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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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10/214

 

 根元は太く、先端になるにつれて細くなる茎。

 葉はまだ開かず、くるりと丸め込むようにして(しな)っている。

 山野の裾にひっそりと息衝き、サクラソウやフキノトウと共に啓蟄(けいちつ)を告げる春の使者。

 そう、それはまさに、地中から顔を出したばかりの(わらび)の新芽のような姿をしていた。


「これが、早蕨(さわらび)の塔……」


 六十階建てのタワーマンションよりも巨大な構造体の麓に立ち、柊は虚空に渦巻くコンクリートの巨大円盤を眺め遣る。

 このようなシンボルタワーが、霧郡の不動産登記簿にあったという記録はない。そもそも、現世の建築技術ではこのような出鱈目な構造体が成立しているはずがない。

 奇抜、不可解、超現象。それが平然と成立しているのは、霧郡の特異性が成せる業。

 此処に来るまでにも、様々な霊異事象に遭遇した。

 鋼鉄片を撒き散らす竜巻に、吸い込めば肺が腐る瘴気。血泡を噴き出す間欠泉。

 標識や信号を齧っている鉄鼠もいれば、黒雲から黒雲へと自在に泳ぐ白鯨も見た。

 かつて魔術師が鎮撫、あるいは調伏(ちょうふく)せしめたはずの厄災が、ここでは我物顔で猛威を振るっている。

 亜空隙に堕ちた影響で生まれたとされる霊異たち。おそらくは、この塔もそうなのだろう。

 それとも……。


「………」


 塔の一階。壊れた自動ドアの向こうへと、柊は視線を注ぐ。

 薄闇の中、いくつかの瞳孔がこちらを見ている。

 どうやら先客がいるようだ。


「どうしますか?」

「決まっている。排除しろ」


 久慈原の声に背を押され、柊は独りエントランスへと脚を踏み入れる。

 入場整理用のポールに、半壊した受付カウンター。天井高い広々としたホールは閑散としていて、特に気配は感じない。どうやら先住民たちは奥へと引っ込んでしまったようだ。


「美術館……なのかしら?」


 床一杯に散乱しているパンフレットを一枚取ってみる。

 泥のような粘着物で汚れていたが、霧郡市営美術館という文字が読める。

 沈黙しているエレベーターの上には、ゾウの化石が吊るされていた。

 フロアガイドによると霧郡で発掘された本物の化石とのこと。

 収蔵品は郷土の絵師による油彩画や水墨画が多く、古墳時代の土器や遺物がそれに続く。博物館としての側面もあるようだ。


「………」


 柊は、足元に(わだかま)る影を見詰める。自分の影ではない。明らかに大きく、そしてぶくぶくと泡が浮かんでいる。

 一歩後退。その瞬間、影から奇妙な物体が飛び出した。

 蝙蝠(こうもり)と狼を合わせたような外見をした、大型犬ほどの獣。それが五体ほど。

 平面獣。あるいは影に潜む妖魔(シャドウビースト)とも呼ばれる低級妖魔だ。


「こんなのが巣食っているなら、人間はいないわね……」


 柊は、炎鎖を生み出すと同時に()ぎ払う。

 ばしゅっと薄い紙を引き裂く音を立てて、二匹の胴が両断される。

 床に転がった獣はぎゃぎゃぎゃと小さく喘ぐと、真っ黒な(かすみ)となって消滅する。

 掃討は容易く済んだ。かかった時間は七分前後くらいだろうか。

 それでも―ー

 

「ふん。露払いにどれだけ掛かっている。待ちくたびれたぞ」

「申し訳ありません……」


 遅ればせながらに入って来た久慈原の侮蔑の眼差しに、柊は頭を下げる。

 文句を言うくらいなら、少しは手伝ってくれてもいいのに、とは思わない。

 唯々諾々と従うだけだ。この男の、あのような姿を見たからには……。


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