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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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悪路Ⅲ


 柊が見守る中、刑部は首を地面に置く。

 そして首へと向かい、流暢(りゅうちょう)な古英語を用いて(ささや)いた。


「さて、狸寝入りはそこらへんにして、ちょっと俺たちとおしゃべりしようぜ。夜魔のお偉いさん」


 反応は、ない。

 美丈夫(びじょうふ)の頭部は、マネキンのように小動もせず沈黙を保っている。

 プラナリアや単細胞生物ならいざ知らず、頭と胴体を絶たれて平気な生物はまずいない。

 既に絶命しているのではないか。

 しかし、刑部は肩を(すく)めると、確信を持って首へと告げる。


「フェルキア=ロンディヌス」


 マネキンの(まつげ)がぴくりと震えた気がした。


「フェルキア=レメグ=イェクティシゥス=ロンディヌス……。おまえらの主人は再び敗れることになる。今度こそ灰すら残さず焼き尽くされてな」


 首が震え出す。


「……くっ、くくくっ……、くくくっ……」


 ゆっくりと(まぶた)が開き、血色のない唇が弧を描いて歪んでいく。

 深紅の虹彩がこちらを見て、そして(わら)う。

 

「せいぜい増長しておくが良い、極東の魔術師よ。夜魔は雪辱を果たす。瞠目(どうもく)することだ。我らが王の真なる姿に……‼」


 癖のある古英語で(つづ)られたその言葉を、柊が脳内で翻訳し終えるのとほぼ同時だった。

 夜魔の首が突如として膨張する。

 骨格を圧し潰すように内側から急速に膨らみ、皮膚をぱんぱんに(みなぎ)らせて大きくなり――爆発した。

 脳髄や血漿(けっしょう)に混じって飛び散るのは、太い(ひも)状の物体群。

 ヤツメウナギにグロテスクな肉腫がこびりついたかのようなそれは、全身に散らばる無数の小眼球で獲物の姿を捉えると、歯を剥き出しにして毒蛇のごとく襲い掛かる。

 

 だが、この程度の置き土産など、当然、魔術師相手には通用しない。

 柊はあっさり(かわ)し、地面に落ちたそれらの一匹を踏みつける。


(これが夜魔の飼う触手型生命体……。ルーグって言うんだっけ。夜魔の体内で、魔力を糧にいくらでも増えるし育つ。おまけに自爆にも使えると。確かに、気色悪さに慣れれば便利かもしれない……。いや、そんなことより……)

  

「やれやれ。散り際の美学ってやつか。浪漫(ロマン)趣味は種族特性なのかねえ。ま、プライドを(くすぐ)るだけでぺらぺらと(しゃべ)ってくれるのは助かるが」


 血霞(ちかすみ)をぱたぱたと手で追い払ながらルーグを蹴飛ばす刑部に、柊は尋ねる。


「隊長、フェルキアというのは?」


 はぐらかされるかと思いきや、刑部はあっさりと答えてくれた。


「フェルキアってのは、真祖を冠する夜魔の中で、唯一国家を築くことに成功した王様だよ。暗黒王フェルキア。にしても、やっぱりそうか。フェルキアかぁ。まあ、可能性としては一番だもんな。あーあ、こりゃあ最悪だ。マジでついてないなぁ。今週のおとめ座は最下位かー」


 大袈裟(おおげさ)に嘆く演技は、この際どうでもいい。


「可能性……ということは、最初から心当たりがあったのね?」


 (すご)む柊に、「まあ、そんなところかな」と刑部は笑うと、いつの間にか取り出した煙草に火をつける。

 そして夜魔の自爆攻撃を回避して(なお)茫然としている伏見の背中をばしんと叩き、こう切り出した。


「さてと、じゃあ、二人とも。よーく俺の話を聞くように。これから話すのは、極東と夜魔の歴史。そして現在に繋がるまでの因縁だ。何がどうして欧州出身の怪物が霧郡で大暴れしているのか。それには、こんな背景がある」


 むかーし、むかし。今から四百年ほど前の十七世紀。

 混迷を極める欧州の北海地域に、夜魔の治める王国があった。

 イルムークと呼ばれるその国は、大英帝国と密接な共存共棲関係を築いていた。

 表を大英。裏をイルムークが支配する形で両者は欧州を席捲(せっけん)

 大英が植民地戦略を明確にすると、イルムークもその動きに追随するようになり、中東、アフリカ、アジアの各所を領土として次々と侵食していった。

 

 「そして、その強欲な矛先は、此処、極東にも向けられることとなる。イングランド東インド会社の支社が平戸に置かれたことで、イルムークは極東進出の足掛かりを得た。商人の顔をして堂々と商館に出入りしながら、闇に乗じて極東政治中枢の破壊、あるいは簒奪(さんだつ)を試みた」


