7.お兄ちゃん犯罪者予備軍らしい
この世界って冒険者がいるくらいだから、冒険者ギルドとかあるんだろうなぁと思っていたら、妹達に神殿へ連れて来られました。
なんで神殿やねんって思った方も多いだろうが、俺もそう思ったよ。日本人だからね、神道や仏教がいくら日常生活に溶け込もうと、何となく気持ちは無宗教と言うか、宗教アレルギーと言うか。あまり身近なものという意識が無いので、引いちゃうところがあるよね。
さて、神殿の場所だが、町の南西、商店が建ち並ぶ中に神殿がずどんと建っている。
どうせ四角の建物なんでしょ? そう思った俺の期待は裏切られた形となった。
基本は最初に見たあの白い塔と同じ外観であるが、まるで絡みつくように蔦状の金属が塔を飾り立てている。高さは十メートルはあるだろうか? この世界の建物は高さが足りないと思っていたが、この塔はなかなかの高さである。とはいえ、塔にしては低いという印象もあるが。
「これも魔法で建てられているのか?」
俺が聞けば佳が「そうですね」と答える。
「これほどの高さですから、相当高位の魔法士が建てたのだと思います」
「へぇ、これやるの難しいのか?」
「はい、少なくとも私には無理です。ですが、神教には多くの高位魔法士がいるらしいので、神殿は大体こんな感じですね」
「へぇー」
昨夜、佳が見せた家を建てる魔法が四角ならば、これは円筒、線、錐などの形を用いた物なのだろうと考えられる。まぁ、知らんが。
全体を見ると、幾何学模様的というか前衛芸術的というか、そこはかとなく格式高い感じがする。俺は理解の出来ないモノ、例えば抽象画だとか何だとかは勝手に前衛芸術だと思っている。勿論、間違った理解なのだが。
塔の入り口には朝早くから結構な人数が出入りしており、わらわらと人の群れが連なっている。この世界は随分と熱心な信仰者が多いようだ。
中に入ると、室内は相変わらずの四角型をしており、中央には巨大な三叉に支えられた白球の置物が飾られている。そして、何故かそれをぺたぺたと触っては離れて行く人々。なんなんだこれ?
「兄さん、一階は始原の人である白亜様の祈捧所です。白亜様の授ける魔法は生活に欠かせない魔法が多いので、神光星陸で生きるならば必ず信仰しなければいけないと言われています。五大神の一柱であり、最も信仰を集める神様です」
玖明の説明に俺は「へぇ」と返す。
興味がない訳ではないが、いまいちピンとこないんだよな。
「あれは何をしているんだ?」
指差した先には、相変わらずぺたぺたと置物を触る人々の列。
「あれは祈捧ですね、神代を通して神に魔无を捧げているのです」
「なるほど、わからん」
俺は首を振る。
お兄ちゃんどこまで無知なのといった呆れた視線を感じるが、知らないものは知らないのだ。
「兄さんは無信仰でしたよね?」
「無信仰? あぁ、無信仰だ。多分」
「今まで神殿に来たこともないと?」
「そうなるな」
玖明は溜息を吐く。
「お兄様ってどういう人生を送ってきたのかしら?」
「あに、よく生きてこれた」
「すまんな、辺鄙な所で育ったからかそういった知識に疎いんだ」
日本という辺鄙な世界で生きてきました、はい。
「では、兄さんは今までに魔法や魔術、魔導を利用したことがないという理解でいいですか?」
「いっこうにかまわん」
「ほんと、よく生きてこれましたね」
妹達が顔を見合わせて、視線で語り合っている。
内容は大体分かるぞ。お兄ちゃん素敵ってことだろう? 妹とはお兄ちゃん素敵と思うことから始まるのだ。妹達も妹が板についてきたな。という現実逃避をしつつ、話を促す。
「まぁ、とりあえず魔无って何?」
玖明は咳を一つ、説明モードへと移行する。
「魔无とは、空気に含まれる要素の一つで、私達はそれを呼吸することで生きていますよね?」
よね? って知らんがな。まるで誰でも知っているかのような口振りだが、要はあれか酸素のようなものか? 小学生でも知ってることだぜ。
