ギルド
BWOでは、プレイヤーは国家またはギルドに所属することが出来る。両者ともに違ったメリットがあり、ギルドの主な利点は、専用倉庫、ギルド内通信、ギルドスキルなどである。
ビヨンド・ボーダー(通称BB)は、現実世界から転移してきたプレイヤーの約九割が所属しているギルドだ。効率の良いレベルの上げ方や有用なスキルの獲得法をギルド内で共有することによって、ギルドメンバー全員が高い水準を保っている。
全ダンジョン攻略が現実世界に戻れる鍵だと考えている彼らは、常にギルド強化を目指し、少しでも戦力になりそうな転移者を見つけてはスカウトしている。
――しかし、ローズの思惑は他のところにもあった。
ローズの申し出に、ギルドというシステム自体がよくわかっていない守は「ううむ」と悩んでいる。イリカは「BBに誘われるなんてすごいです!」と守に尊敬の眼差しを向けている。
そんな守の様子に、ローズは続けざまに言葉を紡ぐ。
「我々は急激に大きくなりすぎた」
因果関係がわからない守は更に首を傾げる。
「ここアーケンズだけで構成員は三百を優に超える。組織が肥大化すると何が起こるかわかるか?」
「――権力争いか」
話が見えてきた守は、難しい顔で答える。
「そうだ。自分で言うのも憚られるが、私は強い」
その言葉に守はぴくっと反応するが、今は話を聞こうと衝動を抑える。
「元々ゲーム好きでな。十六の時にBWOに飛ばされてから今までの二年間、ひたすらレベリングをしてきた」
「これ二年も前からやってるのか」
「ああ、私は初期参加組だ。それもあって、一年後にはアーケンズ有数のプレイヤーになっていた」
目の前の人物が意外にも大会有数の選手だという情報も追加され、守は『あとで手合わせしてもらおう』と決意する。
「そうして、いつの間にかBB本部の第四席にまで上りつめていた」
魔銃麗人なんていう恥ずかしい二つ名までついてきてしまったが、とローズは辟易とした様子で言う。
「ここで話を最初の方に戻すが、ここのところ何者かが私の立場を奪おうと目論んでいる」
「――どうやって?」
「PKだ。相手は足がつかないように暗殺スキル持ちのNPC奴隷を使って襲撃してきている」
(暗殺か。穏やかじゃないな。それに奴隷を使って、か)
守はイリカの方をちらりと見やる。
イリカは守の視線の意図がつかめなかったのか、とりあえずにこりと笑顔を返している。
「暗殺云々は確かに気に食わない話ではあるが、俺にどうしろって言うんだ?」
「BBに入って私に味方をしてほしい」
ローズはオブラートに包むことなく自分の希望を伝える。
そんな実直なローズの態度に、守は好感を抱く。
「色々と教えてもらったし、手助けをするのは構わないが――」
一つだけ気がかりがあった守は、それをローズに告げる。
「メンバー同士の決闘はありなのか?」
交換条件を提示されるのかと身構えていたローズは、この守の懸念に呆気に取られ、「フフッ」とつい吹きだしてしまう。
ここまで表情の変化が乏しかったローズだが、初めて年相応の女の子らしい笑顔を覗かせる。
「日本人は“ヘンタイ”が多いが、君も例外ではないな」
「変態の使い方、間違ってるぞ」
(――あれ、いま日本って言ってたよな)
突っ込みどころのある発言に紛れて聞き逃しそうになったが、BWOで初めて“日本”を知っている人物に会えた守は「なあ、ここって――」と問いかけようとするが、表情を引き締め直したローズの言葉にかぶさってしまう。
「メンバー同士のPVPだが、基本的には認められていない」
PVP専用の場所があるわけでもないうえに、誤って相手を倒しきってしまったら取り返しのつかないことになるため、BB内に限らずプレイヤー間のPVPはタブーとなっている。
そしてその宣告に、守は日本についての質問を捨て置いて「じゃあ俺は――」とギルドへ入ることを拒否しようとする。
守にとって、強者との闘いは何よりもの最優先事項である。ローズの助けになりたいという気持ちはあったが、闘いの機会が減らされるのは好ましくない。
