7-3.だけどそこには君がいない!
冠理倫子。
血も縁も時も世界も繋がらない妹だとしても、あいつは俺の妹だ。
それは間違いない。
血の池に浮かぶ、真っ白な西洋人形。肘から先、膝から先を切り落とされた死体。
それが、あいつの最期。
7巡前はそれを見つけることなく終わった。
そして、6巡前では、出会えたにもかかわらず、見殺しにした。
後悔しかない。そして、反省しかない。
たとえ、この巡の世界が、反省を活かしきった世界だとしても、後悔しかなかった世界があったという事実は打ち消せない。
そう、俺は、たった一人しかいない本当の家族を見捨てた。
見殺しにした。
兄として、決してやってはいけないことを繰り返した。
もう、あいつは生き返らない。
あいつの声は聞けない。
あいつと――
「たっだいまぁー。お久しぶりですー」
カメレ○ンクラブのビニール袋を手に、ほくほく顔の妹が部屋に入ってきた
「くっ、余韻が!!」
まだ回想の余韻の途中だというのに、うちの不出来な妹は空気を読まずに登場した。
俺が見当違いな憤慨をしていると、妹はわけがわからないといった様子で混乱している。
「おっ、おう。な、なに怒ってるんですか?」
妹――、倫子は、辺りを見回しながら、俺に聞く。
「なんで、おまえが、俺の部屋に来てるんだ!?」
とりあえず、勢いに任せて怒ったふりをしてツッコミを入れる。
「え、久しぶりに、この時間軸を当てたから挨拶に来ただけですよ……?」
ただの里帰りでした。
そうだね、お正月だしね。
悪いのは俺だ。
「あぁー、ごめん。ちょっと血迷ってた。さっきまで、倫子と初めて出会ったときのことを思い出してたせいだな……」
「初めて会ったとき? あぁー、リン兄は2巡目の世界の私を見殺しにしたんでしたっけ? まあ、気にしちゃ駄目ですよ。それ言い出したら、リン兄はきりがありませんし」
きりがない。
そう、言い出したら、かなりの友人家族を見殺しにしている俺だ。
直視するのを避け続けていた現実を、唐突に倫子に突きつけられ、俺は吐きそうになる。
「あぁ、ぁあぁあぁあ……、最悪だ……。俺はきりがないほどの友達を見殺しにして……」
春散なんて通算6回ほど、犠牲にしてしまっている。
最愛にして、最高の友人を、6回も殺してしまった。
てかあいつほとんど生き残ってねえな……。
血液の循環が悪くなり、酸素が足りなくなる。過呼吸の症状がでてきて、唾液がこぼれそうになる。
「ま、まじで鬱になんないでください! やっと世界救って、みんなが生きてる幸せな世界を掴んだじゃないですか! ほら、ゲーム持ってきましたよ。えーっと、数十年先のゲームで、エフ○フ16にペル○ナ7に……、あ、スマブ○最新作もありますよ!」
見かねた倫子が、袋からゲームソフトを取り出す。
だが、それは逆効果だ。
その未来のゲームたちには、一言申したいことがたくさんある。俺は息を吹き返す。
「そういうの、この世界での俺の楽しみがなくなるからやめてくんない!? おまえのせいで、オーバーテクノロジーなハードとソフトが部屋に大量放置されてるんですけど!」
「え、最初にリン兄が言ったんじゃないですか、やり応えのある全感覚投入型のゲームしたいって」
「言ったけどね! 俺、あれのせいで、一年ほど植物人間になって大変だったんだぞ! なんで、ログアウトないんだよ、あのゲーム!」
「2072年、ベータテスター1000万人全てを『未帰還者』にしたキルゼムオールゲームですから。人類史上、最もクリエイティブなゲームとして、『第一級危険仮想世界』と世界に認定されていましたので、リン兄に丁度いいかと思って放置しました」
