賊都蹂躙Ⅰ
午前十一時九分。東京都台東区。御徒町公園前コンビニエンスストア。
「いらっしゃいませー」
自動扉を潜るなり聞こえて来る、気の抜けた中年女性の挨拶。
それを右から左へと聞き流し、つっかけジャージ姿の光瀬浩二は慣れた足取りでATM脇の雑誌コーナーへと向かう。
生欠伸を漏らしながら、腫れぼったい瞼を指でごしごしと擦る。
まったく、昨日は大変だった。ヒステリーを起こした女を宥めるのに、明け方近くまでかかってしまった。
キャバクラの黒服として働いて、ようやく三か月。先輩に紹介されたのをきっかけに、無職よりマシだろうと始めてみたはいいものの、過酷な業務内容に心身がくたびれているのがわかる。
先輩は慣れれば美味しい仕事だと請け負ってくれたが、本当だろうか。四六時中こき使われて、清掃、買い出し、送迎、客トラブルの対応にレジ締めと、慌ただしくなかった試しがない。気が休まるのは、従業員用便所で踏ん張っている時だけ。事ある毎に文句を言われ、うすのろだの、気が利かないだの罵声を浴びせられる。
やってられるか。そう怒鳴って店長をぶん殴れたらどれだけスカッとしただろう。だが、これまでどうにか耐えてきた。
自分でも驚きだ。そもそも、三か月に及ぶ連勤自体が初めてである。
本日発売の漫画雑誌を買い物籠に放り投げながら、浩二は考える。
人間、変わろうと思えば変われるものだ。それとも、これが父親になるという自覚だろうか。
妊娠の事実を聞かされた時は動揺して、もしかすると俺の子じゃないかも、なんて最低な事も口走ってしまった。後にも先にも、あれほど後悔した事は無い。
「……」
冷蔵ケースの扉を開き、発泡酒のロング缶を取ろうとして、その手を止める。
今日は一日休みだから、万年床でゴロゴロしていても構わない。だが、その一日を使って、英子の実家へと顔を出すことも出来る。
駄目で元々、もう一度頭を下げて詫びてみよう。いや、そうじゃない。一度でなく何度でもだ。あいつの両親の怒りが解けるまで、結婚を許してくれるまで何度でも……!
ちゃんと定職についたことも言って、貯金をする約束だってする。
「……そうだ。俺は変わったんだ。よしっ!」
そうと決まれば行動は早い。車の中でも食べられるようおにぎりを掴み、籠に放り込む。長丁場になるかもしれないから、大目に買っておこう。
ポップで明るい店内放送のメロディが小気味良い。なんだか一気に未来が拓けた気がする。いきなり崩れた空模様とは正反対だ。
自動扉が開いた時の入店音が響く。頻繁に何度も。大所帯の客でも来たのだろうか。
中年女の挨拶が聞こえない。また入店音。聞こえない。代わりに、ごしゅごしゅと湿った何かを叩くような音が聞こえる。水のたっぷり詰まったバケツに、濡れたモップを突っ込んだ時のような……。
なんだろうと気になったが、気が逸る浩二はさっさと会計を済ませるためにセルフカウンターへと籠をどさっと載せる。
一つずつバーコードを読み取っていると、今度は外から車の激しいブレーキ音に衝突音が響いて来た。
おいおい、事故か。わあわあと騒ぐ人の声も聞こえる。もしかすると、結構な大事かもしれない。
警察沙汰は御免だった。浩二の風体は首から両腕にかけて彫ったタトゥーもあって、一般人からほど遠い。まったくの無関係なのだから堂々としていればいいとはわかってはいるものの、補導された過去もあって苦手意識はどうしても拭えない。すぐに店を出てしまおう。
タッチパネルを操作し、会計画面に遷移。電子決済を済ませようとして、エラーになる。通信が遮断? どうなっているんだ?
