001話 他人様の夢を壊すんじゃねえよ
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「夢の中に変な虫が入り込んでしまった?」
机とソファが二個あるだけの簡素な架橋相談事務所に依頼人がやってきた。その依頼人は三十代の専業主婦の方らしく、白のブラウスにプリーツスカートを身に纏っていた。夢のことで悩みがあり、それを解決するためにウチに来たようだ。
「具体的に問題が発生した夢とその不具合について教えていただいてもよろしいですか?」
「はい。私の夢は『有名な俳優さんと一緒にデートをする夢』なんですけど、一緒にランチを食べているときに食事の中に虫が入るようになってしまったんです」
「食事の中に虫、ですか……」
それはイヤだ。現実ならまだしも夢の中でそんなことになるのは……。もちろん現実でも店員さんを呼ぶレベルだけど。
「では、あなたの夢から虫を排除すればいいんですね?」
「……できるんですか?」
「えっと……」
私はこの事務所に唯一ある机でくつろいでいる男に声をかける。その男は上下ともにジャージを身につけ、ジャージの下に着ている白のシャツが見えるように前を開けていた。
「できます? 架橋さん?」
「ムリ」
「即答やめてください。できるでしょ? 面倒だからやりたくないだけでしょ?」
「ムリ」
私は女性に断りを入れてから立ち上がり架橋さんの方へ向かおうとする。その私の姿を見て架橋さんは慌てて姿勢を正して意見を変える。
「できます」
「はじめっからそう言えばいいんだよ、まったく……。すみません変なところをお見せして。ウチの架橋が必ずや解決しますので」
「……本当に解決していただけるんですか?」
女性が不安そうに質問してくる。その不安も当然だ。架橋さんがあんな態度だし、夢の不具合を解決するというのは主流ではない。
「大丈夫です。あんなアホみたいな男ですけど夢の中では頼りになりますから」
「は、はあ……」
「安心してください。もし失敗したときは全額返金します」
「そうですか……。なら、まあ……」
不安は完全に解消できたようではないようだが、全額返金という言葉に少し安心したのだろうか。人はお金に弱い。
「それじゃあさっそく今から夢の中へ向かいます」
「はい、お願いします」
女性はそう言って何も動かない。
私は慌てて訂正する。
「ああ、すみません。説明不足でしたね。まずはお客様に夢の中に入っていただきます。その中に私たちも侵入しますので」
「あなたたちだけではダメなんですか?」
「そうですね。まずお客様だけ夢の中に入っていただきます」
「夢の中に侵入することなんてできるんですか?」
「それは……企業秘密です」
口元に人差し指を当てて言うと、架橋さんが笑う。
「全然かわいくないぞ、それ」
「うっさい! はやく準備してください!」
「へーい」
女性がキョトンとしているのでひとつ咳払いをしてから向き直る。
「お見苦しいところをお見せしてすみません。ドリームシェアの機体はこちらにございますので、お客様の夢に、いつものようにアクセスしてください。すぐに私どももそちらへ向かいますので」
「わ、わかりました」
そう言って女性は私が手渡した機械を頭に装着して動かなくなる。
「もう行ったかな、夢の世界に」
「行ってるだろ。動いてねえし。しっかしこの姿いつ見ても滑稽だわ」
女性の方を見ながら架橋さんが笑いながら言った。
「ちょっと! お客様に向かって何てこと言うんですか!」
「別にいいだろ。もう聞こえてやしない。金だけもらって帰ろうぜ」
「アホなこと言ってないでさっさと行きますよ。はやく作ってください」
「はいはい」
そう言って架橋さんは自分の財布から札束を出して折り曲げ始める。
「……何やってるんです?」
「知らないのか? こうやって折り曲げると……、ほら」
そう言って私に折れ曲がった千円札を見せてくる。
「笑ってるように見えないか?」
「…………くだらないこと言ってるとマジで殴るぞ?」
「ごめんて。はいはい今から作りますよ。……この暴力女が」
「……」
私が無言で拳を準備するとクソ男がやっと動き出した。
架橋さんの前にひとつの扉ができる。
「あーめんどくせえ。本当にめんどくせえ」
「うだうだ言ってないでさっさと行きますよ!」
「へいへい」
私たちは扉の中へと入る。
その先にあるのは、さっきの依頼主の夢だった。
2
「おー、あの俳優って確か最近話題のドラマに出てなかったか?」
「出てましたね。抱かれたい男ランキングNo.1とか」
「ふーん。圧倒的に俺の方がかっこよくない?」
「圧倒的に向こうの方がかっこいいです」
私たちは彼女の夢を近くから見る。お客様が人気俳優の男の人とデートをする夢。俳優と依頼主の女性が昼食のためにレストランへと向かった。
夢の中でそのレストランは二人だけの貸し切りになっている。
「レストラン貸し切りにしてなんか意味あんの?」
「女性側からしたらうれしいですよ。二人だけの世界なんだって」
「お前も結構、脳内お花畑だね……」
女心がわかってないですね、と架橋さんに言って観察を続ける。確かあの女性の昼食の中に虫が入っていたんだっけ。ちゃんと見ないと見逃してしまう。
しかし運ばれてきたホワイトシチューを見て絶句した。
「なにあれ……」
「大物だな」
サイズ的には京極夏彦の文庫本ぐらいの大きさのハエがシチューの中に入っていた。いや、でかすぎだろ。あれはハエと言っていいのか?
「明らかにおかしなもんが入り込んでんな」
「ええ。最近、夢の不具合が多いですね……」
「それを解決するために俺たちがいるんだろっ」
「!」
そう言って架橋さんは一気に夢の中へと入り込んだ。
「お前はちゃんと依頼人も夢も守っておけよ!」
「言われなくてもわかってますよ!」
夢の中へと完全に侵入した架橋さんは何かを呟く。
次の瞬間、架橋さんの手には巨大なサイズのハエ叩きがあった。
「やっぱりハエはこうやって駆除しないとなっ!」
そう言って架橋さんはシチューの中にいたハエを引っ張り出して、勢いよくハエ叩きで叩いた。すると次の瞬間、そのハエは消えてなくなり架橋さんもこちらへと戻ってきていた。
「おつかれ。動き出したか?」
「お疲れさまです。夢はちゃんと動き出しましたよ」
見ると女性と俳優のデートが再開されていた。
「まったく。他人様の夢を壊すんじゃねえよ」
次話冒頭をちょっとだけ公開!
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「今回の依頼って、あのハエを退治することだよな?」
「ええ。そうだと思いますけど」
「……ならいっか」
「……何ですか?」
「いや、何も。さっさと戻ろうぜ」