「それ、接続したら100%死ぬってことじゃないですか!? 世界が認定する自殺アイテムを俺の部屋に放置すんなよ! 説明書のあらすじがやたらと楽しそうだったから、ヒャッホーって小躍りしながらプレイしちゃったよ!」
「でも、クリアできたんですよね?」
「正攻法じゃ無理だったっての! 能力でリアルセーブロードしたから、クリアできたんだっての! 6巡目終末世界戦並に必死になったわ!」
「え、チートじゃないですか。最低です、製作者に申し訳ないと思わないんですか。せっかく、リン兄でもやり応えのあるであろう、数少ないゲームだったのに」
「チートしないと死んでたから! あと、製作者って、それつまり犯罪者さんのことですよね、恨みはしても申し訳ないなんて思うか! あれのせいで未来のゲームはトラウマになったわ! 全部、持って帰れ!」
「でも、ハル姉とか、まどっちとかがやりたいって言うので……」
「あいつらか……っ! あのゆとりどもは、ゲームの発売日までお金を溜めながら待つ楽しみというのを教えてやるしかないな! あとで11600円(税込み)したSFCソフトを、学校休んで買った話を千回は聞かせてやる!」
「私のせいじゃないよー、苦情はハル姉たちにしてくださいー」
「いや、そうじゃなくて! それならあいつらんとこに届けろよ、なんで俺の部屋に置くの!?」
「え、だって皆が、ここに置いてって言うので……」
「なんで、あいつらは当然のように俺の部屋を私物化するんだ!? なんなの、あいつらは俺の彼女か何かなの、身内なの!?」
「ハル姉は、「あー、私ン部屋に置いといてよー。……え? ああ、部屋って、リンの部屋のことよ。当たり前よ。だいじょぶだいじょぶ、私からあいつに言っとくから」と言っていました。」
「あいつ、俺の部屋を、私の部屋とか言ってやがるのか!? そして、あいつからこれについて言われたことは一度もない!」
「彼女面してやがっていますね」
「あいつが彼女とか、ありえない!」
「どっちかというと、兄妹みたいなかんじですからねー、私ら」
私ら、とは、能力や運命で繋がった友人たちのことを指しているのだろう。
つまり、この世界の俺と春散の距離は近すぎるのかもしれない。だから、あいつは調子に乗るし、平気で俺を殺しかけちゃったりするわけだ。
「兄妹もありえないな」
「いや、実際、下手な身内よりも身内ですよ。私も、リン兄のことを本当の兄のように思っていますよ」
「……まあ、おまえはかまわないさ。おまえは、俺の妹でいい」
こいつだけは例外だ。こいつだけは、冠理という苗字を持ち、倫という名前を持つ資格がある。だから、家族で扱うことに問題はない。
「にゅふふ、ふふ、さすがリン兄です。大好きですよ、お兄ちゃん」
いつの間にか、倫子は俺の腕に自分の腕をからませている。
「あ、あぁー……。二人のときに、そうやってふざけるのはいいけど、誰かがいるときはやめろよ。一部のやつらは俺を通報するのに躊躇いないから、まじで。動画にして、ネットにあげて、追撃で警察に届けるようなやつらだから」
「照れてますねぇ、りーんお兄ちゃーん、大好きですよー。ほらほら、お兄ちゃーん、妹ですよぉー。金髪ツインテにロリ、従順で甘々な妹ですよぉー」
「よ、寄んな。おまえは、血縁とか時空とか平行世界が入り組みすぎて、接し方がわからねえんだよ。場合によっては、おまえ娘じゃん。もしくは、俺そのものじゃん。た、対応に困るから寄るなっ」
「えぇー、妹でいいじゃないですかぁー。甘えさせてくださいよー」
ぐいぐいと身を寄せてくる倫子の頭を、俺は両手で抑えて遠ざける。
倫子も伊達に長い間『極化使い』をやっていないので、その膂力もなかなかのものだ。
俺もかなりの力を入れて倫子に対抗する。すると、俺と倫子は体勢を崩して、2人で床に転んでしまう。
「う、うわ、ごめん。大丈夫か、倫子」
