3.お兄ちゃんお兄ちゃんになる
田山さんに背負われ日が暮れる前には村に着いていた。
いやー、現代人が森を抜けるのは無理難題ですよ。田山さんとか時速60キロくらいの早さで駆け抜けて行くんだもん。異世界人の能力の高さに戦慄したね。
まぁ、田山さんは桁違いに能力が高いと思うけどね。そう思いたい、マジで。
村の周りには三メートル程の土壁が囲っており、出入りは小さな丸太で出来た門が土壁にこっそりとついている。
門の側には門番らしき屈強なおっさんが立ち、俺達に誰何の声を掛ける。
田山さんはどうやらこの村で顔が利くらしく、門番のおっさんがよいしょしまくっていた。そのよいしょの中には英雄という言葉もあり、田山さんはやっぱり規格外なのだろうと再認識した。じゃないと俺はこの世界で生きていけない気がしたしな。
俺達はこっそり腰を曲げ小さな門から村へと入った。村の中は十数戸程の四角の家があり、俺の想像していた中世ヨーロッパ風でもなければ、和風でもない、本当に無機質な四角の家が建ち並んでいた。
「驚いたかい? この世界の村にある家は四角の家が基本なんだ。街に行けばまた変わった家もあるけれど。これは魔法の恩恵だろうね」
俺は田山さんの説明に「へぇー」と頷く。俺は使えないが魔法があれば建築様式もまた変わるのだなぁ。というか、もしかして地球の知識とか全然使えないのではなかろうか? と今更気付いた。
俺の中で剣と魔法の世界といえば文明が遅れているイメージがあったが、村の中を見るにそこまで遅れているようには思えない。寧ろ地球より進んでいる分野もあるのではないかと思える。
まず住民の衣服は、はっきり言って中世ヨーロッパ風ファンタジーのそれではない。何と言うか、凄く地球感がある。しかもハイセンス。正直田山さんの格好は凄く浮いている。端的に言ってダサい。え、俺の格好? ジャージだよ。
家屋は四角なので判断出来ないが無機質な都会のビル群を思い浮かばせる。村の中には街灯らしきものがあり、夕暮れの空を照らしている。
何というかチグハグなのだが、あまり地球の常識で見ない方が良さそうだ。よく考えれば当たり前なのだが、どうにも日本の物差しで物事を見てしまうのは仕方がないことだろう。
そして住民の会話に出てくる言語を聞くと、そう日本語である。正確には訛りの強い日本語に聞こえる。所々聞き取れないし、何となく文法が変な気がするが日本語には間違いない。
しばらく田山さんについて行くと、謎の祠が並んだ場所へやって来た。
「さて兄道くん。まずは信仰する神様を決めようか」
どうやら田山さんは悪徳宗教のキャッチだったらしい。このままでは壺を買わされてしまう。
「なんなんだい、その顔は。まぁ、言いたいことは分からないでもないけど。大丈夫、壺なんて売らないから」
そんなに顔に出てますかねぇ?
顔を触って確認していると、田山さんは醜く笑う。
この人も心読める系の方なのかしら? なんてな。
「どうやら兄道くんは向こうで神光星陸について勉強していないらしいから。説明させてもらうよ」
なるほど、天上界で勉強しなくとも強制チュートリアルが発生する訳か。
取り敢えず話を聞いている振りをして、妹の記憶を探ろう。未だに前世の記憶ははっきりとしなていないのだ。
「神光星陸には神様が実在している」
せやな。
なんなら会ってきたしな。
「そして神様は我々に加護を与えてくれる。加護を受けて初めて魔法の行使が可能になり、能力にも補正が掛かるんだ。だから人々は神に信仰を捧げ、生きる道を決める。農業に生きるも良し、商売をするも良し、戦いに身を捧げるも良し。ついでに私は冒険と探索の神・郗臨を信仰している。転生初心者にはお勧めだけど、自分の生き方に合わせて信仰は選ばなければならないよ。信仰の選択は一度きりだからね。神は狭量なんだよ」
長々と説明させてしまったが、俺の信仰は妹に向けられているので全く意味のない説明だった。
「まぁ、また後で考えます」
そう言うと「そうだね」と田山さんは頷いた。
「で、次の目的だけれど」
田山さんに連れられ村の外れへとやって来た。まぁ、村の外れと言っても土壁の中なので村外れ感は無いが、何となくそういった雰囲気の場所だ。
大きな四角の家。庭付き一戸建てかな?
庭では子供達が遊んでいる。猫耳、犬耳、狐耳。ケモミミが子供達の頭の上でぴょこぴょこ動いている。謎のコスプレパーティでもしているのか。
ここに俺の目的はなさそうなんだが?
「ここは孤児院だよ」
なるほど。で?
