が、

体が、

心臓が、

心が一目彼女を見たいと探している。

まるで、そこだけ別の生き物のように言うことを聞かない。


でも、今日は本当に運が良いらしい。


彼女は肘掛けを挟んだボクのすぐ隣に立っていた。

ボク史上彼女に最接近した瞬間。いつもは遠目だったせいでイマイチ身長差を感じたことはなかったが、今は違う。ボクが座っているせいもあるが、文字通り見上げるほど大きい。

ああ、なんて良い日なんだろう。

艶やかな黒髪のポニーテール。そして、凛とした……いや、部活紹介の時のような表情じゃない。何か怒っているような、怯えているような、耐えているような表情をしている。出入口脇の手すりを握る手もどこか辛いのを必死に我慢するように力が入っている。

その原因はすぐ視界に入ってきた。


手だ。


濃紺の制服の上を手が這い回っている。


ボクは思わず、目を背けた。

関わりたくない。

恐い。

吐き気がする。

頭から血の気が引いていく。

視界が暗くなっていく。

きっと誰かが助けてくれる。

ボクが気づいたんだ。

他の人も気づくはずだから。

だけど、誰かが気づいている雰囲気はない。

彼女があんなに辛い顔してるのに!?

どうして!?

そこまで急速に思考が回転した瞬間、何かの記憶と繋がった。

昔、父さんに肩車された時の記憶だ。普段見えない風景が見えて、はしゃいでたはずなのにすぐに下ろしてもらったんだ。人がいっぱいいるのに誰とも目が合わなくて、道行く人達皆が下を向いて歩いているから、上にいるボクに気が付かなかったんだ。ボクはそれが恐くなって下ろしてもらったんだ。

誰も気付かない理由。

誰もがスマホや自分より下に視線を下ろすから、上にいる彼女の顔に気付かないんだ。

しかも、制服の上を這い回る手は人で溢れた満員電車の中では見つかりにくいんだろう。悔しいことにきっとボク自身も見えないようにする壁になっているんだ。

彼女を助ける。

もしも違う人の手を取ったらどうしよう?

恐い。

ひょっとしたら逃げるかも。

今はそれでいいかも。

ボクが痴漢に間違われたらどうしよう?

そしたらもう二度と彼女とは会えないかも。

いやいや、それでも!!

たぶん、後にも先にもこんなに勇気を振り絞ることはないと思う。

ボクは勢いよく這い回る手を掴んだ。当然、逃げようと暴れるけど、それが仇になった。乗客の視線がボクや手の主に向けられた。


「な、なんだ、君は!?」


「ちk……」


「なに!?いいから放せ!!」


「は、はは、放すもんか!!この痴漢野郎!!」


「ふざけるな!!ずっとポケットに手を入れていたんだぞ!?証拠はあるのか!?えぇ!?」


証拠なんて無い。

スマホで動画でも撮っておくべきだっただろうか?

どうしよう?

人を間違えた?

見間違い?


「いえ、この人は痴漢です」


凛とした声がした。


「え?」


彼女の声だ。


「え?あの……何言って……?え?」


激しく動揺したのはボクじゃなくて、痴漢の方だった。

不健康そうに痩せこけて、手遅れなほど進んだ薄毛がどういうわけか、この一瞬で更に進行したように見えた。


「な、何を言っているんだい?痴漢じゃないよ?ぼ、僕らの仲じゃないか?」


「私、あなたのことなんか知りません」


「は?え?言ってる意味が……わかr……」


「この痴漢!!変態!!汚い手で私に触らないで!!」


矢継ぎ早に放たれた言葉に痴漢はその場に崩れ落ちた。気絶……はしていないようだが、全身の力が抜けたせいで、ボクが掴んでいた手も持っていられないくらい重くなった。


「ちょっと通してもらえますか?」


公務員風の男性が満員電車の中を進んできて、痴漢の傍まで歩いてきた。


「次の駅でこの男を警察に引き渡すから、悪いんだけど、付いてきてもらえるかな?」


どうやら親切な人のようだ。


「君も。たぶん証言が必要だと思うからいいかな?」


「へ?ボクも?」


「ああ。何しろ、君が見つけて助けたんだ。その話をちょっと聞かせてあげてよ」


「…………ひゃい」


なんて間抜けな返事だ。

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