謎の声
ケンカ無敗。
それは数多い日ノ本守の自慢の一つである。
センチにして百八十は優に超える背丈と、それを更に大きく見せる鍛え上げられた肉体。その威圧的な風貌からは想像もつかない程の機敏さも加わり、彼がそこいらの不良やチンピラに後れを取ることは無い。
今日のケンカも守の圧倒的なパワーにより、幕を閉じようとしていた。
「次からは相手を見てケンカを売ることだな」
「ず、ずびばぜんでじだ……」
顔のあちこちを腫らした男が、やっとのことで言葉を紡ぐ。
「出直してこい!」
そう言うと守は、掴んでいた男の襟を放して踵を返す。
見た目も行動も目立つ守は、何かと因縁をつけられては街のゴロツキにケンカを吹っかけられている。
当然全て返り討ちにしているが、それが更なるチャレンジャーを呼び込む原因だと守は気付いていない。
「最近やけに武芸者が多いな。近々大会でもあるのか。どこでエントリー出来るんだろ」とは守の談。
そう、彼はその多大な身体能力と引き換えに、知能を母体に置いてきたのである。
彼自身それを自覚している節はあり、克服せんと日々努力はしている。
その努力の一環として、最近はパソコンを使う練習に励んでいる。
ケンカを終えて帰宅した守は、早速パソコンの電源を入れる。
ちなみに配線を済ますまでに三日は費やしており、インターネットの設定は一週間苦戦したあげく、ギブアップして業者に頼んでいる。
立ち上がったデスクトップ画面には、購入時にプリインストールされていた無駄なガジェットやウィルスバスターが未だに列挙している。
「今日はそろそろ開催されるであろう武術大会について調べてみようか」
そんな大会は無い。が、守はお構いなしにインターネットブラウザを立ち上げ、ホームページ設定されている検索エンジンに『武術大会』と入力する。
入力にかかった時間はおよそ二分。
「うーむ、有力な情報は無いみたいだ」
当然の結果である。
しかし守は諦めずにキーワードを変えて検索を続ける。
「天下布武……闘い……お、これっぽいな」
画面には世界規模のネットゲームである『ビヨンド・ザ・ワールド・オンライン』のホームページ。
キャッチフレーズである『闘いに行こう、この世界の向こう側へ!』が守の目にとまったようだ。
「世界の向こう側か。意味はよくわからないけど、色んな国の流派と手合わせが出来たりするのかな。参加せずにはいられないな!」
意気揚々とユーザー登録のボタンをクリックする守。
メールアドレス入力やユーザー情報入力をなんとか済ませ、フォーム送信しようとカーソルを近づけたその瞬間である。
「……!? なんだ、停電か!?」
突然守の視界がブラックアウトしたのである。
すぐさま立ち上がり臨戦態勢に入る守であったが、何も見えないのでは為す術も無い。
警戒しながら周囲の気配を探っていると、突如、頭の中に直接話しかけているかのように声が聞こえてきた。
『この度はビヨンド・ザ・ワールド・オンラインに応募いただき、まことにありがとうございます。当ゲームは途中リタイアは認められていません。それでもよろしければ、参加の意思を念じてみてください』
「これはお前の仕業か? さっさと戻して姿を現せ」
不測の事態にも、守は怯まずに凄む。
『……では不参加ということでよろしいでしょうか。もう一度、強く不参加の意思を念じれば現在の状況は収まります。しかし二度と当ゲームへの参加は出来ませんのでご了承ください』
「なに?」
怒気を込めて守は言う。
脳内に語りかけてくる『何か』は極めて丁寧な口調だったが、それも相まって守は挑発されているかのように受け取ってしまう。
「俺は逃げも隠れもしない! 参加はするが、姿を現せと言っている!」
『ヒノモトマモル、参加受諾。キャラクター設定画面に進みます』
「お、おい!」と守が呼びかけた瞬間、彼の目の前の空間に縦長のダイアログのようなものが浮かびあがる。
――キャラクター設定――
名前:ヒノモトマモル
年齢:20
腕力:200 武神の加護を受けて生まれたかのよう。その拳は岩石をも容易く砕く。
体力:200 その恵まれた体幹は宛ら鉄の鎧。物理攻撃はあまり通らないだろう。
俊敏:150 ヒト族最高峰の機敏さを誇る。雷の如く戦場をかき乱すことが可能。
知性:2 皆無。
幸運:30 十人並み。平凡な生活を送れる。
スキル 剛拳 鉄壁 雷神の構え
「うお! 何なんだ……これは」
『ヒノモト様の初期パラメータになります』
「だとしたら色々と突っ込みどころがあるんだけど……特に知性あたりに」
『ヒノモト様の初期パラメータになります』
「繰り返してんじゃねえ」と守は呟きながら思考する。
これはどういうことだ?