「私は能力を見る神威を持っているんだ。勝手に能力を見てすまないとは思っている。けど、君に今必要なのは分かっているつもりだよ」
なるほど。
俺に今必要なもの――つまり。
妹だ。
要するに孤児院の女の子を引き取って妹にしろってことね、なるほど。
難易度高いわ!! いきなり見知らぬ人の人生とか背負えないよ! 俺に背負えるのはせいぜい妹の人生くらいだよ!! あっ、だから妹にすればいいんだね、なるほど。
「いやぁ、無理っすよ。難易度高いですよ」
まぁ、無理だけどね。
だってまだ右も左も分からないし。最弱だし。幼女にすら勝てない自信がある。
「大丈夫。私はここの院長だから。というか、村を作ったのが私だから」
はあっ!?
あー、田山さんは偉い方だったのね。偉い方なら家名が二文字以上あるはずなのだが? 平民と同じ一文字である。つまりは――どういうことだってばよ?
田山さんを疑惑の視線で見つめていると、やはり醜く笑う。どうやら答える気は無いみたいだ。
「玖明、佳、幸、おいで」
田山さんが名を呼ぶと、三人の少女が駆け足でやって来た。
玖明と呼ばれた子は、それは綺麗な黒髪と黒瞳をしており、頭の上には犬耳がぴこぴこと動いている。年齢は十四、五くらいだろうか? 身長は三人の中で一番低い。特徴的な黒瞳は俺を見透かすようであり、何を考えているのか分からない深みがある。つまり美少女です。
正直言うと、苦手なタイプな子だ。頭の良い子と話すと劣等感に苛まされるのだ。
佳と呼ばれた子は、恐ろしい程に美しい少女である。ふわふわの赤毛の上には狐耳がふにゃふにゃ動いている。年齢は十七、八歳だろうか。とにかくナイスバディの胸元に目がいってしまう。身長も俺より高いのがいけない。俺の身長は百八十センチの高身長にしてもらったにも関わらず、速攻女の子に抜かれる悲しさよ。元の身長? 平均以下だよ。
勿論、俺の苦手なタイプだ。女の子女の子した女の子は苦手なんだよ。こう、劣等感に苛まされる。
幸と呼ばれた子は、なんか寝てる。美少女では――ないな。普通だ普通。そして男の子のような短い茶髪の上には猫耳がもそもそと動いている。俺は猫好きだよ。うん。年齢は十四、五かな?
体型に関してもスレンダー。身長も女の子の平均くらいじゃないの? 特に語ることは無い。とにかく目が細い、糸目って奴か。いや、寝てるのか? よく分からないが、勿論俺の苦手なタイプだ。
えっ、さっきから苦手なタイプしかいないじゃないかって?
妹以外の女はみんな苦手なんだよ、察しろ。
「玖明、佳、幸。これからお前達の主人はこの俊 兄道くんになる。しっかりお世話するように」
俺が美少女と普通にどぎまぎしている間に、田山さんがえらいことを口走っていた。
ここで、なんでやねんって突っ込めてたらよかったんだけど、無理だよね。
少女達は田山さんに深々とお辞儀をする。
「翰郎様、今までお世話になりました」
そしてくるりと俺へと向きを変え、やはり深々とお辞儀をする。
「俊 兄道様、これからお世話になります。宜しくお願いします、どうかなんなりとお申し付け下さい」
何と言うか、鳥肌が立つよね。悪い意味で。
人に畏まられるのは慣れてないし、それが少女ならば尚更だ。
俺はそんなたいした奴じゃないし、偉いのは田山さん何だから。
――それにだ。
成り行きで、俺の意思を問う事もなく決められてしまったが、俺は彼女達の主人になりたい訳ではない。
俺は家族になりたいのだ。
だから――。
「う、上手く言えないが、敬語とか、恭しい感じのは、やめてくれ」
本当に俺は妹以外の女の子と話すのは苦手なんだよ。それに、少女達は俺の話を聞き漏らすまいと真剣な目で見詰めてくるんだ。
「俺は、君達の主人になんてなるつもりはないんだ。だから、その」
少女達の顔に不安の影が差す。佳ちゃんの目とかめちゃ揺れてる。おっぱいも揺れてる。玖明ちゃんの視線は更に強くなり、幸ちゃんは寝てる。勿論寝てない。
田山さんはにこにこと醜く笑う。この人全部分かっていて、あんな言い方したんだもんな。絶対性格悪いわ。あの神様並みに胡散臭いもんな。
「お、俺の。俺の家族になってくれ!!」
いやぁ、恥ずかしいですね。声震えてるし、身体も震えてるよ。
俺ってほら、無口じゃん? 調子乗りだけど基本無口じゃん? 心の中は饒舌だけど、コミュ障の会話は基本殺し合いで殴り合いな訳。
つまり何を言いたいかって言うと、基本全力投球なのよ。だから、すぐ調子に乗るし、無口になっちゃうのよ。そういう奴、学校に一人か二人はいたでしょ? だいたい休み時間に寝たふりしてる奴だよ。
つまり俺だよ。
だから、こんな誤解も生んじゃう訳で――。
「宜しくお願いします、旦那様!」
少女達はやはり深々とお辞儀をしたんだよ。
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