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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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北部連絡通路Ⅰ

 

 古来より、夜魔には人間を飼うという伝統がある。

 夜魔は、全ての種族の頂点に君臨する霊長類。人間に近しい見た目でありながら、それを遥かに凌駕する上位種だ。その事実を理解させ、絶対強者としての相応しい振る舞い方を身に着けるために、親が子に人間を奴隷(どれい)として与えたことが発端だと言う。

 人間の奴隷は、夜魔としてのアイデンティティを習得する道具である一方で、陽光に出られない憂さを晴らす恰好の玩具(がんぐ)でもあった。

 奴隷の末路はいずれも悲惨なもの。便利な小間使いとして一生を終える運の良い者もいるが、大半が旺盛な嗜虐心(しぎゃくしん)の犠牲となる。奴隷同士を殺し合わせて賭けをするのが流行った際は、屈強な戦士を鹵獲するために野戦場へと赴いた好事家(こうずか)もいたそうだ。

 そうした経緯もあって、夜魔が捕獲した人間は、その夜魔の奴隷として好きにしても良いという不文律が出来た。つまりは、財産として所有権を主張できるということ。


 ハウザーはこれを利用した。


 捕獲した女魔術師を、ハウザーは自らの奴隷と宣言。ジゼルが命じていた技術部への送還を拒んだ。

 無論、奴隷として飼うためではない。

 そもそも捕獲に向かったのも、ジゼルから名指しで行けと命ぜられたからだ。妙蓮巴という魔術師を捕らえ損ねた部下の失態に対して、上司である自分が尻拭いをするよう強要された、ただそれだけのこと。 

 では、なぜ引き渡しに抵抗したのか。

 簡単だ。

 女魔術師の身柄を騎士団派で押さえておきたかったからだ。ジゼル派の動きを掣肘(せいちゅう)するために。


 ハウザーは監房に入る。

 監房と言っても、鉄格子やコンクリート壁で四方が囲われているわけではない。

 扉が鋼鉄製である以外は、一般居住区のものと何ら変わらない寝台付きの一人用個室。衣装箪笥(いしょうだんす)や机など一部の家具は撤去されているが、綺麗に敷かれたシーツや壁にかけられた油彩画など、収容施設としては及第点だろう。

 所有物である以上は管理責任が発生する。面倒ではあるが、精神的な衛生を保つのも主人の務めだ。

 部屋の中央に鎮座(ちんざ)する寝台へと向かい、視線を落とす。


「………」


 微かな呼吸音を立てて、一人の女が仰向けに寝ている。

 両手を胸の前で組んでいるのは、両手首が鉄の輪で一つに括られているからだ。鉄輪には幾重も印が刻まれており、装着者体内の霊絡神経を恒常的に乱している。

 足首には歩行に支障のない長さで繋がる鎖。口には自決防止用のマスク。

 検査着も兼ねた薄手の白いドレスが、身体のラインを明瞭に表している。


「………」


 細い脚。小ぶりな骨盤。簡単に(ひね)り潰せそうな脇腹。

 狼獣たちを蹴散らしたとは思えないほど、その姿は弱く(もろ)そうに見える。

 薬の影響がまだ抜けていないのか、女が目覚める様子はない。

 連行から四日目。七回に及ぶ身体検査と生体測定。霊絡神経精査。仮想筐体を用いての疑似同調試験を終えて、評価数値は基準を全てクリア。最高の素材と技術総監も太鼓判を押している。

 赫船の情報が正しかったということなのだろう……。しかし、奴め、我々に請われたからと言って、簡単に仲間を差し出すとは。カジェオが逃がした女にしてもそうだ。欲に眼が(くら)んで自らの従者を売り払うとは醜悪にも程がある。

