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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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97/214

昇誕

 

「詩貴静蘭は言った。次元破断は蕃神(はんしん)であると。次元の彼方より襲来し、巨大なる牙で摂理を食い破り、条理を侵す……。断片とは、過ぎ去った蕃神の残滓(ざんし)にして力の欠片であると」


 座より延びる(きざはし)を降りる王が、滔々(とうとう)と語る。


十把一絡(じっぱひとから)げの神秘とは根本からして違う。あまりに強大で、あまりに異質……。我ら夜魔の叡智(えいち)を尽くして尚、全容を読み取ることができぬほどに、次元破断の断片は奇怪に過ぎる。世界を終焉に導く運命を帯びていると語った、奴の戯言(ざれごと)を合点してしまうほどに……」


 見詰める先に立っているのは、真っ黒に炭化した皮膚の割れ目から、じゅくじゅくと黄ばんだ体液を撒き散らす赫船慈榮。

 蝋燭(ろうそく)の最後の瞬きだろうが、それでも漂い(まと)う溶岩流の熱量は本物だ。

 炎術を警戒し、すかさず護衛が割って入ろうとするが、王はそれを不要と下がらせる。


「詩貴静蘭は、この断片を【万有不暦】と呼んだ。万物全てに歴史なし……。その通り。この鎌に触れたものはすなわち、すべての時の積み重ね、連続性を奪われることとなる」

「連続性?」


 刑部の呟きに、王が鷹揚(おうよう)に頷く。


「第三物質界に存在する物質には(あまね)く歴史がある。発生から崩壊までの記録がある。この断片は、その連続性を切断する。正確に言えば、現在という終点から(さかのぼ)り、切除点――過去のある一点に至るまでの経緯と経過を根こそぎ刈り取ってしまうのだ。魔術であれ人であれ、山川草木(さんせんそうもく)の類であれ、何一つ例外はない」


 そして王は赫船を見遣(みや)ると、大鎌の刃先でその胴体を貫いた。

 びくっと黒案山子が痙攣(けいれん)したかと思うと、すぐにだらしなく弛緩(しかん)する。

 心臓を貫かれたのだ。通常であれば絶命して当然。しかし、妙蓮の嫌な予想通り、そうなってはくれなかった。


「我は今、この者の連続性を三時間ほど切り取った。すると、どうなるか」


 刃を引き抜かれ、床に倒れた焼死体。その身体に異変が生じる。

 微細な震動。赤い雷光のような火花が死体を包むように弾け、炭化した皮膚が見る見る内に健康的な張りのある小麦色のそれへと変化していく。肌だけではない。骸骨同然に焼け(ただ)れた顔面が精気溢れる若者然と変貌し……。


「時間が、戻っている……⁉」


 むくりと起き上がった男が、呵々(かか)と大笑する。


「……フェルキアよ、感謝するぞ! おお、これぞ儂の理想の肉体……。溢れんばかりの力に若さ。おお、若さ。戻ったのだ、元の姿に……! もとにもどった阿? アア? もどに……若がえっだあああああああ? あが? あばぁぁあ? あがががががっがが⁉」


 突然、頭を押さえて(うめ)き出した赫船に、妙蓮は困惑する。


「え、なに……? ど、どうしたの?」


 白眼を剥いて血涙を流しながら、床に頭を何度も何度も叩きつける。かと思えば、両手を口一杯に頬張り、内側から喉を掻き(むし)る。ごほごほという咳に混じって鮮血と上皮粘膜、軟骨らしき破片が吐瀉(としゃ)されるが、それでも震える眼球は掻き毟ることを止めようとしない。

 顕現力の低下に伴い、魔力残滓を放出して消えていく溶岩流。

 ()せていく熱波を冷ややかな嘆息で吹き払い、王はようやく携帯端末から顔を上げた不嶽を見遣る。


「連続性の切除とは、本来、摂理の埒外(らちがい)。重篤なシステムエラーのようなものだ。このエラーに対し、摂理の恒常性は、切除点まで対象を強制的に遡行(そこう)させることでどうにか辻褄(つじつま)を合わせようとする。過去への回帰事象はこれが原因だ」

「……成程。切り取られた時間がそっくりなかったことになるから、切除点をそのまま現在に置き換える事象が生まれる。だが、肉体が遡行するなら記憶はどうなんだ? 赫船は切除前のことを覚えていたぞ?」


 刑部の質問に、フェルキアは淡々と答える。


「記憶というものは肉体のみならず精神にも刻まれ蓄積される。どうやら魂の在処たる精神領域は、摂理の修復力よりも高次に設定されているようだ。特に優れた霊殻を備えた魔術師ともなれば、連続性切除による副作用も、ある程度緩和できることが確認されている」