「――だが、もし話に乗ってくれるのなら私がいつでも受けよう。ラストリア全土を含めても十指には入るレベルだ、不足はなかろう」
自信ありげに不敵な笑みを浮かべるローズ。
事実、ローズのレベル95という数値は十指どころかBWO内では三番目に高い。
彼女ほどの実力者ならば、そう簡単に体力を削りきられることはないし、徒手空拳で闘えば相手を倒してしまうこともないだろう。
(たくさんの選手と手合わせしてみたかったが、ダンジョンとかいう場所にも強敵はいるみたいだからよしとするか)
それに大会のトップ選手と闘えるしな、と守は決意を固める。
「よし、BBとやらに入ろう。よろしくな、ロージー」
守は立ち上がって、手を差し出す。
「ありがとう。よろしく、マモル」
ローズはそれを取って、微笑む。
このとき彼女は『とりあえずレベル上げに連れて行かなきゃ』と守の戦力をそれほど高くは見積もっていなかった。
当面はローズの手助けをしながらダンジョンへ行って大会制覇を目指すという方針にした守は、イリカをローズに紹介したり、これまでの経緯を話している。
「それでよ、でかい猪を倒した後にいきなり襲われたんだ。金髪のガキだったかな」
「“初心者狩り”のケイか? ここまで無事に辿り着いたようだったから遭遇しなかったのだと思ったのだが……。よく逃げきれたな」
ケイはローズも知るところの実力者だ。また、BBに所属していない残り一割のBWOプレイヤーでもある。
その目的や手段は決して褒められたものではないが、対人戦闘においてはBB幹部クラスにも引けを取らないとローズは見ている。もっとも、ケイは自分と同等以上だと判断した相手には絶対に挑まない故、その実力は測りようがない。
「ご主人様は逃げてないですよ?」
豪華な場所に気後れしていたイリカだったが、守に紹介してもらって少しは馴染めたのか、会話に参加するようになっている。
「だったら何で――」
生きている、と続けようとしたローズだが、真っ先に頭の外に追いやっていた“襲われても逃げずに無事でいる理由”を思い浮かべ「まさか」と目を丸くする。
「いや、倒せはしなかった。向こうから逃げ出したんだ」
ローズが言わんとするところを理解できた守は、そう返答する。
足の速さには自信あったんだけどな、とぼやく守。
イリカが「怪我をしていたので仕方ないです」とフォローしている。
(ケイを退かせた――? 運で何とかなる相手じゃないのに。これは本当にいい人を味方にしたかも)
守の予想以上の戦績に、ローズは思わず気分が高揚する。
「そういやさ」
「なーに?」
そして守の問いかけに、上機嫌なローズはつい素の自分で返事をしてしまう。
出会ってからまだ数時間。しかし守もイリカも、ローズに対しては“厳格”というイメージで固定されつつあった故に、この女の子然とした声色に時が止まる。
ローズもすぐに自身の失言に気付く。
「あ、いや、これはその……」
何とか取り繕おうとバタバタと慌てるローズ。
そんな行動がどんどんイメージを崩しているとも知らずに。
「お前がそう振舞っているのも事情があるんだろ。今のは聞かなかったことにするから落ち着け」
守はローズの気持ちを汲んで、冷静に言う。
その言葉で多少は落ち着きを取り戻したローズは、深呼吸をする。
「すまない。助かる」
立ち直った様子でローズは礼を述べる。
それで満足した守は、さっき言いかけていたことを再び口にしようとする。
「それで――」
「ロージー様! 緊急です!」
しかしまたしても守の発言は、ドアの向こうの取り乱した声に中断される。
「入っていいぞ。何があった?」
ドアから現れた男は、遠目に見ても青ざめた顔をしている。
ローズは悪い予感がして、眉を顰める。
「先遣隊が――全滅しました」
「それで、詳しい状況を聞かせてくれ」
いち早く報告するために走ってきたのであろう男を労い、椅子に座らせた後にローズは本題に入る。
