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前編

「何度も言ってますが、嫌です」

 十数度目にもなる拒絶の言葉が、『彼』の口から放たれた。

 明確な拒絶の言葉にもめげることなく、僕は背を向けた『彼』へと言葉を重ねる。

「お願いだ、一度だけで良いんだよ。そこを何とか……」

 情けない声と姿に憐みを誘われたのか、すっと振り向いて僕の方を向いてくれた。

 …………『彼』ではなく、彼の召喚獣が。

 僕の心からの頼みにも振り向くことなく、『彼』は淡々と召喚獣へと命令する。

「構わなくていい。――――始めるぞ」

 命令のまま、召喚獣は用意された的へと構える。

 左手に着けた星時計を見つつ、『彼』は合図した。

「……始め」

 合図とともに、召喚獣は的へと射撃を開始した。

 召喚獣から放たれる光条が、正確に鉄製の板を貫いていく。

 ここからは豆粒ほどにしか見えないような的も楽々と撃ち抜かれた。

 ――――開始から一分も経たないうちに、遠近合わせて五枚の鉄板が貫かれた。

「五枚で五十三秒、か。まだ改良できるな……行くぞ」

 計測していた『彼』は凄まじい記録を残した召喚獣を褒めることもなく、苛立たしげに呟いた。

 何処かへ向かおうとして振り返り、視界に入ったところで漸く僕の存在を思い出したように口を開く。

「しつこいですよ、副会長。それじゃ、失礼します」

 とはいえ色好い返事が来る筈も無く、それだけ言って『彼』はそのまま去って行ってしまった。

 そんな『彼』の背に、多数の陰口が浴びせかけられるのが耳に届く。

 ――――――――だから、決めたのだ。

 絶対に、如何なる手段を講じても、『彼』と決闘をしてやるのだ、と。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 窓から外の景色を眺めて五分。その間に見られたのは枝に止まって毛繕いをする七頭鳥くらいのものだった。

 歌いもしない七頭鳥に興味は無い。導師の講義に耳を傾ける。

「さて、我が学院は今年をもって四八三年の年月を重ねてきましたが、この学院を設立したのは彼の有名なフレデリック・エイヴォンです。彼によって現在の魔術理論は構築されたと言っても過言にはならんでしょう」

 ゆったりとした呪文が脳髄で処理されないまま、耳から耳へ通り抜けているような感覚。

 歴史担当の導師は初老なせいでとにかくやたらと眠くなるような話し方をしている。

 なので、眠り込んでしまわないように常に気を張っていなければならない。

 それがこの講義の唯一の欠点だ。むしろこれも魔法なんじゃないのか。

「さて、それでは教科書の七三ページを開いてください。これは我が学院の禁忌の森ですが――――」

 導師の話はいつも通り退屈この上ないが、とりあえず言われた通りページを開き、何気なしに耳を傾けてみる。

「――――そして、エイヴォンは魔物を封じたこの森の管理を学院の者に任せて旅立ちました。この後に彼の姿を見たものは居ません」

 一瞬にして興味を失い、言葉を右耳から左耳へ吟味することなく通過させる。

 窓から雲を眺め、ぼんやりと思った言葉が口から零れ出てしまう。

「面白いこと、無いかなぁ……」

 結局、七頭鳥は歌うことなく飛び去ってしまった。

 いつも通りの平穏な日々に物足りなさしか感じられない不満げな自分が、薄く窓には映っていた。


 そうこうしていたら、いつの間にか魔法史の授業は終わっていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 次の疑似魔術の授業は青の塔で行われる。さっき歴史の講義を受けた緑の塔からは一つ渡り廊下を渡るだけだ。

 こう云えば楽にも聞こえるが、疑似魔術の教室は塔の四階にあるため階段をあと二階分は登らなければならない。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あと一階分っ」

 そして講義終了に気付いた時点で、俺は既に十分間の休憩のうち五分間を使ってしまっていた。

「はぁっ、はぁっ――――はっ」

 閉じられた重厚な扉を開くと、すでに講義は始まってしまっていた。

「すみません遅れましたっ!」

「…………静かにしたまえ、講義中だ」

 針金のように尖った黒髪の魔導師に窘められてしまう。

 とはいえ自分が遅れてしまったのは事実だ。とくに文句をつけることもなく空いている席に着くことにする。

 道具を鞄から取り出し、前回の次のページを開いた。

「さて、それでは教科書に載っている通りの実演を……ああ、丁度良い。レオ君、君がやりたまえ。的は模擬人形だ」

 当然、開いただけで話の流れはさっぱり掴めていない。

 ……知ってるんだぞ、アメリアにお熱の陰険メガロめ。いつも俺のことを目の仇にしやがる。

「……分かりました。メガロ導師」

 とはいえ今回は単純に遅刻したからだろう。悪いのはこちらなので仕方ない、と思うことにする。

 教科書に載っていたのはごく簡単な魔法。魔力を炎に変換して作りだして弾丸として発射する『炎弾』という攻性疑似魔術だった。

 この程度ならばその辺にいる子供でも出来そうだ。今の俺でも無詠唱で発動できる。

 席を立って掌に炎の弾丸を作りだし、教室にある模擬人形に放って席に着く。

「違う。そのような幼稚なものではなく、その下の方の魔術だ」

 クスクスと教室のそこかしこから笑い声が聞こえてきた。

 どうやら放つ魔術を間違えたらしく、メガロは蔑んだ目でこちらを見ながら間違いを指摘してくる。

 いや、よく考えれば子供に出来るものを五年の俺にさせたりしないことぐらい分かるべきだった。

 見れば教科書の下の方には『幾つかの魔術を不安定に集束させる。そのことにより標的の魔力に触れた瞬間に集束された幾つかの魔術とその魔力が反応して全く別の効果を持つ魔術が発動する』魔術が記載されていた。

 若干の恥ずかしさに耐えながら、再び席を立って内容について目を通す。

 その詳細な説明には『この魔法の最大の特徴は対象の防護魔術及び攻撃魔術の魔力すらも新たな魔術の材料としてしまう点にあり、これはその理論上接触してしまった対象はこの魔術の引き起こす現象を防護不可能になる』などと載っている。

 って、こんな説明はどうでもいい。これって、もしかしなくても軍用魔術じゃないか!

