始まりとアマンディーヌ
きらきらと、ガラス片が舞う。
砕け散るさまは、まるでスローモションのようにゆっくりと感じる。
綺麗だなと思うのもつかの間、砕け散ったガラス片の上に噴き出した鮮血が滴り落ち、よろめいた男が靴底でじゃりじゃりとガラス片を粉砕する。
私は男が頭から血を噴き出しながら呻くのを、とても冷静に眺めた。つ…と手にワインが滴り落ちてきたので、それを試しに舐めてみた。
「ふふ…おいしい。」
紅をさした真っ赤な唇が三日月のように弧を描く。
「いつもこんなおいしいワインを頂いてるのね。」
そう声をかけると、男は痛みに悶絶しながら噛み付くように答える。
「クソが…こんなことをしてタダでは済まさんぞ。」
男の周りは、飛び散ったワインと頭から流れる多量の血によって真っ赤に染まっている。
「タダでは済まないのはあなたもでしょう。」
変わらない男の横柄な態度に、ワインのボトル片を床に叩きつけると、男は恨みのこもった目で睨め付けてきた。
「お前のような女を誰も庇うわけないだろう!永遠に社交界に顔を出せなくしてやる!」
男は私にワインボトルで頭をかち割られてもなお、自分が上なのだと思っているようだ。
男の胸に蹴りを入れ、尻餅をついた右手をヒールでぐりぐりと抉る。
「ぐっ…うぅあああ!」
「それは是非楽しみだわ。私、社交が苦手ですの。」
以前と変わらない楚々とした微笑みで、男の手を抉り続ける。
「わがままを聞き入れてくださるなんて、さすが私の婚約者だわ。」
男は今まで、大人しく扱いやすい傀儡と思っていた婚約者の豹変ぶりに、これは夢なのかと思いを馳せた。男の知る婚約者は、いつも俯いて自信なさげで人の顔色ばかり伺う浅ましい女だった。なのに、何故…。
かつての婚約者と、今自分を見下ろす婚約者の姿がぐるぐると頭の中で反芻される。 激しい頭痛に朦朧としながら、婚約者の冷たく見下ろしてくる瞳を力なく睥睨した。