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 幕間 キャンプファイアー

 ――“初心者狩り”を撃退した守とイリカは、度々飛び掛ってくるモンスターも蹴散らしながら、パコブへと歩みを進めている。


「それにしても、こんなにモンスターが出てくるなんておかしいです。パコブまでなら一度も襲われないで済むと思っていたのですが……」


 守が本日三体目のハンマーベアを倒したところで、イリカが首を傾げる。


「鍛錬になっていいけどな」

 守は晴れやかにそう言いつつ、すっかり慣れた手つきでドロップアイテムを拾い、インベントリにしまっている。


 未だに腑に落ちないといった表情のイリカをよそに、守は空の様子を確かめる。

 雲ひとつ無いオレンジ色の空が守の頭上に広がっている。気温は高くもなく低くもない。空気は湿り気がなく、過ごしやすい気候と言えるだろう。


「まだ陽はあるけど、そろそろ野宿の準備するか」


 守がイリカに声をかけると、イリカは思案を切り上げて「はい!」とすぐに反応する。“初心者狩り”との戦い以来、あまり役に立てていなかったイリカは、ようやく手伝えるとやる気が沸く。


「俺はテントを組み立てておくから、イリカは近くで枯木と枯葉を集めてきてくれ」


 少し道を外れたところに開けた場所を見つけると、守は早速テントを組み立て始める。



 BWOの世界では、インベントリという無限の広さを誇る収納スペース(個数制限はあるが)の存在がゆえに、組み立て式のテントは殆ど使われていない。冒険者の大半は、完成した状態のテントをそのままインベントリに入れて持ち運んでいる。

 しかしそんなことを知る由もなかった守は、当然のように自分で組み立てるタイプのテントを買ってしまい今に至る。



 現実世界でしばしば山篭りをしてテント設営の経験があった守は、十分足らずでテントを完成させる。

 そして守がテント内にランプを設置していると、イリカが麻袋を抱えて守のもとへ戻ってくる。袋の口からは枝が飛び出ていて、イリカが一歩進む度に葉っぱがひらひらとこぼれていく。


「たくさん採ってきたな、助かる」と守はイリカの頭に手をやって労をねぎらう。イリカは嬉しそうだ。


「じゃあ火をおこすか」


 守はイリカが持ってきた袋の中から枯葉を何枚か取り出して、マッチの代わり(売っていなかった)にマーケットで買っておいた火打石と一緒に手に持つ。

 もう片方の手で持った火打金を、火打石に削るようにして振り下ろす。すると火花が発生して枯葉から煙があがる。

 それに息を吹きかけて火種を大きくし、枯枝に移すと火がおきる。


 枯木をどんどん足して火が大きくなっていく様を見つめていたイリカは「魔法みたいです!」と感動している。


 火の準備が出来ると、守はインベントリからハンマーベアの肉を二枚ひっぱり出して長い串に刺す。


「そういえばイリカは熊の肉って食べれるか?」

「好き嫌いはしないです。でも熊は食べたことないです」

「俺もだ」


 にやりとして守は返答すると、串を火の側に持っていき、その場にしゃがんで豪快に焼き始める。


「わたしも持ちます!」とイリカは守から肉一枚分の串を受け取り、二人はしばらく並んで談笑していた。




『熊の生食は危ない』

 そう聞いていた守は、入念に肉を火にかける。

 納得のいく焼き加減になる頃には、陽は完全に隠れ、星がちらほらと顔を覗き始めている。


 木製の皿に焼きあがった肉を乗せた守は、ベイクドビーンズの缶詰を開けて中身を半分ほど自分の皿に盛ると、イリカに渡す。


 昨日から数えて三度食事を守と共にしたイリカは、もう「ご主人様と同じものをいただくなんて恐れ多いです」などと必要以上に遠慮することはなく、「ありがとうございます」と素直に缶詰を受け取る。


 守は続けて食パンを一斤取り出すと、そこから二枚分スライスして片方を自分の、もう片方をイリカの皿に乗せる。


 ステーキ、豆、パン。イギリスの食事のような献立に、守は「料理できなくてすまん」とイリカに頭を下げるが、イリカは「とんでもないです! すごいご馳走です!」と本心からそう告げる。

 実際、ハンマーベアの肉の相場は一枚千ルドで、BWOで二人が口にした料理の中では最高級の食事だ。



 二人は火を囲んで「いただきます」と手を合わせる。


 豆やパンは現実世界のものと変わらないが、ハンマーベアのステーキは、熊特有の臭みが少なく、コリコリとした食感ながらも噛むたびに肉汁が溢れ、守もイリカも予想外の美味しさに舌鼓を打つ。


