イリカ
「ご主人様! よろしくお願いします!」
守の目の前に着いた少女は、ちょこんとその場に正座して頭を下げる。さっきまでの悲壮感ただよう表情からは想像も出来ないほどに晴れやかな笑顔だ。
「えっとな。だから俺は奴隷なん……ってこんなとこで座るなよ」
ほら、と言い守は少女に手を差し出す。少女ははにかみながら、その手をとってゆっくり立ち上がる。
イリカ Lv2
種族 ケットシー
身分 奴隷
主人 なし
(主人なしになってるな。首輪外したからか。その割にはまだ身分が奴隷だが)
うーん、と唸って思案する守。
その傍らで、イリカは驚いた様子で守に訊ねる。
「ご、ご主人様。レベルが五になっていますが、何かの間違いですか……?」
「レベル? ああ、名前の横のやつか。自分のは見たことなかったな。どれ」
守は自分の情報を見るべく、両手を互いに包むようにして合わせる。
ヒノモトマモル Lv5
種族 ヒューマン
身分 冒険者
所属 なし
「五だな。というかレベルって何……いや、聞きたいことはたくさんあるんだ。ちょっとどこかで落ち着いて話を聞かせてもらえないか?」
「はい! どこへでもお付き合いします!」
抱いた疑問は胸にしまって、元気に答えるイリカ。尻尾がふりふりとゆれている。
「そろそろ日が沈むし、宿でもとってそこで聞こうかな。通訳頼めるか?」
守の問いに対し、「もちろんです!」とイリカは即答する。
そうして二人は宿屋を探して歩み始める。
――色んな土地から人が集うスラティは、宿屋の需要が非常に高い。それゆえ、スラティの町には普通の都市に比べると宿屋がかなり多く存在する。
「ちょうど『スラティ・マーケット』が今日だったので、宿屋にも空きがたくさんありそうです」
「『スラティ・マーケット』?」
「えっと、この町で開催される大きな市です。地方からもたくさん商人が来るので、開催三日前くらいからは殆ど宿屋はとれないです」
「タイミング良かったのな」
イリカから今いる町についてのレクチャーを受けながら、二人は歩いていく。
しばらくそうしてぶらついた後、守は大きな宿屋らしき建築物を見つけて足を止める。
宿屋アーピ。数あるスラティの宿屋の中でも、アーピはスラティ最大級の集客を誇る宿屋である。部屋のランクは中の上といったところだが、地元の食材をふんだんに使用した料理が宿泊客に大人気で、スラティ内だけで三店舗もある有名宿屋だ。
「ここでいっか」
「ここは料理が有名な宿屋なので、食事付きがおすすめです」
「……ちなみに宿屋ってだいたい一泊いくらだ?」
「スラティではだいたい三百ルドから五千ルドくらいです。ここは千ルドです」
(余裕で足りるな。三万って結構な大金だったりするのか)
相場がわからない守は所持金が足りるかどうか不安だったが、杞憂で済んだようだ。
「確か金貨一枚で一万だったな……。細かいのが無いからこれで受付してきてくれ。とりあえず一泊で」
守は金貨をイリカに差し出しながら頼む。
大金にしり込みしたのか、イリカは恐る恐るそれを受け取り「わ、わかりました!」と答えると勇み足でカウンターに向かう。
イリカが手続きを済ませている間、守はもの珍しげに周囲を見回す。
『スラティ・マーケット』が終わったとはいえ、そのまま町を去らずに滞在する商人もいるのか、決して宿泊客は少なくない。
(今思えばあの虎のオッサン、異常なデカさだったな。あの子も耳が動物みたいで尻尾まで生えてるし……てかよく見たらそういう人が多い。アフリカらへんの部族とかなのか? てことはここアフリカ?)
