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日常とアマンディーヌ

 




 この世の陰惨を全て背負っているかのような少女、それがアマンディーヌだった。


 東の帝国と西の大国に挟まれた、歴史だけは古い小国ヌガーで、これまた建国当初からある歴史だけは古い貴族。歴史と伝統しか取り柄のないと自他共に認識しているバートリー伯爵家。それがアマンディーヌの生まれた家だった。


 両親は貴族らしく子育ては人に任せ、領地の運営までも人に任せ、王都で放蕩と絢爛な暮らしを送っていた。幼いアマンディーヌは領地で意地悪な世話係に怯えながら、味方のいない屋敷で一人耐える日々を送っていた。

 たまに現れる父は、優秀であれ、優雅であれ、美しくあれと指図しかしない。母は子供に無関心で跡取りを生むことしか考えていない。

 世話係の老婆が毎晩のように、寝物語のように囁く。


 出来損ないの要らない子、一生誰にも愛されずこの屋敷で看取るものもなく死ぬのだわ。


 それが呪いのように幼いアマンディーヌの心を蝕んでいった。







 それからアマンディーヌは成長し、18の娘になった。

 体は成長し、淑女としての教養を得ても、あの意地悪な世話係が死んでいても、アマンディーヌは周りの人間に嫌われていないか顔色ばかり伺うようになったいた。


「あら、お出掛けかしら。アマンディーヌ。」

 アマンディーヌが玄関ホールで馬車に乗り込もうと向かっていた途中、遠方から声をかけられた。アマンディーヌは声をかけてきた年嵩の女を見上げると、年嵩の女はアマンディーヌを待たせるのをおかまいなしにゆったりと玄関ホールに向かって階段を降りてくる。

 現在は社交シーズンで、王都にある屋敷タウンハウスにいるアマンディーヌは、普段なら声をかけるどころか存在すら認識してもらえない母に声をかけられて動揺していた。母がアマンディーヌにわざわざ声をかけるときは、必ずといっていいほどいやな事を言ってくるときだ。不意をついた襲撃に、動揺を悟られないようすぐさま取り繕う笑みを貼り付ける。


「ええ、エドモン伯爵に誘われて薔薇園に。」

「そう…。」

 アマンディーヌの母は扇で口元を当てながら、アマンディーヌをつま先から頭までじろじろと値踏みするように眺める。アマンディーヌは不躾な視線に気まずくて身じろぎする。


 そしてふっと嘲るようにアマンディーヌの母親は笑った。


「あなた、婚約者とお会いするのにそんな格好なさるのね。これなら私の部屋のカーテンでも巻いたほうがまだ映えるのではなくて?」

 ほほほと優雅に笑う母。それにつられて周りの侍従たちもこらえるように忍び笑う。突然の侮辱に、アマンディーヌは通り魔に刺されたような気分だった。


 アマンディーヌが年頃になると、無関心だった母は気まぐれにアマンディーヌの服装や顔に難癖をつけてくるようになった。何か気に触ることでもしてしまったのだろうか、そう思ったアマンディーヌは母にの機嫌を損ねないようどんなに失礼なことを言われても愛想よく笑うようになった。媚びるともいえるようなアマンディーヌの態度はますます母親をつけあがらせ、完全に見下したアマンディーヌに対し嫌がらせも増長していった。

 しかしこの嫌がらせにはアマンディーヌの思うような明快な理由はなく、年甲斐もなく若く美しい娘と張り合っている年増女の愚行なのだが、最初に真に受けてしまったアマンディーヌは完全に母にコントロールされていた。


 母たちに合わせるようにひきつりながら笑ったあとは、急ぐからと言って母から逃げるように馬車に乗り込んだ。

 馬車の中、窓から流れる景色を見過ごしながらアマンディーヌは憂鬱だった。見下す母も周りの侍従たちも大嫌いだったが、それに流されて笑ってしまう自分がもっと嫌いだった。自分が自分を嘲笑う、そんな屈辱的なことはないとアマンディーヌは思っていた。