 たしか数年前、難攻不落と言われ全ての敵軍を退けてきた結界都市にこの魔術を打ち込み、その結界を一撃で破ったという世界的事件が起きたのを覚えている。しかも、この魔術はよりにもよってアメリアの……。

「メガロ導師、これは私には少し荷が勝ちすぎて……」

 当然、下手に魔術を行使して大変な目に遭うのを防ぐために事前に申告しておくことにする。――――こんな魔術を扱えるわけが無い。

 この難度の魔術を容易く扱える奴は学院ではなく軍の士官か特殊な機関の一員に招聘される筈だ。多分、メガロにも扱えない。

 いや、ここまでくると許せてしまうってぐらい酷い嫌がらせだろ、これ。

 とはいえ、それが可能な化け物も、この学院には居るけどな……。

「ほぅ? アメリア君は出来るのにねぇ。やはり君では無理か」

 ――――ただでさえ胸糞悪い気分の最中、一番聞きたくない名前が耳朶を振るわせる。

「まあ仕方がない。分かっていたことだ」

「…………」

 周囲の生徒達は何やら慌てた様子で鞄に教科書や何やらを詰め込み始めている。

 教室の扉がゆっくりと開かれる音も聞こえた気がする。

「そもそもこの魔術の開発者がアメリア君である以上、彼女に発動できるのも当たり前だな。それではレオ君、席に……」

「やります」

 席に着かせようとしたメガロの発言を遮り、ゆっくりと気息を整え始める。

「は? いや、レオ君。席に……」

 残念ながら、どうにも呼吸がうまく整わない。ついつい肩や握りしめた拳が震えてしまう。挑発されたと分かってはいても、最早自分で自分を抑えることが出来ないほどに腸が煮えくりかえっていた。

 周囲の生徒たちが我先にと教室から逃げ惑っていて扉の方でパニックになっているのが横目で追えるが構わない。

 ああ、やってやる。やってやるさ。

 アメリアがなんだ。俺はレオ。ファルド家のレオ・ファルドだ!


「あー、クソ。やっちまった……」

 悪夢のような講義が終了して、ようやく待ちわびた昼休みの時間がやってきた。

 ほうほうの体で、学院の中庭にあるテラスへと辿り着く。

 昼食にと買っていたサンドウィッチを摘まみ、ゆったり口に運び始める。

「オーウ! 派手にやったそうじゃないかね我が親友!」

 しかしそんな貴重な和みの時間も、すぐさま賑やかな声に消し飛ばされてしまった。

「…………あー。聞きたくない声が聞こえるなあ、おい」

「おいおい、失礼なこと言うなよレオ。無二の親友を敵に回すと色々と困るぜぇ?」

 機嫌が悪い今は少々どころか多々煩わしく感じる部分もあるが、確かに『無二』の親友に対する態度では無いなと思いなおす。

「……悪かったよ、ボレロ」

「いやいや、こっちも悪かったな」

 この色々と賑やかな、金髪で背の高い男はボレロ・ジェルノ。

 俺の親友で、たいてい行動を共にしている。軽口は多いが、いざとなったら頼りになる奴だ。

「それで? シェロームはどうしたんだ?」

「ああ、俺もあいつもハヴェル導師に仕事云いつけられててな。俺の分は青の塔のメガロ導師宛てで、導師は何故か二階にいたから早かったんだけど。確かあいつは黄の塔の四階だったからな。もうちょいかかるんじゃないか?」

 この学院は中央の城と四つの塔で成り立っており、四つの塔はそれぞれの横の塔と繋がっているので上空からはちょうど『回』の字状に見えるはずだ。

 中央の城には生徒の為の寮や大規模な図書館、品揃え豊富な売店、食堂にテラスが揃っている。

 そして四つの塔を北東から時計回りに説明すると、召喚術系統を教える赤の塔、次いで疑似魔術系統を教える青の塔、そして魔導学系統の緑の塔に生産魔術系統の黄の塔だ。

 これらの塔はみな四階まであるものの、最上階は魔導師達の研究室であるため、それぞれの塔の四階まで行くのは用事がある生徒か、課題研究のある七・八年生か、魔徒会役員しかいない筈だ。

 ――――ああ、あとは研究に興味がある物好きぐらいか。

「道理で。いや、ロリコンのお前が幼女侍らせてないのが不思議でな」

「俺はロリコンじゃねえよ! つかあいつは使い魔だろうが」

「使い魔とマスターという身分の差を利用して可愛いセイレーンを手篭めにするロリコンとか……マジ最低だな、鬼畜め」

「っていうか、それを言うならお前の方こそお姉さまって感じの美人達と『契約』してんだろうが! ぁあ? 潰すぞこの!」

「おいおい確かに美人っちゃ美人だが、シェリーもプラノも最近喚んですらいないよ。プラノはそもそも俺が自分から『契約』したわけでもないし。いつも傍に侍らせて『イロイロ』させてる変態な誰かさんとは違ってね」

