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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔
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外法師

 

「どうもどうも、新入りさん。悪辣(あくらつ)と暴力が渦巻く消失都市へ、ようこそー。歓迎いたしますよー。にゃっはっはっ」


 送電が止まった電線。その上を綱渡りよろしく歩いている女がいた。

 真紅の薔薇を思わせるゴシックロリータ。パールホワイトとフューシャピンクで左右染め分けられたツインテールに、額のボンネットにはバニーガールよろしくウサギ耳が付いている。

 ニコニコと微笑む顔は愛嬌(あいきょう)(あふ)れているが、それを打ち消すようにリップの隙間から覗くのは、ホオジロザメの如き鋸歯……。

 

「貴方、何者……? ここで何をしているの?」

 

 臨戦態勢のまま詰問する柊に対し、女はふわりと電線から飛び降りて地面に着地。

 芝居がかった態度で一礼する。


「はじめましてー。私は兎塚禁李(とづかきんり)。次元破断に呑み込まれたこの街を気儘(きまま)流離(さすら)う、一羽のしがない外法師(げほうし)でございますー。どうぞお見知りおきをー」


 ピコピコと兎の耳を揺らしながら人懐っこく微笑む女に、柊は眉を(しか)める。


「外法師……」


 外法師というのは、一度は連合に所属しながらも、何らかの失態を犯して放逐追放の憂き目にあった魔術師一門、あるいは、連合に翻意を抱いて野に潜む非連合魔術師に対する蔑称だ。

 暗黒街にひっそりと息衝きながら反連合思想に身を委ねているとも、世俗民相手に違法薬物を販売するなどで大金を稼いでいるともされているが、実際のところがどうなのか、柊は知らない。

 どうするかと考えて、柊は現状、最も相応しいと思われる行動を選択する。

 威力偵察中に、好ましからざるアンノウンと遭遇したらどうするか。

 決まっている。排除だ。

 掌に顕現した炎鎖を伸ばし、叩きつける。本気ではない。あくまで威嚇だ。

 それは女も解っているようで、すっと後退して鞭打を避けると、笑みを崩さぬまま話しかけて来る。

 

「いやー、元気溌剌(はつらつ)ですねー、いきなり殺しに来るとは、流石、騏堂成叡の秘蔵っ子なだけはあります。やり方に容赦がない。怪しければ殺す。うんうん、そうでしょうとも」


 眉を寄せないよう苦労した。

 どうしてこいつは私の所属を知っている? それもかなり詳細に……。 


「何の用? 貴方に構っているほど、私、暇じゃないんだけれど」

「そんなにつれない顔をしなくても良いじゃありませんか。あ、言っておきますけれど、私、貴方の敵じゃありませんよ。危害を加えるつもりはこれっぽっちもありません」

「じゃあ、さっさと消えて。目障りだから」

「あーん、ますますつれない態度。でも、そんな冷たいところも魅力的ですよ、火津摩柊さん」

「………」


 この女の目的が見えない。

 危害を加えるつもりはないと言うし、実際、女から敵意や害意は感じない。だとすれば、何の為……? 

 疑惑の眼差しを平然と受け流し、兎塚が愉しそうに口を開く。


「なぜ、私が柊さんの名前を知っているのか。なぜ、危害を加えないと約束できるのか。不思議でしょう? 不思議ですよねー。なぜでしょう? ふふふ、それはですねー、柊さんは私の大事な大事なお客様だから、なのですよー」

「……? どういうこと?」

「私、不肖ながら情報屋なる商売をやっておりまして。現在はこの霧郡で採れた新鮮ピチピチな情報を様々な方々に提供させていただくことで生計を立てておりますー」

「情報屋?」


 兎塚はニンマリとした顔で頷く。 


「柊さんもご存じとは思いますが、基本的に極東魔術師は一系統の魔術式――つまりは脳に刻み込んだ術式回路が(もたら)す一つの魔術しか使えません。その分、道具頼みの西洋魔術に比べて遥かに強力。とんでもないことだって出来ちゃいますが、そうした事情ゆえに術式構成、発動時間、使用限界などの情報は門外不出。だって、バレれば対策されて、先祖代々継承してきた大事な魔術がゴミ以下に、なーんてことにもなりかねませんから。