ちらちらと電灯が明滅。音楽にノイズが混じる。停電……ではなさそうだ。という事は、電気系統のトラブルか? くそが。
苛立つ浩二は固まった画面を叩こうとして、気が付いた。バックヤードの方からこっちに向かって、ゆっくりと近付いて来る気配がある。店員か。だったら文句の一つでも言ってやらないと。
浩二は勢い良く振り返り、そして絶句した。
「……え?」
そいつは店員ではなかった。人間ですらなかった。
胴巻きに篭手、脛当てという、簡素な防具を纏った小兵の足軽。鉢金を嵌めた顔面は赤味掛かった凸凹の突起だらけで、その一部に空いた孔からはぴしゅぴしゅと水が吹き出ている。よく見れば、突起の隙間を縫うように二つの亀裂があって、そこからは細い瞳が覗いていた。
化け物だ。その化け物と目が合う。同時に、腹に激痛が。
浩二は視線を下に向ける。左腹部に金属の刃が刺さっている。刺したのは、この化け物で……。
「なん……で……?」
不思議だった。本当に。
海鞘頭の足軽が手首を返すと同時、腹に刺さった刀が奥深くへと抉り進む。
激痛。意識が吹き飛びそうになる。痛い、痛い、痛い、いたいいたいイタイイタイイタイ……っっっっ‼
引き抜かれる刃。零れる血潮。
両膝を床に打ち付けて、浩二は倒れ込む。
防衛本能が反射的に身体を丸めようとするが、足軽がそれを赦さない。無造作に浩二の脇腹を蹴り上げ、強制的に仰向けに転がされる。
複数の足音がする。草履が擦るような……。
涙で滲んだ視界。様々な顔が浩二を覗き込む。海星に、海鼠に、魚の種類はわからなかったが、どいつもこいつも手に握るのは、鋭く磨かれた鋼の刃。それらは何の躊躇も無く、浩二の体内へと突き入れられる。
ずしゅ、ずしゅ。ごっ、ごしゅ……。
ああ、そっか。この音は、さっきの……。
霞逝く意識の中で浩二が最期に考えたのは、菓子折りを持って行った方が良いという事。
でも、こんなコンビニで買うよりも、もっとちゃんとした場所で……。
午前十一時十三分。東京都世田谷区。城山通り。
「動きませんねぇ」
「……」
ずらりと並んだ車列を前に、タクシーの後部座席に座る森田裕菜はひっそりと嘆息する。
このままだと遅刻は確実だ。
スタジオ入りには十分な余裕を持って行動していたし、今日もそのはずだった。でも、どうしようもなくイレギュラーは発生してしまう。まさか、出かける寸前で飼い猫が体調不良を起こすなんて……。
嘔吐に痙攣。呼び掛けてもぐったりとしたままの愛猫をそのまま放置するなんて、どうしても出来なかった。
かかりつけの動物病院に駆け込み、主治医の献身的な措置ですぐに回復した事に安堵してから大急ぎでタクシーに飛び乗ったが、その時点でスケジュールはぎりぎり。そこに、この大渋滞である。
現場に前乗りしていたマネージャーには事情を説明し、先方に謝罪するよう頼んだが、その後の音沙汰は一切ない。
怒っているのだろうか。モデルとしてようやく売れ出したから、調子に乗り出したと思われている?
不安が込み上げる。降り出した雨に触発されたのか、ともすれば泣きそうになってしまう。
長い下積みを経て、やっと掴んだ一流への切符。こんなところで終わりたくない。
その想いから裕菜は人見知りを押し殺すと、おずおずとではあるが運転手へと声を掛けた。
「あの……、信号は青なんですよね? 何でそれで進まないんですか?」
「うーん。たぶん事故だとは思いますけど、ほら、大型トラックが車道を塞いで横転したとか、そういうの」
「そうですか……。その、迂回路とかは……?」
「無理だと思いますよ。この辺、裏道ないから」
本当にそうなのだろうか? 調べもせずに適当な事を言っているだけでは?