 副作用……? 精神面のことだろうか。

 そう考えて、妙蓮は思い当たる。

 片腕が若返ったことに狂喜乱舞し、胎児となって死んだ疋嶋を舌舐め擦りせんばかりに凝視していた老人の後ろ姿……。

 あの時は臣下を惜しんでのことだと自分を納得させてはいたが、(しわ)塗れの顔に浮かべていた笑みは寒気を覚えるほどに無邪気そのもので、きっともう、そこから既におかしかったのだろう。

 王は苦悶(くもん)にのたうつ赫船へと顎をしゃくる。


「肉体と精神は密接に結びついている。たとえ腕一本(かす)っただけだけでも、万有不暦の影響は全身全霊に及ぶことになるだろう。記憶が無事でも正常な判断に支障を来すようになり、執着や妄執に囚われ、最終的には発狂、自我の崩壊に至ることが確認されている。赫船慈榮……。再三再四の改造手術には耐え切ったが、此処に至って決壊したか。末路にしても相応しかろう」


 這いつくばる赫船が懇請(こんせい)の眼差しで王を見上げる。

 魔術師としての矜持もへったくれもない。

 弱者として強者からの(ほどこ)しを待つ()びた眼差しを、フェルキアは冷淡に()めつける。


「さて、ここからが本題だ。実年齢五十の人間がいたとする。その者が保有する連続性は、最大で五十年。では、万有不暦にて切除点を生涯年数以上――百年に設定して連続性を切った時、はたしてその者はいったいどうなるのだろうか」


 フェルキアの紅瞳に何を見たのだろう。

 本能が狂気を上回ったのか。叫ぶ声には必死の情けがあった。


「やめ、やめっろろろろ‼」


 無慈悲に振るわれる大鎌が、這い退(すさ)る赫船の喉元を掻き切った。


「始点を超えて連続性を切除した場合、その対象はどうなるか。人間であれば胎児へ。はたまた卵子と精子の結合から無へと帰して消えるのか……」


 鮮血を撒き散らし、力無く崩れた赫船の体躯(たいく)に変化が生じる。

 蠕動(ぜんどう)しながら徐々に小さく、身体が細く幼く縮んでいく。

 赤雷の火花に戦慄(わなな)く少年が、しわくちゃの赤子へと替わった手をこちらに伸ばす。歯茎すらないぶよぶよとしたその口は助けてと叫んでいるようで、咄嗟に妙蓮は目を伏せた。

 微かにあった赫船の魔力の波動が、消える。

 瞬間、真っ白な閃光と共に、赫船慈榮はその存在ごと爆発した。


「……っ‼」


 ガソリンを満載した自動車の炎上爆発と同程度の光熱に衝撃波。

 目元を庇い、足元を踏ん張る。通り過ぎていく爆風は一瞬だったが、どこか血の匂いがしたような気がした。


「結果は、この通り。始点超過時の齟齬は爆散という形で収束する。五十年程度であれば今のように大したことはないが、始点超過時間が大きければ大きいほど爆発の規模と威力は増していく。千年以上の始点超過であれば、戦略爆撃にも匹敵するだろう」


 事も無げに語るフェルキアに、不嶽が首を捻る。


「ふーん。それが万有不暦の権能ってわけだね。でも、そんな厄介な断片、どうやってフェルフェルは確保したの? 見つけた時は暴走状態だったんでしょ?」


 妙蓮は刑部との会話を思い出す。

 それは、ちょっとした疑問だった。

 六紡閣総統の、伏見遥斗に対する特別視。必ず生きて連れ戻せと言明しておきながら、原始樹海への投入を決めたのはどうしてなのか。


『才能はあるみたいだから、経験を積ませるため? まさか本当に情に(ほだ)されて、行方不明になった親族捜索を(ゆる)したわけじゃないわよね?』


 六紡閣総統、騏堂成叡がどのような人物なのか、妙蓮は詳しくない。妙蓮家の筆頭ではあるものの、所詮は外様の養子。その妙蓮家からしても赫船率いる炎術師グループの中では末席であるため、関わるような機会は一切なかった。

 しかし、刑部宵親は違う。騏堂の親衛隊である近習衆に属していることもあるが、それ以上に彼は騏堂成叡と縁深い。

 幣浄院と専属契約している傭兵一族の刑部家において、唯一、宵親だけが六紡閣に所属しているのは、一度は残虐な鬼子として寺に預けられた彼を騏堂成叡が(たしな)(さと)した経緯あればこそだ。


