6.お兄ちゃん事案になる
居心地がいいと長居してしまう訳で、俺達兄妹は十日ほど孤児院でお世話になった。
その間も魔獣狩りという名の戦闘訓練を積み、だいたい己の戦闘スタイルというものを理解出来たと思う。
その名もゴリ押し――である。
孤児院では戦闘訓練を行っており、子供達の戦闘技術は俺より遥かに高い。その中でも訓練を修了した妹達の能力は桁が違う。
その妹達の能力の六割が俺に加わっている訳だから、俺の身体能力はべらぼうに高い。しかし、技術面はゴミであるからして、戦闘スタイルとしては、反応出来ない速さで動き力一杯殴る。これだけでいいのである。
村から西へ半日の距離に平丘の町がある。
俺は基本ノープラン。行き当たりばったりの人生であったが、今回も勿論例外ではない。
そもそも何をどうすれば何がどうなるのかよく分からない。いつも過ぎ去った後に後悔する。――勉強しとけばよかった、と。
学生の本分は勉学だ。皆はちゃんと勉強に励むんだぞ――なんちゃって。
俺が虚空へと語っている間に平丘へと辿り着いた。
「お兄様、ここが平丘です」
町の外観の感想は、高い壁だなぁといったものだった。
あの村もそうだが、平丘の町もぐるりと壁に囲まれている。
町の大きさは凡そ一キロメートル四方程だろうか? 高さが五メートル強ほどある石壁が囲い、その周りを更に深い堀が囲う。
堀を越えるように橋が掛かっており、その先には大きな鉄門と小さな鉄門がある。まるで人間用と巨人用といった具合だ。
おそらくは日常的に使っているのは小さな門の方で、今も門の前には小さな列が出来ている。
俺はジャパニーズヒューマンらしく列の最後尾に並び、規則正しく、車間を開けるように前の人から少し距離を取った。まぁ、免許持ってないけど。
日本にいた頃からだが、俺はどうも間が悪い。何と言うか、こうなったら嫌だなぁと思った事は大体起こるし、失敗はころころ転がり大きな失敗へと転じる。
何とかの法則ではないが、自ら失敗を引き寄せる所が俺にはあると思う。
なので例え、順番抜かし野郎がいたとしても俺はなるほどなという感想しか抱かない。
問題があるとすればそれは妹達と行動していた事であり、そして妹が正義感が強い――悪い意味で見て見ぬ振りの出来ない人間であるという事だ。
「ちょっと貴女、順番を守りなさいよ」
玖明が順番抜かしの少女へと注意の声をあげる。
この数日で気付いた事だが、佳や幸は比較的緩い。
こういう規則や規律を気にするのは玖明の役目だということだろう。佳は少女をにこにこ眺め、幸は辺りをぼんやりと見ている。戦闘と同じで、三人にはある種の役割分担があるみたいだ。俺? 俺はあわあわと慌てる役だよ。
「順番? だってここ空いてたじゃん。ねぇお兄さん、ここには誰も並んでいなかったよね?」
トントンと地面を指し、襤褸の外套を羽織った少女は嘲笑を口許に浮かべる。確かに前に並んでいる人達は詰めて並んでいた。かたや俺達は妹達と会話しつつ少し広がって並んでいる。まぁ、グループで並んでいるとこうなりがちではあるか。
「空いてたって、並んでるのは見たらわかるでしょう?」
「いや、わかんないね。もしかしたら、偶然そこに立っていただけの人かもしれないからね」
「ならば声をかけるのが筋ではないの?」
「いーや、こんなうら若いか弱い女の子が、あんたらみたいな武装した冒険者に声を掛けるなんて恐ろしくて出来やしないね。実際こうやって絡まれてる訳だし、おー怖い怖い。冒険者ってのはだから嫌いなんだ」
少女は茶化すように、大袈裟に肩を竦ませる。
――どうも、玖明とは相性が悪そうだな。
だからと言って俺が少女に話しかける事はない。だって、妹以外の女の子と話すなんて難易度が高すぎますし。
そっと佳へと目配せすると、佳は全てを理解したように頷く。佳すげぇな、特にさっきの視線に意味などございませんが。
「玖明ちゃん、そこまでにしておきましょう。私達の並び方も紛らわしかったですし、別に急いでいる訳でもないでしょう?」