 俺のからかい混じりの軽口が立て続けに効果を上げ、ボレロは耳まで真っ赤にして言葉を詰まらせる。

 まあ勿論、こいつが使い魔に対してそんなイヤらしいことをしてないのは百も承知だ。

「ちっきしょうこいつ、この……この……っ! ――――もういいっ! ここで決闘だァァァァ!」

「…………なにをしてるの、ボレロ」

 これこそが妖精の声だ、と誰しもが納得する綺麗なソプラノボイスが俺達に向かって発せられる。

 しかしその美声も、今は呆れの感情しか表していない。

 そちらを見ると、予想していた通りとはいえ、一瞬目を奪われた。

 大地を照らす陽光のような温かさを感じさせる、黄金色の髪。

 服の上から見るだけでも女性的なくびれは皆無だ。しかしその柔らかそうな手足の細さも相まって、なお一層妖精的な印象を強めている。

 幼いと外見で分かっている筈なのに、それでもどこか男を惹きつける魔性の光を内に宿した翠の瞳。

 そこに立っていたのは、ボレロの使い魔であるセイレーンことシェロームだった。

「邪魔するのは誰だ……って、なんだシェロか」

「ええそうよ。分かったらさっさと席に着きなさい。子供みたいではしたないわよ」

「はいはい、分かった分かった。ただまあ、いちいち子供に拘る方が子供っぽいと、俺なんかは思うんだがね」

「私は子供なんかじゃないわよ!」

「ほら、そうやってムキになるとこも子供っぽい」

「我慢、我慢、我慢よシェローム。素敵なレディは怒らないもの…………」

 散々からかってさっきまでの怒りもどこ吹く風という風にご機嫌なボレロ。

 対照的に、下を向いてブツブツ自分に刷り込むように呟く不機嫌この上なさそうなシェローム。

 しかしまあ、こいつらのこういう軽い喧嘩は本当に見てて飽きないな、何だかんだ言って仲は良いし。

「それで、こんなところでおしゃべりしてたみたいだけど、ちゃんとメガロ講師にお届け物は渡したんでしょうね! 云っときますけど怒られるのはあんただけじゃないんだからね!」

「心配すんなって。早いのは荷物捨てたからじゃ無くて、メガロがたまたま二階にいたからすぐに渡せたってだけだ」

 おいボレロ。前に頼まれた時は荷物捨てましたけど何か? って感じの顔で言うのは止めろ。

「『穴熊』のメガロ導師が二階? 何で自分の研究室にいなかったのかしら?」

 ……っう、なんか嫌な流れになってきてるな。

 不思議そうな顔をする幼女から視線を逸らすと、ボレロがチェシャ猫のような笑みで揶揄してきた。

「ほらほら、云ってやれよ当事者さんよ」

「え!? レオが何かしでかしたの?」

「……………………」

 食いついてくる童女の視線から逃れるように顔を背ける。

「ねね! 何したの!? 何したのよレーオっ!」

 がくがくがくがく、と襟を掴まれて揺さぶられる。いやちょっと待ってこれ徐々に締まってきてるぞ。

 チラリと視線を向けてみると、星を幻視してしまいそうなくらい輝いた瞳でこちらを見つめる幼女がそこに。

「あぁ……もう」

 シェロームの純粋過ぎる視線の圧力に負けて話し始めてしまう。

 ……………………。

「――――と、いうわけで。怒り狂った俺の念が伝わってしまったのか、威力は十分かつ制御は不可能と言う失敗の見本みたいな魔術が暴走して天井に飛び、教室に貼られていた防護結界と反応して爆撃みたいな攻性魔術となりました、と」

「うわぁ…………」

「おいおい、俺もそこまでは知らなかったぞ。しっかし、実際に起きたことを本人から聞くとなおさらヤバいな」

 笑われるかと思っていたが、どうやら二人の想像を超えていた結果だったらしい。

 両者ともに絶句し、空いた口が塞がらない状態を実演してみせている。

 正直、それはそれでショックだ。いっそ笑えよ。洒落にならないだろうが。

「でもどうしてレオは大丈夫なの? 上の階が崩落してくるぐらいの威力なのに」

「ああ、それは……」

「おいおいシェロ。お前もプラノは知ってんだろ」

 答えようとしてボレロに割り込まれた。

 っていうかお前、当事者でも同じ講義受けたわけでもないのになんで事実を見てきたように簡単に語れるんだよ。

「ああー、なるほど! プラノちゃんなら防護結界張れるもんね」

「まぁ、そうだけど……」

 そうなんだけど、当たってるんだけど。

 今の俺だとそれかあと一つくらいしか怪我をせずに済む方法は持っていないんだけど。

 親友とはいえ、手の内を読まれているというのはマズイ気がするなぁ……魔術師として。

 ん…………じゃあ奥の手でも新しく編み出してみるか?