 だからこそ、極東魔術師は秘匿主義に(はし)ります。なんでも秘密にしちゃうんですよー。どれが自分の弱点になるかわかったものではありませんのでー」


 頷ける話だ。任務の最中、必要最低限の情報すら回ってこないこともよくあった。

 自分で調べ、不可欠な情報を事前に補う。その重要性に気付いたのは最近だ。


「ゆえに、魔術師に纏わる情報というものには、世俗世界のそれとは比べ物にならないほどの巨大な価値を孕みます。その情報が稀少で致命的であればあるほど、積み上げられる黄金は量を増していくことでしょう。そして、それは、魔術師一個人に限りません。六紡閣、連合、いえ、この極東全体の趨勢を占うような情報であったとしたら、どうでしょうか?」


 すたすたと柊の元へと歩み寄り、兎塚は(ささや)くように告げる。


「この霧郡で最も価値の高い情報といったら、勿論、()()ですよねー。どうです、柊さん、知りたくはありませんか? 極東魔術師であれば、誰もが欲しくて欲しくて仕方ないアレ。その行方を私が知っている。だとしたら、どうしますか、柊さん?」


 柊は兎塚を冷然と見詰める。

 ……成程。外法師にとっても、アレは魅力的なもののようだ。

 だからこそ、解せない。見ず知らずの魔術師に気安く提供する理由が見当たらない。


在処(ありか)を知っているのなら、さっさと自分で獲って来たら?」


 馬鹿にされている。そう判断しての柊の言葉に、兎塚はにっこり笑ってウインクを返す。


「なーんて、冗談です。私みたいな可愛いだけが取り柄の外法師が、そんな特ダネ、ゲットできるわけありません。此処へ来たのだって、次元穴の出口が新たに生まれたと小耳に挟んだので、気紛れに通りかかっただけですしー。

 つまり、何が言いたかったかと申しますと、この出逢いに他意はなかったということです。本当に偶然。正真正銘、単なる運命の悪戯(いたずら)ってやつですねー」


 本当だろうか。

 言動からして、まったく信用できない。


「私がお客様というのは?」

「ああ、それはですね。私、根っからの貧乏性でして。この出会いを無駄にしたら勿体ないと思った次第です。というわけで、何か情報、買いません? サービスしますからー」

「いらないけど」 

「えー、そんなつれないこと言わないくださいよー。あ、そうです。初回特典。これから末永くご愛顧いただくために、今回に限りタダにしちゃいます。うわー、ラッキーですねー。お得ですねー。こんなチャンス二度とないですよー。絶対に逃しちゃダメですよー」


 うっとうしい。

 柊は悪態を吐きそうになる。

 早く追い払った方が良い。こんな怪しい女と談笑しているところを見られたら、久慈原に何を言われるか……。

 

 「……っ⁉」


 はっとする。

 そうだ。時間。二分なんてとっくの昔に過ぎている。

 宙に浮く次元穴を見上げる。

 相変わらず白い靄が渦巻くばかりで、何かが出て来るような気配はない。

 

 (どうしたの? あっちで何かトラブルが起きている?)


 監査局員に拘束されているのか。それとも、運悪く次元の狭間に落っこちたか。

 気になるが、様子を見に戻ることはできない、

 次元穴は一方通行。

 現世に戻るには、霧郡側から現世に開いた穴を潜るしかない。


(私が無事に来れたのだから、いずれ来るとは思うけど……)


 「どうかしましたかー?」


 こっちの事情を知ってか知らずか、のほほんと兎塚が訊いて来る。

 どうする? 追い返すか? そうだ。冷静に考えれば、それしかない。

 

(久慈原がこの現場を眼にしたら、有無を言わさず兎塚を始末する……。外法師かどうかなんて関係ない。我々が此処にいることを、何処に向かい何をしようとしているのか、その一切を秘匿するために……)


 更に考えを煮詰めるならば、危険は兎塚ならず柊自身の身にも及ぶ。


(奴は私を露骨に嫌っている。私が騏堂に寵愛されていると勘違いしているから……? とにかく、不興を買うような真似は避けた方がいい……)

 

 だが、頭の奥底では、真逆の声が響いている。


(二度とないチャンス……。そうかもしれない……) 


 思えば、騏堂に誘拐されてからの二年間あまり、此処まで手放しの自由を得たことはなかった。

 何処にいても監視の目があり、騏堂の掌があった。

 それは今回の遠征においても同様で、久慈原が引率兼監視役を務めることが決まっている。場合によってはおまえを殺すこともできるのだ、と脅されもした。

 だが、どんな幸運か、奴はいない。いないのだ。


「……無料とはいえ、客との間の守秘義務は守ってくれるのよね?」

「勿論です。それなくしてこの商売はやっていけませんから」


 兎塚の返答を聞いても、やはり信用はできない。

 それでも、柊は(さい)を投げた。


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