新生活のススメ
目が覚めたら木々の真ん中でぽつねんとしていた。
右見て左見て、念のため上見て下見て、あきらめつつも後ろを見た。
一切の見おぼえはなかった。
「迷子だ…」
うわあ御年二十五にして迷子とは。いやしかし、夢遊病じゃあるまいし寝ながら歩ける訳もなし。
「…誘拐?」
いや、それはないか。自慢じゃないが金銭的にも身体的にも本当に内臓くらいしか取り柄がない。しかしこのまま寝ぼけた頭で考えてもしょうがない。迷子の時のお約束(まよったらうごくな)をまるっと無視して、人を探して歩き始めた。
裸足を痛めつつ歩いたら、田園風景が広がっていた。どこかの避暑地のような建物もある。
そしてデコボコ田舎道。整備された道もあるが、狭い。人が横にぎりぎり三人通れるくらい。
さらにほとんど目印や看板がない。よそ者がそもそも来ないということだろうか。迷子の敵じゃないか。
あれ?外部から人が来ない場所に私がいる=第一村人が誘拐犯かもしれない?なんだそのホラー。
捕まるか行き倒れるか。助けを求めるのもいいが、不審者が助けてもらえるのは拾ってくれる相手がよい人である時だけだ。そして、あれが閉鎖的な村だったら最悪殺される。脳裏に閉鎖空間惨殺ホラー物のイメージ映像が乱舞する。
だがこのまま何をしなくても多分死ぬ。きっと死ぬ。助かる可能性が高いほうに賭けよう。
自分が女であるとわかるとしたら髪の長さと体つきくらいだろうか。 顔は残念ながらブスよりの普通なので、多分顔だけで女だとは思われまい。 っつーか日本でもよく男に間違えられたからな。遠目でこそっと集落を観察したらぱっと見は普通の人のようだった。 話すことができればいきなり殺されることはないと思いたい。 様子を見つつ民家と思しきドアの前に立つ。逡巡した後ドアをノックした。
「*******!」
バアアッン
大人が出てくるかと思ったら子供が元気良く扉を開けた。
お約束通り?勢い良く開け放たれた扉に勢い良くぶつかった。痛かったが今はそれどころじゃない。
「******?******!」
少年はごめんね?大丈夫?とでも言っているようなきらきらした笑顔を向けてくれているが言葉が分からない。
うわ―い語学勉強決定。
穏やかに見えるように、そして心底困っているのを隠さずに日本語で訥々と助けを求める。
すると男の子(だと思う)は首を傾げて奥に走って行った。
少し待って連れられてきたのは、東洋系の顔をした頑張れば美形になりそうな男の人だった。とりあえず同じように日本語で助けを求めてみる。連れられてきた人は首を傾げたりしていた。
もしかして外国?うへえ、私インドとか東南アジアとか中国とかの言葉はしゃべれないんだが。でもまあまずは英語で
「ヘルプ、みー」
言った瞬間、その男の人は目を見開いた。
「*****?****!********!**!*****!?」
いきなりがぶり寄られた。 え?何?何がどうした?
そうしたらいきなりべらべらとしゃべり始めた。 あれこの人英語しゃべってる? え、私英語苦手なんだけど。十年英語の授業受けてもしゃべれるようになるとは限らないんだぜ!リスニングよりも筆記で点数稼ぎましたが何か!?
べらべらべらべらべらっとネイティブにしても聞き取りにくい英語を話してくる。
すげーわけわからん。マジでヘルプ。泣きたくなっていると今度はもう一人西洋系の比較的美形が出てきた。態度でかいな、家主かな。
詰め寄ってきた相手を引き離してくれたので、何とかお礼を言う。迷ったけど英語で。
そうしたら招き入れられた。どうやらすぐ監禁殺害されることはなさそうだ。
通された客間でちょっと落ち着いたがすぐに重大な問題に気づく。
私の母国語は日本語だ。英語は多少しかわからない。そしてここに英和辞典や和英辞典はない。
難しい言葉や文章を話すことができない。ひいては自分の状態を説明できない。
私の英作文能力は、「How are you?」と聞かれたときにどんなに具合が悪くても「I'm fine,thank you.」と言ってしまうレベル。
ちょっと頭を抱えたくなった。まさかテスト前日以外で英語を勉強しとけばよかったと思う日が来るとは。
詰め寄ってきたほうと美形のほうが挨拶らしきものをした。こちらも挨拶を返す。そこからは単語でのやり取りだ。名前はとりあえず偽名でいくか。本名名乗ってもあんまり意味ないしなこの場合。
あんまり派手な名前だと反応できないだろうからテキトーに名前をもじるか。後で本名が必要になったら、本名は秘されているんだってことにすればいい。
ということでいまさらながら私の名前は十里中蔡というので、トーリ・ナカと名乗った。
自分を指しながらトーリと何度か繰り返すと、詰め寄ってきたほうが英語っぽく私の名前を発音した。何だそれ雷の神様みたいな発音やめれ。
