曇天Ⅳ
「……とどめだ。構うことはない。一息に終わらせて――」
「絶後……。すまない……」
「冬扇……?」
◆
「……あれ?」
異変は、仔魚の胎より生じた。
仔魚の口腔内に黒雷が蓄えられると同時に、漿液に浸る骸人魚が苦悶に痙攣。
ある人魚は狂ったように脳に刺さった管を抜き、ある人魚は自らの頸に手を掛けて自決を図る。そうした最中に漿液が激しく沸騰。熱さに耐え兼ねてか、胎膜を破って外に逃れようとする人魚もいたが、それを果たす前に本体――仔魚の方が限界を迎える。
まずは巨大な眼球が破裂。脊髄が外側へと弾け飛び、黒雷は気道を通って体内へ。瞬間、孔という孔から紅蓮が噴き出し、曇天を茜一色に染め上げる。
強いて例えるならば、焼却炉にひしめく赤ちゃん人形。難燃性のセルロイドが醜く焦げて縮れていく様をまじまじと眺めなら、仮面の魔術師は静かに納得する。
「四饗公家が五百年を費やして、ようやく再現にこぎつけた葛木の秘術……。核体のデータがあるとはいえ、そう簡単に模倣は出来ないか……。いやあ、安心したよ。怨業砲だけが調伏獣の華じゃないけれど、ブランドイメージって大事だからね。重要な技術は独占してこそ意味が……って、あれ? 禎岡君?」
きょろきょろと周囲を確認する。
六紡閣の狗神使いが、いつの間にか消えている。影も形もない。
仮面の魔術師は感心したように顎を摩る。
「油断していたつもりはなかったのに、僕の知覚野をあっさりと擦り抜けて……。君達の方はどうだった? 感知できたかい?」
そう告げる男の前に、何処からともなく姿を現した五人の忍び装束が集結する。
「申し訳ありません。我々の警戒網もまったく機能せず……」
「あ、やっぱり? すごいねぇ、彼。流石は近習衆の裏番、暗躍のプロフェッショナルだ。たぶんだけど、君達が囲んでいるのもバレバレだったね。ま、それでも小指の爪くらいのプレッシャーにはなったかな」
仮面の奥で笑顔を崩さず、男はうーんと大きく背を伸ばす。
「さーて、あとは狼煙が上がるのを待つとしよう。僕等にはもう何処から発せられたかわからないくらいに薄れてしまったけれど、狗神の鋭敏な嗅覚なら断片の残り香だって辿れるはず。一筋縄じゃあいかないと思うけど、健闘を祈るよ、禎岡君。せいぜい派手に暴れてくれたまえ」
「核体が殺され、断片が奪取されるリスクもありますが?」
畏まる忍び装束が発した疑問に、男はさらりと答える。
「そうなったら仕方ない。想定外もまた楽しいものだよ。刺激的で」
「………」
五人の忍び装束は無言で頭を下げる。
不平不満の飛沫は一切ない。完全なる心服の証。
そこに六人目が加わった。
「統領……」
「おかえり。で、どうかな? 見つかった?」
「はい……」
頷く部下に、仮面の魔術師は意気揚々と声を弾ませる。
「よーし。それじゃあ、行こうか。何年ぶりかな。久しぶりだから緊張するよ。っと、その前に……」
男は懐から水晶が付いた紐輪を取り出すと、それを指に引っ掻けてひゅんひゅんと振り回す。
「備えあれば憂いなしと言うからね。万全は期しておこうかな」




