石殿Ⅱ
(弐神巽から聞かされた人相そのまま……! こいつが、阿万鵺奏絃……!)
柊は瞬時に彼我の相対距離を測る。
(石眼の最大有効射程距離は、直線で十六・七五メートル。……大丈夫。まだ射程外。猶予はある。対策もしている……)
眼付を鋭くした柊に、優雅な一礼を終えた阿万鵺は口元をにこやかに微笑ませる。
「私の魔術については既にご承知の様子。であれば、そのように警戒されるのも解ります。六紡閣の御同胞――多々羅さんを撃退し、久慈原さんを屠った私に敵愾心を抱くのは当然のこと。断片奪取を目論む貴方たちからすれば、その守護者たる私は排除すべき仇敵。ですが……」
阿万鵺は無抵抗を示すように両腕を広げる。
「まずはお話しを。もしかしたら妥協点を見出し、互いに無駄な諍いを避けられるかもしれません。闘争が貴方の望みでないのなら、試してみる価値があるとは思いませんか、火津摩さん?」
「………」
阿万鵺が自分の名前を知っていることに驚きはなかった。
奴の言葉通りなら、久慈原を殺す前に尋問するなりして情報を奪ったのだろう。
しかし、だとすれば、尚の事解らない。
(久慈原を凌駕するだろう戦闘力を持った阿万鵺が、私を一気呵成に始末しようとしない、その理由……)
……わからない。
なら、探るしかない。
「貴方と私に、交渉の余地があるとでも……?」
柊が口を開くと、阿万鵺は朗らかに破顔した。
「ええ。その通りです。ですが、交渉というものは、ある程度の信頼と信用の上に成り立つもの。なのに、我々はお互いを知らなさ過ぎるとは思いませんか? そこで、私に貴方への質問を幾つか赦してください。代わりに、私も貴方の質問に答えましょう。勿論、嘘偽りなく誠実に」
「………」
乗せられている感は否めない。しかし、それ以上に――
「……私も、貴方には聞きたいことがある」
柊の返答に、阿万鵺は満足そうに一礼する。
「有難うございます。それでは一つの問答を終えるごとに、質問者と回答者は交代するということで。そして大変恐縮なのですが、最初の質問は私からで宜しいでしょうか? どうしても火津摩さんに答えていただかねばならないことがありますので……」
出方を見よう。柊は無言で頷く。
阿万鵺は再び一礼し、そして柊へと問いかけた。
「火津摩さん。貴方は、何のために此処に来られたのですか?」
「……?」
わかりきった質問に、柊は内心で首を捻る。つい先程、奴自らの口で答えを言ったばかりではないか。
断片入手。そう答えようとした柊を制するように、首を横に振った阿万鵺が注釈を加える。
「四饗公家、幣浄院、六紡閣の連合三派閥が、首座の地位を巡って次元破断の断片を求めていることは知っています。私が問いたいのは、そういうことではありません。多々羅信篤は忠義のために、久慈原千景は栄達のために断片を得ようとしました。では、貴方は? 貴方は次元破断の断片を得て、いったい何を成そうとしているのですか?」
「………」
(私が霧郡に来たのは、騏堂成叡に命じられたから……。久慈原の手伝いをするように。その久慈原がいなくなった。だから、私が代わりに断片を獲る。何故……?)
決まっている。復讐のためだ。
断片を手土産に騏堂の信頼を稼ぎ、側近として身辺に侍る機械を得、隙をついて暗殺する……。
それこそが私の存在理由。それ以外に、私が生きている意味なんてない。
「……」
柊は無言を貫く。一度犯した愚は繰り返さないし、本心を赤裸々に吐露するつもりもない。
阿万鵺はそんな柊を興味深げに見遣り、
「そうですか……。お答えになられない。それもまた立派な一つの回答です」
と、なぜか上機嫌に呟いた。
上から目線の勝手な解釈に少しむっとしたが、言い返すのは愚の骨頂。
なら、今度はこっちの番だ。
「阿万鵺奏絃、貴方は断片を守護していると言った。それはなぜ?」
なぜ四饗公家の総代を暗殺したテログループの一員が断片を確保しているのか。
かねてからのその疑問に、阿万鵺はあっさりとこう答えた。
「頼まれたからですよ。我らが七凶聖の首魁――詩貴静蘭から直々にね」
詩貴……、静蘭……?
聴いたことのない名前だ。魔術師なのだろうか。
「この塔は静蘭によって発見されました。攻略の際には私も同行しましたが、ほとんど後を着いていくだけでしたね。そして、次元破断の断片を見つけ、彼は私に言いました。『この断片には管理者が必要になる。管理者は塔に留まり、守護者とならなくてはならない』と。つまりはそういうことですね」
楽しそうに話す阿万鵺の言葉に、柊は眉間の皺を深くする。
騏堂成叡がどうやって早蕨の塔を見出したのかもわからないのに、それを遥かに上回る機動力で断片確保に至ったテロリストたち……。
どうしたら、そんなことができる? 単なる偶然か? それに管理とはなんだ? 断片の?
七凶聖……。こいつらは何を知っている?
「では、今度は私から。……火津摩さん、宜しいですか?」
阿万鵺の声に、柊は底知れぬ不気味さから立ち返る。
しっかりしろ。憶測に怯えてどうする。呑まれるな。
一つ静かに息をつき、柊は黒帯の男を睨む。
「……いいわ。私に何を訊きたいの?」
「率直な感想で構いません。私の作品をどう思われますか?」
今度は口籠る必要もない。柊は正直に答える。
「最悪。吐き気がする。それ以外にないわ」
「しかし、貴方はこれに魅入った。どうしてでしょう?」
「……質問するのは私の方でしょう?」
「失礼しました。少し気が急いてしまったようです」
どうぞ、と掌を差し出す阿万鵺に、柊はわずかに逡巡する。
……正直言って、優先順位はかなり低い。どうしても知りたい情報ではない。知ったところで、どうにかできる保証もない。
それでも、脳内にフラッシュバックする記憶との類似性が、柊の口を開かせる。
「……この塔の全てを知っているわけじゃない。通路にしても広間にしても、偶然通りかかって、ちらりと奥を覗いただけ。だけど、それでもわかることがある……」
刑務所のような鉄格子。
コンクリートの壁に繋がれた手枷足枷。
悪臭漂う汚水溜り。
割れた爪と砕けた奥歯。
そして、一縷の望みを賭けて必死に削り取ろうとした、鉄扉の蝶番……。
「次元破断に被災し、霧郡に取り残された住民を、貴方は牢獄に監禁していた。何の為に、とは聞かないわ。だけど、教えて。どうして、どの牢も空なのか。無事な人はいるの? それとも、もう……」