んで詰め寄ってきた人はフリオニール。美形さんはビロウということが分かった。ちなみにあの男の子はユリアン。
ジェスチャーで何か書くものはないか聞いてみた。出てきたのはありがたいことに紙だった。だが筆記用具が羽根ペンって…書けないよりはましかと、英語の授業で必ず出てくる自己紹介文を書き込む。フリオニールさんは手元に興味シンシンだった。視線が痛い。
英語で書いた文を指さしながら読みあげると、フリオニールさんが大きくうなずいた。あー、なんか通じたらしい。 今度はフリオニールさんがずらずらと書いていく。
うわ、いっぱい書いてくれてるけど読めない。単語と単語の境目が分からないのと彼自身字が汚いのか読み解くのが非常に難しい。
半ば言葉での疎通をあきらめて、さらっと絵を描き、適当に単語を交えて現状を説明してみる。
寝ている棒人間。いっつみー。すりーぴんぐ。
起きる棒人間。ウェイクアップ。
ぽつんとする棒人間。アイムヒア―。と困った顔で。
筆談ならぬ絵談だね。絵は言葉なくても結構通じるんだな。
で。
絵談で相互理解に努めること十時間以上。時間は私の腕時計が教えてくれた。外はとっぷり暗くなっていた。ビロウさんは途中で力尽きた。フリオニールさんは最後まで付き合ってくれた。
わかったこと
・現在地はフラッドル国の片田舎であること。
・フラッドルは地球にない国であること。(地図にみたことない大陸がいっぱいあった)
・この家の家主はビロウさん。
・ビロウさんは都会で偉い人の家来をやっている。今は休暇中。
・フリオニールさんはビロウさんの親友。らしいニュアンスを感じた。学者。
・ビロウさんの隠れ家的別荘(つまりここ)に転がり込んだらしい。
・私のしゃべる言葉が実家の古い本そっくりで興味深いらしい。
なんか慣れてくると面白いなフリオニール。よく寝るなビロウさん。
でまあ色々酒を舐めつつ話を進めると、生活のたつきを固めるまでは手助けしてもらえることになった。これは素直にありがたい。こっちで身よりのない私は身体がでかい幼児と変わらない。細かい話しはビロウさんと明日の朝話すとして、毛布を貸してもらって居間のソファーで寝る。ビロウさんはフリオニールさんが持っていってくれた。
朝起きると、仁王立ちしたビロウさんに睨まれていた。
えーと、グッモーニン?
なんか腹のたつ口調で皮肉げな口元。あー悪口って外国語でも悪口なんだな。雰囲気でわかる。
まあ変人に居間で寝こけられて嬉しい人間はおらんから不機嫌なのもわかる。
あまり私が堪えた様子を見せないのでビロウさんがフリオニールさんを呼ばわると、フリオニールさんが眠そうに登場。
私を見るとハローとか言ってくる。 ジェスチャーで眠れた?と聞いてきたので頷く。
同時に腹の虫が主張した。
昨日出迎えてくれた男の子と一緒に朝ごはん。名前はユリアンだよね覚えてる。
実はユリアンくんはビロウさんの親戚らしい。似てない。
ビロウさんは黒髪碧眼の、ちょっと肌の色が違う欧米人っぽいひと。
一方ユリアンくんは金髪碧眼の天使。フリオニールさんが日本とかモンゴルとかに普通にいそうな黒髪の兄さん。
分かりやすくいくならば、ビロウさんはキレイな感じの美形で、ユリアンくんは天使。フリオニールさんは頑張れば多分イケメン。
改めてみるとビロウさんとユリアンくんは眩しいな。普通な感じで目にやさしいなフリオニールさん。
意思疎通のため、紙がもったいないので、黒板とチョークみたいなのを渡される。
異論はないよ。資源は大切に。
今後のことを今度はビロウさんを含めて話し合う。
行く宛がないことと言葉がほとんど通じないこと。でもフリオニールさんの研究分野に役に立てることを考えあわせた結果、フリオニールさんの家で厄介になることに決まった。これははっきり言ってラッキーだ。保護者げっとだぜ。
この段階で彼らが誘拐犯だという疑いは既に持っていなかった。地球とそれ以外の星をまたにかける誘拐犯ってむしろSFの世界だよな。(あれ…でも星がちがうならSFか…?まあいいや)
それに話してみて冗談言い合って語り明かした結果。万一手ひどく騙されても、こいつらに騙されるならまあいいかと思った。
フリオニールさんはしばらくビロウさんちに滞在して、観光シーズンが終わったら帰るつもりらしい。それに私はくっついていけばよいと。それまではビロウさんちにフリオニールさん共々厄介になる。基本はお手伝いと常識のお勉強。あとユリアンくんの相手。
「PAY YOU AFTER」
フリオニールさんがビロウさんの言葉を簡単に単語で伝えてくる。
えーっと、「後で払えよこの野郎」か?
ああ、この借りは金を稼げるようになったら、とっとと返してやるよ。