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次元破断の魔術師  作者: 秋原
孤海の城

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135/214

闘技場Ⅱ

「……⁉」 


 饕餮(とうてつ)たちに動揺が(はし)る。

 もしかしたら、同胞が殺されるのを見るのは初めてだったのかもしれない。

 錯乱を来した饕餮たちから一斉に放たれる、精神汚染の波動。それはどれもちぐはぐで、一般人が真面に浴びたとしても魅惑されるかどうか。ましてや、鍛えた霊殻を持つ極東魔術師に通用するはずもない。

 銀羽は続けざまに二匹の饕餮を切り伏せる。

 縦横無尽に斬り刻む最中、真っ白な体毛を鉛色へと変化させている一匹に出くわした。

 第二の権能。饕餮は体毛を自在に変化することができる。主な用途は、体内に蓄積している大量の鉄と体毛を融合させ、鋼鉄の柔毛によって鉄壁の守りを得ること。また鋼鉄化した体毛は、針として射出することもできるらしい。攻防一体の技とも言える。

 ちなみに饕餮は人間の血肉を主食とするが、それと同じくらい鉄を食らう。財貨に貪欲とされているのは、これが由来だ。


(中距離での撃ち合い……。問題ない……)


 斑の万能細胞を埋め込まれた触手型生命体(ルーグ)に、魔力を食わせる。

 触手刃が脈動。刃の表面に紫紺のオーラが生まれると、それは斬撃波となって鋼毛目掛けて発射される。

 饕餮も毛針を飛ばしたようだが、貫通力も発射量も、銀羽専用にチューンされた触手型生命体のそれには及ばない。

 全身から青緑の体液を撒き散らして、膾斬りになった饕餮が前のめりに倒れていく。

 対する銀羽は、無傷。直線状にしか発射できない金属針を避けることなど朝飯前だし、なにより斬撃波が飛翔する毛針のほとんどを蹴散らしていた。

 一方的な殺戮に、饕餮らがたじろいでいる。


(そろそろ来るか……)


 饕餮第三の権能は、この鈍重な悪獣が生命の危機に至ってようやく引き抜く伝家の宝刀。

 数匹の饕餮が、狒々(ひひ)の口腔を筒状に広げる。

 銀羽は余裕を持って後方へと大きく跳躍。触手型生命体に指示を出しながら、自身がそれまで立っていた空間を注視する。

 跳躍の際、わざと粉塵が立ち昇るように石畳を削っておいた。なので、どのように(えぐ)れていくのかが良く解る。

 気配も無く出現した、バスケットボール大ほどの透明な球体群。

 その珠一つ一つの中で、粉塵が何処かへと消し飛ばされていく。


「これが空食い……。指定座標空間の強制転送……」


 音は無く、気配も無い。そして、対象がいかに頑健であろうとも問題なし。空間そのものを削り取り、胃の腑に収める。初見殺しにして、一撃必殺の大技だ。事前情報の重要性が肌身に染みる。

 初撃を外したことに対する饕餮の反応は様々だった。

 おかしいなと首を捻っているもの。茫然自失としているもの。

 だが、すぐに次発を発射しようと、宙を漂う銀羽に向けて口腔を(すぼ)めているものもいる。

 当たるに任せてがむしゃらに攻め立てるのは正しい。

 饕餮には数の利がある。饕餮にどの程度の知能があるかは不明だが、集団連携を採るようになれば形勢は一気にあちらへと傾くだろう。主導権さえ奪ってしまえば、後はこちらとの間合いを計りつつ空食いを乱発するだけでいいからだ。


「………」


 右腕を伸ばして観客席の縁を掴み、姿勢と着地先を強引に変えることで空食いを回避。

 着地地点の周囲にも空食いがばら撒かれるが、銀羽は鞭状に形態変化させた右腕で石畳を割り砕き、猛然と沸き上がった粉塵を使って出現箇所を把握。飛燕の軽やかさで再跳躍。宙へと回避する。

