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パンツ

 この世界には下着が無いと言った。あれは嘘だ。広義における下着は存在する。つまり衣服の下に着るモノだ。平民はどうか知らないが、貴族は重ね着するから、下に着ているモノは下着と言えるだろう。お母様もふわりと広がったスカートの下に、スカートを支える骨組みのような下着を履いている。コルセットも付けている。にも関わらず、ブラジャーも無ければパンツも無い!

 片手落ちだよ! どうなってんの、この世界!

 ノーラに聞いてみたところ、胸元が開かないドレスを着ている場合などに胸に布を巻く習慣はあるそうだし、スカートを履かない場合に腰に布を巻くこともあるんだそうだ。だが私の知るブラジャーやパンツの状態には達していない。

 5歳の私には差し当たってブラは必要ないから、問題はパンツ。パンツである。

 先述したとおり、股間を覆う下着という概念が無いわけではないが、スカートを履く場合は必要が無いとされる。これはおトイレに行く場合に、この世界で貴族の女性が着用するような骨組みのある広がったスカートを履いていると、簡単に下着を下ろせないことに起因するようだ。つまりスカートを履いたままおトイレをするためにパンツを履く習慣がないのである。

 まーたシモの話だよ!

 幸い広がったスカートを履くのは成人女性ということであるので、私は普通のゆったりした足元まであるロングスカートを履いている。これならばパンツを履いていたとしても、おトイレの際に自分で脱ぐことができる。先のことは置いておいて、今パンツを開発しない理由はないのだ。


「仕立て屋はお城にはいないのよね?」


「そうですね。必要な時に呼び出すことになります。呼ばれますか?」


「そうね。下着の話がしたいから女性がいいけど、いるのかしら?」


「もちろんです。衣服に関わる仕事に就く女性は多いですよ」


「ではそうしてちょうだい」


 ノーラもそろそろ慣れたもので、首を傾げもせずナザに使いを命じる。私自身が下々の者のところに足を運ぶわけじゃないから受け入れやすいということもあったかもしれない。

 別に急ぎでと指定したわけではないのだが、ナザは夕刻になる前に仕立て屋を営む中年の女性を連れて戻ってきた。


「仕立て屋のアニーと申します。フランソワーズ様におかれましてはご機嫌麗しく、ご拝謁の栄誉に与りましたこと、誠に恐悦至極でございます」


「そんなに堅苦しくしなくていいわ。アニー。あなたを呼んだのは、スカートの下に履く下着についてよ」


「スカートの下に、ですか? スカートを履かれているのに、その下になにか履かれるので?」


「いけないかしら?」


「あまり一般的ではないかと思います。ブライズを下に履けばスカートのラインが崩れてしまうでしょうし、あまりお勧めはできかねます」


 ブライズというのは、レギンスのようなものだ。腰と太もものところを紐で縛って着用するのだが、その上に何かを重ねて着るようなことはしない。その下に何かを重ねて着るようなこともしない。ついでに言うとブライズは庶民の着るもので、貴族であるならばチャスズという足まで覆う下着があるにはあるが、男性用であって女性が履くものでないようだ。王侯貴族の肖像画で男性がズボンの下に履いているタイツみたいなやつのことだな。うん。

 しかしタイツみたいなんがあるのに、パンツが無いとは解せぬ。


「アニー、私が欲しいのは、スカートの下に履いてもラインの崩れない非常に丈の短いブライズのようなものよ」


「具体的にはどの辺りまで丈が短いのでしょう?」


「これくらいね」


 私がスカートの上から大体のラインを指でなぞるとアニーでは無くノーラが反対した。


「お嬢様、それではいくらなんでもはしたなさすぎです」


「誰かに見せるわけじゃないわ。ノーラ。スカートの下に履くのよ」


「それは履く意味があるのでしょうか?」


「スカートの下に何も履いていないというほうが落ち着かない気がするのよ」


 もちろんこれは茉莉花の日本人的な感覚であって、この世界では一般的でないことは分かっている。だが我慢がならないものは我慢がならないのだ。別に世間でパンツを履くことが一般的になるようにしたいわけじゃない。私がパンツを履いて安心できればいいのだ。