スキルってなんだ? えっと……技能って意味だよな確か。
そもそもこの突然出てきたこの文字はどういう手品だ?
その仕組みを解明すべく、じっと浮かび上がった文字を見つめる守。
するとスキル欄の下にある項目に視線が移る。
ボーナスポイント:20
ボーナス選択画面へ
「ボーナスポイント?」
『これは現在のステータスに加えることが出来るポイントです。その他にも、スキルやアイテムの取得にご利用いただけます』
「意味がわからん」
ケンカとトレーニングばかりして育ってきた守は、テレビゲームなどにあまり触れた事が無い。
非現実的な光景や聞きなれない単語の数々に、守の頭は今にもパンクしそうだ。
『ボーナス選択が終了致しましたら、ゲーム説明へと進みます。なお、ボーナスは一度決めたら変更は出来ません』
「ゲーム説明……試合のルール説明か。仕方ない、とにかくやってみるしかなさそうだな」
あまり模索してもこの不可思議な状況の原因はわかるまいと考えた守は、次の展開に移すべく、頭の中に響いてくる『何か』の声に語りかける。
「ボーナス選択画面とやらに切り替えてくれ」
すると守の目の前のダイアログが一瞬にして違うものへと変化する。
――ボーナス選択画面――
基本ステータス上昇
スキル獲得
魔法獲得
武器獲得
防具獲得
資金獲得
アイテム獲得
「うーむ、この中から選べってことだよな……というか魔法って何だ」
この一言に反応したのか、ボーナス選択画面のすぐ横に新たなダイアログがポップアップする。
――魔法選択――
炎魔法:2pt
氷魔法:2pt
雷魔法:2pt
風魔法:2pt
土魔法:2pt
回復魔法:5pt
暗黒魔法:5pt
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「……」
理解の許容範囲を超えたのか、守はとうとう黙り込んでしまう。
「よし、わからないのはスルーだ。とりあえずしらみつぶしに全部見ていこう」
――そうして試行錯誤を繰り返すこと三十分。
「なんとなくわかってきた。ステータスは身体能力、スキルは意味通り技能、武器防具資金はそのまんまで、アイテムはお役立ち品といったところだろ」
どうだ、知性の表記をやり直せ!と言わんばかりに、守は自慢気に胸を張る。
「身体能力は鍛錬で何とかなるな。技能も同じで、武具に頼るつもりはない。金も自分で稼ぐ。すると残りは……お役立ち品か、よし」
アイテム獲得画面をもう一度見せてくれ、と意を決して守が言う。
――アイテム選択――
呪いの聖水:1pt 現在かかっている呪いを解く代わりに、別の呪いを受ける。
女神のお守り:5pt 女神の加護を受けることが出来る。かもしれない。
身代わりの指輪:5pt 一度だけ死を肩代わりしてくれる。かもしれない。
翻訳コニャック:5pt どの種族の言語でも扱えるようになる。度数80%とキツめ。
戦闘用ペット:10pt 種類はランダム。大当たりはブレイズタイガー。
騎乗用ペット:10pt 種類はランダム。大当たりはギガントヴァルチャー。
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ランダム箱:10pt 何が出るかは不明。不明ったら不明。
「……ランダム箱を二つでいいな、うん」
結局、理解が及ばなかった様子である。
『ボーナスはランダム箱を二点、以上でよろしいでしょうか?』
「男に二言は無い」
消去法だった割には、力強く守は答える。
『では只今より、ビヨンド・ザ・ワールド・オンラインの始まりです。このゲームの目標はただ一つ。世界の向こう側に挑戦して、打ち勝つのみ。冒険者様の健闘を祈ります』
「おい、それルールじゃな……」
守の抗議もむなしく、途中で彼の意識は強制的にシャットダウンされてしまう。
今まで辛うじて現世に留まっていた守の肉体は、この間に完全に『ビヨンド・ザ・ワールド・オンライン』の世界へ転送されてしまったのである。
――こうして日ノ本守の冒険は幕を開けた。
――ステータス画面――
ヒノモトマモル Lv1
職業 拳闘士Lv1
装備 皮の服
――獲得アイテム――
ランダム箱×2 地図
――スキル詳細――
A剛拳 最終攻撃力300%の物理攻撃
P鉄壁 物理攻撃によるダメージを20%カットする
T雷神の構え 効果中は攻撃力が二倍