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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔
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隠蔽

 

 まったく、何度目になるだろうか。


「……そうじゃろうか。しかし、あんたらはそう言うがのう」

「大丈夫です。単なるガス漏れですから。原因は突き止めましたし、修理もじきに終わります。そうすれば、何もかも元通りになりますよ」

「でも、三好(みよし)さんは入院なさったのだろう? どこの病院に担ぎ込まれたんじゃ? わしらはそれすら知らん。いくら検査のついでに(がん)が見つかったとはいえ、見舞いにも行けんというのは……」

「三好さんを思う皆さんの気持ちはわかります。ですが、病巣を完全に切除するには、どうしても名古屋にある大病院に行かなければならなかったんです。息子さんにも同じ説明をして、了承を得ています。ですから、ご安心を」


 そう言って、橋田はにっこりと微笑む。

 いつもならば、これで老人たちは不承不承に納得する。ブルーシートで隙間なく囲まれた三好邸をうさん臭く眺めながらも、何もできずに退散する。

 だが、今日はしつこかった。


「しかし……、わしらは、あれがどうしても、よくある事故とは思えんのだ……。実際、何人も見ている。あの夜、奇妙な地鳴りが村を揺らした後、三好さんの家から黒い煙のようなものが噴き出たのを」

「落雷かと思ったが、違ったな。煙は湧いたと思いきや、家の中へと吸い込まれていったんだ」

「煙だけじゃないぞ。枯葉や砂利を巻き上げて、ごうごうと大きな風が家の中へと吹き込んで……」

「一瞬のことじゃったが、間違いない。明らかに異常じゃった」


 橋田は内心で舌打ちしながらも、それを悟らせない真摯(しんし)な姿勢で対応する。


「ですから、我々がやって来て調査しているのです。みなさんが目撃したものが事実か否か。それを探るのが、我々の職務であり使命なのです。現代科学はいかなる超常現象も明らかにします。精密な科学的調査を行えば、(たた)りや狐憑きなんてものが迷信でしかないことは自明の理。こうした事例の解決に関して、我々はプロです。その我々が自信を持って言うのですから、これは単なる事故でしかありません」

「なら、どうして家を隠すんだ?」

「それは何度も説明したと思いますよ。物的証拠の飛散を防ぐためにシートを掛けているだけ。それだけです。まだいくつかのサンプル採取が終わっていないものでして」

「村をうろついている背広姿の連中は……」

「それもサンプル回収のためです。彼等は私の部下で、文部科学省国土保全局の災害研究課に勤める国家公務員です。ですから、身許も出自も保証されています。あっ、もしかして、誰かが失礼を? でしたら申し訳ありません。私の監督不行き届きです。厳罰の上、謝罪させますので、どうかご容赦を」