 しかし、その(くわだ)ては、護国守護を掲げる極東魔術師の活躍によって阻まれることとなる。


「当時の六紡閣は誕生したばかりでほとんど役に立たなかったそうだが、四饗公家と幣浄院、そして当時はまだ存在していた霊瓏院(れいろういん)が踏ん張って、海から()がろうと殺到(さっとう)する夜魔を打ち払ったらしい」


 しかし、いくら極東魔術師が粒揃いの精鋭とはいえ、多勢に無勢。

 交易船を乗っ取って、世界各所から押し寄せる夜魔の群れは歯止めがなかった。

 だが、夜魔が炎術に極めて脆いという事実が判明したことで、状況は大きく一変する。


紫藤褌耶(しどうみつや)不知火呪洛(しらぬいじゅらく)。劣勢だった戦局はこの二人の天才炎術師の登場によって持ち直し、更には当時の四饗公家総代を説き伏せたことで、虎の子の調伏獣(ちょうふくじゅう)を五体全て盤面に引っ張り出すことにも成功した。

 こうして夜魔は総崩れ。だが、ここでまたしても風向きが変わる。苦戦を聞きつけた暗黒王がな、自ら軍を率いてやって来たんだ」


 両軍の間で、短いが壮絶な戦闘が繰り広げられた。

 調伏獣が一体討ち取られ、暗黒王と直接対峙することとなった紫藤と不知火は、己の魔力を使い果たして殉死(じゅんし)を遂げる。

 だが、その甲斐あってイルムーク軍は予備隊含めて全て壊滅。フェルキアも、完全消滅まであと(わず)かなところまで追い詰めた。


「瀕死のフェルキアは指一本動かせず、そのまま朝を待つだけで死んだだろう。だが、そうはならなかった。フェルキアを救命するべく影で動いていた連中がいたからな」


 その正体は、死んだ二人の炎術師に代わり、論功行賞で(くん)一等に評されることになった四饗公家。

 彼らはフェルキアの身柄を拘束し、その所有権を主張した。

 殺された調伏獣の対価として、夜魔の神秘を暴いて術式とする。または傑出した肉体を元に新たな調伏獣として改造する。そうするだけの権利が我々にはあるのだ、と。

 この申し出を、幣浄院、霊瓏院は了承し、以降、フェルキアは四饗公家直轄の封印機関――天魔廟(てんまびょう)にて管理されることとなる。


「そうしてイルムークの加護を失った大英はアンボイナ事件などの影響もあって極東から手を引くことになり、虜囚(りょしゅう)となった暗黒王は哀れにも研究素体としての余生を過ごす羽目になったわけだが、これがまあ、とんでもない厄災の箱だった」


 フェルキアは自身から採取されたサンプル片を媒介に、天魔廟を無差別呪殺の震源地へと変えたらしい。

 百年以上費やしてようやく事態を収拾した四饗公家は、リスク管理を徹底すべくフェルキアを廟の最奥、重層結界陣を敷いた監房へと押し込めた。


「殺すこともできただろうが、いつかは何かに使えるかもってスケベ心があったんだろうな。ま、そのせいで自分のところの頭を殺されちゃあ世話が無いが」


(頭……組織のトップ、つまりは四饗公家の総代のことよね? 殺された? 現在に繋がる因縁……。それって……!)


 はっとする柊に、刑部はその通りと頷く、


「七凶聖による、鳳來峰(おおとりらいほう)暗殺事件。遺留品には、フェルキア直筆の署名もあったそうだ。どうやって天魔廟から抜け出したかは不明だが、外部の協力がなければまず不可能。

 解放したのは、十中八九、七凶聖のメンバーだろう。で、恩義からか復讐心からか、フェルキアはテロリストに加担。その後は霧郡に渡り、ご覧の通り、旦那よりも早くこの森を占拠して侵入者を排除している。共犯仲間の阿万鵺奏弦(あまやそうげん)と同じようにな」


 柊は思わず口にする。


「だとしたら、何のために……?」


 それはかねてからの疑問だった。

 七凶聖は計画的に断片を発見し、それを掌握している。研究も行い、断片から神秘を抜き出す術も見つけている。だが、何のために? 

 奴らは反動勢力。阿万鵺の口ぶりからしても連合首座に就くためでは決してないし、金儲けのようなつまらない理由でもないはず。

 だとすれば、いったいどんな目的で?


 刑部は紫煙を空に(なび)かせる。


「わからん。だから、それを探る。この森を支配する夜魔がフェルキアであった場合、七凶聖との関連を調べ、連中の狙いを特定する。それが俺たちに課せられた二つ目の任務だ」



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