佳さんはそう言いますがね、もう日が暮れてきたので今すぐにでも町に入りたいのですが、俺は。ほら、少しずつ列も消化されてきた。はよ休みたい。
「確かに私達にも非はあります。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
玖明は少女と前の列の人へと頭を下げる。無関係のおっさんは「あっ、はい」と特に気にした様子はなかった。俺が当事者だとしても気にしないだろう。むしろ謝られた事が迷惑なレベルである。
「しかし、それはそれ、これはこれです。順番を守る。これは行儀が悪いとかそういった類いではなく、規則や常識の問題です。私はそこを説きたいのです。行儀が悪いくらいで私も怒りません」
まぁ、常識だの良識だの、それは大切な事だ。
俺も昔は良い人間、優しい人間になろうと努めた事があったようななかったような。でも一番楽な生き方は我儘に生きる事なんだな。水が上から下へ流れるように、俺は易きへと流れてしまった。
その結果がお兄ちゃんです。
規則守るべし、慈悲はない。っていうか、この世界に法律とかあるのだろうか? 法治国家で育った俺としてはそこ大事よ。世紀末状態とかマジ勘弁です。それに俺はよく食べ方が汚ないと玖明に怒られていた気がするのですが、それは。
「――ふん、亜人がえっらそうに」
少女は舌打ち一つ、玖明を睨みつける。
関係ないけど、亜美という名前を見るたびにそれでええんか? と思う。俺が知らないだけでいい意味があったりするのだろうか? 真美と比べると、亜美は漢字的にちょっと劣る意味合いに思えるんだよなぁ。
――つまりそういう事だろう。
「あっ」
俺は大きく目を見開きあらぬ方向へ顔を向ける。
つられて妹達と少女もあらぬ方向へと視線を向けた。
俺はその瞬間、目には止まるが凄い速い速さで少女の順番を抜かす。目には目、歯には歯だ。法治国家育ちとは思えぬ野蛮的思考である。
「ちょっ、あんたなに抜かしてんの!?」
「え、えっ? い、いきなりなんですか?」
「はぁ? あんたいま順番抜かしたでしょ!」
「え、いや、だってここ空いてたし」
「はぁーっ!? 並んでるの見たらわかるでしょ!!」
「あ、え? いや、なんか突っ立ってたので、偶然そこで立ってる人、かなって?」
「それなら一言掛けるのが普通じゃないの?」
「えっ、こんなおじさんが少女に声掛けたら事案になっちゃう」
「は? 意味わかんない!!」
少女が俺の服に掴みかかろうと、手を伸ばした。
「それは、駄目」
幸が少女の腕を掴みそっと下ろす。
基本的に妹達は俺に過保護です。でも、俺の方がもーっと過保護です。つまりそういう事。
亜人、或いは劣人。獣人種の蔑称の一つである。まぁ、人と獣の間の子だからね、差別感情ってのはあっても責めないさ。実際俺も初見はその非人間的な容姿に少し思うところはあったからね。でも、この子達は俺の妹だから、そこもまた愛しいのだよ。
「なんなのよ、あんたら!!」
少女は地団駄を踏み、くるりと背を向け走り出す。
――勝った。
虚しい勝利だ。
妹達へと視線を向けると、何とも微妙な表情で俺を見詰める。
「兄さん、あの対応はあまりあの子のためにならないかと思います」
「あに、大人気ない」
「ちょっと可哀想でしたね」
佳の言う通り、少女の顔真っ赤だったもんな。
少女の背を見ていると、しばらくしてこちらへ振り返る。
「どーせ、金稼ぎにきたんだろ、ばーか! どーせ、死ぬくせにさっさと帰れ、あほー!」
そう叫んで少女はまた走り出した。
――一体あの子は何だったんだ。
今度はきっちりと並び、しばらく待つとやっとこさ俺たちの順番がきた。
門番のお兄さんが俺達を隈なくチェック。
さて、まずは身元証明。妹達は謎のカードを取り出し、謎の機械に翳す。なんなんですかね、そのカード。え、住民基本台帳カードとかマイナンバーカード的な奴ですかね? 俺ってもしかして戸籍とか無かったりするの?
