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5.お兄ちゃん兎は殴って殺すって

 早朝三時である。

 阿呆じゃないかと、馬鹿じゃないかと。

 朝一って早すぎるわ!!


 と言いたいのだが、この世界なんと一日二十時間なのだ。一時間百分、一分五十秒という意味の分からんサイクルである。

 もっと意味が分からないのは、三時に明るくなり、十三時には暗くなる事が決まっていることだ。

 この世界、なんと季節という概念が無い。春夏秋冬と名のつく地域はあるが、季節は無いのだ。

 俺がこの世界にやって来た時にあった白い塔。あれはこの神光星陸(じんこうしょうりく)の中心にあり、その上に天照球(てんしょうきゅう)という名の太陽のようなものが浮いている。天照球は移動せず、明るくなったり暗くなったりするだけの球なのだ。まるで電球だが、天照球に近い地域は暑い、故に夏域(かいき)と呼び。遠い地域は寒く、冬域(とういき)と呼ぶ。

 ただし一カ所だけ例外があり、それが坡蓋大森林(はかいだいしんりん)である。


 まぁ、そんな訳で俺達兄妹は完全武装で坡蓋大森林へとやって来た。

 森の奥には凶悪な魔獣がいるらしいが、入口付近には弱い魔獣しかしないらしい。なので今日は、森の入り口で雑魚魔獣狩りを行う予定でございます。


「お兄様は暑くないのですか?」


 (けい)が暑そうに顔を手で扇ぐ。

 夏域とはいえ精々三十度あるかないかくらいである。しかも、日本と違い湿度が高い訳でもないので、暑いは暑いが初夏の陽気レベルのものである。ついでに冬域はマイナス三十度あるかないからしいので、そちらの方が問題のような気がする。


「そこまでは暑くはないかな」


 俺が言うと、妹達は「えーっ」と言いたげな顔をした。


「いやいや、みんな村の中じゃそんなに暑そうじゃなかったじゃん?」

「それは兄さん、村には結界が張ってあったからです」

翰郎(かんろう)様、凄い、村、最強!」

「へぇ、結界ねぇ」


 玖明(くあ)が言うには、村は結界のおかげで魔獣や魔人種に襲われることなく、常に過ごしやすい気温に保たれ、そして移動する事が出来るらしい。さっそく例外が増えてるじゃねぇか、もはやなんでもありかよ。そして、それを作った田山さんは何者だよ。


「お兄様、みんな、早く行きましょう」


 俺が玖明の田山さん伝説を聞いている内に、佳が先に森へと足を踏み入れた。

 その瞬間、佳の姿が掻き消える。


「け、佳っ!?」


 俺が焦って追いかけようとするのを玖明が止める。


「兄さん、大丈夫です。佳の姿が見えなくなったのは坡蓋大森林の結界の影響なので、中に入ればちゃんと佳はいます」

「そ、そうか」


 俺は玖明に頷き、そっと森へと足を踏み入れる。そこにはちゃんと佳がいた。焦って、ちょっと恥ずかしい所を見せてしまったな。お兄ちゃんたるもの常に冷静であるものだ。


「――それで、これから何をすればいいのだ」


 森の中からは外を見ることが出来るらしく、俺達はまだ木々の間に足を踏み入れただけだ。

 獣の気配などは感じないが、何だか嫌な感じかする。初めて来た時はそんな感じしなかったんだがな。

 佳が双剣を手で弄びながら。


「今日は兎の魔獣か鼠の魔獣を狙って狩りをする予定ですよ。お兄様は魔獣との戦闘は初めてとの事で、大丈夫だとは思いますが危なくなったら翰郎様が助けて下さるので危険は無いですよ」

「その翰郎さんの姿が見えないのだが」


 そうである。言い出しっぺの田山さんの姿がないのだ。寝坊かなと思っていたがどうやら違うらしい。


「兄さん、翰郎様はどこかで私達を見てると思います。残念ながら私達ではその気配すら掴めませんが」

「翰郎様、んー、分からない」


 幸が猫耳をぴょこぴょこと動かし拳を握る。玖明は短剣へと手を伸ばす。

 みんな何故か戦闘態勢をとっている。俺も勿論戦闘態勢をとっている。まぁ、木の棒を握っているだけだけどな。


角兎(かくと)、いる」


 幸が森の奥へと視線を向ける。


「ではお兄様、いきましょうか」

「大丈夫、私達がついています」


 佳が俺の前に立って先導する。左右には玖明と幸が並び、凄い守られてる感じが悲しいかな。まぁ、お兄ちゃんは弱いので仕方がないが。

 木々を避け、ゆっくりと音を立てないように歩く妹達に比べ、俺は音は立てるは転びかけるはの大活躍である。

 そして、魔獣を目視したのか佳が人差し指を口元に当てる。


「いました、角兎ですね。お兄様、どうしますか?」


 いや、知らんがな。戦闘経験の無い俺に聞かれても困るのだが。


「そうだなぁ」


 俺は佳の背中から顔を出し、その魔獣の姿を確認する。そこには一羽の兎がいた。

 その兎の魔獣――角兎の姿を言い表すなら、一角兎であろう。額には大きな一角、見た目は兎であるがその大きさは三、四倍はあろう。なかなかどうして、その姿には恐怖を感じざるをえない。