「身体を流れる血によって全身に運ばれ、私達は活動することが出来ます。栄養素の一つとしても考えられておりますが、正確には世界を構成する要素、あるいは力の一つです。火が生まれ、水が生まれ、光が生まれ、多くのモノを生み出す原力なのです」
いかん、もう理解が追いつかない。
「魔无は気体であるとされていましたが、最近の研究でそれは否定されましたね。実際、私達が祈捧を行う際は、魔无は気体として存在している訳ではないらしいです。手のひらから放出されているのは間違いないのですが、魔无が検出されることはなかったみたいです。実際魔術や魔導を使用する際も魔无はその姿を変えて――」
「待て待て、玖明! もういいから、もう分かったから!!」
魔无は凄いパワーの力、お兄ちゃん覚えた。理解はまったく出来ていないがな。それでいいだろ、もう。
「玖明ちゃんの話は少し難しいわね」
「あに、寝てた」
寝てねぇよ、寝てたのはお前だろ。勿論寝てない。
「魔无の事は分かったから、あの祈捧の事を教えてくれ、短くな、三行以内で頼む」
俺が拝むと、しょーがないにゃーと言った感じで玖明は口を尖らせた。
「祈捧は、神代を通して魔无を捧げる行為です。神代とはその名の通り、神の代わりです。神様が現世に顕現すると、均衡が崩れるとか何とか、私も詳しくは分かりませんが、そういう訳で神代を介して魔无を捧げる訳です。魔无を捧げるとその量によって異なりますが、神法に則った魔法の利用が可能となります。以上」
なるほど。
つまり、魔无とかいう凄いパワーを神様に捧げる事で、魔法というミラクルパワーが使えますよって事ね。それでいいよね?
「大体分かった」
俺が言うと、妹達はまたも視線で会話をしていた。お兄ちゃん頭良いねってところだろう。こう見えても、そこそこ良い大学に入ったんだよ。卒業したとは言ってない。
螺旋階段を上がり、二階には豊穣の神である婪敄の祈俸所がある。
知ってるかい? この世界、雨は魔法で降らすしか方法がないらしいぜ。またこの神様も五大神の一柱である。ほんま、五大神ってなんなんだろうね。なんとなく分かるけどさ。
三階にはお皿の上に浮かぶ三角錐の置物が、例の如く中央に鎮座している。これが神代だろう。ってか、どうやって作ってんだろうね? 浮いてるんですが。
そして四角の部屋の奥には仕切りがあり、何やら多くの人がそこへと入っていく。
「ここが冒険の神である郗臨様の祈捧所です。そして、あの仕切りの奥が、お兄様の言っていた冒険依頼や探索依頼の仲介を行っている場所ですね」
神殿が冒険者ギルドを兼ねてるって事ね、なるほど。
どうせ異世界に来たのだし、お金の稼ぎ方と言えば冒険者ギルドで俺強ええぇで一稼ぎがお決まりでしょ?
えっ? お前オタクだったのだって? 今までの言動で分かるだろ、察しろ。ラノベ、漫画、アニメは大体見てた。まぁ、時間だけはいっぱいあったからな。
さて、早速何か依頼を受けようか。
「で、どうやって依頼を受けるんだ?」
「えっ、お兄様は郗臨様へ信仰を捧げるのですか?」
「えっ?」
俺の信仰は妹に捧げているのですが?
「あの、仲介所を利用するには郗臨様への信仰が必要条件なのですが?」
「えっ、そうなの!?」
「はい、えっと、私が依頼を請けるという手もありますが」
「あー、それでもいいのね」
「はい、一応は」
いきなり俺の計画が破綻するところだったが、何とかなりそうで良かった。
「というか、佳は郗臨様を信仰していたんだな」
「はい、郗臨様の魔法は冒険に便利な魔法ばかりなので、私が担当する事になりました」
へぇ、じゃあ玖明や幸もまた違う担当なのかな?
そう思い聞いてみると、
「私は炎の神である熖咒様を信仰しています。熖咒様といえば、その不幸な生い立ちにより人々を呪い、国一つを燃やし尽くした炎の魔術士として昇神した神様ですね。炎の魔法が使えます」
そんな恐ろしい人が神様でいいの? てか、玖明はそんな神様信仰してて大丈夫なの?
