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魔法

「ご主人様、パーティ要請をください」


 町を出て、整備されていた道に段々草が混じり始めてきた地点で、イリカが申し出る。


「パーティ要請?」とまたも聞き慣れない単語を耳にした守は、オウム返しをする。


「ちょっとですが治癒魔法を使えるので、少しはお手伝いできると思います」


 なんとか守の力になりたいと願うイリカは、熱を込めて守に言う。


(治癒魔法……治癒って治すって意味だよな。包帯うまく巻いたり出来るってことか?)


 続けて聞き返すのは悪いと思った守は、更なる未知の言葉に納得できる意味を自らつける。


「手伝ってくれるのは助かる。だけどパーティ要請ってのはどうすれば出来るんだ?」

「わたしに触りながら『パーティ申請をする』って念じてみてください」


 ご主人様の手助けが出来る、とイリカは目を輝かせている。


 そんなイリカをいとおしげに眺めながら、守はイリカの頭に手を置いて『パーティ申請をする』と頭に思い浮かべる。



『イリカをパーティメンバーに加えますか?』



 これで何度目になるかわからないアナウンスが守の脳内にながれ、これでは全く動揺しなくなった守は『加える』と更に念じる。



『イリカがパーティメンバーに加わりました』



 アナウンスを聞いた守は「これでいいのか?」とイリカの頭から手を離して聞くと「はい、回復は任せてください」とイリカは意気込んだ。




 ――三十分ほど歩くと、周囲はすっかり木々に覆われ、道も植物に侵食されて幅が半分ほどになる。


「なんかジャングルみたいになってきたな」


 ありのまま感じたことを守は口に出す。


「スラティは北と南が森なので、昔は絶対入らないようにと言われていました」

「迷うからか?」

「それもありますけど、やっぱり――」



 のしのし。イリカの話に割ってはいるように、大きな人型の動物が二人の目の前に現れる。



「――猛獣が出るから、です」

 そう答えたイリカの顔からは血の気が引いている。


 二人の前に現れたのは、熊のような出で立ちをしている。普通の熊と違う点があるとすれば、ジャマダハルを装着しているかのような長く鋭い爪に、異様に発達した両の腕だろう。


