ゲリラ豪雨
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「わっ、凄い雨」
「ゲリラ豪雨だな」
時刻は4時半過ぎ、突如豪雨に見舞われる。
雨が地面を強く打ち付ける。このまま降り続けていると地面に穴が空いてしまうのではないかと思ってしまう位だ。『涓滴岩を穿つ』なんて言葉があるが、僅かな水で岩に穴をあけるなら、この勢いよく降り注ぐ雨粒は一体どんなモノを穿ってしまうのだろうか。
「うーん。これ、止むかななぁ」
帰りのホームルームが終わり、いざ帰らん、とした時に突然の雨。この天気の変わりやすい時期にはよくある事なので、まぁ、仕方のない事では有るのだが。仕方のない事ではあるが、やっぱり降ってほしくは無いものだ。
私の前で帰り支度をしていたコイツが憂鬱気に呟く。
この激しく雨が降る中で、嬉々として帰る者など果たしてどこにいるのだろうか。
「さっ、帰ろうかっ!」
「ええっ!?」
ここに居ます。
「ほら、早く支度を済ませろ。帰るぞ」
私はコイツを急かせる。
「ね、ねぇ。窓の外、今にもピカーン!ゴロゴロー!って来そうな激しい雨。分かるよね?ね?」
コイツが私に同意を求めるようにしつこく迫ってくる。
「ああ、分かっている。『秋雨だ、濡れていこう』だろ?」
「なにその『春雨だ、濡れていこう』を少し変えた新しい言葉!?」
「この私が作りました」
と軽く胸を反り返し自慢する。その際「ちっ、揺れやがって……」とコイツが言っていたらしいが、小声だったので私の耳には届いてこなかった。
「さて、お前も分かってくれたみたいだし、いざ逝かん!!」
「いつ私理解を示した言葉なんて口にしたかなっ!?」
ウガーーーッ!とよく分からない奇声を発して抵抗を示してくる。
「なぁ」
「何?」
「私の事、嫌いか?」
「え、ええ!?行き成り何!?何なの!?」
突然の私の問いかけにコイツは戸惑う。
「冗談で聞いている訳じゃないんだ。真剣に答えてほしい」
「あの、えっと、その……」
「……」
戸惑うコイツを私はそっと見つめる。
「あのね……。あのね、嫌いじゃ、無い、よ?」
「……」
「あうぅぅ……」
そんな曖昧な言葉なんて聞きたくない。と無言で返す。それに対して困った表情をするコイツ。
「だからね、えっとね……。す、す、好きぃ……」
と顔を真っ赤にし、最後は萎んで掠れて聞こえなくなる位に小さな声で答える。
こ、これは……、これは、いい。
私はコイツの両肩をガシッと掴む。
「きゃっ!!どどどどうしたの?」
「……、結婚しよう」
「はいぃ!?」
「そうかそうか。お前も乗り気か」
「違うよ!?「一体そう言う事なの?」って意味の「はい?」だよっ!?」
「さあ、この憂鬱な雨を降らせるお天道様に言ってやろうじゃないか。私達――」
「「結婚します!!」」
ゴロゴロゴロゴロ――――、ピシャーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「キャッ!!」
雷が落ちる。ピシャーーンなんて擬音語をここでは使っているが、そんな音では到底ない事を捕捉しておきたい。非常にどう表現すればよいのか難しいのだ。ただ単純に「ピシャーン」という言葉が何か雷っぽくて良いんじゃないか、と言う理由だけで使っているに過ぎない。そう、もういっその事――
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
「キャーーー!!」
――で良いのではないのだろうか。
「うん、お天道様も祝福してくれているようで何よりだ」
「いやいやいや、どう捉えたらそうなるの!?アレは「人様の前でイチャコラしてんじゃねーよガキ共」って言ってるって絶対に!!」
「……成る程、お天道様も私の道を阻もうとしているのか。よろしい、ならば戦「ズガーーーーーーーーーーーーーン!!」……。調子にのってすいませんでした」
「変わり身早っ!?」
ふん、只の人間が「自然」に勝てるわけがないだろ。
私はふと窓の外を見る。遠くで雷が落ちる。
「それにしても凄い雷だな」
「うん、こう稲妻がピカーッ!っとね……」
「ああ、雷がな……」
「稲妻が……」
「雷」
「稲妻」
そして、私たちはどちらからと言う訳でもなく、自然とお互いの方を向き、そして見つめあう。
「なぁ」
「何?」
「離婚しよう」
「うん」
「……」
「……」
意見のすれ違い、それ故に起きた結果であった。
「ねぇ」
「何だ?」
「雷と稲妻って何か違うの?」
「さぁ?自分で調べたら?」
「うん、そうする」
そう言ってコイツは鞄の中に仕舞った電子辞書を取り出す。
「えーっと……。どっちを先に調べる?」
「自分の好きな方で良いだろ、この稲妻娘が」
「なに稲妻娘って!?私そんなの聞いたこと無いよ!?」
それはそうだろう、だって私がさっき作ったのだから。
「ほらほら、さっさと調べろ」
私はコイツを急かす。
「う~……」
