表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

パコブ

 守とイリカがスラティを後にしてからちょうど一週間。二人はリントフとスラティの間にある町――パコブまで残り数キロの距離に迫っている。


「心なしか本当にでかくなってきたような」

 守は足を動かしながら、手にした卵を眺める。



 ――五日前の早朝。


『なあイリカ。今日の朝飯は卵焼きでもいいか? スクランブルエッグになるかもしれんが』

『どちらも大好きです。いつもありがとうございます』


 相も変わらず丁寧に答えるイリカ。

 なら良かった、と守はポケットから卵をおもむろに取り出して割ろうとしたその時――。


『ちょ、ちょっと待ってください!』


 守を手伝おうと寝床の片付けを済ませてテントから出てきたイリカは、慌てた様子で声をあげた。


『それ、ペットの卵です』


 一般的な食用のものと比べて一回り大きいサイズと、おどろおどろしいまだら模様からイリカはそう判断した。


『ペット? 恐ろしい何かが生まれるらしいから、その前に食っておこうと思ったんだが』

『恐ろしい何か、ですか?』


 首を傾げるイリカに『ほれ』と守は卵を手渡した。


『れ、レジェンドクラス……!?』

『なんだ、珍しいのか』

『普通に暮らしてたらお目にかかることすらないです』


 卵がとんでもなく価値のあるものだと判明して、イリカは落としてしまわぬよう小さな両の手でがっちりと持ち、その場にへたりこんでしまった。


 そんなにか、と守はイリカから卵を受け取ると、イリカは心底ホッとした様子で続けた。


『レジェンドクラスのペットなんて話にも聞いたことがないので、きっとご主人様のお役に立つと思います』


(役に立つペットっていうと……馬? それか癒されるという意味で猫とか。でもあいつらって卵から生まれるのか?)


 イリカの言葉に考え込む守。

 しばらくそうしていた守は『そういえば』と何かが気にかかったようでイリカに訊ねた。


『卵って暖めないと孵化しないんじゃなかったか?』

『いえ、装備していれば大丈夫です。ただ、次第に大きくなっていきますので、卵用の袋が必要になると思います』

『大きくなるって卵がか?』

『はい』


 当たり前のことのように断言したイリカに、守は面食らっていた。


(これが俗に言うカルチャーショックってやつだな)


 ――結局この日の朝食に卵焼きが並ぶことはなかった。




「確かに大きくなってます」

 イリカも守につられて、アボカド大のサイズにまで成長した卵を興味深げに観察する。


「そろそろポケットに入れておくのも邪魔になってきたな」


 大きくなった卵を持ち歩くことに煩わしさを覚えた守は、先日『インベントリで保管してはだめなのか』と一度イリカに訊いている。

 イリカ曰く『装備していないと成長が止まるらしいです。なるべく持っていた方がいいです』とのことだったので、『あと二日の我慢』と守はポケットを膨らませたまま道を進んでいる。


「もう少しでパコブに着きますよ――あ、見えてきました!」

「おお、海だ」


 森を抜けて眼下に町を見た守とイリカは、同時に町の向こう側にある海も視界に収める。



 海岸沿いの町パコブ。スラティに比べるとかなり小規模な町だが、海と森に挟まれているパコブは観光地としての評価が高い。また、冒険者にとっては重要な町であるリントフと、商業都市スラティの間に位置する町という理由も相まって、連日大勢の冒険者が訪れる。



 守とイリカは、緩い坂になっている道を下って町を目指す。

 スラティと違って警備は薄く、町を囲う壁は無い。中へ通ずる道の脇に軽装の見張り番が一人いるだけだ。


 見張り番は守たちの接近に気がつくと、何も言わずに立ちはだかって手を差し出す。

 既に勝手を理解していた守は、揚々と握手に応じる。



ルーク Lv12

種族 エルフ

身分 平民

所属 アーケンズ公国



「××××××××」


 耳長いな、と守がルークを凝視していると、握手を解いたルークが守に何やら話しかけてくる。

 守はイリカに目配せをすると、イリカは意図を汲み取って通訳をする。


「“魔銃麗人(ブリッツ・ブレッツ)”さんがご主人様のことを待っているそうです。お知り合いですか?」


 イリカの問いに、守は「いいや」と首を横に振る。

 その間にもルークは話を続け、イリカはその内容を甲斐甲斐しく守に伝える。


「プラネという宿屋の四十一号室に泊まっているそうです。ビヨンド・ザ・ワールド・オンラインについて情報が欲しいのなら来るようにと。これって、もしかして――」

「――そうだ、確かそんな名前だったな。俺が参加している大会は」


 通訳ありがとう、と守はイリカの頭を撫でる。


(リントフに行くまでもなかったか? とにかく行ってみるしかなさそうだ)


