昔話とアマンディーヌ
東の帝国より北に位置する鬱蒼とした森林。
その雪深い森には、魔術師たちの末裔が小さな村をつくり、ひっそりと暮らしているという噂だった。
しかし、異教徒を嫌う東の帝国の進軍により村は一晩で殲滅、女子供に至るまで皆殺しにされたという………。
「その魔術師一族が核としていた魔術は『魔眼』。人を魅了する力があるそうで、帝国はその特殊な眼を恐れたため、村を滅ぼしたという噂もあるほどよ。」
「…急にどうしたんだいアマンディーヌ。」
「貴方がロディア嬢を誑かそうとしている理由を考察していたの。
一つ一つの小さな点を手繰り寄せて集めてみると、かすかに線が繋がった気がするの。そして、その線の先にこの魔術師の末裔の村に辿り着いたのよ。」
神妙な面持ちで、周りが見えなくなるほど自身の仮説を話すことに夢中になっているアマンディーヌ。
その装いはアイボリーを基調としたドレスを纏い、清廉潔白な百合の花の様に華やかで美しく、アマンディーヌの清楚さとよく似合っていた。
現在アマンディーヌは、ノエルの友人が開催する夜会に招待され、彼直々のエスコートにより馬車を共にしていた。
夜会とは称しているものの、内輪の若者を集めた夜遊びパーティーのため、ノエルは任務よりもアマンディーヌの側にいることを優先した。
いつもぴしりと隙のない服装のノエルが、今回は場に合わせたのか普段よりもくつろいだ格好なのだが、それが匂い立つ様な色気を醸し出している。
そんなノエルとの密室空間の車内は、普通の感覚の令嬢であれば息苦しさすら感じるものだったが、アマンディーヌは眼中になかった。
アマンディーヌはほっそりとした腕を胸の前で組み、話をつづける。
「貴方とロディア、共通点は『孤児』といったところかしら。この時代、孤児は珍しくないけれど貴方たちは少し異様だわ。」
「…なぜ?」
「貴方は完璧な発音だけれど、ロディア嬢には時たまイントネーションに訛りが出るわ。…東の帝国でも北方の土地特有の。
それに、貴方が東の帝国との国境を治める侯爵様に引き取られたのは、孤児院がほど近くにあったから。
…あと、これはこじつけにすぎないけれど、肌の色味や顔立ちの整い具合に同じ面影を感じるわ。」
真剣な表情のアマンディーヌに、ノエルはふっ、と破顔する。
「アマンディーヌの好きな顔に産んでくれた顔も知らぬ両親に感謝しないとだ。」
蠱惑的に微笑むノエルだったが、アマンディーヌは手のひらをノエルに向けて待て、と遮るポーズをする。
「…普段は不気味なほど体臭や匂いがしない貴方から、ふとしたほんの一瞬、甘い芳香がするときがあるの。
そしてその後はみんな、貴方に酔っ払っているかのようにとろんとした表情で、なんでも貴方の言うことを受け入れる。
甘い香りがするとき、それは『魅了』の魔術を使っている合図ではないかしら。」
どう?と小首を傾げるアマンディーヌに、ノエルは愉快そうに微笑む。
「だったら、アマンディーヌはとっくに僕に『魅了』されているのでは?」
「それは…分からないわ。自分でも術をかけられているのかいないのか。人によって作用がちがうかもしれないし、効きやすい相性もあるかもしれない。」
「ほんとうに憶測、妄想の域をでない考察だね。」
ゆったりと長い脚を組み替えるノエルの鋭い言葉に、アマンディーヌは閉口し顔をうつむかせる。
そんなアマンディーヌを慈しむように見つめ、ノエルはしかし…とつづける。
「アマンディーヌを昔世話をしていた老婆、彼女は洗脳に毛が生えた程度の低級の呪術師であると予測されます。」
「え…?」
「薬剤耐性と似たようなものです。元々魔術耐性の強い貴女は術を重ねられ、時が経つにつれ術に対する抗体を作り出した。
…それにも関わらず貴女は、僕やメデウスにはくらりともせずいつまでも老婆の呪いに囚われていた。」
「なぜ世話係のことを…?呪術?…それに、メデウス?」
拗ねた様子のノエルを尻目に、困惑したアマンディーヌは矢継ぎ早に質問をするが、ノエルは微笑んだまま質問に答える気はなさそうだった。
しかし、それが答えを物語っていた。
「つまり貴方たちは魔術師の末裔で、ロディア嬢は魅了の力を利用してこの国に争いを持ち込もうとしている…。
もしかしたら、この小国を足がかりに東の帝国への復讐でもするつもりかもしれない。それを貴方が関与して何かするつもりなのね…?」
「たいそうな物語だ。アマンディーヌは語り部の才能があるかもしれない。」
あくまでノエルははぐらかしながらも、否定する様子はない。
どうやらあらすじは正しいようだ。
ノエルは話題を変えるように馬車の小窓に目を向ける。
「そろそろ会場に着くよ、アマンディーヌ。」
アマンディーヌはノエルの手を借りて馬車のステップを踏みながら逡巡していた。
知らないことはないと思っていたが、この食えない男はなにを知っていてどこまでが企みなのだろう。
彼とは地獄まで共にするつもりだ。
けれど、彼は私にすべてを暴かせてはくれない…。
アマンディーヌは、手袋越しのノエルの温度を探るようにきつく握りしめる。
ノエルは一瞬目を瞠ると、蕩けるように微笑む。
そして愛おしそうにアマンディーヌの指先に口付けた。
その姿がたまらなく愛おしかった。
ノエルはアマンディーヌには耐性があると言ったけれど、自分はもうノエルの術にかかっていてもいいとすら思う。
アマンディーヌはスッと手を引くと、楚々と微笑む。
「先に行ってるわね、メデウスが先に到着しているから落ち合うわ。」
切り替えるように、ノエルを残して颯爽と会場へと向かってしまったアマンディーヌ。
ノエルはそれを微笑みながら見送ったあと、ゆったりと後を追う。
しかし人気のない場所でピタリと足を止めると、低く小さな声で呟いた。
「聞き耳をたてる下品なネズミを始末しておけ。」
その小さな呟きは風の音共に暗闇へ吸い込まれるように消え去ってしまった。