輝きⅡ
――相対距離13メートル。
彼女は残りの力を全て束ねて、直接叩きつけるつもりだろう。
正解だ。それしか勝機はない。
だが、増幅加速してもここに来るまで一秒以上はかかる。進路を妨害すればそれ以上に。
壊死崩壊下にある石躰にあって、生き残っている触手は二本のみ。
阿万鵺はその一本を鞭のごとく撓らせ、柊目掛けて薙ぎ払う。
左右に逃げ場無く、上空に跳んで躱す柊。触手は虚しく空を切る。
――相対距離11メートル。
疾走から回避。そして宙を泳ぐという一連の動作の中で、魔眼が彼女を補足し、邪視を注ぎ続けた時間は、間も無く0.9秒。
あと少し。そう思った瞬間に、炸裂する光が視界を満たした。
(閃光弾……! いつの間に……⁉ 違う、炎の腕を炸裂させて――)
蒼い閃光が齎す強力な光の波長が、邪視線上に含まれる魔術組成を掻き乱す。
その結果、片腕こそ失ったものの、柊は石化することなく姿勢を回転させ、逆様になって天井へと脚から着地。同時に天井を蹴り、再度、こちらに向かっての吶喊を敢行する。
――相対距離9メートル。
阿万鵺はもう一本の触手を払う。
接近を阻止するために、単純に正面から叩きつける。
一本目と同じく、二本目の横撃も回避するはず。阿万鵺の予想は、しかし、あっけなく裏切られる。
柊は触手に真正面から飛び込み、そして、何事もなかったかのように、そのままするりと擦り抜けた。
(――⁉)
遅まきながらに気付く。
彼女が二人いる。触手を透過した一人目の、後方左隣にまったく同じ姿勢で。
(陽炎による幻覚……いえ、投影! 瀕死の状態で、まだこれほどの魔術を駆使できるとは……!)
――相対距離7メートル。
(標的が二つならば、両方共に石化してしまえばいい!)
戸惑いは一瞬。阿万鵺は六つの魔眼を等分し、邪視を一斉に射出する。
石化には0.9秒間の連続照射が必須。
今ならば、ぎりぎり間に合う。もはや策などないはずだ。
――相対距離6メートル。
がくんと意識が揺さぶられ、阿万鵺は激しく狼狽する。
(な……っ⁉ なにが……⁉)
《させない……!》
脳裏に響く少女の思念にはっとする。
反射的に観てしまう。
迫る柊のその遥か後方。決意に満ちた眼差しでこちらを睨んでいるのは――
(精神感応を通じての意識衝撃……! こんな技を身に着けていたとは……! いや、今まさに習得したのですか。彼女を助けるために。なんという――)
――相対距離5メートル。
阿万鵺は意識への揺さぶりを、裂帛の気合で打ち破る。
その反動を真面に食らったのだろう。ぷつんと糸が切れた感覚と共に、少女が前のめりに倒れていくのが見える。
気絶したのだろうか。だが、構っている暇はない。邪眼照射を開始する。
――相対距離4メートル。
一直線に突き刺さる邪視を、駆ける彼女は躱さない。
石化が発揮するまでに決着をつけるつもりだ。当たるに任せて、真っ直ぐに突っ込んで来る。
――相対距離3メートル。
ああ。すぐそこまで。
――相対距離2メートル。
蒼炎が弧を描き、彼女は宙を踏み越えて身を捻る。
魔術師の最大急所、頭部の破壊を狙った回転上段蹴り。
凄まじい衝撃が、顔面を抉る。
恐るべき速度と威力に、雪華石膏の相貌骨格は完全に陥没。
額は砕け、鼻腔は潰れ、六つの魔眼は癇癪玉のごとく眼窩より弾け飛ぶ。
だが――
(あと一歩のところでしたね……)
砕けた仮面の下で、阿万鵺は会心の笑みを零す。
表層に見えるものだけが全てではない。それは生涯不変のテーゼである。
観える。力を使い果たして霧散する、蒼炎の燐光が。
視える。私と共に倒れていく彼女の瞳が、驚愕と戦慄に見開かれるのが。
(そう、私はずっと貴方を見詰めていた……!)
もはや隠す必要なし。阿万鵺は呵々と口腔を開く。
喉の奥、中咽頭に移植していた、正真正銘、最後の魔眼。
めくるめく昂揚に震えながら、石化を完遂させる最終コードを邪視に載せようとして――
(えっ……?)
愕然とする。
彼女の炎は散った。だが、瞳の中までは消えていない。
火津摩柊は無き左腕を振り被る。
馬鹿な。魔力枯渇に、瀕死の損耗。もはや指先すら動かせぬはず。なのに、在り得ない。無尽蔵とは彼女のことか。
虚空に融け消え、消滅するはずだった蒼炎が吹き戻る。
灼熱の剛腕。不格好で未熟ながらも鮮やかに燃え盛るその様は、まさしく彼女そのもの。
ああ、これは、なんて――
「――美しい」
丹田に突き刺さる炎腕。
湧き上がる炎の渦は、二人の姿を掻き消した。