 いや、でももう術の構成は完成したしな。あとはあれらを応用するしかないし……。

 かといってあいつらに無茶な特訓させるのも忍びないし……。

「……なんか考えてんな、コイツ」

「ロクでもないことじゃないと良いんだけどねー」

「でもなぁ……ビーン三兄弟だろ、ゴードンだろ、ルージュもいる。コイツ、これ以上召喚する必要あんのか?」

 うん、やっぱりこれしかないか。前にやってから一年は経ってるし、それに魔力量もかなり上がってきたように感じるから大丈夫だろう。

「よっしボレロ、明日楽しみにしとけよ」

「ああ、分かった」

 唐突な俺の言葉にもノータイムで了承してくるボレロ。流石は親友。

「内容なんて全然分かってないのに何でそんなにきっぱり返事できるのよ、あんたは」

「なんとなくだよ。それよりそろそろ次の講義の時間だ。俺は疑似魔術だけどお前は確か――――次は、退屈しないんじゃないか?」

「どうだかね。進むのが遅くて逆につまらなくなってきてるよ」

「得意分野になると言うことキツイね。まあとにかく、明日楽しみにしてるからな」

「それじゃあレオ、また明日ねー」

「俺の親友だから、って八つ当たりされないように頑張れよ」

「一日に二回も教室吹っ飛ばされたくはねーだろーよ」

 準備を済ませていた二人は先に席を立って行った。

 青の塔へと向かっていくボレロとシェロームの後姿を見送ったところで、俺も次の講義へ向かう準備をする。

 行き先は赤の塔。

 受ける授業は、召喚術だ。


「まぁ、分かっちゃいたけどさ……」

 ガヤガヤとやけに周りが騒がしい。

 いきなり抜き打ちで召喚することになったからって何が困るんだよ……いやまあ、困るに決まってるけど。

 遥か昔はともかく、真魔術も大抵のものが疑似魔術で代用可能になった今じゃ召喚術は世間でどんどん廃れてきている。

 その煽りを受けて、学院の講義をテキトーに聞く奴も多くなってきているのだ。

 廃れた学問ってのはは事実なんだけど、こっちとしても困るんだよな。講義のレベルが下がるから。

 それはさておき、俺達は講師に連れられて禁忌の森近くまでやってきていた。

 別に本来なら教室でやってもいいのだが、万が一にでも巨大な魔獣を召喚してしまう可能性がある以上、危険には違いない。

 ということで、いくら騒いでも迷惑のかからない森へ移動することになったのだった。

 ……ん? 巨大なやつ?

 そうか、大型って手もあるのか。

「さて、みんな。これから君達には召喚術を行ってもらう」

 魔導師であり召喚術担当であるハヴェル導師の落ち着いた声で一瞬にして場に静寂が満ちる。

「が、大したものは召喚しなくていい。もちろん難度の高い召喚を行った者の方が点数は高いが、暴走されたりしては元も子もないし点数を引くことになる。なので各々の好きな、或いは得意な魔獣を召喚するのがいいでしょう。何人で協力しても良いし、ここに揃えてある触媒や陣も存分に使ってくれて構いません。但し複数人で協力して行った場合は、点数を人数で分割することになるかもしれません。それでは、初めてください」

 すらすらと流暢に説明が紡がれていくが、その全てが不思議と脳内に治まりきっていく。

 ハヴェル導師の人気の高さの秘訣は、恐らくこの説明にもあるのだろう。

 その言葉とともに、再び辺りは騒がしくなる。

 とはいえ先ほどとは違い、今度は熱心に取り組んでいるからだ。尤も、おそらくは点数目当てだろうが。

 周りの騒ぎには構わず、ハヴェル導師の元に近づく。

「ああ、レオ君か。……愚痴りにでも来たのかい?」

「俺はどれぐらいのを召喚すればいいのかを訊きに来たところですかね、導師」

「ははっ。まあそう言わないで下さい。それに君の成績はもう満点でつけてあるんですから、召喚しなくとも構いませんよ」

 眼鏡をくいっ、と上げる仕草をして、ハヴェル導師は自信満々に言い放ってくる。

 いきなり何を云い出すんだよ、この導師は。

「……職権乱用になりませんか、それ」

 というか、確実に暴動が起きる。

 この魔徒達全員から闇討ちにあったりしたら、どう考えても生き残れないぞ。

「君の実力はもう大体知っているし、なにより君が研究を手伝ってくれているおかげで君への借りは嵩む一方だ。ここで溜まった借りを返済させて欲しいんですよ」

「いや、でも……」

「大丈夫ですって。点数をつけるのは私で、君の『契約』した召喚獣を私は全て見ているんだから」

 ああ、もう。何があっても引く気はないな、この導師は。

 ――――仕方ない、諦めるしかないか。

 とはいえ、俺の方なんか見ている奴も居ないだろう。

 それに成績を後で開示することもない筈だ。

 あとは目立つことさえなければ大した問題にはならないだろう。

 そう自分に言い聞かせ、不安を掻き消すことにする。

「ところで聞いたよ、レオ君。なんでも教室を一つ破壊したとか」

 ……クソッ! 情報が早すぎる! 誰だよ発信源は!

 導師が聞いたってことは『穴熊』か!?

「ええ、その、少々失敗してしまいました」

 とはいえ、内心の焦りを表に出すことはしない。

 それくらいは、ここ数年で出来るようになったのだ。

「君のことだ。どうせアメリア君と比較されでもして頭に血が昇ったんだろうが、構うことは無い」

 見てきたかのように事の次第を語る導師。どうして俺の周りには千里眼染みた人しかいないんだろうか。

「確かに彼女の才能は非凡だよ。十年に一人の逸材だろう」

「分かってますよ、俺が姉さんに追いつけないってことは」

 そのままアメリアへの称賛に話題が移行する。

 それは仕方の無いことだ。アメリアの人生は常に栄光と称賛で彩られているのだから。

「だがね、君も召喚術では十分以上に非凡なんだ。劣等感を感じる必要はない」

「そう、ですかね……」

 唐突に自分にまで称賛が飛んできたため、思わず赤面してしまう。

 褒められて嬉しいことは嬉しいのだが、如何せんアメリアへの劣等感は消えない。

 だってアイツ全部出来るんだぞ、全部。

 俺が辛うじて勝ってる召喚術ですら、アイツが一番苦手な魔術というだけなのだ。 

 大体、アイツだって召喚術如きに時間を割いたりもしないだろうし……。

 そう思っているうちに、奥の方から歓声が響いてきた。

「どうやら召喚に成功したようだ。一体何を召喚したんだろうね?」

 当ててみなさい、というような顔でハヴェル導師が見つめてくる。

「……おそらくゴブリンとか、その辺の小型の魔獣じゃないですか? それ以上だと普通は魔力量が足らずに触媒が必要な筈です。よほど慣れてない限り、この短時間では触媒を使っての召喚はできませんから」

