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1-2.全存在の天敵『最後の1人(ココノエ・サクラ)』に敵はいない!

これは7-1の続きでなく、1-1の続きです。なので、1-2。

1巡目の世界です。こんな風に時系列行ったり来たりします。

 

 鴛噺も、春散も、死んでしまった。

 もう俺に味方はいない。いや、それどころか、世界に誰もいない。


 この『眼』のせいで、俺だけが生き残ってる。

 俺が、――『最後の一人』だ。


「全存在意義を認識できる魔眼『全世の瞳エターナルフォースブリザード)』か……。全く、厄介なものを残してくれたよ、三季崎春散は。それのせいで、全物質の『極化マクスウェル』が完了しないじゃないか……」


 一人の少女が俺の首を片手で締め上げている。

 その、華奢な体からは想像できない、恐ろしい膂力だ。


「がっ、う、うぇうぁ……。お、俺だって死にたい……、けど死ねない……」


 俺は喉を潰されながら、喉を修復されながら、言葉を返す。

 その言葉に少女は納得し、嘆息してその手を離す。


「そうだね、わかったよ。君を何度殺しても、意味がないことはわかった」


 そして、文字通り、俺の心臓を握っていた、もう片方の手も離す。

 それと共に、俺の身体から、大量の血液が穴の空いた水袋のように噴出する。


 誰が見ても致命傷だろう。

 だが、俺は死なない。死ねない。


 俺は、何もない空間で、何もない地面に両手をつく。

 そして、肺に溜まった血液を吐き出す。べちゃりと、赤い血液が、何もないところに付着し、すぐに消える。まるで、何もなかったかのように――、同時に、俺の胸の穴も消える。


 なかったことになった。

 だが、苦しいものは苦しい。俺は必死に、乱れた息を整える。


「――がはっ、あぁ、はっ、はぁ」

「悪かったよ。苦しめるつもりはなかった。けど、試さないわけにもいかなかった」


 少女は謝る。

 そして、何かに座り、考えごとを始める。

 丁度、『考える人』のポーズだ。ただ、背景には何もない。何もないのに、何かに座っている。

 

「な、なあ、俺はどうなるんだ……?」


 俺は聞かずにはいられなかった。


 『あれ』から、色んな方法を試された。

 俺も望んだことだったが、あまりにも苦しく、あまりにも痛い。

 それでも、この地獄が終わらないという現実に、震えが止まらない。


「わからない。その魔眼は、私の能力を超えてしまっている。ままならないものだ。あきらめていた『極化マクスウェル』の超越が、このタイミングで……」

「『極化(マクスウェル)』の超越……?」


 少女が何を言っているのかわからない。

 何もわからない……。


「しかし、ご覧の通り、時間は長い。何もないからな、当然、時間という概念もない。矛盾しているが、考える時間は、いくらでもある」


 そう言って、少女は笑った。――笑った、はずだ。


 もう、少女の姿もない。だから、表情を確かめられない。

 笑ってるのかわからない。


 笑ったのか、笑っていないのか――


「は、はは、はははははっ」


 だから、俺が代わりに笑う。


 狂いそうだ。

 いや、もう――


「そうだな、笑うしかないな。何もかもがおじゃんだ。ははっ」


 少女も、つられて笑う。


 何もかもなくなった。

 この世に残ったのは、たった2つの魂。


 俺と少女。


 冠理倫太郎と九重桜(ココノエ・サクラ)

 2人だけだ。



◆◆◆◆◆



 最後の戦いから、数年後。

 幾らか構成しなおした世界――、懐かしい故郷を、俺と桜は散歩していた。


 空は灰色に染まり、割れた次元断層が万華鏡のような模様を作っている。

 その下で歩く散歩の気分は、筆舌し難い。


 もちろん、この世界には誰もいない。

 生き物を構成しようと思えば、構成できる。だが、ちょっと俺が眼を凝らせば認識できなくなる紛い物だ。何兆もの細胞があって、心臓と脳があって、血が巡っていて、知性が有って、生物学的に生きていたとしても――、俺にとってはいないのと同じだ。


