初戦
目を開くと、そこには限りなく続く青い空。
「んあー、外で寝ちまったか」
あくびをしながら身体を起こした守は、ふと違和感に気付く。
身に纏っていたはずの無地の半袖シャツとジーンズの代わりに、大きな布に穴を空けてそれを被っただけという浮浪者のような格好になっている。
腰のあたりに巻かれた細い帯のようなものがベルトの役割を果していて、その脇腹側にはこれまた布で出来た小さな袋がぶら下がっている。
「何だこの服……てかどこだここ?」
ざっと見回しても、覚えのある建物どころか、建物自体が無い。
森の少し開けた場所で意識を失っていたようで、周りは木だらけだ。
「ああ、そういえばビヨンドなんとかっつー武術大会にエントリーしたんだっけな。すると、ここが会場か」
どうやらバトルロイヤルっぽいし対戦相手でも探すか、と守が呟きながら腰を上げて歩きだそうとした、その時――。
二メートルは越そうかという巨大な猪が、けたたましく木々をなぎ倒しながら守に向かって突進してくる。
「おいおい、何だあの化け物……」
どこかまだぼんやりとしていた守の意識が、完全に覚醒する。と同時に迎撃の体勢に入る。
――次の瞬間、猪と守が交錯したかと思うと、猪の巨体が宙に浮き上がる。
守は直接突進を受けるのではなく、ぶつかる直前に地面に倒れこみ、巴投げの要領でその巨体を持ち上げたのだ。
「どらあああああ!」
マンモスのそれと比べても遜色のない牙を掴んで、勢いそのまま地面に叩きつける。
その衝撃に大地が揺れ、木で休んでいた鳥たちが何事かと慌ててその場から飛び去る。
大木を簡単になぎ倒すようなパワーを自身の背中に受けた猪は「プギャ!」と短い悲鳴をあげ、そのまま起き上がってこない。
「ふー、焦った焦った」
勝負は一瞬。常人であれば死は免れないようなマッチングも、守は簡単にあしらってしまう。
「しかしでかいな。食えるのだろうか」
守が投げ飛ばした猪を観察していると、猪のまわりに突然もやのようなものが立ち込め始める。
なんだなんだ、と慌てふためく守に追い討ちをかけるかのように、脳内に『何か』の声が聞こえてくる。
『レベルが上昇しました。ジョブを獲得しました。スキルを獲得しました』
「――! お前は俺の部屋にいた奴だな!? ここはどこなんだ? あの猪はお前の差し金か? てかルールと会場の説明くらいしろ!」
しかし守の叫びもむなしく、『何か』はもう反応を示さない。
「本当に何なんだよ……」とため息をつきながら、さっきまで猪が倒れていた方に顔を向ける。
もやはすでに霧散していたが、同時に猪の巨体も消え去っている。
いや、正確には一部分だけ残っている。
レア サベージボアの大牙
スラティ郊外の森に生息する大猪の牙
何故か実物より一回りも二回りも小さくなった牙を手に取ると、守の頭の中に直接情報が入ってくる。
「何だこれ……。あの『声』といい、どうなってるんだ一体」
守はそうぼやくと、突然「そうだ!」とあることを思い出す。
「支給品があったな。ランダム箱、だったっけ」
分からないことは考えない。現実逃避も兼ねて別のことに興味を向けることにしたのである。
しかし探そうとするまでもなく、守のその言葉に反応したかのように目の前に箱が突然現れる。ちょうどホールケーキが入るくらいの大きさのものが、並んで二つ。
「現実逃避もさせてくれないのか……」
次々に起こる非科学的な現象に、守はついにさじを投げる。
「とりあえず中身を見るか」と守が左側の箱に手をかける。
アーティファクト 隷属の首輪
種族・出自に関わらず首輪を付けた対象を奴隷として使役することが出来る
「意味わからん。ハズレだな」と文句を言いながらもう一方の箱も開ける。
レジェンド ???の卵
恐ろしい力を秘めた何かが産まれるかもしれない
「非常食か、こっちは当たりだ」
守はそう呟くと、首輪を箱から取り出して二の腕に巻き(ベルトのように調節可能で簡単に巻けた)、卵を腰にぶら下がっていた袋に収める。
「うっし、色々と聞きたいこともあるし、とりあえずは他の選手を探そう」
布の服に、バットのように担いだ猪の牙。ずんずんと歩き出した守の後姿は、ぼさぼさの黒髪も相まってさながら原始人のようだった。
――ステータス画面――
ヒノモトマモル Lv2
職業 拳闘士Lv1
装備 皮の服 ???の卵
獲得ジョブ アルカイックファイターLv1
獲得スキル ハンティング
――獲得アイテム――
サベージボアの大牙 隷属の首輪 ???の卵
――スキル詳細――
Pハンティング 獣系モンスターを倒した際のレアドロップ率が上昇する