1-1.諸注意に敵はいない!
俺は無我夢中に走り続ける。
過ぎ去っていく景色なんて頭に入ってこない。どこを走って、どこへ向かっているのかも定かではないのだから、ここがどこなのかもわからない。
ただただ、走る。
そうしなければ、『敵』に追いつかれてしまう。追いつかれてしまえば、簡単にひき肉にされてしまう。俺はそれを幾度も直視してしまった。恐怖という名の毒がまわり、俺の両足を勝手に動かす。
吐く息から血の味がして、全ての歯が抜けてしまいそうな錯覚がする。
高温のサウナの中のように息苦しい。
身体の異常はそれだけではない。
なによりも、右眼が痛んで仕方がないのだ。
2番目に異常なのは手だ。俺の手じゃない、握っている少女の手が燃えるように熱く、俺まで火傷しそうだ。
俺に手を引かれ、同じく息を切らせている少女。俺の幼馴染らしい少女で、名前は鴛噺円、耳にかかるほどの黒髪を無造作に切りそろえた、大人しそうな雰囲気をした女の子。
鴛噺は学校のブレザーの制服を汗でびっしょりと濡らしている。尋常ではない発汗量だ。患部は俺と違って、喉。俺の右眼と同じく、高熱と鋭い痛みが発生しているのだろう。右手を俺に掴まれているため、左手を喉にやって苦しそうにしている。
本来ならば、俺も鴛噺も休まないといけない。立ち止まって、息を整えなければ、手遅れになるかもしれない。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
敵がいるのだ。追ってくる敵が。
追いつかれれば、殺されてしまう。
だから、走る。走り続ける。
ビルとビルの合間を抜け、灯っていない信号を無視し、ときには店の中を抜けていく。
そして、あるコンクリートの壁を曲がろうとして、何かとぶつかる。
俺は後ろへと跳ね飛ばされ、運命を共にしていた鴛噺も地面に尻餅をつく。
「くっ――!」
俺はその何かに鼻をぶつけてしまい、咄嗟に余っている右手で鼻を抑える。
しかしそんなことに気をとられている場合ではない。すぐに俺は、ぶつかった何かに目をやり、その正体を確かめようとする。
その何かは、俺たちと同年代ほどの少女だった。
「い、いたぁ……」
その少女も俺と同じように、鼻を抑えていた。
ほっそりとした長身に、腰まで伸びた薄墨色の長い髪。髪の先まで手入れが行き届いており、流麗で綻びがない。涙が浮かんでいる目は切れ長で、顔立ちは同じ日本人と思えないほどに整っている。着ているものは俺たちの制服と同じだが、その存在感は別物だ。彼女がスクリーンの向こう側に居る一流の女優ならば、俺たちは脇役にもなれない有象無象だろう。それほどまでに、存在感に差がある。
我に返ったのは俺が先だった。だが、俺が見惚れているうちに、彼女が先に声をかける。
「痛い、痛いけど、仕方がないっ! それよりも、同じ人間と出会えたことを喜ぼうと思うわ!」
予想外の第一声。およそ、普通の高校生がするであろう反応ではない。
その異様なテンションの高さで、少女はこの出会いを歓喜した。
俺は呆気に取られた。
その少女の美しさもだが、その独特なテンション――、覇気に圧倒されたのだ。
どうやら、後ろで尻餅をついている鴛噺も同じようだ。少女の言葉に、何も返せないでいる。
そうしているうちに、少女は鴛噺の手を取って立たせる。そして、俺と鴛噺の顔を見て、嬉しそうに何度も頷いた。
「私は、三季咲春散。よろしく頼むわ!」
そして、宣言する。
自分は敵でないこと、そして敵を同じくする同胞であることを。
これが3人の出会い。
最初の最初。
もう、何万年前の記憶かもわからない。けれど、俺にとって鴛噺と三季咲は特別だった。だから、擦り切れたテープでも、確かに覚えている。
そう、この一巡目の世界での3人はこうだったのだ。
◆◆◆◆◆
一巡目の3人は同胞となった。
同じ学校の生徒というのもあったが、何よりも3人は追い詰められていた。互いが敵でないと信じる他なく、強大な敵と対抗するためには協力体制を敷くしかなかった。
そして、俺たちはとある大型デパートに立て篭もる。