 こうなることは想定内。

 だから、当然、対抗策は練ってあったし、仕掛けは既に終わっていた。

 銀羽は粉塵発生と同時に切り離していた右腕に言葉で命じる。


「……斬鋼蜘陣(ざんこうくじん)、展開」


 粉塵を、無数の黒い閃きが疾走する。

 一度絡み付けば、金剛石すら容易く切断するワイヤー線。高速かつ無秩序に放射展開されるそれらから逃れるには、饕餮はあまりに鈍く、脆かった。

 醜悪なサファイアの華が咲く。斑から貰った花束よりもこちらの方が、遥かに自分にはお似合いだ。


(だから、どうしたって言うの? 余計な事を考えないで……)


 集中しろ。まだ終わったとは限らない。

 蜘蛛の糸の隙間を縫って演台に降り立った銀羽は、賽の目状に散らばった残骸を見渡しながら、耳を澄ませる。

 聞こえるのは、張り巡らされたワイヤー線から零れるぴちゃりという水垂れ音。それだけだ。


「カジノには心躍る魅惑的なショーが付き物だと聞いていたが、なかなかどうして。これまでの鍛錬の集大成としては悪くなかったぞ」


 パチパチと響いて来た鷹揚な拍手に、銀羽は憮然と眉を顰める。


「しかし、面白さで言えば凡庸だった。それはそうなるだろうという展開ばかりで刺激が足りん。堅実なのは結構だが、もっと独創性を発揮して欲しかったな。六十点」

「………」


 貴方を喜ばせるために戦ったわけじゃない。

 銀羽が文句を言おうとした、その時だった。


『それじゃあ、駄目なんですよ。駄目なんです。まったくもって、いただけない……』


 闘技場に設置されたスピーカーから、ぼそぼそとした男の声が響き渡る。

 闘技場真上のバルコニーに人影が立つ。

 分厚い防弾ガラス越しにこちらを見詰めるのは、スマートフォンを口元に当てた痩身(そうしん)の男。

 落ち窪んだ眼窩の縁はどす黒く、酔っているのか、精気に欠けた相貌はふらふらと怪しく船を漕いでいる。

 顔の左半分を覆い尽くす(はす)の刺青……。間違いない。こいつが清凋会の№2。隠遁(いんとん)している会長に代わって、ドミニオンホテルの一切を取り仕切る真の黒幕……。


 「劉伸羲だな。話がある」


 状況を把握するために、こちらの音声は拾っているはず。

 銀羽の声に反応したかのように、劉がぼそりと呟いた。


『牛や豚では駄目でした。やっぱり、人間じゃないと。真っ赤な血が盛大に飛び散って、阿鼻叫喚の悲鳴が煩いくらいに反響して……。そうでないといけないんです』

「……?」


 何を言っている? この期に及んで闘技場のキャプションを語っているのか? なぜ? 

 頼みの綱の饕餮が一掃されたことで動転しているのかもしれない。だとすれば、付け込む余地があるか? 今更とは思うが、穏便に済むならそれに越したことはない。


「私達の目的は、清凋会が保管している神威倶(しんいぐ)を譲り受けることにある……。(しゃち)の紋が刻まれた黄金の(かぶと)。此処にあるはずだ」

『………』


 劉は無言。だが、その眉間が微かに険しくなったのを銀羽は見逃さなかった。


「素直に差し出してくれるなら、悪いようにはしない。応じてくれるなら、オークションでの落札額と同等の金塊を後日送付する。我々の力は思い知ったはずだ。ならば、少しでも賢い選択を……」