「兄さんの分も翰郎様から預かってますよ」
玖明が俺の分もカードを通す。俺の身元を俺自身知らないのだが、どうなってるのだろうか。
とまぁ、そんな感じで身元証明終了。次は持ち物チェック。危険物の持ち込みや、税の掛かる商品等を調べるらしい。俺の妹達は銃刀法を違反しているのだが、その辺は大丈夫なのだろうか?
結果としては、大丈夫だった。
だって冒険者だとか傭兵だとか、そうでなくても武装した人間というのはこの世界では普通の事である。
どうやら危険物というのは、病原体や散布毒物、或いは町を破壊出来うる魔導具や武具レベルのお話らしい。そんな危険物は持ち込んでいないので勿論スルー。
最後に税金のお支払いである。町の住民や、町で働く為に許可を得た人は税金が掛からないが、俺達みたいな一見さんは税金の支払い義務が生じるらしい。また、この後に街での労働許可を取れば税金の払い戻しもあるので安心して欲しい。
俺達は入町税を一人頭五百圓支払う。
うん、そうなんだ。
この世界の通貨は圓なんだよ。円よりも圓の方がかっこいいよね。
勿論俺は一文無しなのでお金は妹が払ったよ。
町に入れば相変わらずの四角住居が立ち並んでる。地面もしっかりと舗装されており、さすが町といった感じである。村は舗装されていなかったからな。村とは違うのだよ村とは。
さて、外からでは分かりづらかったが、門の内側には物見櫓的な物が建っており、石壁の上には歩哨兵らしき影がちらちらと見える。どうでもいいが、視力も三人分乗っかってるのではなかろうか? なんだか絶好調である。
「人が多いな」
日本に比べれば過疎村の如き人口密度だが、それでも村よりかは圧倒的に人口が多い。
「兄さん、平丘は帝国には負けますが、西部前線拠点では大きい町の部類になります」
「帝国の夕炤は市に匹敵する大きさらしいもの。行った事はないけど、一度は行けるなら行ってみたいわね」
「軍、強い、会いたい」
玖明が説明してくれたが、正直全く分からん。
「西部前線拠点って何?」
俺が聞くと、佳が「お兄様は世間に疎いと伺ってます」と二人へと説明する。
「兄さん。それでは不肖妹の私、玖明が説明させて頂きます」
何なのその前口上は。
「西部と言うのは、単純に神光星陸の西を指します。そして前線とは魔人種の領土と隣り合う事を意味します。現在、神光星陸中央にある坡蓋大森林より北が人種が治める領地になり、そして南が魔人種の領地になります。細かく言うと天人種や獣人種、霊人種や死人種などの治める領地もありますが、ごく僅かなので省略します。兄さん、この町で何か気になった事ありませんか?」
玖明の唐突な質問に俺は慌てる。だって、俺は他の町とか知らないし、全部が目新しいのだ。
「あーっ、壁が高いな? あと、兵士が多い」
「そうですね、人種と魔人種は年がら年中戦争をしておりますから、その備えがされています」
「私達も坡蓋大森林の近くにしばらく住んでたけど、最近は魔人種の活動が活発化してきたって聞いたわ」
「夕炤、矮鬼が大軍、軍が皆殺し、凄い」
「と言う感じです、どうですか兄さん。分かりましたか?」
まぁ、何となくぼんやりとは理解した。
「だいたい分かった」
平丘が西方面の人種南端の領地の一つだと言う事は理解した。そして、魔人種とやらと戦争中だという事だろう。巻き込まれる前に町を出たいところだな。
そんなこんなと会話しながら町中を歩く。
何となく俺が先頭で歩いているが、何を目的に歩いているのだろうか?