「あれにベアハッグされたら全身粉々だろうな」

 はは、と守は怯えるイリカを尻目に冗談を飛ばす。


「ご、ご主人様、わたしが囮になります。そ、その間に逃げてください」


 イリカは恐怖に足を震わせながら、守の前でかばうように手を広げる。


「大丈夫だから下がってな」


 守はそう伝えるてイリカを後ろに下げると、熊と対峙するように前に出る。


「ですが、ハンマーベアはスラティの森周辺にいるモンスターの中でもかなり危険です!」

「そいつは燃えるな」


 イリカの警告を背に、守は臨戦態勢に移行する。


 一歩、二歩とハンマーベアに守が近づくと、ハンマーベアは威嚇するかのように『グオオオオ!』と雄たけびをあげる。


 守は少しも怯むことなくそのまま歩みを進めて、ハンマーベアの間合いに入るとそこで足を止める。


「ご主人様! 危ないです!」とイリカが後方で悲痛な声をあげている。


 守は平気だ、とイリカに言わんばかりに親指を立てて見せるが、それで攻撃を仕掛けられたと思ったハンマーベアは、その肥大化した腕を守に向かって叩きつける。


 大きな音とともに地面が揺れて、ハンマーベアの腕の下に数十センチの深さの溝が出来上がる。


 守はというと、ハンマーベアが腕を振り上げた瞬間、すかさず懐に潜り込んで、ハンマーベアの顎へ拳を突き出している。


 ハンマーベアが腕を地面に叩きつける際の勢いも利用した守のアッパーは、クリーンヒットする。


 その場でずるりと守にもたれかかるようにして倒れたハンマーベアは、すぐにもやに包まれ、アイテムを残して消失する。



レア ハンマーベアの肉

スラティ郊外の森に生息する大熊の肉



「お、肉か。初日だし、今晩はキャンプらしくこれ食ってみよう」

 熊の肉ってどんな味するんだろうな、と守はイリカの方を振り返る。


「……ご主人様はやっぱり強いです!」


 一瞬の出来事にぽかんとしていたイリカだったが、すぐに尊敬の眼差しを守に向けながら駆け寄って行った。




「サベージボアも簡単に……!」

 信じられない、といった表情を浮かべるイリカ。


 ハンマーベアとの遭遇から数時間。襲い掛かってくる猛獣を屠りながら二人は道を辿っている。


 つい先ほど久しぶりにサベージボアと出くわした守は、華麗な巴投げをイリカに披露している。


 歩き続けの戦闘続けで疲れた二人は、一息ついてシートを広げて腰掛けているところだ。


 イリカが水筒を取り出してコップに水を注いでいると、守の背後から物音が聞こえてくる。



 ――パチパチパチ。



「誰だ」


 守は戦闘の疲労も感じさせないほどの反応速度で立ち上がり、音がした方へ体を向ける。


「すげえじゃん。なるほど、これなら低レベルでもサベージボアを狩れるね。腕力値が足りるなら、の話だけど」


 木の陰から一人の男……いや、少年が出てくる。

 背丈の程は百七十弱。雑に脱色したのがすぐにわかるような汚い金髪。十人いたら十人が「ガラが悪い」と評価するであろう見た目。

 髑髏マークのスカーフと黒に統一されたラフな服装も相まって、一昔前に流行ったカラーギャングにしか見えない。

 そのファッションセンスや、針のように逆立てた髪型からも推測できるように、年のころは十代半ばである。


 少年はイリカを見て「カワイイねえ」と舌なめずりをすると、イリカは水筒をしまい、怯えた様子で守の後ろに隠れる。


「お前は誰だと聞いている」


 質問に答えない相手に痺れを切らし、守は声を低くして返答を急かす。


「そういうのは、まず自分から名乗るのが礼儀なんじゃねえの?」


 守の威嚇的な言葉にも動じることなく、少年は不遜な態度を貫く。


「それもそうか。俺は日ノ本守。日本から来た」

「まあこっちは答えないけどね」


 ひひひ、と少年は下卑た笑い声をあげて守を嘲る。


「……用件は何だ」


 まともに取り合うのも馬鹿らしくなった守は、少年を睨みつけながら短く問う。


「用件? そうだねえ……とりあえず身包み置いていってもらおうかなっと!」


 言い終わるや否や、少年は守に向かって駆け出す。


 守も殺気を受けて瞬時に迎撃体勢を取り、背後のイリカに「隠れてろ!」と伝える。


(得物は……ナイフか。そこらのチンピラに比べると動きは早いが、虎のオッサンほどではないな)


 向かってくる少年を冷静に分析する守。すかさず少年がナイフを取り出したのも見逃していない。


 二人の距離が詰まる。交錯するまであと五メートル。


(一撃で仕留める!)


 刃物を持つ相手との長期戦は危険と判断した守は、少年の顔面をめがけて凄まじい勢いの蹴りを繰り出す。

 タイミングは寸分の狂いもなく、直撃は必至。そう守は確信する。


「……ピアシングドライブ」


 しかし交錯する直前、少年は何かを呟くと、守の視界から消える。


(どこに行った!?)


 必殺の蹴りが空を切り、慌てて辺りを見回す。

 そして守が背後を振り返ったその時。


「ぐ――!」と守は脚に鋭い痛みを感じて呻く。


 守の軸足の太ももに深々とナイフが突き刺さっている。


「ご主人様!」


 それを見たイリカは居ても立ってもいられなくなり、守のもとに駆けつける。


「だめだ! 来るな!」

「ですが……!」


 守の身を案じるイリカの足は止まらない。

 そして守が懸念した通り、少年はイリカの背後に忍び寄っている。


「うろちょろされたら困るんだよねえ」


 気だるい調子でそう言うと、少年は一切の躊躇もなくイリカの首筋を狙って、新たに取り出した短刀を振り下ろす。


「イリカ――!」

 守はそれを阻止するべく、自分の脚に刺さっているナイフを一思いに抜き、全力で投げつける。



 ――ギィン、と鈍い音がしたと思うと、少年が手にしていた短刀はイリカに到達する前に弾き飛ばされる。


「……スキル補正なしでその命中率って反則じゃねえ?」


 へらへらとした態度は崩さないものの、予想外の妨害を受けた少年の額には冷や汗が沸き始めている。


 一方、ナイフを抜いたことにより激化した出血をものともせずに、守は少年のほうへ歩を進める。

 イリカを狙われて怒りに燃えている守は、般若のような表情で少年のことを睨みつけている。



(武器はまだあるけど、素ステの差で負けてるからキツイか。こりゃボーナス相当振ってんな。アイテムは期待できねえや、逃げよっと)


