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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔
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穴Ⅱ

 

 久慈原が得意そうに鼻を鳴らす。


「そうだ。貴様らは元魔術師。血統に恵まれず、術を継承するのに失敗した落伍者だ。そうした哀れな敗残者を憐れんで、護国鎮守を担う我ら魔術師の補佐をさせるべく生まれたのが蔡礼省さいれいしょう――現在の霊障監査局となる」


 橋田は眉を(しか)める。霊障監査局が魔術師の請負機関であることはわかりきっていることだ。


「それが、何か?」

「どちらが上かをはっきりさせたまでだよ。そして、その上でつくづく無様だと思ってね。そんな恥知らずな生き方、僕なら到底耐えられないな。まるで犬のようじゃないか」


 久慈原が廣井へと顎をしゃくる。

 挑発していたのはあっちにだったか。不味いと思った時にはもう、廣井は久慈原へとにじり寄っていた。


「その犬をほっぽり出して、殺し合いに明け暮れているのは立派なのかよ。この国を襲う有形無形の災禍から、奇蹟の術を駆使して天下泰平を保つ。それが魔術師の在り方だったろうが。それが表世界から権力を奪うや否や、利権を巡って謀殺謀略の繰り返し。挙句の果ては同胞同士で潰し合いだ。俺たちはな、そんな馬鹿げた争いから降りたんだよ。そして使命を果たしているんだ。だらしがないお前らに代わってな」


 廣井が久慈原の胸倉を掴む。 

 にんまりと久慈原が(わら)った。


「主人に逆らったな」


 久慈原の羽織に隠れた手元が動こうとして、


「……がっ‼」


 どうにか間に合った。橋田は廣井を殴り飛ばした拳をそのまま額と共に畳につけて、平身低頭(かしこ)まる。


「失礼しました。魔術師が崇高にして高邁(こうまい)なる使命を帯びていることを疑ったことはありません。ですが、力無き末端であっても想いは変わらず。それゆえの(おご)った発言だったと聞き流していただきたい。どうか御寛恕(かんじょ)を」


 土下座する橋田に対し、久慈原は勿体ぶるように告げた。


「まあ、いい。僕としても君たちと喧嘩がしたいわけではない。どうせ一期一会(いちごいちえ)の間柄だ。二度と顔を合わせることもないだろうし、ここでの暴挙は不問にするよ」

「有難うごさいます」


 恩着せがましい奴だ、と思いつつ、橋田は再度頭を下げる。


「それでは、君たちの言うところの監査局員の矜持(きょうじ)に従い、嘘偽りなく応えてもらおう。賄賂(わいろ)や買収にも(なび)かぬ清々しいまでの潔白さで、正直にだ」

「……わかりました」


 橋田はひっそりと溜息を吐く。

 こちらに無理やり借りを作らせたのはこのためか。


「この穴の安全確認はどうなっている? 霧郡に直結しているという確証は取れているのか?」


 久慈原の質問に対し、橋田は首を横に振る。


「いいえ。我々がこうして現場を確保しているのは、市井(しせい)の混乱を防ぐための秘匿化処理と余後観測のためであって、次元穴内部の調査は対象外です。

 ただ、現時点までのデータ解析によれば、この次元穴の霊子波形は霧郡消失時のものと極めて近しいとのこと。他に見つかった次元穴と同様に……」


 久慈原の眼が(いぶか)し気に細められる。


「穴の先が虚無ならば、それだけで君は六紡閣(ろくぼうかく)の魔術師を易々と葬ったことになる。虚無でなくてもいい。待ち伏せや罠が仕掛けてあれば、それだけで一定の成果だ。幣浄院(へいじょういん)四饗公家(しきょうこうけ)も小躍りして喜ぶだろう。勿論、君たちは何も知らない。知る由もない。そう言い張れば何の(とが)もないからね。だろう?」


 橋田は答える。


「監査局は、六紡閣、幣浄院、四饗公家、いずれに対しても公平中立です。なので、貴方が此処の次元穴を潜ったことを誰かに話すつもりもありませんし、別の次元穴を潜った何者かの情報を貴方に話すこともありません。どの派閥であっても要求に応じ、何があったかは黙して語らず。それだけです」


 久慈原は口の端を吊り上げる。


「では、外法師(げほうし)はどうだ。奴等は連合から除名されたにも関わらず、自由自在に現世と霧郡を往来していると聞くぞ。それは君たちが便宜を図っているからではないのか?」