「地下三十八階を攻略中、新種のネームドに遭遇。状態異常の重ねがけを受け、回復もままならないうちに総崩れしました」
「馬鹿な。ヒーラーは何をしていた」
最大五人PTであるBWOでは、ダンジョン攻略の際は万全を喫して回復役を二人はPTに組み込むのがセオリーだ。
また、回復役は沈黙――魔法使用不可のステータス異常に陥っても対処できるよう、状態異常回復薬を複数携帯する。
ましてや未知のダンジョンを進む先遣隊は、通常より防御重視の陣形で挑むため全滅することは殆どない。BBというギルドに限っては初めてのことである。
「大きな声では言えないことなのですが」
男は守とイリカを一瞥する。
「構わん。二人は味方だ」
「そういうことでしたら。――恐らくMPKです」
「何だと?」
MPK――モンスター・プレイヤー・キリングとは文字通り、プレイヤーがモンスターを用いて他のプレイヤーを陥れようとすることである。
BWOでもMPKは可能だが、自分にも危険が及ぶためメジャーなPK方法ではない。加えて狭いダンジョン内だとその危険の度合いもぐっと上がり、MPKの対策など講じる必要が無いほどにあり得ないことである。
「状態異常攻撃を持つネームドの出現のタイミングに合わせたのでしょう、異常な湧きに回復が間に合わなかった模様です」
「――先遣隊メンバーは?」
「サナ、ユウキ、ナオト、ユカ、リュウジです。これが狙われた原因かと」
「くっ」とローズは苦虫を噛み潰したような顔をする。
頭を抱えたローズに、守たちは何と声をかけていいかわからずに狼狽していると、すぐにローズは顔を上げる。
「キョウスケ」
「はい」
何かを決心したかのように、ローズは報告にきた男に向かって名前を呼ぶ。
「今後一切、私と話すことを禁じる。以降は“阿修羅”につけ」
「――ですが!」
ローズ寄りのメンバーが襲撃されたことによって、同じくローズ派である男の身を案じての言葉である。
男もそう理解して食い下がろうとするが、ローズは有無を言わせないように男をきつく睨みつける。
「勘違いするな。このダンジョン攻略の責任者は私だ。貴様らのような役立たずのせいで私の評価がこれ以上悪くなったらかなわん」
ローズはあくまでも冷徹な態度を取る。
キョウスケと呼ばれた男は、頑なに自分を巻き込むまいとしたローズの気持ちを汲んでか、もしくは額面通りに受け取ってローズに愛想を尽かしたのか、それ以上は何も言わずにとぼとぼと部屋をあとにした。
「そういうわけだ。事情が変わった。さっきの話は無かったことにしたもらう」
男を追い払ったローズは、守とイリカに向き直ってポーカーフェイスのままそう告げる。
――固く握り締めた拳からはわずかに血が滴っている。
(強いな、この子は)
仲間を危険に曝さないために一人で戦おうとしている女の子を前に、逃げ出すという選択肢は守の中に存在しない。
守はおもむろに立ち上がって、何でもないような様子でローズに話しかける。
「さて、と。そろそろダンジョンとやらに案内してもらおうか」
「おい、私の話を――」
「俺は誰にも負けない。心配するな」
笑顔でそう断言した守に、ローズはふと表情を緩める。
しかしそれも一瞬、すぐに反論を用意する。
「でも相手はBBの幹部で――」
「お前は四番目に強いんだろ? そして俺は一番強いから大丈夫だ」
何故か胸を張って答える守。
「――どこからその自信は沸くんだ」
話を聞かない守に、ローズは根負けしたかのようにくつくつと笑う。
「デスクワークが増えすぎて忘れていたよ。私は“魔銃麗人”のローズだ。やられっぱなしで泣き寝入りするほど非力じゃない!」
先程までの自滅覚悟の後ろ向きな闘志ではなく、正面から打ち破ってやろうという強い気持ちを胸に、ローズは勢いよく立ち上がる。
「ありがとう、マモル。おかげで目が覚めた。改めて、力を貸してくれ」
「ああ、もちろんだ」
守の返答に、ローズは一年ぶりに本当の自分の笑顔を見せた。