 薔薇園に到着したものの、婚約者からの迎えはなかった。

 そもそも誘ったのは向こうなのだから屋敷まで迎えにくるのが礼儀であるが、到着しても不在なのはアマンディーヌが軽んじられている証拠だった。

「先に少し散策してくるわ。」

 侍女に告げると、アマンディーヌは薔薇園を散策し始めた。

 薔薇といっても様々な品種があるようで、可憐なドレスのように重なる花弁をしげしげと見つめながら、アマンディーヌは薔薇園に癒されていた。


 大輪の薔薇のアーチをくぐると、中は暗くてアーチの先にある日の当たる場所が眩しかった。ふとアーチの先を見ると、東屋があった。東屋には人が居たようで、2つの人影が仲睦まじく寄り添っていた。


 しかし、見覚えのある髪色によくよく目を凝らしてみると、その東屋ではリボンとレースが素敵なデザインのドレスを着た可愛いらしい令嬢と、アマンディーヌが待ちぼうけしているはずの婚約者の姿があった。2人は息がかかるほどに顔を近づけ、令嬢が何か耳元で囁いては見つめ合い、吸い込まれるように口づけを交わしていた。東屋で行われている密会に、アマンディーヌは衝撃を受けていた。

 何も婚約者が裏切るのは初めてではなかった。

 お茶会やサロンなどでさんざん婚約者の、麗しいと評判の令嬢とのひと時の恋物語の噂や夜会で出会った蠱惑的な未亡人との怪しい密会などの噂をわんさか告げ口された。


 裏切られたことにショックだったのではない。アマンディーヌが衝撃を受けたのは、婚約者と先約があるのにも関わらず、待ち合わせをした場所で平然と密会を行う婚約者に衝撃を受けていた。

 信じられない気持ちだった。私に見られてしまうとか、そういうことは考えもしなかったのだろうか。

 もしかしたら、あの狡猾な婚約者のことだ。見られるかもしれないというのもスリルの内だったのかもしれない。もし見られたとしても、アマンディーヌを丸め込むなど容易いと思ってたのだろう。


 アマンディーヌは婚約者に侮られているとは自覚していたが、これまでにない侮辱行為にふつふつと怒りが湧いていた。アマンディーヌはつかつかと東屋に近づくと、人影に気づいた2人は慌てて体を離し、近づいてきた人物にハッとした。


「ごきげんよう、エドモン伯爵。今日はお連れ様もご一緒ですのね。」

 楚々とした微笑みを浮かべながらアマンディーヌが伯爵に話しかける。

 しかし肝心の伯爵は修羅場など慣れたものなのか、平然と「やあ、アマンディーヌ。」などと嘯く。

 隣の令嬢はアマンディーヌを睨みつけながら、しっかりと伯爵の裾を握りしめている。一触即発というようなひりひりするような空気が流れるが、伯爵はまったく気にしていないように鷹揚に言葉を発した。

「アマンディーヌ、薔薇園を案内しよう。ここは初めてだろう?それになんと、こちらのエリザベート嬢は薔薇の品種に詳しいらしい。3人で周ったらとっても楽しいと思わないかい?」

 伯爵の二枚舌に、その場にいた令嬢2人は耳を疑った。

「失礼ながら、伯爵。それは承服いたしかねますわ。」

 エリザベートと呼ばれた令嬢が目を吊り上げて抗議する。

 それに対し、伯爵は令嬢の耳元に顔を近づけて、なにやら甘い言葉をかけて宥めようとしている。それにエリザベート嬢は不機嫌ながらも、照れたようにはにかむ。

 なんだかアマンディーヌは、2人が痴話喧嘩するのを見せつけられる羽目になった。私は余興の一環にされているのだろうか。

 アマンディーヌははあとため息を吐くと、もう結構です。と立ち去ることにした。

「また今度埋め合わせをするよ。アマンディーヌ。」

 と飄々と告げる伯爵に本気で呆れながら薔薇園を後にした。


 この婚約はアマンディーヌが5歳のときから決まっていた。お互いの家と家のために結婚するのは承知しているが、伯爵はまるで女狂いで婚約者に対する義理も何もあったものではなかった。

 それにアマンディーヌが不満を感じても、父は家格の高い伯爵家に娘のために逆らうはずもなく、エドモン伯爵はそれを知っていてやりたい放題している。




 出来損ないの要らない子、一生誰にも愛されずこの屋敷で看取るものもなく死ぬのだわ。


 昔世話係に囁かれた呪詛を、今度はもう一人の自分が代わりに囁くようになった。













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