 守が目当てのものを持っていないと推測した少年は、守に背を向けて走り出す。


「逃がすか」と守は血だらけの脚で少年を追う。

 脚の怪我なんてまるで無いかのように、少年と守の距離はぐんぐん縮まる。


「その脚でその速さとか、マジ付き合ってらんねえ。――ラピッドシフト」


 そう呟くと少年はどんどん加速して、守との距離を広げる。


 完璧に突き放された守は、もう追いつけないと悟って足を止める。


「いきなり速くなったな。まだ余力を残していたのか」


 乱れた呼吸を整えるべく、守は「ふう」とその場に座り込む。

 続けて怪我の手当てをしようと、インベントリから以前着ていた皮の服を取り出し、ちぎろうとする。


 そうこうしているうちに、守が来た道をイリカが目一杯のスピードで走ってくる。

 その瞳は涙ですっかり潤んでいる。


「ご主人様、血が、ひどいです。今、魔法、かけます」


 イリカは守のもとに辿りつくなり、ぜいぜいと息を切らしながら両手を祈るように合わせる。


「俺は大丈夫だから」と守はイリカに休憩するよう促すが、イリカは聞く耳を持たない。


 しばらくしてイリカがおぼろげな光に包まれたかと思うと、その光は守の傷口へ集まり、やがて収束する。

 光が完全に消え去ると、放っておいたら失血死は免れないほどだった刺し傷は、転んで擦りむいた程度の傷になっている。


「すみま、せん。全快は、無理、でした」

 イリカは肩で息をしながら、頭を下げて謝る。


 守はというと、脚の傷を見て驚きを隠しきれない様子だ。


「すごいなイリカ! どうやったんだ?」


 守はイリカを労うように背中をさすり、インベントリから取り出した水筒を渡す。

 イリカは水筒を受け取り、中身を一口飲んで息を整えると「ありがとうございます」と水筒を守に返す。


「ケットシーは、力はありませんけど、妖精魔法が使える種族なのです。わたしはまだ未熟なので完全には治せまんでしたけど……」


 すみません、と申し訳なさそうにしているイリカだったが、守が「本当に助かったよ」と笑顔を浮かべているのを見て、大事はなかったことに安堵しているようだ。



(しかし手も触れずにあれだけの傷をふさぐなんて……イリカは一族のみんながこの“魔法”を使えるような口ぶりだったけど、シャーマンの部族なのだろうか)


 ここまでの非現実を自ら体験しながらも、守は魔法をテレビで見た超自然現象と一緒くたにする。


「さっきの人は何だったのでしょう?」


 精神的にも落ち着いたイリカは、追い剥ぎの正体を気にかける。


「多分大会参加者だ。見たところ俺よりいくつか年下だろうが、その割に強かったな」


 守は自信ありげにそう答える。


「例のご主人様が参加している武闘大会ですか。本当にどこででも始まるのですね」


 スラティの宿屋で、バトルロイヤルだということも含めて大会について守から説明を受けていたイリカは、すんなり納得する。


 こうして誤解を更に深めて、二人は旅路を進むのであった。




 ――同時刻のとある町外れの小屋にて。


「はあ、疲れた疲れた」


 気だるそうに少年はブーツを脱ぎ捨てると、一目散にソファへ向かってダイブする。


「せっかくスラティから見張ってたのに、収穫ゼロなんてへこむわ」


 少年はスラティで最初に守を見たときの事を思い出す。


(いくらニュービーだからって、ドロップアイテムを手づかみで持ち運ぶヤツなんて初めて見たなあ)



 この少年はBWO(ビヨンド・ザ・ワールド・オンラインの略称)では“初心者狩り”との異名が付けられているプレイヤーだ。

 ゲームを始める際のボーナスポイントで貰えるアイテムは高額なものが多く、少年はそれ目当てで駆け出しの冒険者が集まるスラティを拠点にしてカモを探している。

 彼も守と同じように、ある日突然BWOの世界に飛ばされたのだが、オンラインゲームに深く通じていた彼はすぐさまシステムを理解し、異世界に順応している。

 年相応に日和見主義な彼は、特に現実に戻りたいという欲求はなく、むしろ適度に刺激的なBWOの世界を楽しんでいる。そしてここでの生活をより良くしようと、自分より確実に弱い初心者を狩り続け、小屋とはいえ家を持つほどの財産を貯めることに成功している。



(スキルなしでノトーリアスと張り合ってたもんなあ。スキル使えないなら余裕で倒せると思ったけど、通常攻撃でかなり火力出てたよなあれ)


 少年は守の蹴りを頭に浮かべ、改めて背筋を凍らす。


(あのまま当たってたらクリティカルでワンパンだったかも……)


 ピアシングドライブ絶妙だったわ、と少年は自分のスキル発動タイミングに自画自賛しながら、船を漕ぎ始める。


(明日からまた新しい獲物探すか)


 薄れゆく意識でぼんやりとそう考えながら、少年は目を閉じた。




――ステータス画面――

ヒノモトマモル Lv8

職業 拳闘士Lv5 

装備 マーシャルスーツ ???の卵

獲得スキル 乱撃


イリカ Lv4

職業 妖精使いLv2

装備 黒炎のベルサンドローブ 服従の首輪


――獲得アイテム――

ハンマーベアの肉 ハンマーベアの毛皮 サベージボアの大牙 ニンブルディアの毛皮×6 ニンブルディアの肉


――スキル詳細――

A乱撃 最終攻撃力100%の物理攻撃を複数回繰り出す

Aピアシングドライブ 最終攻撃力300%の物理攻撃。発動後、対象の背後に高速で移動する。

Tラピッドシフト 効果中は移動速度が200%上昇

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