「これはあれだね。新世界のアダムとイブというシチュエーションじゃないか?」


 桜は、ぽんと手を打って、馬鹿なことをほざく。

 俺が呆れかえって無視し続けても、桜はほざき続けるだろう。俺は仕方がなく言葉を返す。


「……さあ?」

「世界に2人だけというのも、ロマンチックだね?」

「……そういうのは相手による」

「ほほう、私では不服だと?」

「おまえ、人かどうかも怪しいじゃん」

「ふむ、確かに2人というのは語弊があるか。1人と1柱というのが正しいね。では、言い直そう」


 ごほんと咳払いをして、桜は言い直す。


「世界に1人と1柱というのも、ロマンチックだね?」

「それ、人間が俺1人じゃん。素で孤独だよ、ロマンも何もないよ。1柱とかいてもいなくても変わんないよ」

「うーん、そこまで言うのなら仕方がない。趣向を変えようか。だったら、世界に1人だったらというシチュエーションでいこう。これもいいね、こういうの、退屈な学校生活で想像しなかったかい?」

「しない」

「まあまあ、それなら今から考えようじゃないか。もしも、世界で1人だけになったらどうする? やってみなよ、今しかできないよ」

「そうは言っても、おまえが見てるし……、できることに制限あるだろ……」

「私は含まないよ、さっきそう決めたじゃないか。ちょっとお茶目な神様が、ちょっとお茶目な視点で君を見ているだけさ」

「うざい神の視点だな……」

「ほら、まず、どこへ行こうか?」

「まず、本当に世界で1人なら「どこへ行こうか?」なんて言葉はかからん」

「いいからいいから、ほら地図。さっき構成したんだ、見てくれ」


 そう言って、桜は隣から地図を俺に手渡す。

 他にやることもないので、俺はそれを受け取る。


 観光マップかと思いきや、それどころではなかった。

 大陸の端から端まで見える、世界地図だ。しかも、日本がない、ユーラシア大陸もない、見たことのない地図に、聞いたことのない地名が書かれている。


「ってこれ、地球の地図ですらねえ……。ア○フガルド? 現在地アリア○ンになってるんだけど、なにこれ……。ここ、俺の故郷、中花町だよね……」

「ふふふ、残念、ここは中花町に似た、別の世界だ。かなり弄ってる世界だから期待していいよ。あのビル群を超えれば、平野が広がっているんだ。さあ、今から魔王とか倒しに行こうぜ!」

