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少年とアマンディーヌ

 




 あれから田舎の屋敷に戻ったアマンディーヌは、のんびりと過ごしていた。

 朝起きてご飯を食べたら少し庭を散策して、元横領犯の馬車馬と共に領地の視察をしたら屋敷に帰って書類仕事。午前に仕事を片付けたそのあと午後はお茶などをして過ごすーー。

 復讐のことは忘れ世俗から離れ、まるで隠居のような生活を送っていた。


 まぎれもなく平穏で、幸せな日々だった。

しかしアマンディーヌは、心の奥底がぽっかりと空いたような、満ち足りない気持ちだった。


「私、復讐に昂りを感じてしまっていたのかしら。なんだか毎日が退屈だわ…。」


 最近日課になってしまっている、メデウスとの食材の皮むきに、アマンディーヌは相変わらずの手つきではあとため息をつく。隣のメデウスは、アマンディーヌとは比べ物にならない速さと正確さの手さばきでアマンディーヌを胡乱気に見る。

「たしかに人をおとしめる時の貴女は水を得た魚のようだ。しかし、それしか鬱憤を晴らす方法がないのはますます婚期が遠ざかるぞ。」

 言うことなすこといちいち口うるさい母親のようだと思いながら、それもそうねとアマンディーヌはこぼす。

「何か…、新しい出会いがほしいわ。」


 まるで主婦の井戸端会議のように駄弁るキッチン裏に、アマンディーヌの侍女が慌てたように訪れた。しかしメデウスの姿を確認すると、スカートの裾の乱れを直し澄ました顔を取り繕う。その姿を楽し気に眺めるアマンディーヌ。

 侍女は澄まし顔でアマンディーヌに告げる。

「お嬢様、王都にて旦那様がお待ちです。早急に、とのことです。」


 その言葉に、アマンディーヌとメデウスは顔を見合わせた。



 父はそろそろ愛人との再婚を考えているようだったから、さっさと隠居をさせて本格的に実権を握ろうと思っていた。今回呼ばれたのもその件だろうと踏んでいたアマンディーヌは、父の告げた言葉に瞠目した。


「アマンディーヌ、お前に新しい婚約者候補を見繕ってきたぞ。」

 煙草をくゆらせながら何気ない天気の話でもするように話す。

 それにアマンディーヌは楚々とした微笑みを貼り付けながら、父に問う。

「お父様…それはどちらの方かしら。」


 悲しいことに、行き遅れのただの伯爵令嬢のアマンディーヌに見繕われる婚約者とあれば、若い娘を愛人にしたい好色親父か、爵位目当てのどこかの三男四男坊たちか…。いずれにせよ碌でもない粒がそろうのは覚悟すべきだと思った。しかし、婚約破棄して間もなくとは、懲りない父親にさすがに呆れるアマンディーヌだった。

 父はにまりとした笑みを浮かべる。


「東の帝国付近にそびえる若きカストル侯爵家だ。」


 聞いたことがある。

 帝国との国境を守る最強の兵たちを律するカストル家。最近カストル侯爵が亡くなり、まだアマンディーヌより年下だというのに16のノエル・カストルが継いだという…。若いながらも遺憾無くその優秀さを発揮し、見目の麗しさからも社交界で注目の貴公子だ。

 アマンディーヌは完全に黒だと思った。

 父がそこまで身の程知らずで野心があるとは思っていなかった。候補と謳っている以上、向こうがどう捉えているのか怪しい。もし向こうも承諾しているのだとしたら何か裏がある。

 アマンディーヌは腹の内でたくさんの計略を張り巡らしていた。









 レースやリボン、色とりどりの宝石や刺繍、羽根が入り乱れる。

 まるで求愛をする鳥のように着飾った少女たちは、寄り集まって小鳥のようにさえずる。

 ざっと10人ほどの、15〜20ほど歳の女たちが広い庭園に集められていた。その中にはアマンディーヌの姿もあり、内心辟易としていた。


 現在アマンディーヌは、カストル侯爵家に招待されていた。

 なんでも、ノエル・カストルの婚約者候補たちが一堂に会し、最終的な婚約者を定めるという非常に趣味の悪い会に参加させられることとなった。

 婚約者候補は10人前後の、歳も家格も見た目もそれぞれ違う少女たちで、参加する理由も各々違うようだ。純粋にノエル・カストルを慕うもの、アマンディーヌのように家のために駆り出されたもの、侯爵家に玉の輿を狙うもの、魂胆は違えどみなノエルをモノにする気迫に溢れていた。