「私、暴力の神様、武蒙」
幸はぐっと親指を立てる。
説明終了か、玖明もこれぐらい話が短ければ――って、これじゃ何も伝わんねぇな。
「どうせですし、お兄様もそろそろ信仰を決めてみてはどうです?」
「いや、俺は無信仰なんで」
そう言うと、妹達はそれぞれ難しい顔で考え込む。
「しかし兄さん、無信仰と言うのは少しまずいですね」
「そうよね。無信仰といえば――」
「犯罪者、みたいな、もの」
なんでやねん!
無信仰者が犯罪者って、どこの魔女狩りですかー?
「えっ、いやいや、なんで?」
「兄さんは知らないかもしれませんが、信仰は神との契約なのです。私達は大きな力を得る代わりに、行動の制約を義務付けられます。例えば、私は北西の国の一帯に立ち入り出来ません」
「私は、同種を殺す事を禁じられています」
「私は、拳以外、使えない」
「つまり、制約の無い人間は犯罪者予備軍と言いますか、信用に値しないと思われてしまうのです」
なるほど、無信仰者は社会的信用を得られないと――。
まぁ、日本でも社会的信用は皆無だったので慣れているといえば慣れているので問題はないが、さて、どうしたものか。
実際それが、どの程度の枷となるのか?
「分かった、少し考えてみるよ」
妹達は強く頷いた。それだけこの世界では重要視される事柄ということだろう。日本で言えば、お兄ちゃんが無職ニートみたいなもんか? 確かに、もう妹には迷惑を掛けたくはない。職を得ねば、もとい神を信仰せねば。
やばい、何か悪徳宗教に騙されてる気分なんですが、気のせいですよね?
「せっかく来ましたし、仲介所にも顔を出してみますか?」
俺は佳の言葉に頷き、仕切りの奥へと進む。
仲介所は俺の想像する冒険者ギルドとは違い、何と言うか、あれだよあれ。
ハローワークっぽい。
個別相談のカウンターに、依頼票の貼り付けられた掲示板。冒険知識が載った本が収まる本棚。
いやー、完全にトラウマを刺激される光景だよね。
冒険者達が死んだ目で掲示板の依頼票に目を通し、自分に合った仕事を探している。カウンターでは、冒険者と神職者らしき人が個別面談で依頼について話し合っており、聞き耳を立てれば「この依頼はあなたの条件では――」だの「貴方はどのような依頼を受けたいと思って――」だの、過去俺がハロワで言われたことのあるセリフが飛び交っていた。
「ちゃうねん」
俺が呟くと、佳が「どうしましたお兄様?」と首を傾げる。おっぱいも傾げる。
ちゃうねん。俺の期待した光景とちゃうねん。
そう肩を落として、とぼとぼと妹達の後を歩いていると、突然目の前に大きな影が差す。
おそるおそる見上げると、そこには強面の男が立っていた。
「おいおい、兄ちゃん。可愛い女の子連れて、何やってんだ」
おぉ、これが冒険者ギルドの初心者に絡むチンピラの図。定番中の定番のイベントが!!
これだよ、これを待っていたんだよ。
あとは、俺がこいつをボコボコにして周りの冒険者から一目置かれるまでがテンプレです。
「な、なん、なんですか?」
声が震える。
いや、だってほら。俺って喧嘩したことないじゃん? いつも一方的な暴力だったじゃん?
えっ、俺のトラウマ多過ぎ?
男の手が、肩に掛けられ体がビクリと震える。
そして男はその強面を歪ませ言う。
「兄ちゃん、分からない事があればなんでも聞いてくれよな。俺は冒険者の撞鬼ってんだ、よろしくな!」
めっちゃ爽やかな笑顔だった。
めっちゃいい人だった。
めっちゃお世話になりました。
――ちゃうねん。
お読み頂き感謝申し上げます。
宜しければ、ご意見ご感想お待ちしております。
近頃仕事が忙しく、投稿が遅れ気味になるかと思います。
人手不足って怖い。