「ま、まおう……? 何を言ってるんだ?」


 相変わらず、桜の言っていることは意味がわからない。

 とりあえず、この星が地球と似た別の何かということは、かろうじてわかった。


「あれ、もしかして、かのゲームをご存知でない?」


 桜は驚いた様子で、俺の顔を見つめる。

 しかし、ゲームと言われても、わからないものはわからない。


「またそっち系か……。悪いが、俺はゲームなんてやったことがないんだ……」

「なんとっ、それは嘆かわしいな。別に推奨しているわけではないが、いまどきの子がゲーム1つやっていないというのは可哀想な話だ」

「別に、俺は自分を可哀想だと思ったことはないよ」

「これで決まったな。お題、世界で1人になったら――、1人でドラ○エをやろう! いえーい!」


 桜は1人で拍手をながら、何もないところから正体不明の箱を構成する。

 間違っていなければ、あれはゲームのパッケージだ。


 かろうじて記憶にある。

 確か、CMで見た。そのパッケージ――、ドラ○エとやらのCMを見た気がする。

 春散との会話には全くついてけなかったが、このくらいならば対応できそうだ。俺は少し嬉しくなって、小さく笑いながら答える。


「ああ、そのゲームなら見たことがあるぞ。剣で、戦うんだろう? 知ってるぞ。ふふふっ、どうだ、合ってるだろう?」

「う、うわぁ、そういうの本気で悲しくなるからやめてくれ。たかがゲーム1つ知ってるだけで、勝ち誇った顔されると、こっちも、その、反応に困る」

「なんだよ、せっかく少しは話についていけると思ったのに」


 残念だ。名前を知っているくらいでは、まだまだ普通ではないらしい。


「リンがゲームに詳しくないとなると、世界の構築を見直さないといけないな。ちょっとまってくれ」

「またいじるのか」


 桜は何もない空間に手を突っ込み、奥で何かを弄りはじめる。


「うーん、世界丸ごと構築するより、西暦1000年くらいの西欧を使おうかな。住民の魂とかコピーして、洗脳するほうが早いか――」


 何やら物騒なことを呟いている。まあ、今に始まったことではないが……。


「本当に、俺はゲーム初心者だぞ。桜」

「大丈夫大丈夫、そういう人のために良いものがあるんだ。はい、説明書」


 そう言って桜は手に持ったパッケージから説明書らしきものを取り出す。


「説明書なんてものがあるのか?」

「ゲームには普通ついてくるものだよ。それ読んで待っててよ」

「なんだ、そんなものがあるのなら、簡単じゃないか。説明書というのは、開発者が試行錯誤を重ね、商品を最大限に生かすため、そのルールを箇条書きにしたものだ。それを読み通せば、単純な使い方どころか、自然と開発者の思惑も見えてくる。つまり、商品を最大限活かすことができるわけだ。これがあれば、イージーなゲームになるな」

「は、はあ、そういうものなのかい? 逆に私はゲーム以外の説明書なんて読んだことないよ。君は説明書に多大なる信頼を寄せてるね。不思議だ」

「携帯の説明書とか熟読したくならないか?」

「いや、ならないよ」


 口では他愛もない話をしながら、俺は説明書に、桜は世界構築に集中し始める。


 読んでいると、俺はゲームの説明書のわかりやすさと面白さに驚く。


 数十分ほどで、桜は作業を終え、俺に話しかけてくる。


「――ふー、終わったぞ。向こうの平野に、スタート地点のお城創ったから向かってくれ」

「まってくれ。もう少し説明書を熟読させてくれ、あと少しで全て暗記できる」


 だが、俺としてはもう少し時間が欲しい。

 こんなにも面白くてわかりやすい説明書には、全力で応えたい。何より、暗記作業が苦ではない。魅力溢れるあらすじとキャラ紹介、ユーモアを交えた操作説明に、イラスト付きのシステム紹介。携帯の説明書の100倍は面白い、このまま1時間は暇を潰せそうだ。


「いや、それそんな熟読するようなもんじゃないよ……。読まなくても、そんなに困らないし……」

「馬鹿なッ。そんな所業、製作者陣に対する侮辱にあたるじゃないか。暗記しなければ、問題が発生したとき即座に対応もできない。ここまで素晴らしい説明書ならば、あと1時間は読み続けられる!」

「えぇー……。まさか説明書にそこまで食いつくとは……。何が君にそうさせるのか、私にはわからないよ……。娯楽を知らずに育った子供って、皆こうなるのか?」

「まあ、確かに俺は、気分転換に説明書の丸暗記して遊んでいた記憶がある。家には一切の娯楽は排除されていたからな。だからこそ、説明書にはうるさい自負はある。その自負を持って認めよう、――この説明書は素晴らしい」