 そんな熱気の中、この催しの異常さに冷め切ってしまったアマンディーヌは心の中で悪態を吐く。


 ハーレムを作り出すなんていい趣味してるわ。散々ちやほやされた後は、自分好みの女を選ぶだなんて。優秀と聞いていたのに、やはりただの生意気な餓鬼ね。


 長らく待たされていることに苛立ちながら、表にはおくびにも出さずノエル・カストルを待つ。

 やがてアマンディーヌがお茶菓子に飽きてきたころ、ようやくノエル・カストルが現れた。


「長らくお待たせしてしまって申し訳ありません、みなさん。」

 そよ風に髪をなびかせながら、甘く響く声で謝罪の言葉を述べる美少年。


 待望の貴公子の登場に、少女たちは黄色い声を上げる。


 ノエルの容貌は、端整な顔立ちにすらりとしたスタイル。少し線は細くみえるが少年から青年に成長途中で上背はあり関節はゴツゴツと男らしさがある。ブルネットの髪の間から覗くグレーの瞳は、神秘的で思わず魅入ってしまう、魔力じみた力がある。


 予想以上の美男子の登場に、ノエル・カストルが目当てでない者も興奮したように頬を染める。


 ノエル・カストルは少女たちに歓迎の言葉と軽いリップサービスを述べる。そしてお茶会の長机の上座、つまりお誕生日席に座る。


 それは色めき立つ庭園で、本来の目的のための婚約者選定会が開催された合図だった。



 まず第一に仕掛けたのはノエル狙いの18くらいの少女だった。

「ノエル様、本日はお忙しい中お時間を作っていただき感謝いたしますわ。私が皆様にかわってお礼申し上げます。」

 勝手に統括された上に気を使える自分アピールだ。侯爵家の妻としてふさわしいというアプローチも兼ねた切り込みに、アマンディーヌは感心した。

 しかしそれをかき消すように最年少らしい少女が明るい声を上げる。

「ノエル様、私こんなに美しい庭園は初めてだわ。あとで案内してくださるかしら?」

 若さを生かした天真爛漫さが眩しい。無邪気に甘えても許される雰囲気がある。

 

 すっかり出遅れ、ノエル・カストルから1番離れた席に座ったアマンディーヌは、のんきにノエルを囲む姦しい花たちを眺める。

 女たちはなんとか自分の気を引こうと、あるいはわざと興味のないふりをする者も時たまいながらノエルに矢継ぎ早に話しかける。

 あんなに話の流れが早ければ困惑してしまうところだが、ノエル・カストルは一人一人受け答えをし誰も無下にせず、かと言って誰かを特別扱いせずに話を捌き続ける。まるで猛獣使いのような手腕だ。そんなノエルをめぐる争いは白熱し、過激さを増す。

 

 だんだんとアマンディーヌは、こんな会に参加していること自体恥ずかしくなってきた。恋愛の駆け引きなど、赤子同然のアマンディーヌは場違いだ。その上、周りからは砂糖に群がる蟻の一群に加えられているのかと思うと、本意でない分反発心が大きい。

 はあとため息をつくと、目の前に座るノエルと同い年ほどの少女と目が合う。彼女も1番端の席で話に加わらず、ぼんやりと女たちを眺めていた。2人は微笑みながら会釈をすると、また女たちの争いを眺める。


