007話 お前の力があれば
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依頼人の夢の話を聞いて架橋さんが吹き出した。言うことを恥ずかしがっていた依頼人の男性は少し気分を害したようだった。
「大丈夫です」
「え?」
「あの男は、あなたの夢を笑っているわけではありませんから。あのクソが笑っているのは私です」
依頼人の男性は首を傾げていたがこれ以上私が説明をする必要はあるまい。というか、さっきまで私が見ていた夢と同じだからあの男は笑ってるんですよ、なんて言えないよ!
「それで、いったいその夢にどんな不具合が生じたんですか?」
「実は……」
依頼人の男性がまだ静かに笑っている架橋さんの方を見て言い淀む。やはりちゃんと説明しないと自分が笑われたと勘違いしたままだ。でも説明はしたくないので、辛抱強く依頼人の男性が言い出してくれるのを待つ。
やがて、依頼人の男性は口を開いた。
「その、胸の大きな女性の胸が……」
「胸が?」
「胸が……小さくなってしまったんです!」
……え?
「そんなことある……?」
「っ! 嘘じゃないですよ!」
「もちろん、疑ってるわけではないですよ」
ただそんなことが現実に起こりうるのか甚だ疑問である。いや、夢の話なのだけど。今まで夢の中で起こる不具合というのは、もともと夢の中にはいなかったはずのものが現れた、そんな類のものがほとんどだった。
だが、もともといたはずの人の代わりに誰かが夢の中に入ってしまう、というのははじめてのパターンだ。
最近、夢の不具合が少しずつだが明らかに多くなっていることと言い、なにかおかしなことが起きている。
「わかりました。必ず解決してみせます」
「ほんとですか!? よかった……」
「そんなに大切な夢なんですか? ひょっとして昔好きだった人がいるとか、ずっと好きだった人が夢の中にいたとかですか?」
「いえ? ただ、胸の大きな女性が好きなだけです。誰の顔も知りません。そもそも顔なんて見てませんしね」
うお、なんだこい……このお客様、急に早口になったな。しかしそんな言い方をされてしまうと私の立場がない。別に私の胸が小さいわけではないけど。
別に私の胸が小さいわけではないけど!
「じゃ、じゃあさっそく夢の中に入っていただいてもよろしいでしょうか。そのあとに私どもが夢の中に侵入して不具合を解決しますので」
「わかりました」
私はドリームシェアの機体を持ってくる。さっきまで私がつけてたものだけど、あたかも新しいものを持ってきたかのような顔をする。十円を交番に届けた少年に、警察官が財布から十円を取り出して渡すのと同じだ。
「……もう行ったようですね」
「さあ! 桔梗くん! はやく夢の悩みを解決しに行こうではないか!」
「……いつになくノリノリですね。なんでです?」
「心外だな。俺は仕事のためならいつでも一所懸命に頑張るのだよ! 決してハーレムの夢だからというわけではない。いや、確かにハーレムというものは素晴らしいものですべての男の願いといっても差し支えないだろうが、それとこれとは話が別で……」
「……」
語るに落ちるとはまさにこのことだ。この男はハーレムに憧れているようだが、本当にハーレムがいいものなのだろうか? 一人に愛される、一人だけの特別な恋人と愛し愛される関係になれたほうが良いと思うのは私だけなのだろうか?
「ほら! 行くぞ、桔梗くん! もう扉は作った!はやくきたまえ!」
「…………」
「痛いっ! なぜ殴る!?」
「なんとなくです。はやく行きましょう」
「あのー」
私たちが扉に入ろうとしたその瞬間に、私でも架橋さんでもない人間の声が聞こえた。はじめは新しい依頼人の方が来たのかと思ったが、どうやらそうではなくてその声の持ち主はドリームシェアの機体をつけている彼だった。
「あれ? まだ夢の中に行ってなかったんですか?」
「いえ、そうじゃなくて」
「?」
「夢の中、まだ改善されてなかったんですけど……」
「それはそうですよ。先ほども言いましたが、お客様が夢の中に入っている間に……」
いや、待て。なにかがおかしい。
さっきまで間違いなくこの依頼人は夢の中にいたはずだ。それなのに今は夢の中ではなく現実にいるだと? もしかして、この人はまだ夢の中に行ったんじゃなくて。
「聞き忘れていました。お客様の夢ってどれぐらいの長さなんでしょうか?」
「僕の夢は……二十秒で終わってしまう夢なんです」
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「二、二十秒!?」
そんな、あまりにも短すぎる。
「そんなに驚くことじゃない。人間は寝ている間、ずっと夢を見ているわけじゃないんだから。起きる直前に夢を見始めることだってある」
確かにそうだ。私にもそういう経験がある。夢がはじまってまだ間もないのに目が覚めてしまうこともあった。誰かに追われる夢を見たときもそうだった。誰かに追われ始めた瞬間にビクッと痙攣して目を覚ましたこともある。
「だけど、夢が二十秒しかないってことは私たちがこの夢に入っていられるのも二十秒だけってことですよ!? つまり、私たちがこの夢を解決するのにかけられる時間が二十秒だけってことなんですよ!?」
「確かに二十秒だけならそうだろうな」
依頼人を置いてけぼりに私と架橋さんは向かい合い、そして架橋さんが私を指差した。
「でもお前の力があれば、二十秒以上持たせられるだろう?」
他人のことを指差すなっての。