コイツは私を恨めしそうに睨みながらもキーワードを打ち込んでいく。
「い・な・ず・まっと。よし、でた。えーっと何々――」
いなずま【稲妻(電)】
[名]
雷雨などのとき、空中の放電によって生じる光。稲光。雷光。
◇現代仮名遣いでは「いなづま」も許容。
「――だってさ」
「よし、次は雷だ」
「分かった。か・み・な・りっと――」
かみなり【雷】
[名]
(1)雲と雲の間、あるいは雲と地表の間の放電によって、空中に光と音響が生じる気象現象。多く強い雨と風を伴う。
◇頭ごなしにがみがみとどなりつけることのたとえにも使う。「親父の雷が落ちる」
「雷が鳴る」
(2)雲の上にいて、雷をおこすという神。鬼のような姿をして虎の皮の褌をしめ、輪形に連ねて背負った太鼓を打ち鳴らす。人間のへそを好むという。雷神。かみなりさま。
「ふむ、要するに稲妻はあのジグザグ曲がってるアレを指して、雷は「ゴロゴロ」から始まり「ドガーン」までの一連の現象そのものを指している。と言うことで良いのか?」
「何でわざわざ擬音語を入れたのかよく分からないけど、それで良いんじゃないのかな?」
「よし、これにて一件落着だな」
「うーん――」
「どうした?」
コイツが未だ納得のいかないような顔をしている。
「いや、さっき雷について調べたでしょ?」
「ああ、そうだな」
「それでさ――」
(2)雲の上にいて、雷をおこすという神。鬼のような姿をして虎の皮の褌をしめ、輪形に連ねて背負った太鼓を打ち鳴らす。人間のへそを好むという。雷神。かみなりさま。
「――の所なんだけど、どうしてこの雷神様は人間のへそを好むんだろうって思って……」
「ふむ、成る程な」
何故人間のへそを好むのか……。
「あれだ、雷神様はへそフェチなんだよ。へそを舐め回す事に生き甲斐を感じているんだ。とくに子供の、な。更に付け加えると6歳から13歳位までの年齢の、更に更に付け加えると女児のへそを好むんだ」
「なにそれ恐い」
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!?
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!?
雷が次々と落ちる。
「ほら、「な、なぜそれを知っている!?それは仲間の風神しか知らないはずだっ!!人間、お前は何者だ!?」って言ってる」
「いや、どう解釈しても「ちょ、おまっ!!何酷い設定付けてくれちゃってるの!!それじゃあ只の危ないヤツだよ!?」だよ」
「そうか?」
「そうだよ!!」
「さて、少しは真面目に考えてみるか。さっきも真面目だったけど。冗談を考えるのに」
「頑張りの方向性が何でそんな方に向かって行っちゃうのかなっ!?」
「それが私」
それが私の生きる道。別に笑いをとる職業に就く気なんて無いけど。
「何か納得できちゃった」
「それは何よりだ」
さて、考えよう。
そもそもどうして雷神様が好むのが「へそ」なのか。他の部位ではいけないのだろうか?
例えば「頭」だ。もし、雷神様が「頭」を好むとしたら。
「ヒャッハーーー!!頭ウメーーーー!!もっと頭寄越せよ人間共ーーーー!!」
……、これは戴けない。
そう言えば昔、雷が鳴ったら身を低くしろと言われた気がする。これ雷は高いものに落ちる為、だったような。
だったら、なかなか言うことを聞かなそうな子供たちに言うことを聞かせるために、体を屈めさせる為に、このような話を作ったのではないだろうか。
「うむ、納得だ」
「え、何か思いついたの?」
「そう言うお前は?」
「うん、思いついたよ!!」
「ほう、なら行ってみろ」
「うん!!それはね、お腹を出したまま寝て、風邪を引かないようにするためだよ!!」
あ、それ有りそうかも。
「成る程、私は無駄に深く考えすぎだったのかもしれないな」
「え、何を考えてたの?」
「いや、雷に打たれないために体を屈めろ、と言ったものだと思ってな」
「ほえー、そんな事考えてたの?」
「うむ」
「なら、それも正解だと思うよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「なら正解だな」
「うんっ!!」
そして外を見る。これまでの流れ的に雷が鳴ると思ったのだが……。
「晴れてるな」
「え?あ、本当だ。何時の間に」
「まぁ、何時晴れたかなんて気にしても仕方ないだろ。大切なのは今晴れていることなんだから。さ、とっとと帰ろう」
「そうだね」
私たちは靴を履き替え、昇降口を出る。
「あっ、ねぇ見て見て」
「ん、何だ?」
私はコイツが指を指した方を見る。
「……虹だな」
「うんっ、虹だよ!!きっと私たちの答えに対して「正解だ」って雷神様が出してくれたんだよ!!」
「そうか?」
「そうだよっ」
そう言ってコイツは笑う。何ともおめでたいヤツだ。
でも、そう言うのも悪くないのかもしれない。
「あ、笑った!!」
「笑って無い」
と言い返し、そっぽを向く。
頬に手を当てる。私の頬は自然と緩んでいた。