誰も居ない世界だからこそできる。
出入り口全てを商品で塞ぐ。大量の家具と家電でバリケードをつくり、警鐘の代わりに砕いたガラスを撒く。そして、それを抜けた先には、春散のやつが嬉々として作った大量のブービートラップが仕掛けられている。ワイヤーを使った簡単なスネアトラップから、ガス缶を使った爆発物まで多種多様だ。どうして作り方を知っているのかを春散に聞いたところ、「趣味よ!」と言い切られて終わった。やつの信用度は下がる一方だ。
俺たちはデパート二階の中央に陣取っている。
家具コーナーからかきあつめた高級布団を敷き詰め、大量の食料を持ち込んだ。
春散は片手でスナック菓子をつまみながら、お手製のボウガンや火炎瓶などを作成している。
俺は熱に苦しむ鴛噺の看病をしている。着替え自体は春散にしてもらったものの、それ以外は全て俺の担当だ。今も、病人用の粥を携帯コンロで暖めている。
俺たちの作り出したフィールドで、各々が最も得意としている武器を身につけて待ち構える。
これが最善であると信じたい。
「よし、できた」
春散がまた、何か物騒なもの完成させたようだ。
俺はその完成品の出来を疑いながら答える。
「本当に大丈夫なんだろうな、それ。いきなり爆発とかしないよな?」
「舐めないでほしいわね。聞きかじった程度の知識でも、この私にかかれば造作もないことだわ」
「おい、まて。聞きかじった程度の知識で、作ったのか? あのガス缶のトラップも、そこのボウガンも?」
「そう不安がらなくても完璧よ。私の能力はそういうものだから、ふっ、うふふ」
「能力、ね……」
春散は恍惚とした表情で『能力』と言った。
俺たちがこの世界で手に入れた力のことだ。
誰も居ない世界で、何の説明もなく、あの怪物たちと戦うために与えられた力。
最初は信じていなかった。
だが、現実に化け物は現れ、俺たちは否応がなく力の存在を目にした。
その力の使いすぎで鴛噺は喉をやられ、俺も右眼の熱が引かない。
「ねえ、あなたたちの能力も教えなさいよ。ここにきて内緒はひどいんじゃない?」
「…………」
この春散という人物を信用していないわけではない。ここまで明け透けに接されれば、嫌でもその性格もわかる。なんだかんだで、鴛噺の命を第一に行動していることから、優しい性分なのだろう。それでいて、判断力も統率力もある、理想のリーダーだ。
「ほら、ほらほら、言っちゃいなさいよー」
「わかってる。別に隠しているわけじゃないさ。けど、俺たち自身もよくわかっていないんだ、能力って言われても、どう説明すればいいかがわからない」
つまり、表現に困っているのだ。
俺と鴛噺が、ある条件を満たせば、物理法則を無視できるのは確かだ。けれど、その条件もあやふやで、効果も不定、使った自身でも理解しきれていないのが現状である。
「あぁー、なるほど。リンってば、アニメとか見ないタイプ? 漫画とかラノベでもいいんだけど、能力バトルって知らない?」
「く、詳しくない……。けど、アニメや漫画というものが『ある』、ということは知ってはいる」
アニメ、漫画。要は子供用の娯楽商品だ。
その存在は知っている。知ってはいるものの、それと接する機会が、俺の人生にはなかった。
どうやら春散の言い方からすると、それらの理解があれば、俺たちの能力も説明しやすいらしい。
「うわぁ、初めて見たわ、そんな言い方するやつ。もしかして、がり勉君なの?」
「言い方は悪いが、その通りだ。家が厳しいものでね」
がり勉という評価は不愉快だったが外れてはいない、俺は渋々と頷く。
「うーん、仕方がない。本屋は3階だったかな、漫画をとってきてあげよう」
「は? まて、漫画なんて読んでいる場合じゃないだろ」
「戦いのイメージトレーニングは重要よ。きっと、この火炎瓶もボウガンも罠も凶器もあいつらには効かないと思うわ。つまり、勝機を握っているのは『能力』、この能力だけがあいつらに対抗できる手段。――漫画なら、そうなることが多いわ」
春散は興奮した様子で能力の重要性を語る。
