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架橋相談事務所へようこそ  作者: 女川 るい
有名な俳優さんと一緒にデートをする夢
4/44

004話 あと五分だけ

    5


「もう無理だ、動けねえ……」


 燃えて消えていくハエを横目に架橋(かけはし)さんは大の字に寝っ転がっていた。

 それも他人の夢の中で。


「もうこれ以上敵の反応はないから俺は寝るぞー!」

「こっち戻ってこれませんかー?」


「そんな気力はなーい! このまま最後までいるぞー!」

「了解でーす!」


 私には架橋さんをこちらに連れ戻すこともあの扉をくぐる能力もない。すべて架橋さんの力だ。助手という肩書のある私だけど、私にあるのは夢が壊れないように守る能力と夢を体験している人間ーー今回は依頼人ーーを守る能力だけだ。


 夢というのは少しの空間しかなくて、夢を見ている人間の周りにしか存在しない。具体的に言えば夢を見ている人間が認識できる程度しか存在しないのだ。例えばレストランに入ったとしたらレストランの外の空間はすべて暗闇に変わってしまうし、映画館に入ってしまえば映画館の外の空間もすべて暗闇に変わってしまうのだ。


 私がいるのはその暗闇の中。架橋さんは私とは違って依頼人の夢の中にいる。でも架橋さんが夢の中で依頼人に置いていかれ、暗闇に入ることはない。寝ていたとしても架橋さんも依頼人と同じように進んでいく。


 だから私たちはこのままこの依頼人の夢を見守ることしかできないのだ。


「映画館に行って、次はどこに行くんですかねー?」

「…………」


「時間的にはおやつの時間だからケーキ屋さんとかでしょうか? それともステーキ屋さんですかねー?」

「フードファイターかよ。静かにしてくれ、寝たいんだ……」


 そう言われると寝かせたくなくなる。変な意味ではなくて。


「個人的にはプラネタリウムがいいな」

「あれ? 架橋さんって星とか好きでしたっけ?」


「ああ。星の説明を聞いているとよく眠れる」

「それはただ興味がないだけでは……?」


 架橋さんの望みは叶わず依頼人たちはカフェに向かった。


「『ドリームシェア』で売られてる夢はたいてい整合性が取れてますね。夢なんてたいてい場面が飛ばし飛ばしになったりするものですけど」

「だから売るんだろ。誰も不良品なんて売らないさ」


 架橋さんと話していいるうちに女性たちはカフェを出た。太陽はもう沈みはじめている。どうやら二人は夕食に向かっているようだった。どこの店に行くかは決まってないらしく商店街でうろうろと店を探している。


「えらく庶民的な夢だな。昼はレストランをまるまる貸し切るほど豪勢だったのに。夜は国でも貸し切るのかと思ったよ」

「国貸し切っても意味ないでしょ……」


「どこだって意味ないよ。店を貸し切ったりする意味はただの金持ちの道楽だ。あんなのは自分の財力を見せつけたいっていう自己顕示欲だけなんだよ」


 少しばかり金持ちに偏見がある架橋さんだが、それもそのはずだ。


 助手が言うのもどうかと思うが、我が架橋相談事務所は貧乏なのである。それもそのはず、インターネットで『夢 相談』などと検索しても私たちのホームページが検索結果で出てくることはない。そもそもホームページを作っていないからだ。


 だから近くで適当に配っているチラシなどでしかこの架橋相談事務所を知る術はない。依頼人が少なく、架橋相談事務所が貧乏なのはそれが理由だ。


「お、有名なお好み焼き屋じゃん。俺もここ好きなんだよね。飲み放題はついてないけど食べ放題が二時間千五百円なんだよ。よくお世話になってるわ。ここで満腹にして丸一日何も食わないみたいなことよくしてるわ」

「大学生みたいですね……」


「倹約家と言ってくれ。しかしこれ、デートで行く店か? 大人だろ?」

「行かないこともないと思いますけど……」


 ただそんなアドバイスができるほど私も恋愛経験が豊富でもないので口を挟むことは差し控える。無知のくせに何かを言うほど怖いことはない。


「二人の会話が聞きたいですねぇ……。何で声は聞こえないんでしょうか?」

「俺に聞くなよ。俺が聞きてえぐらいだよ」


 夢に侵入しているときは依頼人たちの声はまったく聞こえない。よく考えれば依頼人たちが寝そべっている架橋さんに気づかないのもおかしいのだけど。


「楽しそうですね」


 依頼人と相手の俳優は楽しそうにお好み焼きを作っていた。ひっくり返すときに少し失敗して大笑いしたりソースをかけるかどうかで揉めていたり。


 もう寝てしまったのか、途中から架橋さんの声は聞こえなくなってしまったので一人で静かに二人のデートを見守る。もしかしたら架橋さんも静かに二人のデートを見守っているのかもしれない。いや、それはないか。


 楽しそうに食事をして、店を出たところで夢が終わり、すべてが暗闇に変わる。夢の中に私が入ることはできないが、夢が終わってしまえば話は別だ。私は幸せそうに寝ている架橋さんのもとへと駆け寄る。


「架橋さーん! 終わりましたよー! 起きてくださーい!」

「……あと五分だけ」


「何中学生みたいなこと言ってるんですか! 依頼人を待たせてるんですからはやく起きてください!」

「はあ……」


 架橋さんがいないと私はこの場所から出ていくこともできないのだ。だからさっさと架橋さんを起こしてやらないといけない。


「出るか。つまらん夢だったな。大人なんだからもっとアダルティーな夢の方が健全じゃないのかね?」

「何言ってるんですか。はやく戻りますよ」


 私は架橋さんを引きずって暗闇から出て、質素な事務所へと戻る。



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