「いや、この反応だとおそらく……まあいいでしょう。それでは、答え合わせといきましょうか」

 そう言って人込みをかき分けて奥へと進んでいくハヴェル導師。その後ろをついていくと、やがて目の前に現れたのは……。

「見てくれよ導師! こいつにならSをくれるよなぁ!」

 自慢げに導師に話しかけているのは、学年一の馬鹿で有名な魔徒のノルド。

 そしてその傍に立っている召喚獣は――――。

 ノルド二人分を優に超える、見上げるほどの巨躯。

 生半な殴打など軽く弾き返す程に硬く見える、ごつごつとした黴色の皮膚。

 筋骨隆々とした両腕には、木の根元を少し削っただけの太く粗雑な棍棒が握られている。

 ドロリと濁った黄緑色の薄汚い眼からは理性的な光を感じられそうもない。

 召喚されたのは、紛れも無くオーガだった。数多くの魔獣の中でも凶暴さで有名な種族の一つだ。

「そうだったな、お前がいたんだっけなぁ……」

 お前は俺と同じで、魔力量だけは高いもんなぁ。

 お前の魔力量なら、オーガくらい召喚できるよなぁ……。

 ――――召喚するだけなら、な。

「ゴ、グ、グゲゲッゲゴ――――グガァァァァァァァ!」

「な、なんだよいきなり!」

 案の定、術式が稚拙だったせいか『拘束』の魔術が効力を失くした。

 召喚されたオーガは『拘束』から解き放たれ、呆気なくも暴走を始める。

 オーガの暴走により恐怖に駆られたのか、周囲の魔徒達は叫びながら逃げ惑う。

 右腕に持つ棍棒が振り上げられ、一番近くにいたノルドへと襲いかかる――――ッ!