しかし、俺は頷けない。何も攻撃手段がないときであれば、それでもいい。けど、今は自作の武器もあれば、色んな刃物も用意した。ここまで殺傷能力のある物を揃えておいて、不確定要素ばかりの能力とやらに頼るのは同感できない。
あと漫画という資料に、そこまで信頼性があるものだと、どうしても思えないというのもある。
主に春散の人柄のせいで。
「いやいや、あんなよくわからないものに頼ってどうするんだ。それよりも、今は一分一秒無駄なく、現実的な準備をすべきだろう?」
「わかってない、わかってないわね、リン。駄目駄目ね。このときっ、この状況っ。ここで与えられた力を使おうとしないのは、あれよ、空気読めてないわ」
「く、空気!?」
まさかの反論である。
ここで空気を読む読まないの話になるとは思わなかった。
そして、それはひどく有効だった。よくKY(空気読めない)と言われる俺は、反射的に口をつぐんでしまう。
「そう、空気、というか流れね。こういう展開なら、こういう行動をしたほうがいいという流れ。一見、それは無駄のある行動のように見えるかもしれないわ。けれど、それが物語として重要な要因を担っているのはよくあること。よくあるあるなのよ!」
「まて、まてまて。そりゃ漫画、つまり架空の物語の話だろ? ここは現実だぞ?」
「ええ、現実という名の物語ね」
「……だからまて。そろそろ、お前の正気を疑ってもいいか?」
「ふふ、だからわかっていないと言っているのよ、リン。正気? いまさら正気なんてものが大事なの? 誰もいない世界。はびこる化け物たち。さらに、物理法則を無視した超常現象を扱えるようになった私たち。さあ、あなたの正気はどこかしら?」
春散の言葉は、まるで毒のようだ。
そもそも、春散という存在そのものが卑怯なのだ。絶世の美少女が俺だけを見て語るのだ。それも、その仕草一つ一つが演劇のように美しく、その声の一言一言が鈴音のように軽やかで心地よい。
ただそこにいるだけ人を魅了してしまう存在が、こんなに近くで熱弁を奮う。
絶対に間違っているとわかっていても、どうしてか心が揺らぐ。
卑怯にも程がある。
だが、俺はそれに惑わされぬよう、しっかりと意思を持って抗う。
「――今も正気さ。こんなばかげた世界だからこそ、正気が必要なんだ」
「……あら、しっかりしてるわね。さすがは、がり勉。ああ、お堅いお堅い」
「そこにがり勉は関係ないだろ」
「はあ、仕方ないわね。ここはリンの顔を立てましょうか。そうね、漫画はあとにしましょう」
「結局、あとで読ませる気満々なのかよ……」
「ええ、あとにまわしたわ。やはり、ここはお互いの能力の共有が優先かしらね。ほら、説明すればいいわ。そのリンの乏しい表現力を使って説明しなさい。ぐだぐだと堅苦しい言葉で遠まわしに形容して、賢そうで実は見栄ばかりの言い回しを使えばいいわ」
「漫画を読まないってだけで、そこまで言われないといけないのか!?」
「私もつらいわ。けど私の愛する漫画を否定する輩である以上、仕方ないわ。友好的な関係を結べる気がしないの。――ほら、冠理、とっとと能力を吐きなさいよ」
「そこまで扱い悪くなるのか!? わかった、あとで、あとで読む! 全部終わったら、読むから!」
「ほう、あとで? うーん、……絶対?」
春散は俺が読むと言った途端、にやりと笑った。そして、わざとらしく念を押してくる。
俺は悟った。こいつは、押すよりも引かないとコントロールできないタイプだと。
「ああ、絶対だ」
「とりあえずはそれで納得しましょうか。――うん、さすがは私の同胞ね、賢明な判断だわ!」
「俺はおまえの判断基準に納得できないけどな……」
春散は態度を急変させて、俺を褒め称える。
俺は深いため息をつくしかない。
そして、横になっている鴛噺の承諾を得て、能力の説明を始める。
ただ上手く言葉にできないため、どういった状況で能力を使ってどういった結果になったかを説明していく。
俺の『眼の力』、そして鴛噺の『喉の力』。
それを教えると同時に、春散の『手の力』も細かなところまで教えてもらう。