柱にもたれかかって改めて自分がどこにいるのか推理していた守だったが、イリカがルームキーを手にして戻ってくるのを確認して、推理を中断する。
「ご主人様。地上階の一八二号室です」
「おう、ありがとう」
守はお礼を述べながらイリカが差し出した鍵とつり銭を受け取り、早速部屋に向かう。
「この部屋だな。どれどれ……」
現代の基準からすると、この宿屋の設備はお世辞にも充実しているとは言えない。部屋に入ってすぐ右手に洗面所とトイレ。十畳ほどスペースに一人用ベッドが一台。机と椅子が壁に向かって置いてあり、部屋の端っこにクローゼットがあるだけだ。
(あ、ベッド二つの部屋にしてくれって言うの忘れてた。まあ俺が椅子で寝ればいいか)
森の中から歩き通しで疲れていた守は、椅子を引いて早速腰かける。
すると、それに倣ってイリカも守の目の前に腰を落とした。床に直接。
「お、おい。座るんならベッドに腰かけてくれ」
「ご主人様の寝床を汚すわけには……」
では、とイリカが続けるとその場にすっくと立ち上がる。
「座るなってことじゃなくてだな……てかあのベッドはお前が寝るところだから」
「そんな、ご主人様と同じベッドで寝かせていただくなんて、恐れ多いです!」
「いやいや、俺は椅子で寝るから」
「えと……どういうことですか?」
守はそんなに難しいことを言っているつもりはないのに、どうやらイリカには通じていないようだ。
「お前はベッドで寝る。俺は椅子で寝る。わかった?」
諭すように言った守だったが、それを聞いたイリカは強い口調で反発する。
「そんな……そんなのだめです!」
守はその予想外の返答を受けて面食らってしまう。
そんな守の様子をよそにイリカは続ける。
「わたし、ご主人様の奴隷です。奴隷がご主人様より良いところで寝るなんてだめです」
「あー、それか」と守は納得した風に言う。
「二度ほど言いそびれてたけど、俺は……」
「首輪、つけてください。わたしを、ちゃんとご主人様の奴隷にしてください」
守の言葉を聞かずに、鬼気迫った様子でイリカが懇願する。
「奴隷になった時、すごく怖かったです。捕まりたくなくて必死に逃げました。でも、ケットシーはみんな強くないです。なのですぐに捕まってしまいました」
(奴隷になってから、捕まる? 捕まったから奴隷にさせられたんじゃないのか?)
守はそんな疑問を抱いたが、口を挟まずにイリカの言葉を待つ。
「捕まってから、粗相のないように礼儀を教わりました。一通り覚えたら、マーケットに連れて行かれます。わたしはすぐにマンタイガーの人に買われたのですが、その先で飲み物をこぼしてしまって、叱られました」
あのデカいオッサンか、と守は相槌を打ちイリカに続きを促す。
「はい。マンタイガーはみんな力持ちです。その飲み物は特に大切だったものらしく、わたしは何回も殴られ、蹴られました。死ぬと思いましたが、奴隷は主人に逆らえません。なので……」
「もういい、ストップストップ」
イリカが涙声になってきたところで、守は止める。
「もしかして、このまま俺が奴隷にしなかったら、また悪い奴に捕まってそいつの奴隷になるだけなのか?」
守は話を聞いて立てた予想をイリカにぶつけてみる。
すると、イリカは弱々しく「はい」とだけ答える。
「身分を奴隷じゃなくす方法はあるのか?」
「奴隷は、死ぬまで奴隷です」
残念がるでもなく、さも当然のことのようにイリカは言う。
そんなイリカを見て、守はある決心をする。
きっと彼女のように可哀相な環境に置かれた子はたくさんいるのだろう。
全てを救うことは出来ないのもわかっている。
だが、せめて目の前で助けを求めているこの子だけは自分が手を差し伸べよう。そう守は心に決める。
「イリカ、だったな。近くにきてくれ」
「……! ご主人様!」
イリカを近くに呼び寄せると、守は服従の首輪を手にする。
そしてイリカの首に優しくそれを巻くと、首輪が光を発し始める。
『対象を奴隷として使役しますか?』
自分の部屋や森で散々聞いた無機質な声が守の脳内に直接流れる。
またか、と守は辟易としながらも、頭の中で『使役する』と念じてみる。
すると首輪の発光が止み、声も聞こえなくなる。
「これでいいのか?」
(しかし生活費は何とかするとして、日本に帰ったら戸籍とか学校どうすればいいんだ。てかそもそも戸籍とかあるのか……)
「はい! これで本当にご主人様です! わたし、少しでも多く恩返しできるように頑張ります!」
今後の生活の心配をする守だったが、イリカの満面の笑みを見てると、不思議と何とかなるように思えた。
――ステータス画面――
イリカ Lv2
職業 妖精使いLv1
装備 ボロの服 服従の首輪
所持魔法 エルフ召喚
――魔法詳細――
Aエルフ召喚 対象のHP・状態異常を回復する。回復量、状態異常解除率は術者依存。