 この娘には、あの老人以上の魔術的潜在性があるという。

 そうだろう。そうではなくてはならない。

 雪辱を晴らすとまでに誓った敵であるなら、このように。


 眠っていた女の瞼が、かっと見開かれる。

 同時に、ドレスに包まれた身体が宙へと()ねる。

 女は上体を捻り、連結された両手を引いて溜めを造る。

 右の拳。親指と人差し指に挟まれて見えるのは、先端を鋭利に研磨した一本の針金。

 それは明確な殺意を持って、棒立ちとなっているハウザーの左眼球へと吸い込まれる。


 ずぐりと水晶体が砕ける感覚。無くなる焦点。()き乱される視神経。

 伝わる衝撃は、いっそ心地良く頭蓋に反響する。

 ハウザーは冷静に評価を下す。


「今回もいい攻撃だった。が、長さが足りない。脳幹を(えぐ)らなければ意味はない」


 女もそれは承知しているようで、そのまま抱き着き、組み伏せてこようとする。

 が、そんな軽い突進で腰砕けになるような夜魔はいない。

 じゃれつく子猫をどけるようにハウザーは片手で女を()まみ上げると、左目に刺さったままの針金を抜く。

 高速再生機能がすぐに発動。血の一滴さえ流すことなく、左目の深紅の虹彩は、再び女の顔を映し出す。

 反抗的な目つき。まったく諦めていない。この顔に嗜虐心をそそられるものもいるのだろうが、ハウザーにその趣味はない。結構なことだと思うだけだ。


 いつものように暴れる女を無視して横抱きにし、監房から出る。

 居住区を過ぎ、中央回廊を過ぎ、北部連絡通路へと差し掛かったところで半身を騎馬形態に変化。駈足(かけあし)を開始する。

 夜魔の本拠点である王城は、広漠な地下空間。太陽光を回避するという伝統に基づき造成された、由緒正しい階層構造を取っている。

 侵入者が入り込んだとしても、最下層の玉座へとたどり着くためには幾重もの隔壁網を越えねばならず、更には人工培養した触手型生命体を生きた建材とすることで区画の入れ変えや神出鬼没な部隊配置が可能。不遜(ふそん)な賊は執拗に追い詰められ、最終的には絶望に息絶えることになる。

 だが、こうした防衛性に優れた反面、インフラ面では不便なことが多く、東西に分けられた居住区間の往来でさえ迂回路を何本も経由しなくてはならない。電力供給も兵器の整備を優先するにあたり、一部区間ではいまだ不通のままだ。

 その一方で、王城の北端から更に十キロほど外れに建造された技術部所管の研究区画では、いち早く全区画間の電装処理が完了している。投入されている電子機器類も最新鋭のもので、泥水混じりの水道水を(すす)騎士団員(われわれ)とは雲泥(うんでい)の差だ。

 詩貴静蘭と交わした約定により、王が次元破断の断片の研究にリソースの大部分を割いたことは納得できる。約定を果たして尚、技術部が優遇されているのも王のためだ。呑み込める。

 だが、研究区画への原則立ち入り禁止。監査も運用評価も不要で、憲兵団の身上調査ですらパスできるという扱いには、不服以上に危惧を抱く同胞も多い。

 霧郡では入手困難な物資の導入にあたり、外部の人間と親しくしていることも原因の一つだ。

 ハウザー自身も、技術部に赴くにあたっては微かな緊張を覚える。生まれ落ちた場所であるはずなのに、伏魔殿(ふくまでん)かのような不気味さを感じずにはいられない。


「………?」


 連絡通路を半分ほど通り過ぎたところで、ハウザーはふと目を細める。

 視線の先。道を阻むように、立ち塞がる三つの影がある。

 上級眷属の夜魔騎士。完全武装ではない証に、顔は剥き出しだ。しかし、手にはそれぞれ斧槍(ハルバード)を握り、騎馬形態の下半身は油断なく力を溜めている。

 偶然見掛けたからというわけではなさそうだ。

 知らない顔でもない。ハウザーは歩速を緩める。


「何用だ?」


 問い質すハウザーに、一体が代表となって口を開く。


「ハウザー前騎士団総監。我々はジゼル軍団長を信用しきれない」


 ハウザーは嘆息を隠し、あえて尋ねた。


「なぜだ?」

「なぜだと? わかっているだろう。軍団長は王の決闘を穢そうとしている。しかも、忌むべき炎術師に(へつら)う真似すら恥とも思わずやっている。いつから夜魔は(いや)しい乞食(こじき)に降下した?」

「勝利のためだ」

「勝利のためならば尊厳を破棄しても良いという道理はない。これは王に対する侮辱。王への歴然たる反逆だ」

「ならば、王が再び敗北を喫しても構わぬと?」

「それが王の御意思ならば。我らは王に尽くすために、王を満足させるために生まれた。それは貴様も同じであろう?」

相違(そうい)ない。だが、我々とジゼルとでは創り出された経緯が異なる。傍らにて王を補佐するよう生まれた存在には、我ら騎士とは異なる視点と思考があるのだろう。そして、失念しているようなので、言っておこう。我ら騎士が軍団長に従うように定めたのもまた、王の意思だ」


 事実を突き付けるハウザーに、取り巻きたちが口を出す。


「だとしても、黒を白と飲み込むことはできない。王の意思と軍団長の指揮はあまりにも乖離(かいり)している。看過は出来ない」

「我らは徹頭徹尾、王に(じゅん)じる。その結果、滅びたとしても恨みはすまい。我らの忠義に曇りなし。それこそが、我らの存在意義。ゆえに、軍団長に与するわけにはいかないのだ」


 そう。貴様らはそう主張して、頑として譲ろうとしなかった。

 いざとなれば玉砕しても信義を貫く。軍団長を討つことも辞さないと訴えた。

 同胞間の抗争。それこそが、最も敵を利する行為であるとなぜわからない?


 代表が再び口を開く。


「我らは軍団長とは一線を画す。ゆえに、ハウザー、その娘を渡していただこう。その娘を殺し(たてまつ)ることで、我らは王への忠義を表明する」


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