カトラリー 2
鍛冶師の名前はサミーと言って、弟子を三人連れて城に勤めている。仕事は早いようで、十日ほどで城の鉛製品はみんな銅製品に置き換わった。なんとか一安心と言ったところである。
そんなわけであるから、ようやく私は本来の目的を胸に再びサミーのところを訪ねた。
「まあ、そろそろいらっしゃる頃だと思って作ってありますぜ」
「まあ!」
本当に仕事が早いな。やるじゃん、サミー!
私は歓喜の面持ちで実物が出てくるのを待った。サミーが部屋から持ち出したカトラリーは三つ。歯の部分がノコギリのようにギザギザになったナイフ。先端部が平たくない丸いフォーク。スプーンだけは、まんま記憶にあるようなスプーンが出来上がってきていた。
「惜しい!」
思わずそう言ってしまう。ナイフはノコギリのように刃先が左右に広がっているし、フォークは丸みをつけるところまで出来ているのに平たくない。スプーンだけなぜか完璧だ。
「ナイフはノコギリを、三叉のやつは農業で使うフルシェットを参考にしました。スープを掬うための道具と言うとキュイエールだと思ったんですが、違いますかね?」
フルシェットってのは農具のフォークのことで、キュイエールはスプーンのことだろう。ナイフも実際にはクトーと発音している。この辺、面倒くさいので日本ぽくナイフ、フォーク、スプーンとこれからは置き換える。他の言葉についても同様だ。いいね?
「スプーンは完璧よ。知っていたのね、というか、あるんだ、スプーン」
あるのになんで使わないんだって話である。
「祭具ですからね。ご家庭で必要なものではないですぜ」
いや、必要だろ、スプーンは。今のところスープと言うと深い器に入って出てきたものを、その器ごと持ち上げて飲んでいる。手づかみといい豪快だよな。なんか貴族というよりはバイキングかなにかのようですらある。
「ナイフはこんなに手間を掛けることはなかったのよ。まっすぐギザギザのほうが使いやすいわ。フォークは物を突き刺すだけじゃなくて掬い上げることを考えると、平たいほうが使いやすいわね」
「なるほど。打ち直しましょうかい?」
「それってどれくらい時間かかるの?」
「明日までにはなんとかしやしょう」
「うーん、だったら新しく打ってもらっていい? これはこれで使えるし、すぐにでも使いたいの」
「お嬢さんの入れ知恵で買った銅がまだ余ってますし、構いやしませんぜ」
「良かった! よろしくね、サミー」
私は笑顔で礼を言って、カトラリーを受け取った。私のサイズに合わせて作られたのであろう小ぶりなそれらからはサミーの気遣いが感じられる。極力尖った部分が無いように作られていて、ちゃんとヤスリもかけてあるのかツルツルだ。
それでも私が手に持って歩いては危ないということでカトラリーはレオニーの手に渡った。
ウキウキした気分のまま、日が傾き、夕食の時間がやってくる。
お父様やお母様が揃った食卓に座った私の手元にレオニーがカトラリーを並べる。ちゃんと私が言ったように、右手側にナイフとスプーンを、左手側にフォークだ。
「フラン、それはなんだい?」
興味津々と言った様子でお父様が聞いてくる。
「ナイフとフォークとスプーンですわ。お父様。サミーに作ってもらったの」
「ナイフとスプーンは分かるけれど、フォークは農具のフォークだね? それを小さくしてもらったのかい?」
「私が大体こういう物をと言って、後はサミーが考えてくれました」
「ほう、それでそれらをどう使うんだい?」
「こう使います」
私は自分の前に切り分けられた鳥の肉を、フォークで押さえ、ナイフでさらに小さく切り分けると、フォークで口に運んだ。
「このとおり、手を汚さなくとも食事ができます」
ちゃんと咀嚼して飲み込んでから笑顔を浮かべ、カトラリーの素晴らしさを伝える。
「手で食べるほうが楽じゃないかい?」
お父様が手で肉を掴んで口に運び、フィンガーボールで手を洗った。
「手では掴みにくい物でも、道具を使えば楽に口に運べますし、私はこのほうが好みです」
「私は素晴らしいアイデアだと思うわ。フラン。私の分はないのかしら?」
お母様も興味津々といった様子で私の手元を見つめている。