それにともなって、どういった経緯でこの世界に入ったのか、どういった人物に出会ったかの情報を共有していく。
俺としては細かな情報交換を続けたかったが、春散の興味は能力にしかなかった。
俺たちの能力のことばかり聞いてくる。
そして、最後には俺たちの能力を、諸手をあげて褒めるだけになる。
「――いい、すごくいい! 2人の能力のほうがいいじゃん! いいなあ、交換できないのかなーこれ」
どうやら、俺たちの能力を相当羨んでいるようだった。だが、こっちとしてはそっちの『手の力』のほうが便利そうで羨ましい。
そして、そういった思考が無駄であると、俺はすぐに頭を切り替える。
確か、この能力は――
「いや、交換はできないだろ。だってこれ、副作用なんだろ?」
「え、副作用? 何言ってんの?」
「え? いや、俺は『新種ウィルスの副作用』って聞いたんだけど。『あいつ』から」
『あいつ』、俺と鴛噺をこの世界に連れてきた犯人のことだ。
古めかしい黒のローブをまとった女で、鴛噺は魔女と呼んでいる。『あいつ』のせいで、俺たちは変な能力に目覚め、果てにはこの世界に放り込まれたのだ。
「え、私は『呪われた子供』に与えられた運命に抗う力って聞いたけど?」
「カ、『呪われた子供』?」
俺と春散は顔を見合わせる。
そのまま、2人は鴛噺のほうへと近づく。それに気づいた鴛噺は携帯に文字を打ち込む。
――「私は眠っていた『超能力』に目覚めたって聞いた」
てんでバラバラだった。
「え、あなたたち、呪われた運命に抗う力で戦っていたんじゃないの?」
「いや、違う。なんでそんなわけのわからない力で納得してんだおまえ」
「はぁ!? そっちのほうがわけわからないわよ、なに『新種ウィルスの副作用』って、そんなんで物理法則無視できるわけないじゃん! そんなファンタジスタなウィルスがいたら、見てみたいっての!」
俺が馬鹿を見る目で春散を見ると、春散は俺をアホを見る目で見返す。
「いやいや、運命に抗う力のほうが駄目だろ! 曖昧すぎるだろ! ていうかそんなの存在しないじゃん、ウィルスなら存在してんじゃん、その差は大きいって! 人類にも把握できていないウィルスなら、まだありえなくもないって思うだろ!」
「いやいや、まだ存在していないからこそだよ! 存在していないからこそ、見つかったときの力はとてつもないんだって! それに比べて、ウィルスなんてミリ以下の小ささだよ、それで何ができるんだって!」
「おまえウィルスの持つ可能性の深さを知らないだろ!? 世の中にはな、信じられないような形状で、信じられないような機能を持ったウィルスがたくさんいるんだぞ! ウィルスを舐め――」
――「うるさい」
そこで、鴛噺の携帯が俺と春散の間に割り込む。
確かに、病人の両隣で俺たちは何を口論しているんだ
――「でもせっかくなので、呼び名を統一しましょう。多数決で」
そして、その病人はおかしなことを言い出した。
いや、統一することも、多数決することも、俺好みではあるが。その内容がおかしい。
――「『超能力』がいい人ー」
「…………」
「…………」
誰も反応しない。
正直なところ、俺はどれがいいというわけでもない。新種ウィルスの副作用で納得していたのを馬鹿にされたので、ムキになって反論していただけだ。
――「『新種ウィルスの副作用』がいい人ー」
「…………」
「…………」
ていうかそもそも、いや、まずいこの流れだと――
――「それじゃ『呪われた力』がいい人ー」
「はい! はいはいはい! よーし、『呪われた力』に決定ね!」
「あげんなよ! ていうか、この中に答え無いだろ! 俺ら『あいつ』に騙されてんだよ!」
恥ずかしげもなく手を上げた春散に、俺は突っ込みを入れる。
「まってまって。私は本気よ。本気でこれ、良いって思ってるの」
「え、なんで……?」
「だって素敵じゃない! どんなルビをつけようかと悩んでいたくらい気に入ってるわ!」
「もう、まっしぐらだなおまえ!」
「ふふふ、これが私たちの力、『呪われた力』!」
「ヴぇ、ヴぇりすずのヴぁ?」
いきなり意味不明な呪文を唱えだした、春散。