裕菜は考える。タクシーを降りて、駅まで歩く? 渋滞の先で新たにタクシーを拾っても……。うん、その方がいいかもしれない。お金は掛かるかもしれないが、信頼には変えられない。
そうしよう。でも、その前に……。
裕菜はバックの中に押し込んでいた携帯電話を手に取る。
マネージャーに叱責されるのは怖かったが、現場に迷惑を掛ける方がもっと怖い。この際、私の遅刻は確定としてスケジュールを再度組み直してもらった方がいいだろう。
陰欝で億劫だが、避けて通れない必須の作業。裕菜は暫し携帯を操作して、ようやく異常に気が付いた。
SNSが機能していない。メールも。電話をかけてみるが、不通だ。
「どうなっているの……?」
携帯の基地局が死んでいるのか、何処とも連絡が付かない。
ざざっという砂嵐の音に、裕菜は顔を上げる。
タクシーの運転席の横。GPSと連動しているカーナビの画面が乱れていた。
運転手は気付いていない。ハンドルをがしっと握り、わなわなと震えている。
震えて? なぜ? 血走った運転手の瞳は、じっと前方を凝視している。そこにあるのは、相変わらずの渋滞。おかしなところは何も……。
(もしかして、バックミラー……?)
その時だった。ドアを挟んですぐ隣にある歩道を、物凄い勢いで通行人たちが駆け抜けていく。何かに追われているかのように必死の形相で。
突然、タクシーがバックした。後方車輛にバンパーをぶつけて止まったかと思えば、今度は急発進。前方の車輛を突き飛ばす。
シートベルトで固定されながらも、全身がガクンと揺さぶられる。いきなり、何を……⁉
運転手が強引にハンドルを切る。車道から歩道へと乗り上げるタクシーはアクセル全開で急加速。その先には、走り去っていった人達が。
彼等の背中がどんどん大きくなる。まさか……!
「やめて!」
裕菜は叫ぶ。が、タクシーはお構いなしに群衆へと激突する。
ゴン……、ゴドッ……、ゴドッドッ……。
フロントバンパーに跳ね上げられた男性と目が合う。彼はそのまま、ゴム人形のように宙を舞って消えて行った。
「ひ、人殺し!」
それでもタクシーは止まらない。次から次へと人を撥ねていく。バックミラーに映る運転手の顔は真っ青に強張っていた。
タクシーは、そのまま横断歩道に突入する。裕菜は眼を瞠る。左の道から、子供たちが泣き叫びながら飛び出して来た。このままだと……!
轢かれる。そう思った瞬間、運転手が急ブレーキを踏みつつ、滅茶苦茶にハンドルを切った。
タクシーはガードレールに右フロントを擦り付けながら、車止めに激突。その勢いのまま民家の壁に激突する。
「う、うぅ……」
裕菜は呻く。シートベルトを締めていたおかげで、どうにか無事のようだ。
運転手もエアバックによって助かったらしい。白い粉と風船に押し潰されながらも藻掻いている。
裕菜は震える指先でシートベルトを外すと、硝子塗れのシートを這い進む。殺人鬼と一緒の車になんかいられない。変形したドアをどうにかこじ開けて、転がるように外へ。
二、三歩、よろめきながら歩き、裕菜はその場にへたり込んだ。
助けて。そう声を出そうにも、喉が詰まったように言葉が出ない。耳の奥がキーンと鳴っている。
そんな裕菜の元へと若い男が駆け寄っていく。だが、手を貸したり、安否を尋ねたりはしない。そのまま横を素通りして走り去る。全速力で脇目も振らず。
裕菜は茫然とする。どうして無視するの……? なんで……? こんな大惨事が起きているのに……。
その時だった。
「あ、あああぁぁ……‼」
潰れた運転席に囚われたまま、こちらを見詰める運転手の絶望の顔。
裕菜の背筋を、冷たい悪寒が走り抜ける。
(まさか……、そういう事、なの……?)