「はいはい、没収ー」

「おまえ、何を!」


 説明書に対する熱き想いを語ろうとしたところ、桜に取り上げられる。

 実力差は歴然だ。俺は説明書を守りきれない。


「話が進まないしっ、君のキャラが変わってるっ。よって没収!」

「くっ、横暴な。力による圧制は、いずれ歪みを生むぞ!」

「ほら、なんか変になってるじゃん! 自分で何言ってるかわかってる!?」


 俺が変に? はは、そんな馬鹿な。

 趣味の説明書に触れて、少しばかりハイになってるだけさ。


「ふっ、愚問だな。僕は真理という名の道を説いているだけさ。なあに、自分を見失っても真理の道は失われないさ」

「一人称まで変わってるじゃん。うーん、これ精神汚染されたかな。めんどいから、ちょっとリセットするか。――吹っ飛べ」


 気分良く話をしていると、満面の笑みの桜が手をかざしてきた。


 それと同時に、視界が真っ白な光に包まれ、全細胞が粉々になっていく感触がする。

 そこで意識は途切れ、俺という存在が消えていく。


 全てが、真っ白の世界に包まれた。



◆◆◆◆◆



 しかし、俺という存在が消えても、俺は俺を『認識』できる。

 『認識』できれば、存在し直せる。存在しているということは、そこにいるということ。

 

 そこにいれば、意識があり、思考ができる。

 思考があれば、自分を思い出し、自分をかたどることができる。

 よし、メメント・モリ成功。


「はー、死ぬかと思ったー」


 俺は慣れたように、何もないところから、自分を構築する。

 もちろん、生まれた先には、桜が立っていた。


「あ、おかえり。なんか、めんどうだったから、デスルーラさせた」

「デスルーラ?」

「ふっ、このネタを君がわからないのは知っている。しかし、それも今日までだよ」

「あ、あぁ?」


 どうやら俺の苦手分野のネタのようだ。仕方がないのでスルーする。


 そして、周囲を見回す。


 いつもの、何もない殺伐として空間ではない。

 古めかしい家具が並んだ、家の中だ。西洋風な造りで、窓を見ると高さがあったので2階のようだ。


「なあ、ここなんだ?」

「ゲームの中だよ」

「え?」


 どうやら、俺が死んでいる間に、色々と用意が進んだようだ。

 これが例のゲームとやらの中。正しくは、それに限りなく似せた構築世界だろう。

 しかし、もはや神といっても遜色のない桜の構築した世界ならば、完全に、そのゲームとやらを再現しているだろう。その手腕を疑いはしない。


 あの春散も絶賛していた、ゲームの世界。ようやく、俺も入門できるのか。


「説明書のあらすじは読んだかい?」

「ああ、暗記してる」

「あ、暗記してるのか……。まあ、それにこしたことはないからいいか。――今、君は、その世界で、その主役として、ここに生を受けたところなのだ」

「なん……、だと……?」


 つまり、この世界は魔王の恐怖に包まれていて、救世主の存在を心待ちにしていて、俺は伝説の勇者の血を引いた少年ということだ。

 ふむ。それはそれは。


「悪くない」

「いや、もう少し喜んでよ。これ、ゲームファンからすれば夢のようなんだから。私、かなりがんばったんだよ?」

「ああ、ごめん。初心者なんだから、そこは大目に見てくれ。それで、俺はどうすればいいんだ?」

「うん、説明しよう。私こと、勇者リンの母は、息子を起こしに来たところだ。今日は勇者リンの16歳の誕生日、なんとこの国の王様にお呼ばれしています。なので母は、息子に早起きさせ、早めに城へ行くように促す。さあ、王様のところへ行って、祝福の言葉をもらいにいきましょう」