「い、いや、そういうことじゃないんだ」


 老人たちはどうしたものかと顔を見合わせる。

 まあ、そうだろうな、と橋田は口の中でぼやいた。

 部下には住民たちの反感を買わぬよう指示を徹底してある。道で擦れ違えば挨拶し、記憶に残らない程度に親切で好意的であるはずだ。


「……わかった。だけど、早く仕事を終わらせてくれよ。落ち着かないからな」

「わかりました。努力致します。ご理解、ありがとうございます」


 人手不足から手入れが行き届かず、茂るに任せた生垣の彼方へと老人たちが去っていく。


「……ようやく満足したか。やれやれ」

「随分粘られましたね。ご苦労様です、主任」


 背後から聞こえてきた部下の声に、橋田は苦笑を浮かべて振り返る。


「日常を脅かされるのが嫌なんだろうよ。それとも、退屈な毎日に思わぬ刺激が舞い込んだので浮かれているのかもな」

「しかし、毎日毎日飽きもせず……。金でも渡して黙らせましょうか?」


 ブルーシートを(めく)って三好邸の玄関から出てきた若い背広男の問い掛けに、橋田は首を横に振る。


「それは悪手だな。平凡で何の変哲もない事故だった。そう印象づけることが肝要だ。むやみに金をばら撒けば、それは新たな関心を呼ぶ。金と暴力で黙らせるのは最終手段だ」

「つまり、当分はペコペコしていろってことですか。たまんないですね」

「そうだな。しかし、それも俺達の仕事だ。世俗民の無知に苛立つのはわかるが、そういうものだと諦めろ。俺達が霊異事象を適切に処理しているからこそ、この国の平和と安全は成り立っている。そう説明したところで納得してもらえるはずがない。頭のおかしな奴と陰口叩かれるのが関の山だ」

「そう考えると、井の中の蛙って幸せなのかもしれませんね。自分たちの見ているものが世界の全てだと勘違いしたまま一生を終えられば、それが真実になるわけですし」

「こうして巻き込まれでもしなければ、な」


 橋田は、この家に住んでいた独居老人のことを想う。

 老人たちが語っていた、奇妙な地鳴りと嵐の夜から四時間後。

 村へと到着した橋田たちは、三好邸の惨状に困惑する住民たちを押し退けるようにして規制線を敷いた。

 警察や消防よりも迅速に駆けつけた橋田たちに、村人は怪訝(けげん)な視線を寄越してきたが、それを無視して邸内へと侵入し、そして見た。

 端的に言って、三好老人は見つからなかった。いや、あちらこちらに細かく散らばり過ぎていて、原型を留めたものが見つからなかったと言う方が正しいか。

 幸いだったのは、被害がそれだけで済んだこと。


「これっきりで終わってくれればいいんだがな……」


 ぽつりとぼやく橋田に、まったくだと廣井が相槌を打つ。


「こんなものが頻繁に湧いて出るようなら、もうこの国も終わりですよ。情報統制だって限界がありますからね。俺達が必死に隠したところで、東京や大阪なんかの繁華街で顕現でもされたらどうしようもありません。被害も桁違いになるでしょうし、そうなったらお手上げです」

「余震が余震のまま終わるのか。拡大するのか縮小するのか。それすらもよくわかっていないのが現状だからな……」

「だとすると、今後、霧郡以上の被害が出る可能性も……?」

「わからん……。次元破断と呼ばれる今回の超級霊異事象。十五年前にも同種のものが観測されたが、その時はあっさり消えてそれきりだ。しかし、今回もそうなる保証はない。余震が続けば、それがトリガーとなって新たな次元破断を誘発する可能性だってある」

「不吉な未来ですね、それ。なんだかげんなりするんですけど」

「おいおい、そうなると決まったわけじゃないんだ。気合い入れて手を動かせ。現場は待ってはくれないぞ……ん?」


 携帯電話を取り出し、橋田は「わかった」と短く返答して通話を切る。


「間も無く来るそうだ。準備はできているか?」

「ええ、一応は。流石に畳は張り替えられませんでしたが、それなりに綺麗に片づけておきました。村に散っている観測班はそのままでいいんですよね?」

「ああ、職務遂行が最優先だ。それに、揃って歓迎したところで喜んでくれるような相手でもない。鼻であしらわれるのは目に見えている」

「それはありがたい。本来国を護るべきはそちらさんでしょうに、と愚痴(ぐち)ってやってもいいですかね?」


 おどける廣井に、橋田は口の端を上げる。まったくもって同感だった。


「わかっていると思うが、お行儀良くするんだぞ?」

「そこまで俺も馬鹿じゃありませんよ。この国の支配者様を敵に回して得になることなんて何一つありませんからね。全力で()(へつら)ってやります」


 こいつは賢い。それが正解だ。


「それで、どんな奴らなんですかね? その六紡閣の魔術師二人組って」

「すぐにわかるさ」


 遠くから響いて来る車のエンジン音に、橋田は気合を入れるため顔をごしごしと手で(こす)る。

 今度の演技はしんどいものになりそうだ。


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