振り返った先に、それはいた。
高さ十メートルほどの虚空を浮遊する、巨大な緑色の球体。エメラルドグリーンに透ける球体の中心には、六本腕の骸骨が鎮座しており、その下半身は魚の尾鰭のような形をしている。
球体からはどろりとしたゲル状の触手が無数に伸びていて、大型トラック程の大きさもあるそれらは何かを探すように先端をふらふらと揺り動かし――
あっと叫ぶ間も無かった。
触手の一本が急進し、腰砕けになったままの裕菜の身体を一口に呑み込んだ。
緑の粘体に溺れた一瞬で、肌が溶ける。チリチリという激痛が全身の神経を苛み、裕菜は絶叫を上げた。大きく口を開いた事で粘体は口腔に潜り込み、そのまま胃の腑へと流れ込むと同時に内臓全域へと拡散していく。
裕菜は知る由も無かったが、粘体の正体は極小のプランクトンであり、強靭な顎と牙を備えた微生物たちは獲物の表皮を削り取るように破壊する。融解は化学反応によるものではなく、それゆえに青酸や硫化物などの副産物は発生しない。更に、海魔の主である八尾冬扇は、あえてその分解速度を下げていた。
(―――! ―――――‼ ――――――‼)
身長百七十センチ、体重五十キロの成人女性が、完全融解するまでに要する時間は二十秒。
裕菜はその内の十二秒間を生き抜いた。
午前十一時三十一分。東京都豊島区。池袋。
湯ヶ島秀人は、茫然と目を開く。
此処は何処だろうか? 見覚えがある空間だが、何か違和感がある。
えーと、多分だが、東上線の電車の中……。そうだ。俺は電車に乗って……。
熱っぽい頭で必死に考える。
電車に乗ったのは……大学のゼミに出席するためで……。午後一の講義……。さぼってばっかりで、とうとう教授の逆鱗に触れてしまった。次、欠席すれば、留年間違いなし……。だから、三十九度の高熱が出たとしても休むわけにはいかなくて……。色んな嘘や言い訳をしてきたせいで、オオカミ少年になってしまったツケが回って来たわけだ……。
(そっか……。体調悪すぎて気絶したのか……。道理で……)
改札をどうにか潜ったところまでは覚えている。しかし、急行に乗ったのか各駅停車に乗ったのか、電車に乗ってどれくらいの時間がたったのか、それすら判然としない。
(とりあえず、起きるか……)
このまま横になっているわけにもいかない。そう考えて、秀人はようやく違和感の正体に気付く。
(俺が床に大の字で寝ているのは、まあいいとして……。どうして天井にドアが付いているんだ?)
何とはなしに、視線を右へと振ってみる。
床だと思っていたのは電車の側面で、網棚が有刺鉄線のように剥がれるそこには大勢の人間が倒れていた。しかも、ガラスや折れ曲がった鉄材で荒れ放題。漏電しているのか、パチパチという異音に焦げ臭い煙が何処からか薄く漂っている。
のそのそと身を起こし、秀人は近くにいた人の元へと歩み寄る。
「もしもし。大丈夫っすか?」
声をかけてみるが、反応がない。眠っているのだろうか。起こすのも忍びないと判断力が大幅に低下した頭が告げる。
それもそうだ。だいたい、こんな普通じゃない状況、夢に違いない。高熱に魘されての悪夢という奴だ。しかも明晰夢。うわ、最悪だ。どうやって起きたらいいんだろう?
「とりあえず、外に出てみるか……」
倒れている人間を跨ぎ越し、車両同士を繋ぐ連結部に向かう。すると、コンクリートの床が見えた。ちらちらと明滅しているが、蛍光灯らしき明かりも見える。
出てみて、驚いた。見慣れた光景だったが、首を捻る。
そこは池袋駅の構内。しかし、なぜ、ホームと地続きなのか。
辺りは滅茶苦茶になっていた。まるで爆撃でもされたかのように、鉄の塊があちこちでひしゃげ、真っ赤な血だまりがあちこちに散らばっている。
脱線事故? だとすれば、えらいリアルな悪夢だ。自身の想像力に驚きながら、秀人は階段を降りて改札へと向かう。
改札は無人だった。鞄や靴なんかはいたるところに散乱しているものの、駅員すらいない。ますます夢との確信を擁きながら、それでも大学に向かわなければとの切羽詰まった感情だけで、秀人は壊れた改札の隙間を通り抜ける。
重たい頭。脳がまったく働かない。身体に馴染んだ習慣だけが頼みの綱だ。有楽町線に乗って飯田橋に向かう。それさえクリアすれば大学は目と鼻の先。きっと講義にも間に合うだろう。
歩きながら、鎮まり返った周囲を胡乱げに見渡す。
人影はないが、人の息遣いは聞こえる。
暗がりをよくよく観察すれば、柱の陰や券売機の下あたりに怯えた顔の人間が何人も縮こまっている。怪我人も多く、血を流したり不自然な角度に曲がった脚を押さえている人もいて、さながら暴動直後といった有様だ。
そして、それ以上に不思議なのが、古めかしい鎧を着込んだ魚頭の人間がそこかしこを我が物顔で歩いている事。ハロウィンにしては気が早いし、何かのイベントだろうか。声を掛けようかと思ったが、なんだか忙しそうなので遠目に見るに留めた。
乗り場は……お、あった、あった。階段を降る。真っ暗だ。非常灯が輝いているだけ。なんで?