「――――『強化』ッ!」

 間一髪、ノルドは『強化』の魔術を発動させ、飛び込み前転をするようにして棍棒を避けた。

 獲物を挽肉にし損ねた棍棒はそのままの勢いで地面を割り、深く埋まってしまった。

 無理な回避行動をとったノルドへの追撃は、無い。

 どうやら棍棒がそのまま抜けなくなってしまったようだ。

 オーガはそれを片腕で必死に抜こうとしている。

 魔獣の中でもオーガの腕力は中々のものだ。しかしその反面、知能では人間の幼児と同等でしかない。

 なので手に持つ棍棒を思いっきり振りぬいたらどうなるか、何てことを考えて行動したりはしないのだ。

 実際、今だって引き抜こうとせず左の棍棒を振るうだけでノルドは確実に昏倒していただろう。

 さらに言えば、両手を使って素早く引き抜くだけでもここまで隙を見せることも無かった筈だ。

 そういえば、昔食べ物と勘違いして自分の指を噛み千切って苦しんでいたオーガもいたな……。

「さて、では退屈しのぎにどうでしょう? アレの退治を任せても宜しいですか? レオ君」

 目の前で凶暴な魔獣が暴走しているというのに、導師であるハヴェルは涼しげな顔を全く崩さない。

 ノルドが死んでたら責任問題だったんだから、少しくらいは慌てろよ。

 とはいえ、俺も別に慌てたりはしない。こんなの、導師との実験での失敗に比べたらままごと遊びにもならない。

 でも魔獣の処理を魔徒に任せるのは職務放棄にはならないんですかね、導師。

「……先に言っときますけど、召喚するんですから成績の件ではきちんと点をつけることになりますよ?」

「ええ、もう点数は付けてるので構いませんとも」

 暗に「お前がやれよ」と仄めかしてはみるものの、笑顔で受け流される。

「……貸しは消えない上、また一つ増えるってことですからね?」

「はい、いずれ返しますとも」

 めげることなく再度忠告してみるも、やはり結果は変わらなかった。

「はぁ……来い、ルージュ」

 ため息を漏らしつつ、右手の甲に刻まれた刻印に魔力を通す。

 雪の結晶のような形をした刻印が熱を帯びる。

 刹那。淡い光の粒子を放ちながら、俺の隣へとルージュが召喚された。

「うーん。いつ見ても、契約してるだけあって君の召喚は速いですねぇ。私ではとても追いつけませんよ」

 見ている導師は笑いながら嘯く。

「導師はあんなのと契約してるから召喚が遅いんですよ……。ルージュ、目標はオーガだ」

「…………」

 黙って頷き、矢を番えるルージュは俺の半分ほどの背しかない。

 シェロームとは対照的な、白というより銀に近い長髪。

 その身には迷彩としての意味もあるのか、住んでいる森と同じ深緑の色をした衣を纏っている。

 俺の呼びかけとともに身体と同程度の大きさの弓を引き、黒真珠のような瞳で目標を見定めている。

 風向きが変わった瞬間、ルージュが指を放した。

 矢は追い風に乗るようにして目標へと飛んでいく――――。

 正確に放たれた矢はそのまま一直線にオーガの肩へと突き刺さった。

「グ? ゲガガガガァァァァ!」

 だが一直線に放たれた矢もオーガの固い皮膚には楊枝を刺したようにしか感じなかったようで、肉まで届いてはいないように見える。

 それでも敵意は買ってしまったようで、オーガは引き抜こうとした棍棒を諦めてこちらへのそのそと歩き始めた。

 せっかくのチャンスを無駄にしてしまったが問題は無い。

 矢が刺さらないほどに硬い皮膚では無かったのが分かっただけでも僥倖だ。

「いくぞ、ルージュ」

「………………」

 初めて契約した召喚獣だけあって、意思の疎通も十分だ。

 頷いてルージュは『矢を番えぬまま』に弓を引く。

 刻印を通じて魔力を送るとルージュの弓には光が集束し、矢の形をなして番えられた。

「――――『魔弾の射手』!」

 俺の言葉とともに、光の矢が放たれる。

 直進してくるオーガは向かってくる光の矢に左腕の棍棒を叩きつけ――――。


 ――――棍棒ごと頭蓋を貫通されて崩れ落ちた。

 

 その衝撃のまま、大地へと仰向けに倒れ、浅い地揺れが周囲に広がっていった。

「もう戻っていいぞ、ルージュ」

 そう言うとルージュの身体は光に包まれ、次の瞬間には消え去っていった。住んでいる森へと帰ったのだろう。

 ぱちぱちと、ハヴェル導師が手を叩いて声をかけてくる。

「いやー、お見事お見事。エルフと契約しているのもそうですが、その真魔術も扱えるなんて流石ですねえ」

「厳密には真魔術とは呼べませんけどね。というか、導師は何回も見てるでしょうに」

「ともあれ、借りは借りとして憶えておくことにしましょうかね。ああ、あとノルド君、講義が終わったら私のところに来るように。理由は云わなくとも分かるよね?」

「……へーい」

 しぶしぶといった感じで呟くノルド。

 いや、俺を睨むなって。


 無事に召喚術の講義も終わり、今日の学院での授業は終了した。

 しかし、俺の『今日』はこれから始まるのだ。

 と、いうわけで。俺は授業終了から今まで学院での講義中に浮かんだ考えの為に、夕食も摂らずに寮の自室で計画を練っていたのだった。

「あー、そうか……触媒が無いのか……」

 寮のベッドに仰向けになり、天井を眺めながら呟く。

 一言で云ってしまえば、俺がやろうとしているのは得意の召喚だ。

 今までに召喚した魔獣のうちの五種七体と『契約』という儀式を行っているのだが、その全員をボレロやハヴェル導師には見せてしまっている。流石にボレロ達が俺と敵対関係になることなどないだろうし、あいつの手の内も知っているから条件は互角なのだから問題は無い。

 だが、それでも情報はどこから漏れていくかも分からない。

 手札と切り札を何枚持っているかが魔術師としての力量に関わってくる以上、ここは魔術師の卵として新たに切り札を増やすべきだろう。

 …………と、いうのが建前で、本音のところは気分転換だったりする。

 『契約』している召喚獣には常に魔力を供給しなければならないから、自分の魔力生成量がある程度上昇するまでは新しい召喚獣と『契約』することなんて出来ないしな。

 ともあれ、そんなわけで実際にどれを召喚するのかといったことや手持ちの道具の点検と準備をしていたのだ。

 しかし、その最中に手持ちの材料では召喚に必要な呪物が足りないことに気がついてしまった。

「地脈からの魔力を集めるのに耐えられるだけの触媒……そんなん持ってるわけないしなぁ」 

 一応部屋の中を探してはみるものの、やはり結果は芳しくなく、想定した魔力量を一時的に受け入れるだけの器は見つけられなかった。

 召喚の為の術式に問題があるなら幾らでも改良できるが、そもそも最低限必要な魔力量を用意できないのであればどうしようもない。

「だー、もう……諦めるしかないか……? 器、器ねぇ……」

 思いついたのが大型の召喚獣であったため、必然的に門を通って喚びだすのにも、召喚獣を従えるための拘束術にも多大な魔力を用いる必要がある。

 が、今の俺では残念なことに、魔力容量ならともかく瞬間的に使用出来る魔力量が儀式に足りないという計算が出てしまった。

 本来ならそこで諦めるなり別の召喚獣にするなりしても良かった。

 しかし、『今日』召喚しようと決めてしまったのだ。

 そんなどうでもいい意地を通して考えぬいた結果、魔道具によって足りない力を補う方法を思いついたのだが……。

「…………そもそも、ここまでの魔力量を貯蔵できて、尚且つこの術式に適応する触媒なんて専門家でもなきゃ持ってるわけないだろ」

 単純だがどうしようもなく超えられない障害に強引に停止させられたため、急激に思考による熱が冷めてきた。

 そもそも、気分転換になるかと思って始めようとしただけなんだから、別に途中で止めたって構わないのだ。

「でもなぁ……もう言っちゃったしなぁ……」

 気分が高揚していたせいで、つい後先考えずにボレロやハヴェル導師にも凄いものを見せると言ってしまっている。今更後には退けない。

「特にハヴェル導師がなぁ……」

 『レオ君がそこまで言うとは……是非期待させて頂きますよ』って滅茶苦茶良い笑顔だったしなぁ……って、ハヴェル導師!?

