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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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石殿Ⅷ

 自分でもわからぬままに、何かを求めて彷徨(さまよ)う視線。

 それがある一点でぴたりと止まる。


「………」

「さて、弐神さんとの交渉は決裂しましたが、火津摩さん、貴方は違う。私はどうあっても貴方に断片を持ち帰って欲しい。もっと大きく輝いて欲しい……。ですから、どうかお願いです。その少女をこちらに引き渡してください。それだけで、貴方は何もかもを手に入れることが叶うでしょう」


 悪魔の誘惑。

 だが、(たぶらか)かされることはない。

 二人の姿を背で隠し、柊は阿万鵺の眼前へと身を(さら)す。


「……そこまで肩入れしてもらう(いわ)れはないはずだが?」

「それはお互い様! ぐちぐち言わない!」

「おまえも、大分変わった魔術師だな……」


 呆れたように呟く巽へと、柊は半ば怒ったように短く告げる。


「そんなことより! このピンチをどうにか出来そうな当てはある?」

「……今は何とも言えないな」

「そう……。なら、私に賭けてみない? 雪ちゃんも、いいかな? お父さんを置いて逃げるわけにはいかない。そうでしょ?」


 戦慄(わなな)き震えていた白髪の少女がこちらを見上げる。

 巽の冷静な態度が恐慌を鎮静したのか、その瞳は思ったよりも()んでいた。


《はい……。勿論です》


 力強い頷きに、巽が溜息を吐く。


「時間稼ぎくらいはしてやるつもりだったが……。で、どうするんだ?」


 疑問に答えることなく、柊は意識を集中させる。

 霊絡神経を最大出力で励起。ありったけの魔力を汲み上げながら、脳の術式図を限界まで稼働させる。

 左右の掌から顕現させるのは、蒼炎の鎖。

 同時顕現可能な本数を超えて、その数、二十八本。

 更に、追加で術式を炎鎖に刻み込む。


「ほう……。これはこれは……」


 興味深そうに阿万鵺が呟く眼前で、炎が燃える。燃え盛る。

 炎鎖は互いに絡み合うように縄となり柱となり、巻き散る燐光が輪郭を形作る。


「火津摩の血を引かない私でも……、限界まで魔力を振り絞れば……、これくらいのことはできる……!」


 出現したのは、竜の顎。体躯と呼べるものはないが、内包する殺戮の衝動を堪え切れず、巨大な口腔から猛火の涎を吐き零すその様は、充分に凶悪と言えるだろう。

 眼の奥がチカチカする。

 空気が薄い。いくら息を吸っても、頭に酸素が回らない。

 ふらつく。足元がおぼつかない。

 だが……、だが――!


「行け! おまえの敵を噛み殺せ!」


 柊は命じる。力強く、高らかに。

 獰猛さだけが売りの番犬のように、吞竜は脇目も振らず黒帯の魔術師へと飛び掛かる。

 すかさず、阿万鵺が両掌の石眼を(かざ)す。

 元より射程範囲内。だが、一秒間の注視を必要とする邪視よりも、吞竜(どんりゅう)殺到(さっとう)する方が速い。

 身体を引き千切られたくらいでは阿万鵺は死なない。無尽胎蔵によって蘇るだろうが、復活には多少の時間を必要とする。

 全身消し炭となれば挽肉化の時よりも時間を食うことは明白で、そのタイムラグを利用すれば三人で逃げることも可能だろうし、無抵抗となった(むくろ)を燃やし続ければ、阿万鵺そのものを無力化することも……。

 しかし、


「言わずもがなとは思いますが、私の石眼は両手だけではありませんよ」


 淡い希望は、あっけなく(つい)えた。

 鼻息荒く猪突(ちょとつ)した吞竜は、阿万鵺を正面から(かじ)り付こうとしたその瞬間で止まっていた。それまでの躍動が嘘だったように忽然(こつぜん)と。


「こちらでずっと見ていました。なかなかの大魔術、お見事です」


 身の丈三メートルを超える竜の石像からひょっこりと顔を覗かせた阿万鵺は、自身の着る仕立ての良いスーツ、その右肘あたりを指し示す。

 言わなければ絶対に気付かなかっただろう、糸のように細いスリット。そこから無機質な眼球の瞳孔がこちらをじっと見詰めていることに、柊は悪態を吐く。


「というわけで、こちらの方も、当然、見逃すわけにはまいりません」


 阿万鵺の背後に、突如として石化した鎖が出現する。

 今度は露骨に舌打ち。

 光の屈折率を調整しての透過迷彩は、やはりバレていた。巽の隠蔽が簡単に破られた以上、奴の眼を誤魔化すのは至難と解ってはいたが……。

 奥歯を噛み締める柊に対し、阿万鵺は悠然とした態度を崩さない。


「さて、気は済みましたか、柊さん。そろそろ、私の提案を……」


 ……ビシッ!


 その破砕音は一際甲高く響いた。

 阿万鵺の顔色が変わる。

 途方もない失態にようやく気付いたかのように、急速に蒼褪(あおざ)めて。

 狙い通り。柊は会心の笑みを浮かべる。

 慌てて振り返った阿万鵺が見たもの。それは、無尽胎蔵の玉体にしがみつくようにとりついた一匹の蟲。

 アブラムシのような肢体。棘状の(くちばし)は漆黒のヴェールを貫通して、スパイクのようにがっちりと表層面に突き刺さっている。

 だが、阿万鵺の心胆を寒からしめたのは、それだけではないだろう。

 蟲の下腹部。魔力を凝集させながら不自然に膨張を重ねるその様は、まさしく、大爆発の兆候だ。


(私の動きを囮に、阿万鵺の意識の死角を衝く……。この連携には阿吽の呼吸が必要だけど、雪ちゃんという精神感応者を仲介すれば問題なし。だけど、予想以上に上手くいったわね)


 勿論、これはこちらの要望に即座に応えた雪の機転あってのものだ。

 自分が十歳の時はどうだったろうと考えて、柊は雪の賢さに改めて(うな)る。

 もしかすると見た目通りの年齢ではないのかもしれない。


《……お父さんが訊いています。「話に乗った手前、言えた義理でもないが……、この後はどうするんだ?」って》


 暗にプランはあるのかと問い掛ける巽にウインクを返し、柊は平然と答えた。


「臨機応変。お互いに生きていたら考えましょう」


 取り乱した阿万鵺が叫ぶ。


「いけません! それだけは――!」


 が、もう、何もかもが遅い。

 蟲の腹が破裂すると同時、炸裂する閃光によって網膜が白く染められる。

 衝撃波を伴う振動。胃の腑が不気味に浮かび上がる感覚。

 それでも、不思議と身体は動く。

 柊は感覚だけで雪へと駆け寄り、小さな身体を捉えると強く胸に抱き絞めた。


(せめて、この子だけでも……)


 虫の良い願いだとはわかっている。だけど……。

 そして、全身を粉々に砕くような喪失感が、意識さえもバラバラに噛み砕き――

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