「ヴェリスズノヴァ!」
連呼する春散。
「え、どういう意味……?」
「『呪われた力』!」
「だからどういう意味!?」
「いや、なんかかっこよさそうな語感のものをつけてみただけ」
春散は可愛らしくはにかんで答えた。
けど許さない。
「語感だけかよ! 何語なんだろうって、少し意味とか考えちゃったじゃないかよ!」
「うるさいわね! じゃあ、いいわよ。ヴェリズノヴァ(仮)ね! 帰ったらそれらしいのつけるわよ! 和独辞書ひいて、神話ネタ調べてやるわよ!!」
なぜか、逆切れを起こす春散だった。
そして、そのまま春散は先ほど製作した火炎瓶を、自作ボウガンの矢の先に当てる。
「『呪われた力」!」
そして、そのまま掛け声と共に能力を発動させる。
春散の『繋げる能力』によって小瓶は矢の先に癒着された。
春散は、満足そうに鼻息をつく。
「え、それ、発動する度に叫ぶつもり?」
「もっちろんよ!」
「あんたアホなの!?」
「ちなみに固有能力名もつけたすから、もっと長くなる予定」
「固有能力名!? そんな言葉を会話で使ったの初めてだよ!」
「私の場合は、そうね。繋げる力だから……、『紡績破邪の隻手』!!」
「繋げる力だからデストラクションマリス!?」
「なんかこう繋げる力な感じと、力押しな感じが合わさり、デストラクションでマリスじゃない?
あ、ちなみに、紡績破邪の隻手と書いて、デストラクション・マリスって読むわ」
「感性で生きすぎだろ、おまえ!」
この世界に迷い込んでからずっと、こんなことばかりを春散は考えていたのだろう。こいつのテンションの高さの正体を、知りたくもないのに知ってしまった。
「ふふふ、せっかくだから、リンとまどっちの能力にも名前をつけてあげましょう。何がいいかな、『魔眼』と『言霊』だからー、うーん、つけがいがあるわ」
「おい、『魔眼』ってもしかして、俺の眼のことか?」
「ん、そうよ。だって、リンの能力ってまんま『魔眼』なんだもの。基本でいて、王道。ああ、羨ましい羨ましい」
「絶対にやめろ。パスだ、パス。春散のセンスはおかしい」
「えぇー。そんなこと言うやつには、エターナルフォースブリザードってつけるわよ」
「俺の能力に、永遠とか凍りつくとかの要素ないでしょ!?」
「いや、これは古くから伝わる由緒正しい……、まあともかく伝わっちゃった有名な技名なのよ。この名前を使えるなんて、誉れ高いことなのよ。よかったわね、リン」
「これが伝統的な名前だとしても、誉れ高いとしてもっ、長い! エターナルフォースブリザードって、長っ、会話中に噛むわ! エターナルか、フォースか、ブリザードのどれかでいいんじゃない!?」
「練習するから噛まないわ」
「練習!?」
「ちなみに技名は長ければ長いほど、叫ぶとき気持ちよくなるのよ。だから、短くするという発想はナンセンスね。ああ、これは前口上や、自己紹介でも同じことが言えるのよ。例えば、――我こそが永久の静寂と永遠の生死を司る者、『エターナルフォースブリザード』の冠理。凍った世界で眠れ……。右眼を光らせて、ふっと笑うリン。……うーん、いいわこれ!」
「最悪な肖像権侵害だ!」
「えぇ!? クールじゃない、かっこいいじゃない!?」
「クールすぎて、まず俺が永眠してしまう!」
「それじゃあ、もう少しフランクにいきましょうか。――俺が『エターナルフォースブリザード』のカンリ。言っておくけど、俺が永久ってしまえば、即死氷闇に堕ちるぜ? 右眼を光らせて、どやっ!」
「エターナってしまえば!? それ、どういう状態だよ!?」
「え、エターナるってのは……、んー……、その、なんだろ。まあ、リンの技なんだから、リンが見つけてよ? ねっ!」
「ねっ、じゃねえよ! 勝手に人の設定作って、なげっぱにすんな!」
「いや、私も紡績って、破邪るからさ。リンも、がんばってよ」
「おまえ、今さっき普通に力使ってただろが! その能力、別にデストラクショらなくても使えるから!」
「逃げては駄目! リンが永久ることで救われる命もあるのよ!?」
