008話 諦めるのは
5
私は架橋さんに言われて額に指を当てて少し考える。
「まあ、確かにできないこともないですけど」
「どれぐらいなら持たせられる?」
「持って五分です」
「十分!」
あのー、と依頼人の男性が私たちに声をかける。しまった。完全に二人だけの会話になって依頼人を置いてけぼりにしてしまった。
「すみません。少々こちらの手違いで。もう一度夢にアクセスしていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はあ。わかりました」
そう言って依頼人の男がドリームシェアの機体をかぶる。それと同時に架橋さんが扉を作って瞬時に夢の中へと侵入する。
扉の中に入ると暗闇が広がっていて、その中にポツンと明るい何かが広がっている。気づけばその中に架橋さんも入っていた。
見れば依頼人が言っていたように依頼人らしき人物の周りを複数の女性が囲んでいた。よく目を凝らしてみれば確かにその女性たちの胸は控えめに見えた。
まあ私よりは大きいけど。
「くそがっ!」
「おい! なに自虐してるんだ!? それはあとでやってくれ! はやくこの夢の時間を止めてくれ!」
「わかってます、よっ!!」
私は夢を止めるというイメージを強く持って力を込める。
「時間延期!」
私がそう叫ぶと同時に夢の中の時間が止まる。だけど止まったのは依頼人の男性だけで、彼を囲んでいた女性たちは動きが止まらない。
「お前らも侵入者かよ!!」
そう言って架橋さんは右手に構えた一本の大剣でその女性たち全員の腰あたりを一振りで斬る。その女性たちはその剣を避けることなくあっさりと斬られ、そしてそのまま姿が消えていった。
「おいおい、最悪のパターンじゃねえか! この夢の中を散策して本来いたはずの女性たちを探しに行かないといけねえっていうのか!」
そう言って架橋さんはいつの間にか持っていたはずの大剣も片付けて、夢の中を走り出す。
いつもであれば侵入者である架橋さんが夢の中を動いたところでそこにはなにも現れず見えない壁にぶつかってしまう。暗闇と夢との壁とは違う。夢の中での暗闇と夢の壁に阻まれてしまうのだ。本来、夢というものは夢を体験している人間の周りにしか存在しないからだ。
だが今は違う。私が力を使って夢の時間を止めたとき、架橋さんの目線で夢が動いていくのだ。それがなぜかはわからないが、夢を体験している人間が架橋さんにシフトしているのだろう。
「架橋さーん! 頑張ってくださーい!」
私の応援の声にも架橋さんは応えない。おそらくだが、私の声が聞こえていないわけではない。そんな余裕がないのだ。タイムリミットは私がこの夢を止めていられる五分間。その間に全貌のわからない夢の中を探し回り、女性たちを連れ帰らなければならないのだ。
そりゃ焦る。そしてそんな架橋さんに私ができることはーー何もないのだ。私には夢の中に入る能力はない。すべて架橋さんに任せるしかないのだ。
よく見れば元々依頼人の男がいた場所はお城のようた建物の一室だった。自分が王様になってからハーレムを作っている、そういう設定の夢だったのだろうか。
「おいおい! 嘘だろ!?」
架橋さんが一気に部屋の扉を開けると、そこに広がっているのは広々とした大草原だった。風が強く、草が大きく揺れている。その中に今架橋さんが通った城の部屋とつながっている扉が、ポツンとひとつあるだけだ。
この中から本来の夢のキャストである女性たちを探し出す? ムチャだ。建物らしきものすら見える気がしない。あたり一面が緑だ。隣の芝生は青く見えると言うけれど、その隣すら見えないのが現状だ。
「もう無理ですよ! 残り四分です! 依頼人の方には無理だったということを伝えて、お金も返金して帰ってもらいましょう! 諦めましょうよ!」
私の話を架橋さんはまた無視する。やはり聞こえていないのだろうか。影響しているとすれば多分、風。あまりに強く吹き荒れていて音もすごい。それに邪魔されて私の声がかき消されているのだろう。
架橋さんが右手の指を口元に持っていき、思いっきり指笛を吹く。大きな音が鳴り響いたあとに架橋さんの元に大きな大きな鳥が飛んでくる。その鳥の背中に飛び乗って鳥は羽ばたきはじめた。
「行くぞー! ボニー!」
クケー! という大きな鳴き声とともにその鳥は前を向いて一直線に飛び始める。とんでもないスピードだ。新幹線と同じぐらい、いやそれ以上のスピードが出ているんじゃなかろうか。ただ周りの景色がずっと変わらないので本当のところの速さはわからない。
時間が残り三分となったところで草原の中にひとつの建物が見えた。それは白を基調とした外壁に囲まれたお城で、草原には不釣り合いなほどに豪華なお城であった。
はたしてこの中に入ってしまっていいのだろうか。確かにこの草原にポツンとそびえ立っているこの城は明らかに怪しい。十中八九この中に本来あの部屋にいるべきだった女性たちがいることだろう。
だが一度この城に入ってしまえばもう引き返せない。残り時間は三分。元々の場所に戻るのに約一分かかる。つまり、実質女性たちを探すためにかけられる時間は二分だけ。
「本当にこの城にいるんですかね!? もしかしたらその辺に放置された女性たちがいるかもしれませんよ! そしたらもうおしまいです!無理ですよ、 諦めましょう!」
もう私は無視される前提で架橋さんに声をかけていた。おそらく私の声は聞こえていない。と、思ったがどうやら違ったようで架橋さんが私に反論する。
その声は風の影響ではっきりとは聞こえなかったが、架橋さんが怒っていることだけはわかった。
「諦めるのは失敗したあとでもできるだろうが!」