『貴方は、あの兜がどのような奇蹟を(もたら)すのか知っているのですか?』


 これまでの忘我めいた態度とは一変。

 劉の憤怒の眼差しに、銀羽は思わず息を呑む。

 劉は暫し銀羽を見詰め、そして淡々と呟いた。


『……うちの兵隊、何で殺さなかったんです? 殺せたはずでしょ? そちらの御仁にしてもそうだ。あれだけの力がありながら、どうして手を出さずに傍観を?』


 食後の白ワインを優雅に飲み干した斑が応じる。


「俺にとって、兜の回収はあくまでついで。本命は、そいつとの逢瀬(デート)を最大限に愉しむことにある。そして、逢瀬では女を立てるものだ。そいつはこの場は自分が仕切ると宣言している。ならば、その意を汲んで、(ひか)え目に佇んでおくのが出来る紳士というものだ。過去一番の凄惨な余興になると期待していたんだろう? はっはっはっ、残念だったな。そこにいる閔彭猷に言っておけ。俺の出演料はそんなに安くないとな」

『……そうですか。残念です。このカジノの集大成、飾るのであれば、是非とも貴方にお願いしたかった……』 


 不適に微笑む斑を見遣り、劉は疲れ果てたかのように嘆息する。


「………」


 両者の会話から、なんとなくだが解ったことがあった。

 銀羽は兜の権能について知らない。だが、斑は知っている。それも細緻に渡って綿密に。

 愚砦はホテルの構造や清凋会の戦力構成については教えてくれたが、肝心の強奪すべき神威倶については何もレクチャーしてくれなかった。今思えば、口止めされていたのだろう。


(どうして静蘭が兜を欲しがっているのかも私は知らない……。いつ裏切るかも知れない女を蚊帳の外に置くのは当然……。だけど、もっと探ってみるべきだったのかもしれない……)


 しかし、こうも考えてしまう。

 探ったところでどうなるのか。七凶聖の計画を暴いたところで、何がどう変わるのだろうか。

 おまえは何がしたい? どうしたいのだ? あの時死ぬのを拒んだのは何の為だ? おまえは今、何を成すために生きている?


(私は……)


 がこん、というリフトを稼働させる機械音が、銀羽を現実へと引き戻した。

 音の発生源は、饕餮が出て来た鉄柵門の奥。まだ何か控えていたのか。


『仕方ありません……。それでは引き続き、彼女にお願いすると致しましょう……』


 魔力の欠乏と同時に自動帰還する斬鋼線。漆黒の右腕として戻った触手型生命体に魔力を食わせながら身構えていた銀羽は、素肌が擦れる無数の音と共に現れたそれらに眼を(みは)る。

 粗末な衣服を(まと)った、裸足の人間たち。

 人種も年齢も多種多様だが、べっとりと汗と脂で濡れた額と脇に、遠巻きながらも銀羽へと向ける血走った視線は、どれも同じ。

 しかし、それ以上に共通しているのは、輪状に繋げられた手榴弾のネックレス。


『いずれもうちの商会に多額の負債を抱え、ショーへの出向契約に自ら同意した者たちです。総勢、六十三名。貴方を殺せば借金はチャラ、それに加えて多額の褒賞を支払うとも言い含めてあります』


 銀羽はバルコニーへと向かって声を張り上げる。


「饕餮が一網打尽にされたのをもう忘れたの⁉ 無駄なことは……!」

『ああ、遠慮はいりませんよ。我々のような悪人ですら不殺に留めようとする貴方の心根に敬意を表し、特に屑な連中ばかりを厳選しました。窃盗強盗は勿論、保険金殺人に未成年者の売春斡旋。強姦魔に虐待監禁の常習犯なんかもいましたっけ……。なので、良心の呵責(かしゃく)とかいうくだらないものに足を引っ張られる必要はありません。思う存分、安心して殺してください……』


 話が通じていない。苛立つ銀羽が尚も声を上げようとした、その時、


『ちなみに戦意喪失、逃亡の気配を見せただけで即座に殺すと言ってあります。このように……』


 前触れなく一人の肉体が爆発する。脅しではない。


『さあ、第二幕の始まりです。ミス伯、彼等を殺してください。貴方の実力があれば簡単でしょ? なるべく派手に、凄惨にやってください。お願いしますね?』


 それが合図だった。

 斧や(なた)を手に。窮鼠(きゅうそ)と化して一斉に飛び掛かって来る人間たち。

 

「くそっ……! くそっ……!」


 彼等を相手に、銀羽は――

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