 役目を終えたルークは、道の脇にずれて守たちを町へ通す。


 初めて事情を知っていそうな人物に会えるとあって、守の足取りは軽かった。




「ここがプラネか」


 パコブにも来たことがあると言うイリカの道案内により、冒険者で賑わう中でも迷わずに宿屋プラネの前に到着する。


「プラネは高級宿屋です。大きなプールが売りです」

「目の前に海があるのにプールなんているか?」

「海はモンスターがたくさんで入れないです」

「なるほど、鮫とか出るのか」


 得心がいった守は、伝言にあった部屋に向かうべく「よし」と意気込んで足をあげると――。


「ヒノモトマモルか?」


 背後から透き通るような声がする。

 振り向くと、そこには金髪碧眼の美人が立っている。

 森で遭遇した少年とは違い、本物のブロンド。長い髪を後ろで一つに束ねている、シンプルなポニーテール。

 凛とした佇まいに上下軍服というファッションは、まるで本物の軍人のようだ。

 獣人や亜人が跋扈する中、至って普通の人間である彼女は、それでもなお強烈な存在感を放っている。


「その通りだ。お前は?」

 おおよその見当はついているものの、守は女の正体を問う。


「ここに来たということは伝言を聞いてもらえたのだな。私はローズ・エインズワース。ロージーと呼んでくれ」


 ローズは微笑を浮かべて自己紹介をし、握手を求めるように手を出すと、守はそれに応じる。



ローズ・エインズワース Lv95

種族 ヒューマン

身分 冒険者

所属 ビヨンド・ボーダー



(ビヨンド・ボーダーか……)


 守は「なあ――」と質問を投げかけようとするが、ローズにそれを制される。


「わかっている。色々と訊きたいことがあるのだろう? こちらの話も少々長くなる。私の部屋へ行こう」


 ローズは颯爽と宿屋の門をくぐっていく。

 守とイリカも、彼女に続いて荘厳な装飾が施された門を通っていった。




「さて、何から話そうか。質問は決まっているか?」


 ローズの部屋に着いた守たちは、六人がけのテーブルに腰掛けている。

 イリカは広くて豪華そうな部屋にそわそわと落ち着かない様子だ。


「そうだな、ビヨンド何とか大会について詳しく教えて欲しい」

「大会? BWOは世界規模のMMORPGだ。知らずにアクセスしたのか?」


 意外な質問にローズは虚をつかれる。

 守は守で、ローズの返答の意味がいまいち飲み込めていないようだ。


(MMORPG? アクセス? よくわからんが、やはり世界規模の大会ではあるみたいだな)


 理解出来ないことは深く考えない。この世界に来てから築かれた守のモットーである。


「知らずに、というか突然連れて来られたからな」

「確かに最初は誰もが困惑する。君は随分と落ち着いているようだが、もう慣れたみたいだな」


 最初にインベントリや頭に流れる情報についての質問しなかった守の様子から、ローズはそう判断する。


「一週間もあればな。ところで、この大会はどうすれば勝ちなんだ?」

「クリア条件のことなら、まだ定かではないがダンジョンを全て攻略すると元の場所に戻れるという説が有力だ」

「勝利条件が定かじゃないって大会として駄目だろ」

「さっき君自身が言っていたように、みんな突然飛ばされているのだから仕方あるまい」


 二人の会話は噛み合わないまま進行していく。

 何のことだかさっぱりわからないイリカはポカンとしている。


「ダンジョンってのは何だ?」

「この世界に点在する迷宮のことだ。ダンジョンの最深部に、次のダンジョンの場所のヒントがある」


(つまりこの国には迷路がたくさんあって、それを全部踏破したら優勝ということか? しかしそれだと武の要素が無いな)


 武闘大会と信じて疑わない守は、クリア条件に引っかかりを覚える。


「踏破するだけで終わりなのか?」

「簡単に言ってくれるが、ダンジョンには強力なモンスターが蠢いている。そうそうクリア出来るものではない。我々ビヨンド・ボーダーの最高戦力で攻めても週単位で時間がかかる」


 そういうことか、と守は強敵の存在に高ぶりを抑えきれない。


(だがそうなると今度は森で仕掛けられたのが解せないな)


 新たな疑問が沸いた守は、そのままローズにぶつけてみる。


「選手間の闘いはないのか?」

「選手? ――プレイヤーのことか。残念ながら答えは『ある』だ。PKされると所持アイテムは全てその場にドロップするから、それ目当てでな。町中では警備兵がすぐに駆けつけるから無理だが、フィールド上なら基本的にどこでも可能だ」


(所持品を賭けたケンカならあるってところか。選手間はメインじゃなくてスパイス程度か)

 聞き慣れない単語は無視して、守は独自に解釈する。


「最後にもう一つ。ダンジョンはどこにある?」

「実は現在攻略中のものがパコブの近くにあってな。私がここに来ている理由の一つだ。後で案内しよう」

「それは助かる」

「訊きたいことは以上か?」

「ああ、色々とありがとう」


 守は礼を述べると軽く頭を下げる。イリカも隣でちゃっかりお辞儀をしている。


「ときに、私が君を呼んだ理由だが」

 こほんと咳払いをしてローズが切り出す。


 守は一番知りたかった大会の最終目標が判明したことですっかり忘れていたが、ローズは守に用があったから見張り番に伝言を頼んでまで呼びつけたのだ。


「単刀直入に言おう。ビヨンド・ボーダーに入らないか?」




――ステータス画面――

ヒノモトマモル Lv15

職業 拳闘士Lv8

装備 マーシャルスーツ ???の卵


イリカ Lv9

職業 妖精使いLv4

装備 黒炎のベルサンドローブ 服従の首輪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