「まさか。監査局は連合に絶対の忠誠を誓っています。その連合が敵視する外法師と結託するはずがありません。ただ、連中の鼻は鋭く、我々を出し抜くことも多々あります。外法師が我々の観測網から漏れた次元穴を独自に探し出し、悪用しているのだとしても驚きはしません」


 暫しの沈黙。

 それは、久慈原の露骨な舌打ちによって幕を閉じた。


「まったく、新宮寺の次元穴が唐突に消滅しなければ、こんな尋問など……。まあ、いい。ある程度のリスクは承知の上だ」


 そこで初めて、久慈原はもう一人の魔術師へと視線を向けた。


「火津摩、先に行って偵察しておけ。障害があれば排除しろ。僕は……、そうだな、二分後に向かう」

「……了解しました」


 名乗り以外一言も喋らず、マネキンのように(たたず)んでいた女が動き出す。

 軽量バックアップを背負い、合成皮革の長外套に装甲板を張り付けた編靴で全身を黒一色に染めた女は、氷の上を滑るように橋田の前を横切ると、黒々と虚を広げる次元穴の前に立つ。

 そして、躊躇(ちゅうちょ)なくその身を穴の中へと投げ入れた。


「………‼」


 唖然とする橋田と廣井が見詰める中、女の姿は闇に溶けて消えて行く。

 それっきり。あとには何も残っていない。

 橋田は、擦れ違い様、女が一瞬だけこちらに向けた眼を思い出す。

 藪睨みにも似た、鷹のような双眸(そうぼう)。その奥にある虹彩(こうさい)はどす黒く、そして、からからに乾いたコールタールのように何も写してはいなかった。


(だからといって、あんな風に……。飛び降り自殺よりもあっけなく……)


 恐怖はないのか。今し方、リスクについて意見を交わしていたばかりだというのに。

 虚無に墜ちた場合は、どうなるかさえわからない。即座に窒息するのか、意識あるまま塵へと分解されるのか。もしかしたらあの老人のように、死よりも恐ろしい結末が用意されているのかもしれない。

 だというのに、どうして……。


「一分経過……。さて、それでは()くとするか」


 久慈原の声に、はっとなる。

 見れば、女と同様、次元穴に向かい、すたすたと歩く久慈原の姿があった。


「あんたら、怖くはないのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」


 信じられないと眼を剥く廣井が、思わずといった体で口走る。

 久慈原は振り返り、嘲笑を浮かべて言った。


「それがどうした? 魔術師であれば己の死も計算の内。たとえ死んだとしても、すぐに予備が家を継ぐから問題はない。まあ、僕の妹たちは(いささ)か頼りないのでね。当主として今しばらくは健在でありたいところだが」

「けれど、さっき、あんたは穴の行方についてしつこく尋ねて……」

「無駄死には御免というだけさ。当然だろ? ふん、くだらないお喋りのせいで十五秒も遅れた。これだから下賤(げせん)な連中は……」


 そう吐き捨てると、次元穴を(くぐ)るために久慈原は再び背を向けようとする。

 思わず、橋田は口走っていた。


「……なぜ、そうまでして、魔術師は霧郡に向かう? 自身の生死すら度外視で……。なぜだ……?」


 久慈原はきょとんとし、次いで、くくくっと笑い出した。


「そうか。末端局員はそれすら知らないのか。ふふ、そうかそうか。惨めだな」


 侮蔑の眼差しを、橋田はぐっと堪える。

 井の中の蛙であることは、確かに幸せなのかもしれない。外の悪しき災いから身を護る術であるのかもしれない。

 だが、恐怖が募る。不安が勝る。

 

「……次元破断と共に消えた霧郡被災民の救出、などではないのでしょう? 貴方達は魔術師の素養を持たない人間に対して、ほとんど関心を持たぬはず」

「そうだな。十万だろうが百万だろうが、世俗民の生死など知ったことではない。加えて言うならば、認知抹消によって現世では霧郡に纏わる全てが存在外へと成り果てた。もはや戸籍すらない難民を救ってどうしろと?」 

「では、何の為に? 何の為に、連合三派閥は争うようにして霧郡へと魔術師を送り込んでいるのですか?」


 諧謔味(かいぎゃくみ)に溢れた久慈原の口が応えた。


「決まっている。崇高にして高邁なる使命の為だ」


 久慈原は身を(ひるがえ)す。

 次元穴の深淵へと錦の羽織が消えて行くのを茫然と見送った橋田は、己の胸に沸いた直感を振り払うように首を振る。

 魔術師が霧郡で何か途方もないことをしでかそうとしている。

 世界を終焉へと導くような、とてつもない何かを。


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