「できないということは無いわよね。アニー」


 伸縮性のある素材が無かったとしても紐パンのような形状の物なら作れるはずだ。もっともそこまで際どいものを目指しているわけではない。ショートパンツくらいのものでいいのだ。ブライズの下をちょんぎればいいのだから、作るのだって容易いだろう。


「もちろんでございます。ただ前例の無いことでもありますから、まずは試作品を複数ご用意させていただいて、その上で改善点などをご教授いただければと思います」


「それで構わないわ」


 それでその日はアニーを帰らせた。

 数日後、アニーが面会を求めてきてサロンで会うと、彼女は大急ぎで用意したのだろう。複数の試作品を携えていた。基本は私が言ったようにブライズの裾をちょん切ったものだ。長さを変えていくつか。キュロットスカートから、ショートパンツ、そして普通のパンツのように裾が切れ上がったものまで。そして素晴らしいことに男性用だと言っていたチャスズも、やはり裾をちょん切って用意してくれていた。体にぴったりとフィットするチャスズの裾を斜めに切り上げると、もう形としてはほとんど日本のパンツと同じと言っていい。ただお尻側も切れ上がってしまっているので、ちょっと修正は必要だ。


「いいわ。アニー。私の欲しかったものはこれに近いわ。ただお尻側はもうちょっと布を残しておいてほしいわね」


「前と後ろで切り上げる長さを変えるのでありますね。どうしてか聞いてもよろしいでしょうか?」


「ここまで切れ上がっていると椅子に座ったりしている間にお尻に食い込んじゃうわ。そんなことが無いようにお尻側は包み込むようにしておいて欲しいの」


「なるほど。確かにフランソワーズ様の仰る通りです」


 そう言ってアニーは丈の長かったチャスズにその場で(はさみ)を入れる。見る間にショートパンツは、私のよく知るパンツの形状になった。


「うん。それでいいと思うわ。ねぇ、ふと思ったのだけど、お股を覆う下着が無いということは生理のときはどうするの?」


「貴婦人はコルセットにピンで布を取り付けます。庶民は直接布を詰め込んだり、始めから赤い色のスカートを履きますね」


 垂れ流しかよ。庶民に生まれ変わらなくて本当に良かったと思うしかない。


「この新しい下着を使えば生理の時に布を挟むだけでいいんでない?」


「庶民は生理のために下着を買ったりはしませんし、貴婦人は自分で脱ぐのにあんまりにも手間がかかりますから」


「それなんだけど、スカートのこの横の部分を布地を重ね合わせるようにして、あえて縫製しないでおけばそこから手を突っ込めるんじゃない? そうしたらこの下着を下ろすこともできるわよね?」


 私の思いつきを聞いたアニーは口をパクパクと酸素を求める魚のように開いたり閉じたりする。そのうち、ぎゅっと口を閉じて、呼吸すら止めた。そしてくわと目を見開き、私に詰め寄る。


「フランソワーズ様、どこでそんなお考えを?」


「今、ふっと思いついたのよ。本当に」


 これは日本の知識でもなんでもなく、本当に思いつきだった。いや、ポケットの存在を知っていたから思いついたのかも知れない。この世界の衣服にはまだポケットがついていない。服に物を収納する部分があって、そこに手を突っ込めるという発想自体が無いのだ。

 どちらにせよ、この発想はアニーの度肝を抜いたようだった。


「それなら確かに、貴婦人の生理は本当に問題ですから、これは流行りますよ」


「え、いや、流行らなくてもいいんだけど」


「まだはっきりしたことは言えませんが、多くの貴婦人がフランソワーズ様のこのアイデアで救われると思います。もちろんこの下着や、スカートを売る時にはフランソワーズ様のお名前を宣伝させていただきます。おそらくは国中の貴婦人がフランソワーズ様のお名前を知ることになるでしょう」


 ちょっと待って欲しい。私は自分用にパンツが欲しいだけだったのだ。生理うんぬんや、見えないスリットについては本当にただの思いつきだった。

 だが手持ち式お尻洗浄器が、カトラリーがそうであったように、パンツと、見えないスリットのついたスカートという発想は、この世界に大きな波紋を呼んでしまったようだ。残念ながら私の予想とは違い、主に生理用品として。

 やっぱりまたシモの話だった!

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