ワルツとアマンディーヌ
アマンディーヌはノエルの感情を引きずり出すために純潔を捨てることを決意した。
ノエルのために純潔を捧げた、とさえ愚かにも考えていた。しかしその罪深さを自覚していなかった。
ただ、それをするだけの価値はあるとそれだけを強く思っていた。
ノエルはアマンディーヌの処女性に固執し、なおかつ神秘性を求めていた。
だからこそ、これは身勝手でしたたかな賭けだ。
自分の支配する大切なものをある日突然奪い取られ、踏みにじられたとしたら。
その大切なものは彼にとって無価値で無意味なものになるのか、それともその穢れごと愛するのか。
アマンディーヌは、ノエルがどんな行動をしどんな言葉を紡ぐのか、どこか期待をしていた。傷つけられることすらスリルと捉えていた。
アマンディーヌの瞳は、とろんと滴るような色気を帯びながらも、藍色の一番深いところでは狂気と冷静がノエルをひっそりと見据えている。
ノエルは、静かに微笑んでいた。
アマンディーヌに寄り添ったまま、ぴくりとも動かず佇んでいた。
「アマンディーヌ…」
繊細なガラス細工のようなグレーの瞳に温度はなく、ただアマンディーヌを映し出す鏡のようだった。
その姿は芸術のように美しいけれど、乱暴に触れれば溶けて消えてしまいそうなほど危うげで儚い。
先ほどまでの堂々とした姿がまるで嘘のようだった。
ノエルは微笑みの形を保ちながらじりじりとアマンディーヌを壁に追い詰めていく。
「アマンディーヌ、知っているよ。でも、その純潔は失われなかった。したくても…できなかった。」
そうだろ?といった表情で、壁と背がくっついたアマンディーヌの頬を指先でなぞる。
「……っ!」
アマンディーヌは、顔に熱が集まるのを感じた。
それをノエルは愛おしげに微笑む。
頬をなぞる指は、首筋へと輪郭を撫で、やがて生々しい鬱血痕の残る胸元へと這わせる。
ノエルは瞬きもせずに鬱血痕を見つめる。
「メデウスも、ユラも、ブルーム卿も、みな貴女を貫くことすら叶わない。哀れな不能の種無し馬だから。」
赤い鬱血痕に、引き裂く様にノエルが爪を立てる。
痛みにアマンディーヌは吐息を漏らす。
「あっ…う……。」
「……嗚呼、貴女のその喘ぎを聞いた者がいる、貴女のその肌に口を這わせ痕を残した者がいる。そう思うだけでたまらなく愛おしい。」
がりがりと、焦がれる様にアマンディーヌの白く柔らかな肌を掻き毟る。
「どうして僕を愛さない?」
アマンディーヌは、ふっと短く息を吐くと、そっと両手でノエルの顔を包み込む。
そして、小さい子供に言い聞かせるようにとびきり優しい声で囁いた。
「そうね。でもそれはきっと、……私も同じ。いつも貴方に振り回されてる。
貴方といると、自分の感情をうまく取り繕えなくなる。だから一緒にいると自分が滑稽に思えて嫌なの。
けれど、そう思うのに、貴方の隣にいるのが私ではない誰かだと、吐き気がするほど憎らしいの。
…それはきっと、抗えないほど貴方を愛してしまっているから。」
毅然とノエルを見つめ、そっと目にかかったブルネットの髪を耳にかけてやるアマンディーヌ。
ノエルは呆然としたような顔でアマンディーヌを見つめると、力なく微笑む。
「今度は何を企んでいるのですか、アマンディーヌ。」
ノエルの問いに、ふふふ、と軽やかに微笑むアマンディーヌ。
「あら、いつも企んでるのはそちらでしょ。今日は話を伺うついでに貴方に告白しに来たのよ。」
つれない言葉とは裏腹にノエルを優しく見つめる。
ノエルはアマンディーヌの手を取ると、堪能するように頬ずりする。
「それでも嬉しい。貴女が僕を傷つけようが愛してくれようが、貴女は僕のものであり僕は貴女のものだ。僕を求めてくれさえすればなんだっていいんだ。」
「あら、だったらもっと惨めにしてあげたらよかったかしら?」
2人はぴったりと寄り添いながら、ステップを踏むようにくるくると部屋中をゆったりと回りだす。
ノエルは頭一つ小さいアマンディーヌのつむじを愛おしげに見つめながらうっとりと囁く。
「可哀想なアマンディーヌ。貴女は僕から一生逃れられないよ…。」