 ベッドからたちまち起き上がる。

 すっかり忘れていた。召喚術が専門のハヴェル導師なら、これだけの容量を蓄えながら術式に適合する魔具も持っている筈だ。

 

「――――というわけでハヴェル導師、出力補助のための魔具かなにか持ってませんかね?」

 赤の塔のハヴェル導師の研究室に向かい、許可を貰おうと直球で話す。

 幸いにも、今日は研究室は休みだったようで研究課題のためにこの研究室へ配属されている7、8年生の姿は無かった。

 もっとも、居たとしても全員が知り合いなので交渉が気まずくなるということも無い。

「ええ、持ってはいます。しかしこれはうちの研究室の備品なので、個人的な利用のために何の理由もなく貸すのはちょっと難しいといいますか……ぶっちゃければ無理です」

 心当たりのある魔具を見つけてもらえたは良いものの、あと少しというところで焦らされる。

 導師の手にあるその古めかしい鏡は見るだけで十分なほどの力を持っていることが窺えた。縁の方にはびっしりと魔術式が彫り込んである。

 あれほど精緻に増幅の術式を刻めてるのは……手先が恐ろしく不器用なハヴェル導師のことだ、ドドルワにでもやらせたんだろう。

 導師の術式をあれだけ丁寧に写されてるんだ。おそらく魔力強度的には十分すぎる。というかあれだけの代物、俺だって未だに扱ったことが無い。

 直感が珍しく惹きつけられたので、俺はこの鏡を借りることにした。

 …………たとえ、無理矢理にでも。

「――――そういえば導師。貸しって今どのくらいあるか憶えてますか?」

「…………今日の昼も数えると、合わせて二十六ですかね……」

 俺の『貸し』という言葉がボディーブローのように打ち込まれ、ハヴェル導師は……否、俺に対して大量に『借り』があるハヴェル・キフェスタは見る間に弱腰になっていった。

「ええ、その通りです。それじゃ、今日のと幻想結界事件、それとゴードンを召喚した時の貸しをチャラにするので良いですよね? 単に借りるだけなんですから」

 現代の魔術師の間では『貸し』というものが重要視されている。

 どれほど重要視されているかと言えば、以前とある魔導師が『貸し』を踏み倒したという噂が学院中に広まってしまい、その魔導師はアリス魔術学院から信頼を失ったために最終的には職を辞さざるを得なくなってしまったほどだ。

 そこまで重要視されるのは、かの高名な大魔術師エイヴォンが疑似魔術を発明した際の発想理念である『等価交換』からであるとも言われている。

 それはともかく、今はそのおかげで魔導師と魔徒という立場でなく、貸した側と借りた側という圧倒的優位な立場で交渉が出来るのだった。

「ふぅ……仕方ありませんね。これで貸しは二十三ですか。一体何時になったら返済終了出来るんでしょうかねぇ……」

 ぼやきつつも導師は一冊のノートを取り出し、許可を出すために出鱈目な理由を書き始めた。何気なしに綴られてゆく文字を目で追ってしまう。

『氏名:レオ・ファルド 物品:ヒャノメドゥ式魔鏡 魔具階級:一 貸出理由:死んだ妹を甦らせるため』

「…………って、いやいやいやいや! 死んだ妹を甦らせるためって蘇生は第一級の禁止行為で成功例は未だに無いし、そもそも俺には出来が良すぎて学院魔徒会長に立候補してないのに祭り上げられるような凄まじい姉はいても病気をこじらせて死んでしまった薄幸で可愛い妹なんていたことねぇ!」

 動揺の極みによるツッコミが笑いのツボに入ったのか、導師は声を殺して笑い始めた。

「ハヴェル導師……冗談でも正式な書類にそういうこと書くのは問題になりますよ……」

 導師はひとしきり笑って満足したところで口を開いた。

「いえいえレオ君、まるっきり冗談というわけでも無いんですよ。これは裏ルールなんです」

「う、裏ルール?」

 たかが貸出理由を書く程度のことにそんなものが必要なのか。

「ええ。各自の研究室の物品はこういったノートに理由を書いて初めて持ち出しが可能になるのですが、万が一盗み出す輩が出ないとも限らない。なので、こういう風に絶対に解りっこない理由を暗号として用いてるんです。物品のランクに応じて理由も変わっていきますしね」