「いや、逃げてねえよ!? むしろ、待ち構えているよ! あと一生エターナらないから!」
「くっ、まだリンは永久るまでには至っていなかったか。私も紡績るには力が足りない。一体どうすればっ……!」
「おまえ、遊びたいだけだろ!」
――「うるさい……」
俺たちの間に挟まれていた鴛噺が携帯を掲げる。
そこには一言だけ、俺たちを的確に表す言葉が書かれていた。
俺と春散は、顔を見合わせて口論を渋々止める。
いや、口論なんて良いものじゃない。ただのじゃれあいだった。
俺は遊んでいる暇はないと思い、鴛噺の看病に戻る。そして、頭の隅で戦闘のシミュレーションを行い始める。
途中、春散が大量の漫画を持ち込んだ。
春散が『呪われた力』の『紡績破邪の隻腕』を使ってまで俺に漫画を読ませようとしたので、仕方がなく俺は漫画を読むはめになる。
人生初めての漫画だ。
心のどこかで、俺は漫画というものを馬鹿にしている。だから、期待もしていなかったし、時間をかけようとも思わなかった。
俺はあくびをしながら、漫画をぱらぱらと読み進めていく。
内容は、普通の高校生の男の子が、ある日突然に正体不明の黒尽くめの集団に襲われる話だ。途中で、超常現象が起きたり、主人公の眠っていた力が目覚めたりして、バトルをしていく。
ふむ。確かに、春散の言ったとおり、今の状況と酷似していなくもない……。
俺は漫画を読み進めていく。
隣で、ニヤニヤしている女が1人居る気がするが、無視した。
ストーリーには何度も山があった。実は父が黒幕だったり、生き別れの妹いたり、使ったら死んでしまう力を使ったり、なんだかんだで生き残ったり、とにかく波乱万丈の人生だ。
すげえ人生送ってるな、こいつ……。
いつの間にか、俺は漫画にのめりこんでいた。
認めよう。
娯楽なのだから当然だ。漫画は、楽しい。
しかし、俺が楽しんでいる部分は、春散とは違うようだ。
隣で春散が、「ここの展開、熱いわー」とか、「この能力、おもしろいよね? ね?」とか言っているが、全く共感できない。
俺が楽しいと思ったのは、さっき言ったような山じゃない。何気ない1コマだ。
クラスメートとだべったり、可愛い女の子と遊んだり、悪友とふざけたり、そんな物語の合間。
波乱万丈の人生に、小休止のため差し込まれた時間。
それが、俺の心を掴んで、離さない。
なぜなら――
なぜなら、俺の人生には、そんなもの1つもなかった……。
今日、こうして同年代の人間と話しているのも初めてなのだ。鴛噺や春散と、うまく会話を出来ている自信はない。この眼の能力の1つ、『答えの認識』のおかげで会話が成り立っているにすぎないだろう。
俺の人生とは何だったのか。
思い返しても思い返しても、この漫画のように友達と遊んでいる自分の姿はない。
けど、この漫画にはそれがある。
主人公に感情移入さえできれば、まるで俺がそこで遊んでいるかのような気持ちになれる。
そりゃ、楽しい。
俺は漫画にのめりこんでいった。
隣でうるさい春散を無視して、この状況で、時間を忘れて漫画を読み続けた。
敵も何もかもを忘れ、延々と、延々と。
延々と、漫画を読み続けた。
◆◆◆◆◆
ああ、できるなら、これからの人生。
思い返せば、友達と笑いあっているような場面ばかり。そんな人生がいい。
◆◆◆◆◆
そして、篭城開始から9時間と34分後。
敵がデパートを襲撃する。
まず、上空から襲ってきた敵によって天井が崩壊。
これによって鴛噺は重症。その後、まもなく死亡。
次々と現れる新種の敵を、春散と迎撃。次いで現れた『最後の1人』と戦闘開始。
春散は俺を庇って死亡。
春散の残した力によって、俺の能力が暴走。暴走の末、完成。
完成した俺の能力と、『最後の一人』は互角。
ゆえに、その戦いは、何百年、何千年と経っても決着はつかなかった。
そして、何千年あたりからの記憶はない。
記憶がない。つまり、自分を『認識』できなくなったということだ。
おそらく、何万年かあたりで俺は負けたのだろう。
これが1巡目の世界の始まり。
俺の人生の始まりだ。
明るい話がしたくて、ノリで書いた