「え、すごいな、俺。王族と懇意な仲なのか?」

「あらすじにあったっしょ、勇者リンの父が、超有名人。だから、息子さんも超VIP、おーけー?」

「おーけー」


 俺は暗記した説明書のあらすじを思い出し、ベッドから身を起こす。


「いってらっしゃーい」


 勇者の母こと、桜は笑いながらを俺を送り出す。


 部屋から追い出し、家から追い出し、その身一つで町中に放り出される。


 構築された新しい世界は美しかった。

 元のコンクリートジャングルからは程遠い、田舎臭い風景。それも日本のものではない。どちらかといえば、西洋風の古めかしい石造りの家が立ち並んでいる。

 住民たちの顔も外国風であり、これがゲームの中というのも納得できる光景だ。


 俺が景色を眺めながら歩いていると、一人の町民とすれ違う。

 よくよく、考えれば俺は城の場所を知らない。説明書にも「人々から情報を集めろ!」という指示があったので、俺はそれに従うことにする。説明書のおっしゃることだしな。


「すみません、聞きたいことがあるんですけど――」

「やあ、リン。今日は王様に呼ばれているんだろう? 早く、城に行ったほうがいいぜ」


 声をかけたところで、なぜかすごいフランクに対応されてしまった。

 これは、この町人と俺が知己の間柄であるという設定なのか? ならば、それに従おうか。


「あ、ああ、そうなんだ。だけど、困ったことに、俺はその城の場所がわからないんだ。教えてくれないか?」

「やあ、リン。今日は王様に呼ばれているんだろう? 早く、城に行ったほうがいいぜ」

「いや、だから、場所が」

「やあ、リン。今日は王様に呼ばれているんだろう? 早く、城に行ったほうがいいぜ」

「え、ちょ、ちょっと」

「やあ、リン。今日は王様に呼ばれているんだろう? 早く、城に行ったほうがいいぜ」

「…………」


 怖すぎる。


「ちょ、おいぃぃ! 桜、サァクゥラァアア!」


 俺は耐え切れず、空へ向かって叫ぶ。


「おいーす。なに、なんか駄目だったかい?」


 すると、何もないところから、桜の声だけが届く。俺はなにもないところへ答える。


「町人が病んでいる……」

「いや、いたって健康体ですよ」

「健康な人は、一字一句も間違わず同じことを4回も言わない……」

「仕様です」

「こ、これが製作者の用意したサービスだというのか……?」

「いや、ほんとだって、ゲームを忠実に再現してるんだって。プログラム上、登場人物は決まったことしか喋られないの」

「ぷ、プログラム上……?」

「そういうこと。それに、1人の町人から、何でもかんでも情報を引き出せたら、町中を回る楽しみがなくなるでしょ? ゆったりと遊びなよ」

「そうか、元は機械のテレビゲームだからな……。仕様なら、仕方がないか……」

「はい、がんばってー」

「…………」


 仕方がないので、俺は桜の言うとおり、ゆったりと町中をまわり始める。

 全町人たちが病んでいるように同じことしか言わないというホラーを味わいながら、俺は情報収集を行っていく。軽く削られたぜ、精神力エムピー(説明書で知った)とやらをな……。


 それによって、この町についての見識が深まり、城の位置もわかった。

 俺は城へと足を運び、まったく意味を成していない門番を通り過ぎ、素通りで王の間まで進んだ。

 まじ、やべえ。この国のセキュリティ、ざるってレベルじゃねえ。


「よくぞ、参った。勇者の息子、リンよ」

「あ、はい。リンです」


 部屋に入ったら、物置みたいだった老人が急に喋り始めた。王冠とマントを身につけているので、この人がこの国の王様なのだろう。


 そして、堅苦しい定型文を述べながら、この世界の惨状を説明し、俺に魔王討伐へ出ろと命令してくる。


 魔王。

 これを倒すのが、この世界での俺の目的だ。そこに異論はない。


 最後に王様の隣に控えていた大臣のような人が、俺に命令する。


「さあ、いけ。勇者リンよ。これはささやかなる王からの贈り物だ」

「は、はあ、ありがたき幸せです……?」


 そして、手渡される、木の棒と、硬貨が数十枚入った袋。

 いや、袋はわかるよ。けど、え、木の棒?