なんとか手をついて自分の身体は支えたものの、倫子は後頭部を打ったように見える。覆いかぶさってしまっている状態で、俺は倫子に謝る。
目を落とした先には、悲しそうな顔をした倫子がいた。
「――これでも、寂しいんです。私には居場所がないですから。私の世界の『最後の一人』になってしまって、私の世界が消えてしまって、私は正真正銘の一人ぼっち。この広すぎる長すぎる世界で、たった一人は寂しいんですよ……。だから、どうしても家族が欲しいと思うのは、甘えたいと思うのはいけないことですか……?」
目じりには涙が溜まっているのが見え、今にも消えていなくなりそうな雰囲気だ。
こいつの悲惨な人生を俺は思い出して、先ほどの対応が間違っていたと反省する。そして、すぐに倫子を抱き上げて、頭を撫でながら立たせる。
「お、おい、そんなにへこむなよ。悪かった、間違いなくお前は俺の妹だ。い、いくらでも甘えていからっ」
俺の言葉を聞いても、倫子は悲しそうな顔のままだ。そして、そのまま、倫子は背中を向ける。
慌てて俺は、さらに言葉を足す。
「いやぁー、可愛い妹が尋ねてきてくれて嬉しいなぁー! お土産も最高だよ、未来のゲーム、ほんとにありがとー! これはお礼しなきゃな、今日は何でも言うこと聞いてやるよ!」
「――ん、何でも?」
「あったりまえだよ! 久しぶりに会いにきた家族だぞ、そのくらいのことは当たり前さ!」
「……んー、それなら、お兄ちゃんと一緒にお風呂入りたいなー」
「よ、ようし、倫子。お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ろっかー!」
「わぁーい、お兄ちゃんだーい好きー!」
だ、大丈夫だ。
こいつ、妹だし。最悪でも娘だし。というか、解釈によっては俺自身みたいもんだしな。性別も、男といっても言い過ぎではない場合もあるかもしれないし、たぶん。セーフセーフ、何も問題ない。家族でなかよくお風呂に入るなんてよくある、あるある。こいつちびっこいし、女性的な要素育ってないし、身体の時間が止まってるし、というかそもそも年齢だけで言ったらお互いミリオンエイジャーだから、いまさら恥ずかしがる必要もないじゃん。なーんだ、いけるいける。問題ない。
例え、今、抱きついてきているのが、春の花のような良い香りのする光沢の美しい金色のツインテールで、万人を魅了する絶世の美少女で、その慎ましい胸が俺の身体に当たっていようと、問題ない。問題ないんだ!
という風に、見えない何かと俺が戦っていると、背後から心底軽蔑した声が聞こえる。
「ひ、引くわー」
俺は、ぎょっとして、後ろに振り返る。
そこには、携帯で俺たちの様子を撮っている春散がいた。
「は、春散さん、いつからいらっしゃったので……?」
身体が勝手に震えだし、自然と敬語となった。
「んー、ゲームの話でキレてたあたりからかな?」
「それほぼ最初からっすね」
「うーむ、いい動画が取れた。私は通報するような一部の人ではないからね、安心していいわよ」
「う、嘘つけぇ!?」
少なくとも安心できる人ならば、無言で動画を撮り続けない。
「まあ、その通報するような一部の人とか、リンのことが好きで好きでたまらない連中に一斉送信するくらいはいいわよね?」
「より悪いわ! 拡散したら、俺がリアルに爆散するから!」
比喩ではなく物理的に。血を見ないと収まらなくなる。
「いいか、リン、それ以上舐めた口を聞くんじゃあない。私は今、メールを作成し終え、一斉送信に手をかけている状態だ!」
「こ、このぉぉ――!」
無駄にいかしたポーズをとっている春散に、俺は迷いなく能力を発動する。
認識する能力ではなく、――俺の最後の能力、切り札のほうを発動させる。