「とりあえず、私達のいつも通りのやり方でいきましょうか?」


 佳の言葉に、なんとなく頷く。


「私が角兎の動きを止めますので、お兄様は攻撃をお願いしますね。玖明ちゃん、幸ちゃん。私が抑えるから、お兄様のフォローお願いね」

「分かりました」

「おけ」


 俺は頷き、木の棒を両手で握る。


「いきます」


 佳が木の影から飛び出し、角兎へ走り寄る。

 角兎は佳に視線を向け額の角を前に跳躍。凡そ一メートル弱の距離を一息に詰め、佳の胸に角が迫る。しかし、そこは角兎を狩り慣れていそうな妹達。佳は角を双剣で挟み込み、その怪力で角兎の動きを封じ込めた。


「お兄様、今です」


 佳の言葉に玖明と幸が飛び出し、遅れて俺も飛び出す。

 木の棒を振り上げ、角兎へと向ける。

 いや、普通に考えて兎を木の棒で殴るとか、かなり抵抗あるんだが、俺はどうすればいいんだ?

 妹達の顔を見渡すと、俺に期待の眼差しを向け頷いた。


「ええーい、ままよ!」


 一度言ってみたかった台詞を呟き、目を強く瞑ったまま腕を振り下ろす。

 手に鈍い感覚と共に、重く潰れた音が響く。

 震えながら瞼を上げると、そこには潰れたナマモノが――。


 吐きました。


「あに、大丈夫?」


 幸が俺の背中をさすってくれている。

 スプラッタですよスプラッタ。

 返り血をまともに浴びた佳を玖明が拭き、佳は腰に付けた袋に角兎をしまう。


「さすがお兄様、やはりお強かったのですね」

「いや、そんなことはないが。ないはずだが」

「少なくとも兄さんは常人より力が強いです。普通、弱い魔獣とはいえ、こんな事態にはならないはず」


 角兎の頭はミンチと化していたからな。まぁ、普通はああならないよな。

 俺は木の棒を持ち上げる。

 可能性で言えば、この木の棒が実は伝説の武器の可能性が――。


「さすがお兄様です。その重棍を扱えるのですから、常軌を逸した力の持ち主であることは疑いありませんね」

「あに、凄い」

「そうね、兄さんが片手で重棍を振り回したのには私も驚きました」


 は? 重棍?

 俺は片手の木の棒を見つめる。いや、角材だよな。田山さんも片手で持ってたし、多少重みはあるが、それほど重いとは感じなかったが。

 木の棒を地面へ放り投げると、地面が少し沈んだ。

 妹達を見て、自分の手を見る。

 そうか、俺の神威(かむい)の効果で妹達の能力の六割が俺の能力に加算されているんだったな。

 思い出せ、妹達は力持ちであった。その三人分の力が俺にも加わったと言うことは?


「よし、次の獲物だ」


 俺は肩に重棍を担ぐ。

 やる気満々、次の獲物を探しに妹達と森を探索する。

 身体は軽く気配にも敏感になっており、体力も確かについているように思う。ただし、身のこなしなどの技術面はからっきしなのだが、そこは力押し。

 いやー、角兎なんて雑魚ですわ。余裕余裕。狩り放題のボーナスステージですわ。


「おえぇぇーっ」


 勿論吐いた。

 今しばらくこの感覚には慣れそうにない。

 結局二十羽ほど角兎を狩った所で、俺達は村に戻った。

 門の前には田山さんが立ち、醜く笑う。


「自分の力に気付いたかな、兄道(けいどう)くん?」


 やはり全てお見通しというわけか。

 なんだか胡散臭いし、手の上で踊らされてる感じがして嫌なのだが、これならいつか目標を叶えることも出来るのではないかと思う。


 待ってろよ、妹よ。


 孤児院の今晩の献立は兎料理のフルコース。どこから出てきたのか分からないが、子供達がわらわらと食堂へ群がる。

 衞火(えいか)さんや子供達に感謝され、いい気分のまま、お風呂に入り、ベッドで横になる。


 独りで。


 日本では妹と寝ていたんだがなぁ。

お読み頂き感謝申し上げます。

宜しければ、ご意見ご感想お待ちしております。

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