 妙蓮の疑問に、刑部は迷ってからこう答えた。


『二年前ならそれも有り得ただろうが、今の御屋形様であれば違うと言える……。いや、まあ、それはこの際脇に置いておくとして……。遥斗はな、あいつの祖父さん、伏見考俔がやるはずだった仕事を引き継ぐために派遣されたんだよ。原始樹海を掌握している夜魔が未だ墳墓の攻略に手こずっている可能性に備えてな。もしそうなら、あいつ以外に断片に接触できる魔術師はいないからな』


 騏堂成叡が刑部に語ったところによれば、原始樹海に潜む次元破断の断片は、樹海奥地の墳墓状地下構造体――その最深層に安置されているとのこと。

 では、その墳墓の様相とは―――


「そうだな。万有不暦が眠っていた墳墓は、まさに殺戮(さつりく)の領域だった。正殿に配されたこの大鎌以外、四方四隅に至るまで柱一つない広漠な空間。そこに踏み入った者は断片から生じる神速不可視の刃にとって瞬く間に連続性を切り取られる。卓抜した感覚野を持つ夜魔でも飛来する斬撃の全てを回避することは不可能。この我が身ですら叶わなかった」


 そう。この殺戮墳墓を超えて断片を手にするには、あらゆる外的攻撃を無効化――透過するしかない。

 だとすれば、フェルキアたちはどうやって断片を確保したのか。レプリカの制作からして、第一陣よりも早く断片を手にしていたはずだが……。


「そうなの? ふーん、よく無事だったね」

「何でもないことだ。我が接触を試みた時、この断片の最大遡行期間は五百年ほどだった。我が身に蓄えし時は二千年を優に超す。多少若返ったところで問題なく、真祖にして王たる我の魂が凡百惰弱(だじゃく)なはずもない」

「あー。なるほど。フェルフェルならではの特性でゴリ押ししたってことねー」

「それを踏まえてこの断片に我らを割り当てたのだろう。静蘭、何をどこまで知った上で画策しているのか。小賢(こざか)しい」

「あはは。便利に使われちゃったわけだねー。可哀想ー」

「それは貴様も同じではないのか? 静蘭は我がこの断片を振るうことを見越した上で貴様を送り込んだ。体良く実験台にされたな」


 王の言葉に、不嶽が小さく笑う。


「んー、どうだろ? まあ、うまく乗せられちゃった感はあるけどー、でも楽しく殺し合えるって思ったから納得はしているんだよねー。だから、まあいいよ。それよりも、フェルフェル、大事なのは君の意思。君はボクを本気で殺してくれる?」

「無論。掌の上で踊らされている意趣返しも含めてな」

「あはは、いいねいいね。嬉しいなー。だけど、ちょっと心配なんだけど」


 何がだろうと妙蓮が思った瞬間、王の左腕がぽとりと床に落ちる。マネキンの腕が抜けたみたいに唐突に。

 滑らかな陶器の肌から急速に失われる生命力。零れた腕はあっという間に砂となって崩れ去る。


「武器が強力なのはわかったよ。だけど、コストが釣り合っていないんじゃない? 性能制限したレプリカも作っているんでしょ? そっち使った方が良くない?」


 空洞になった左袖を(なび)かせて、王が首を横に振る。


「あれは駄目だ。遡行限界が百年に満たず、更には切除点を使用者の意思によって定めることができない。案ずるな。断片本体を使役するための手筈は……」


 その時だ。

 遠く彼方から響く地鳴り。それは瞬く間に巨大な震動へと成長し、天井照明、燭台のみならず、広間そのものが激しく揺れ始める。


「どうやら完成したようだ。断片を振るうために建造された専用体躯――我ら夜魔の雪辱を果たし、更なる高みへと導くための神体が」


 妙蓮はぎょっとして足元を見詰める。

 何かがやって来る。巨大な……、何だ……⁉


「巴ちゃん!」


 刑部に手を引かれるがまま、妙蓮は後方へと大きく跳躍する。

 炸裂する石畳。先程の爆発と比べようもないほどの威力を伴った颶風(ぐふう)翻弄(ほんろう)されながらも、妙蓮は確かに見た。

 愛しき薔薇(ばら)を掻き抱くように、巨大な……冗談のように巨大な女の両掌が、静かに瞑目する夜魔の王をそっと優しく包み込むのを。

 (はし)る衝撃が柱を砕き、天井(はり)が崩れ出す。

 真っ暗になる視界の中、震動は激しさを増し、前後不覚どころかもはや自分が立っているのか転がっているのかさえもわからない。

 わかるのは、全身から伝わる男一人分の熱量。

 そして謁見(えっけん)の間を噛み砕き、王城の外へと何か飛び出していったということだけ。

 それは快哉(かいさい)を叫んでいた。

 地獄の淵より開放された、気高くも汚らしい堕天使が如く。

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