領域は春散の携帯のみに限定させ、その領域の事象を流転させる。
かつて世界を救った能力は、血の繋がらない妹をお風呂に誘うムービーを消去するために使われた。
時間の巻き戻った携帯を手に、春散は腹を抱えて大笑いする。
「――ぷっ、ぷははっ、必死すぎるっ、必死すぎて笑える、うはは、はは、っごほ、ははは、ごほごっ、あははは! 本気すぎて、こっちも咄嗟に『紡績破邪の隻手』を使いそうになったじゃない、ふふ、ぷふふふっ!」
春散は俺の能力を抵抗せずに受け入れた。その代わり、むせるほどに大爆笑して、俺を笑いものにする。
「おまえが笑えん真似するからだ! 死人が出るというか、死世界が出るかもしれないから! 世界一個くらい壊せそうなやつがいるから!!」
そんな危険人物が、思い当たるだけで、かなりいる。
俺にとっては笑い事ではない。
俺が春散に詰め寄って、涙目になっていると、後ろの方からゲームの起動音が聞こえてくる。
こたつに入った倫子が、みかんを食べながらゲームをしていた。
「あ、前の3人セーブの続きがあります。いつのやつだったかな、これ」
メモカを抜き差しして、パーティーゲームのセーブデータを探していた。3人で遊ぶ気満々である。
「なんで、おまえは何事もなかったかのように遊ぼうとするの!?」
こっちは涙溜めてまで必死なのに、この子はこんなだよ。俺の周り、こんなやつらばっかだよ!
春散は俺をスルーして、倫子と同じようにコタツへ入る。
そして、倫子と一緒になってセーブデータを物色し始める。
「あー、リンが農林物件ばっかり買い占めてるやつだっけ?」
「いえ、それは円さんを入れて4人セーブのやつです。これは前、4人目が集まらなくて、3人でやったやつです」
「ああ、あの2099年Ver桃太○電鉄のセーブね。いいよいいよー。あれ日本が真っ二つに割れてておもしろいよねー、9割が荒野だし、次世代核爆弾で穴が空いているのも私的には点数高いよ!」
「世紀末すぎるわ! むしろ、そんな世界になっても桃鉄が発売されてることに脅威を感じるわ!」
だから嫌なんだよ、未来のゲーム。二重の意味で知りたくなったよ!
「いやぁ、駅が少ない上に赤マスばっかだからね。ならず者マスに止まると金とカードを奪われるのが、ちと上級者向けかな?」
「世紀末覇者向けだよ! 普通のやろうよ、なんで未来のやるの!? ほら、九州マップがあるやつやろうよ、俺、九州に穴が空いてるマップなんてやりたくないよ!」
春散が無駄に世紀末Verを気に入ってるが、俺は断固として過去作を推していく。
しかし、倫子がその逃げ道を塞いでくる。
「お兄ちゃん、さっき何でも言うこと聞いてくれるって言ったよね? さっきの春散も内緒にしといてくれるから、こっちやろうよ。リンお兄ちゃん」
「ぐっ、ぐぬぬ……」
そんな条件を出されると、折れざるを得ない。
そして、俺たちはコタツを囲んで未来のゲームを始める。
なんかもう起動ムービーで、会社名が合併されてるの見えるもん。人生のネタバレだよこれ。
そして、春散が一位独走しているデータを立ち上げて、俺たちはゲームを始める。
ゲームを始めるまでに色々とあったが、ここからはいつも通りだ。
「放射能マスってなんだそれ!?」
「ミュータントカードがあれば防げますよそれ」
「社長がミュータントになってる会社なんて嫌だよ! ただでさえサイボーグカードで人間味薄れてるんだから、俺!」
「あ、衛星兵器カード引いた。とりあえず、リンの本社を蒸発させるか」
「いいですね、リン兄をハメましょう。私とお風呂に入らなかった罰です」
「ちょ、おまえら、やめろ!」
今日はプレイに私情が挟まりまくっていた気がするが、概ねいつも通りだ。
今日も、概ねいつも通り、幸せだ。