 あっという間に皿を平らげた守は、金属で出来たポットに牛乳を注ぎ、それを火にあてておく。


 イリカが食事を終えると、二人は食器類を水で濯いでインベントリにしまった。




 寝支度を調えた二人は、ホットミルクを片手に星空を見上げている。


 天には無数の光が、まるで宝石箱を引っくり返したかのように散りばめられている。

 その配置は現実世界とは大幅に異なり、見る人が見れば違和感も覚えるが、当然守にはそのような学はなく、ただただ圧倒されるのみである。


「お前にはいきなり不便な思いをさせて悪いが、野宿もいいもんだな」


 日本ではなかなかお目にかかれない絶景に、守は呟く。


「はい。それに不便だなんて少しも思わないです。わたしは、幸せ者です」


 昨日からの出来事を思い浮かべながら、噛みしめるようにイリカは答えた。




 しばらくして肌寒さを覚えた二人は、睡眠を取ろうとテントへ向かう。


「おっとその前に」


 守は何かを思い出して、木々の方へ向かう。


「どうしたのですか、ご主人様?」

「火があれば獣は寄ってこないだろ、だから寝てるうちに火が消えないように大きくしておく」

「そういうことでしたら、わたしもお手伝いします!」


 イリカは勢いよくそう言うと、守が止める間もなく枯枝を集め始める。


 そんなイリカの様子を見て「疲れてるだろうに」と守は苦笑しながら、焚き木を探し始める。



「よし、こんなもんか」


 最初に集めた分の三倍はあろうかという程の焚き木が積み上がっている。


「あの、わたしに火をつけさせてください」


 火を移そうとして枯枝を手にした守に、イリカが申し出る。


「危ないからだめ」と守は制止しようとするが、それも子ども扱いが過ぎる気がして、「じゃあ頼む」とイリカに任せる。


 イリカは深呼吸すると、積み上げられた焚き木に手をかざす。


「イリ……」


 火を取らないでいるイリカを訝って、守が声をかけようとしたその時。


 ――ごう、と唸りをあげて焚き木が発火する。


「せ、成功しました」


 イリカはぜいぜいと息を切らしている。


「すごいな、これも“魔法”か?」


 目の前の現象に、守は驚きを隠そうともしない。


「はい。ご主人様から、いただいた、ローブの、魔法です」


 肩で息をしながらイリカは答える。


「魔法って疲れるんだな。歩けるか?」

「大丈夫で――」


 そう言い切る前に、イリカはよろめいて躓きそうになる。


「無理するな。ほら」


 守が腕を差し出すと、イリカは「すみません」と頬を少し染めて、おずおずとその腕を掴んだ。




「もうランプ消すぞ」


 テントに入った二人は、へとへとだったこともあり、すぐに寝る態勢に入る。


 予算の都合であまり広いテントは買えなかったことに加え、イリカが守の近くへ陣取ったため、二人の距離は拳五つ分ほどしかない。


「はい。今日も一日、ありがとうございました」


 イリカはそう言って恭しくお辞儀する。


「そんなに畏まるな」と返しつつ、守はランプの灯を落とす。


 外の焚き火があるから真っ暗にはならないが、充分に眠れる暗さだ。


「おやすみなさい、ご主人様」「ああ、おやすみ」と二人は挨拶を交わして、目を閉じる。


 しかしそう言いながら横にならない守を見て、イリカは不思議そうに訊ねる。


「ご主人様、なんで座ったままなのですか?」

「火があるにしても、いつ何が襲ってくるかわからないからな。すぐに動けるようこの体勢で寝る」

「ではわたしもそうします」


 主人が座っているのに、自分が横たわってたのでは申し訳がつかないと思ったイリカは、すぐに体を起こす。


 イリカにはきちんと眠ってほしかったが、こうなったイリカは頑固だということをこの二日間で学んだ守は、イリカが寝付いたら横にすればいいやと思い、好きにさせる。


 昼間の回復魔法に、先程のフレイムピラーでかなり体力を使っていたイリカは、すぐにうとうとし始める。


(俺より若いのに治せたり燃やせたりするなんて、かなり有望だったんだろうな。それなのに奴隷だなんて……)


 守が的外れな同情をしていると、イリカが守に向かって倒れこんでくる。どうやら完全に眠ったみたいだ。


 守はイリカを起こさないよう慎重に膝から降ろそうとするが、イリカは寝ぼけているのか、守の膝を抱え込んで離さない。


「ご主人様……」


 幸せそうに寝言をいうイリカを見て、「今日は火も強いからいいか」とイリカを膝に乗せたまま、守も意識を手放した。

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