「今、サミーに改良したものを作ってもらっていますけど、私のサイズに合わせたものが出来上がってくると思います。お母様の分も作るように言っておきますね」
「待て待て、それなら僕の分も頼むよ。使ってみないことには良し悪しは分からないからね」
「ではそのようにサミーに言っておきます」
「うん、よろしく頼むよ。父上が知ったら驚くだろうな。そのためだけにだってやる価値はあるぞ」
お父様の言う父上とは、私から見てお祖父様、ジラルディエール家の当主その人のことだ。現在はお祖母様と一緒に社交のために王都に滞在している。お父様やお母様、私と弟のフランクは領地でお留守番である。
「それにしてもフランは色んな事を思いつくのね。小さな発明家さんだわ」
「思いついただけですから」
実際には思いついたわけでもなんでもなく、日本の知識を引っ張ってきているだけなのだが、それを説明することはできず、私はお母様にはにかみを返すことしかできない。
「他にもアイデアがあるのかしら?」
「それは後々のお楽しみということで」
差し当たっては下着をなんとか開発したいところだが、お父様のいる前で、しかも食事の席でする話ではない。
「あらまあ、それは楽しみね」
お母様は私の言葉を素直に受け止めて微笑む。
「それで、この新しい食器もマクレム商会を使うのかい?」
「お父様は売れると思いますか?」
「うーん、貴族より平民のほうが使いそうだけど、銅製品じゃ手が出ないだろうな。木で作って売ればいいかも知れない」
「平民のほうが、ですか?」
「平民は手で食べてそのまま服で手を拭くからね。僕らのようにフィンガーボールを使う文化がないのさ。だから手が汚れないとなれば便利だろうね」
「鉛では作らないように言っておかなければなりませんね」
「まあ、その辺も含めて目を光らせるのにマクレム商会は使いやすいだろうね。鉛に限らず模倣品が出回れば、すぐに連絡してくれるよ」
「模倣品を作るのはいけないことなのですか?」
「模倣すること自体が駄目なわけじゃない。けれどこの領地で父上か、僕がこの製品はマクレム商会だけに許していると言えばそうなる。それが領主の特権だからね。フランのアレもそうやってお触れを出してあるんだよ」
「そうだったのですか」
権利関係がしっかりしているというよりは領主の強権で模倣品が出回ることを許していないという感じらしい。ということは他の貴族の領地では模倣品は作りたい放題だ。
そのことをお父様に確認すると、
「うん。そうだね。だからフランのアレは王都に送ったよ。父上が国王陛下に献上して、権利を認めてくだされば、少なくとも国内で模倣品を作ることは許されない。ただそうなるとマクレム商会だけに任せてはおけなくなるだろうし、国に売り上げの一部を税金として収めなければいけなくなるけどね」
「ではこの食器も?」
「そうだね。国王陛下に献上するために金で一式作っておくといいよ。国王陛下が認めてくだされば、その新しい食器の権利はフランのものだ。そうだね、きっと国王陛下は気に入るだろうな。外交の食事の席で新しい食器をうまく使えば相手にインパクトを与えられるだろうからね。目の前に置かれたそれらを前に戸惑う相手に使い方を説明する。なかなか効く攻撃になるんじゃないかな?」
「私はただ食事で手が汚れるのが嫌だっただけなのですけど」
「それだけのことが武器になることもあるんだよ。食事の席にフィンガーボールが用意されてなかったら相手は相当戸惑うだろうな。うん、これは思った以上に使えるかも知れない。フラン、僕の分も忘れないでね」
「はい、お父様。もちろんお母様と国王陛下の分も」
私は自分のためにカトラリーを作っただけなのに、予想よりずっと大きな波紋を生んでしまったようだ。
そして後日、私の作ったカトラリーは国王陛下によってその権利を認められ、先の手持ち式お尻洗浄器に倣って、これを販売することを許可された商会はその利益の半分を私に渡さなければならないということになった。もっとも私は得られた利益の半分を国に税金として納めなければならない。実際のところは利益の4分の1だ。それにお尻洗い器とカトラリーの利益なんてたかが知れている。
そう思っていた時期が私にもありました。