 あれから少女たちとノエルは激しい応酬があったものの、手応えをかんじることなく、いくつかの遺恨を残しながらお茶会はお開きになった。


 何も得るものはなかったアマンディーヌは、心の中にしこりを残しもう二度とノエル・カストルと会うことはないと思った。




 しかしその一月後、再びアマンディーヌはカストル家の庭園を訪れていた。


「お会いしたかったです、アマンディーヌ・バートリー嬢。」

 アマンディーヌに右手を差し出す男こそ、あのお茶会で一言も話すことはなかったノエル・カストル侯爵だ。

 あたりには他の令嬢の姿は見当たらず、アマンディーヌのみだ。


 アマンディーヌは不信感を悟られぬよう、お得意の微笑みを浮かべる。

「こちらこそお誘いいただき光栄ですわ。カストル侯爵様。もうお会いできないのではと思っておりましたの。」

 暗にもう振られたと思っていたと告げる。

 差し出された右手をそっと握り返すと、途端にぐっと体を引き寄せられるアマンディーヌ。ノエルの胸元に飛び込む形になったアマンディーヌは、突然何が起きたのか分からず混乱していた。

 成長途中にもかかわらずアマンディーヌの頭一つ分大きい侯爵は、耳元で囁く。


「僕はもう一度貴女に会いたかった。」


 まるで蕩けるような甘い声に、アマンディーヌは背中がぞわぞわと身震いした。

 甘美な響きだが、まるで蛇に心臓を舐められたような、ひどい緊張感に苛まれた。


 固まるアマンディーヌに、ノエルはくすりと微笑むと、用意させた椅子にアマンディーヌをエスコートする。流れるような仕草に、アマンディーヌは手慣れてると思った。元婚約者があれなだけにフェミニストな対応には過敏になってしまっているアマンディーヌは、ノエルを胡乱気に見つめる。それにノエルは優美な笑みでアマンディーヌを見つめ返す。気まずくて、とっさに視線をそらす。

 この少年は見目の良さに驕らず、自分の魅力を理解しうまく利用している。アマンディーヌは、ますます油断ならないと思った。


「先日のお茶会では申し訳ありませんでした。全ての方とお話したかったのですが、叶わず…。」

 用意された紅茶に湯気が立ち上るのを眺め思考するアマンディーヌに、ノエルが嫌味なく告げる。

「いえ、とても楽しかったですわ。花の妖精とそれに侍る麗しい薔薇たちを眺めながらいただくお菓子の味は格別でした。」

 ハーレムを作っていたノエルにチクリと嫌味で返す天邪鬼なアマンディーヌに、ノエルは微笑みを崩さない。

「お恥ずかしい限りです。あのような会を設けましたのは少々事情がありまして。」

「ええ、きっとそうですわね。」

 こちらも楚々とした笑みを取り繕い、まるでタヌキの化かし合いのような状況だ。

 じりじりとした空気の中、先手を取ったのはアマンディーヌの方だった。

「侯爵様、ご存知かしら。あの後参加者の何人かは、お家が蜂の巣をつついたように大騒ぎになっているらしいわ。」

 指先で口元を隠しながら、ふふふと妖艶に微笑む。


「どうやらそうみたいだ。こちらとしては、訳ありのご令嬢を選定する手間が省けました。」

 まったく顔色を変えないノエルに、アマンディーヌは心の中で舌打ちする。

 どうやら私たちは罠を仕掛けられていたのだ。あのお茶会でそれぞれの様子をうかがった後、(はかりごと)のある家の令嬢たちは間引かれるように剪定されてしまった。

 アマンディーヌは、あの不愉快なお茶会に招待されたことに内心苛立ちが止まらない。

「まあ…。まるで訳ありの方ばかり集められたようでしたが…私含めて。」

「とんでもない。貴女はとても素敵な女性です。」

 真意の見えないノエルの笑みにアマンディーヌは辟易とした。すべて煙に巻かれて話のペースを掴めない。

 心の中でうんざり顔をするアマンディーヌに、ノエルはつづける。

「それに、自分で道を切り開く胆力がおありのようだ。」


 その一言に、アマンディーヌはノエルを凝視する。


 三日月をえがく口元に、見る人を捉えて離さない魅惑の灰色の瞳(グレーアイ)。この瞳に見つめられると、呪いがかかったように思考や動きが止まってしまう。


「貴女の周りの厄介ごとは魔法のように消え去ってしまう。そうでしょう、美しき復讐者。」







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