とりあえずベンチに腰掛ける。誰もいない……と思ったが、駅員しか入れない従業員用の重たそうな鉄の扉が少しだけ開いており、そこから複数人の眼玉がこちらをじっと見詰めている。近付いてみると、凄い勢いで閉じられた。
何をそんなにビクビクしているのだろう? そう思っていると、電車がやってきた。発着時刻を告げる電光表示板は切れているので、時間通りなのかはわからない。
ホームドアの前に立つ。アナウンスはない。電車が止まる気配もない。
電車は目の前を猛スピードで通過していく。吹き付ける風圧さに秀人は後ろ向きに倒れそうになり、どうにか耐える。
一瞬の事だったが、変なものを見た。
通過していった車内の光景。それは阿鼻叫喚の地獄絵図で、さっきの魚頭と同類と思われる鎧武者たちが、乗客を槍や刀で追い回し、刺し殺したりしていた。
……うん。これは駄目だな。どうやら俺の高熱は重症の域らしい。いますぐ帰って寝た方が良い。いや、それよりも病院に行くべきだ。速攻で。
秀人は夢遊病者のようにふらふらと歩き出すと、階段を昇る。途中何度か意識が途絶えたり、目の前が虹色に歪んだりして倒れる事もあったが、それでも気付けば東口まで来ていた。
なんだか妙に生臭く、磯臭い。そこにガソリンか有機溶剤の強烈な臭気が混じり合い、秀人は吐きそうになったし、実際吐いた。
外に近付くほど、臭気はますます濃くなる。その一方でオレンジ色のぼんやりとした明るさは増していく。
秀人は酸っぱい唾液で汚れた口元を手の甲で拭いながら、松明に引き寄せられる蛾のようにロータリーへと出た。
出迎えたのは、多種多様な自動車が井形に組まれた、気焔盛んなキャンプファイヤー。周りには鎧武者が徘徊していて、時折、薪のようなものを炎の中に投げ込んでいる。それが何なのかを確かめようとして、秀人は止めた。精神衛生上絶対によろしくないと直感が告げたからだ。
眼が眩むような炎を離れ、ふらつきながら路地へと入る。
吐くものがないのにもう一度嘔吐をする。水が欲しい。喉が焼けるようだ。小雨が降っている。いつの間に雨が? 家を出た時は快晴だったのに、おかしいな。
そうだ。何もかもがおかしい。雲の合間にたくさんの城が、天守閣が見える。逆様の。
それに、あれはなんだ?
有象無象の高層ビルを見下ろすように、緑色に煌めく巨大な柱がスカイツリーよろしく聳え立っている。その突端はピカピカと発光していて、あたかも灯台のようだ。
そして路地の先にも、魚頭の鎧武者が練り歩いている。
秀人はがっくりと肩を落とす。
「はいはい、わかりましたよ。俺が全部悪いんです。反省しています。だから、神様、勘弁してくださいよぉ……」
とにかく病院を見つけ次第、駆け込もう。もしくは、さっさと目を覚ましてくれないだろうか。
こんな悪夢は、もうこりごりだ。
お読みいただきありがとうございました!
ご意見、ご感想、お待ちしております。
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