「よし、ではまずはじめは酒場へ行け。そして、旅の仲間を見つけるのだ」

「ど、どうも……」

 

 俺は突っ込みを入れたかった。

 だが、こいつに入れても仕方がない。町での情報収集で学んだことだ、いかに人間のように話そうと結局は無駄なのだ。


 そう、無駄だ。

 だから、俺は必死に衝動を抑えながら、うやうやしく礼をして、王の間から下がる。

 そして、城の中から一直線に外へと出て、橋を渡り、大声で叫ぶ。


「おいぃぃ! 桜ぁぁああ!」

「はーい」

「ちょ、ちょっとまて、おかしくね!? これっていわば、紛争地域のテロリストリーダーを暗殺しにいく話だよね? なのに支給されるのが、木の棒!? あの人、一応、一国の政府主導者だよね!?」

「お、おぅ……、そういうツッコミが入るか……。もっと素直に楽しもうよ……」

「え、普通おかしいと思うでしょ!? あ、それとも、こっちのお金が、すごい大金なの?」

「いやそれ、はした金」

「おぉい! なんだよ、この国、俺の父に多大なる恩がある設定じゃなかったの!? なに、その息子を手ぶらで死地に送り込もうとしてるわけ!?」

「まあ、勇者の通過儀礼みたいなものなんだよ。はした金で魔王討伐させられるのは」

「それ罰ゲーム以外の何者でもないよね! 勇者って罰ゲームの称号なの!?」

「いや、ゲームの進行上、これは仕方がなく――」

「進行上で勇者いじめんなや――」


 などと言った口論が数十分ほど行われた。


 次の、酒場で仲間を探すというところでは、春散や鴛噺を用意するという桜の嫌がらせがあったため、勇者1人での旅になってしまう。

 ただでさえ、数分毎に口論が行われるので、ゲーム時間は恐ろしいことになる。


 総じて10年ほどかけて、魔王サクラを倒したときには、俺の心と身体はボロボロになっていた。



◆◆◆◆◆



 ゲーム世界を終えた俺と桜は深いため息をつきながら、とぼとぼと歩く。


「長かった……」

「まあ、長い時間かけるのが目的の1つだからね……」


 疲労困憊の様子で、桜は指を鳴らし、ゲーム世界を崩壊させる。

 そして、いつもの世界。何もない世界に、2人で寝転がる。


「にしても、ひどい……」

「色々と改悪が混ざって、クソゲー化したのは認めるよ」

「魔王、あんなに強いもんなん?」

「いや、あれは君がゲームにない魔眼を使って倒そうとするから、それに合わせて強くしただけだよ」

「あ、そうですか……」

「君が、面倒だって言って魔眼を使い出さなきゃ、もっと簡単なゲームだったんだよ。10年もかからない予定だったんだよ……」

「10年か……。身体は変わらないとはいえ、すごい長い時間遊んだな……」

「そうだねぇ」

「けど、いいのか。おまえは世界の『極化(マクスウェル)』とやらをやらないといけないんだろ?」


 10年経って忘れかけていたが、俺たちは遊びたくて遊んでいるわけじゃないのだ。

 ちゃんと計画が進んでいるかどうかを、桜に確認する。


「大丈夫。もう私は、人間という枠に囚われていないからね。ここにいるのは私だけど、唯一の私ではないんだよ。今も私は、全存在の『極化マクスウェル)』を行っているし、多次元世界を掌握して、平行世界を崩壊させている。だから、ここにいる私が焦るなんてことはないんだ」

「ああ、分裂してるのか」

「厳密には違うけど、そう思ってくれていいよ。役割分担しているかんじだ。ここにいる私は、君の魂を磨り潰す係だ」

「なるほど」

「何万年もかけて君と遊んで、何万年もかけて君をいじめて、何万年もかけて君を壊す。何億年後には、流石に、君の魂も風化しているでしょ」

「十年で、こんななのに、数億年か……。怖ぇ……」

「仕方がないさ。これが最も堅実で、最も苦しまないであろう方法だ」

「わかったよ」


 俺は頷く。


 そして、桜と顔を見合わせる。


「さあ、次は何で遊ぼうか?」


 そして、同じ言葉を言った。

 



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