「取り敢えず、泊まる所を探さないか?」
俺が言うと、佳が少し考えるように腕を組む。おっぱいが溢れ落ちんばかりである。
「普通に宿泊施設に泊まると高いので、家を建てた方がいいと思うのだけど、みんなはどう思う?」
「ええ、私もそれがいいと思う」
「私も、それで、いい」
「俺もいいぞ」
俺はなんでもいいです、はい。
家を建てるとか、何を言ってるのかと思ったが、それがこの世界の答えならばそれに乗るしかない。何かかっこいい事言っちゃったな。
俺は妹達に連れられ、町の北西へとやって来た。
町の作りとしては、門のある南側に施設や住居が密集しており、北東になんか大きい家と、田畑が広がっていた。
それに比べ、今俺たちのいる場所には疎らに家が建っているだけで何も無い。
佳が一際小さい家の窓を叩くと、おっさんが顔を出す。
「夜分遅くにすみません」
時刻は既に十五時である。もうすぐ寝る時間ですよ。
「あいよ。借りか、買いか?」
「借りで、取り敢えず一ヶ月、二十平米借ります」
「はいよ、じゃあ識札通して。あと、払いは前払いだよ、ちょっきし八千圓」
「ではこれで」
佳が謎の機械にマイナンバーカードもとい識札を通し、お金を支払う。
「空いてる場所に適当にな。もう遅いから周りに迷惑がかからんようにな」
「はい、ありかどうございます」
やり取りが終わったらしく佳が帰ってくる。
「じゃあ、適当に家を建てましょうか」
「佳、お願いします」
「佳、がんば」
佳が家を建てるらしい。
よく分かっていない俺も「佳頼んだぞ」と激励しておく。
佳も「お兄様、お任せ下さい」と微笑む。
「ここは日当たりが悪そうじゃない?」
「そうですか? でも静かそうですよ」
「鍛錬場所、欲しい」
「今回は寝るだけのつもりだから二十平米しか借りてないの、ごめんね幸ちゃん」
「またお金を稼いだら拡張します?」
「それを考えると、あっちの方か良くない?」
「あそこ、かなり、良い感じ」
「ではあそこにしましょうか」
「ですね」
もはや俺はただの傍観者である。
土地選びで一時間掛ける妹達が恐ろしい。
だが、妹達が選んだ場所は確かに良い場所である。町の南にも程よく近く、周りには家屋が無く静かな雰囲気の土地だ。
「じゃあ、さっさと建てちゃいましょう」
佳は言うと地面へと手を付ける。
「創造、五番。錬金、三番。創造、二番。」
佳がぼそぼそと呟く。
すると、地面から土壁が現れ、しばらく土壁が蠢いたかと思うと、あっという間に見覚えのある四角の白い家屋が出来上がった。しっかり扉と窓もついている。うーん、自然現象でこのような事が起こるとは思えないが、これがこの世界の自然なのだろうか?
「後は、下水と水道を繋げて――」
佳はそう言い、家の中へと入る。
俺も続いて家へとお邪魔する。いや、これは俺の家か。
佳は一仕事終えたのか、一つ息を吐く。
「お兄様終わりました、後は布団を買わないといけませんね」
「そうだな」
俺は家の中を眺める。
扉を開ければ小さいが玄関があり、部屋と呼べる物は無く広い寝室があるのみだ。ただし水道と御手洗のために隔離した部屋が隅に付いている。何と言うか、大きな真っ白の家って落ち着かないな。
妹達と布団を買い、部屋に並べる。
疲れ切った俺は早速寝転がる。
「はぁーっ、疲れた」
俺がそう言うと妹達はくすくす笑う。
「お兄様、まるでおじさんみたい」
「あに、おっさん」
「兄さんってば」
そう笑う妹達におれば疑問に思う。
「俺だってもう三十歳だか、おっさんだよ」
そう言うと、妹達の笑い声が止まった。
「えっ、お兄様――冗談ですよね」
「あに、嘘、よくない」
「えっ、兄さん、本当ですか?」
何でこんな事で嘘つかねばならないのか。
「いや、本当だよ。今年三十だもん」
だもん、とか言っちゃうおっさんである。
「正直、私と同じくらいだと思ってた」
「私も、二十歳くらいだと」
「あに、おっさん」
この子達は何を言っているのか、俺は見た通りおっさんである。
まぁ、ちょっと容姿が無駄に良いので、若作りをしなくても若々しい。イケメンの才能に溢れた顔立ちだけどな。才能って凄いね。神様に感謝だな。
だって鏡を見る度に、己の美しさに見惚れるもんね。まぁ、それは日本にいた頃から変わらないが。基本ナルシストなのだ。
一頻り妹達は俺をネタに談笑し、眠りにつく。
俺はとっくに寝てたけどな。
お読み頂き感謝申し上げます。
宜しければ、ご意見ご感想お待ちしております。