「……………………」

 前々から思ってたけどこの学院、根本的な部分がおかしいだろ。それをどうしたら『妹が死んで』になるんだよ。絶対に解りっこないってのだけは、合ってるけどさ。

「それじゃ、何か問題が起きたら研究補助ということで処理しますよ。ところで、その召喚はどんな術式構成なのですか?」

 交渉が終了すると、ハヴェル導師は興味を隠しきれていないといった表情で召喚について尋ねてくる。

「地の術式ですかね。せっかくなんで地脈から魔力を引き上げる術式にも連動しようと考えてますし……」

「地脈!? そんなもの利用しようなんて一体どれだけ膨大な魔力を用いて召喚するつもりなんですか!?」

「いえ、召喚のために魔力を使い過ぎると拘束術式の方が疎かになりそうですからね。念のため、ですよ」

「ですが今日はウラノスの日ですし……」

 現在の通説として、十日ある一週間のうちで最も世界に魔力が満ちるのがウラノスの日とされている。

 ハヴェル導師の躊躇も恐らくはそれが原因だろう。

 ただ、この辺の地脈にはそこまで大量の魔力が溢れているわけでは無い。

 だから地脈から直接魔力を汲み上げたところで、すぐに地脈に蓋を出来る――――というのが俺の読みだ。

 恐る恐る渡してくるハヴェル導師から鏡を受け取る。

「危なくなったらきちんと報告してくださいね。頼みましたよ」

「大丈夫ですよ、導師。俺がそんな大事を起こすように見えるんですか?」

「………………」

 信用できないって顔どころか全身で語っちゃってますよ、導師。

 とりあえず、受け取った鏡は自室から持ってきた道具袋に入れておくことにした。

「ま、まぁ取り敢えずレオ君。召喚と『契約』に成功したら、是非私にも見せて下さいね」

「…………」

 沈黙を取り繕うように告げられた言葉に、今度は俺の方が黙らされた。

 ハヴェル導師にはただの一言も、今回の召喚で『契約』するとは告げていない。

 今までだって何度かこういうことはあったのに、導師が契約について言うのは初めてだ。

 つまり、導師は俺とのちょっとした会話だけでそこまで見抜いた、ということだろう。

 他の魔徒達はただおっちょこちょいで温和な導師としか思っていないんだろうけど……。

 導師は他の先生方から畏怖されているような節もあるし、こういう鋭いところを時折覗かせるから侮ろうとする気が全く起きない。だからこそ、細々とでも貸しを作っておいてアドバンテージを得ておきたいんだし……。

 ともあれ、目的に合致する魔具は手に入れられた。

 後は魔力が高まる天の日、つまりは今日。

 その中でも特に魔力が世界に満ちるあの時間までに準備を終わらせられれば…………って、え?

 部屋を見渡してみるが、見ようとしたあるものが見当たらないことに気付いた。

 小さな机の上には龍の髭が無造作にばら撒かれている。恐らくは今日の夜にでも使うのだろう。

 壁の棚にあるフラスコの中には、オーガの目玉が透き通った空色の魔法薬に漬けてある。

 その他、部屋中のありとあらゆる場所を見回し、予想が現実に変わったことに愕然とする。

 魔術師に必須とされる星時計が、この部屋には一つたりとも見当たらなかった。

「ところで導師、いま何時か分かりますか?」

「えーと、そうですね…………大体」

 少し考え込むように虚空を見ながら教えようとする導師。しかし振り返っても、視線の先に星時計は存在しない。

「ちょっと待って下さい導師。星時計を見てもいないのに、どうして時間が分かるんですか」

「うん? ああ、これはすいません、言っていませんでしたかね? 私の唯一の特技は体内時計なんですよ」

 それが唯一ってどんだけ平凡なんだよ。

 いつもいつも思うけど、自己評価低すぎるでしょう導師。

 …………って、ちょっと待った。

「導師、もしかしてそれじゃ今まで講義に時間通りに来ていたのも全部……」

「はい、体内時計ですよ?」

 一度も遅刻したことの無かったハヴェル導師。

 その秘訣が、まさか体内時計に従っていたからだとは夢にも思わなかった。

 っていうかこんな事が予想できる奴なんて居ないだろ! どんだけ意外性の塊なんだよ、この導師は。

「…………もういいです。それで? 何時なんでしょうか」

「その理解を諦めたような顔で、深ーくため息をつくのは止めて下さいよレオ君。――ええっと、十時五十分くらいでしょうかね」

「ッ!? 十一時までにはあの場所に着いておく予定だったのに!」

 ああ、もう。仕方ない!

「では導師、失礼しますッ」

 返事を聞かないまま、近くの窓の縁に足をかけて昇る。そのままの勢いで縁を蹴り出し、跳躍した。

 重力からも解き放たれたように上昇し、世界が――――止まった。

 瞬間、急速に身体が地面へと降下していく。強烈な突風が頬に叩きつけられてくる。

 『飛行』や『浮遊』系の魔術を使ってない以上、このままでは墜落死するだろう。

 だから――――――。

「来い、ゴードン!」

 呼びかけに応え、瞬時に俺の真下にワイバーンが現れる。

「『強化』! ――――――ッあ!!」

 召喚し、次いで魔術を発動させようとしたところで足からそのままワイバーンの背に衝突する。

 間一髪のところで『強化』の魔術に成功し、着地の衝撃を何とか殺し切ることに成功した。

「…………ふぅ。何回やっても、慣れないなぁコレ」

 今回も含めると既に十回は越えている。なのに何度やっても慣れないのは、回数の問題では無いからだろうか。

 首元に腰を落ち着けたところで、呼び出したワイバーンへと話しかける。

「いつもありがとな、ゴードン」

 鱗に覆われた皮膚を撫でながら労うと、ぐるぐると喉を鳴らして喜んでくれる。

 今じゃこんなに懐いてくれて、もう行き先を告げなくても理解してくれるようになった。

 …………それでも最初は暴れに暴れたんだよなぁ。

 ふと物思いに耽ってしまう。

 まあ、行き先を理解してくれるのは何度も同じようなことをしてるからなんだろうけどさ……。

 とはいえ、こうやって懐かしんでいる時間も無い。

「ゴードン、急いでくれ」

 左手の握り拳で軽く背中をとん、と叩く。

 その合図に応えるように頷き、ゴードンは先程までよりも強く音を鳴らすようにして翼を羽ばたかせた。

 『強化』の魔術のおかげで急加速の衝撃は何ともない。

 無いが、急に前方からの風が強くなったので思わず身を伏せゴードンの背にしがみついてしまう。

 今じゃそうでもないけど、昔はルージュも俺以外の人間から話しかけられたりするとよくこうやってしがみついてきていた。

 そういえばタリアのやつも、たまに恥ずかしがってるのか顔俯かせて俺の袖掴んだりしてるな。

 俺の知り合いの女の子は恥ずかしがり屋さんしか居ないのか?

 ――――まあ、俺の姉は違うんだけどさ。

 そうこう考えているうちに、だんだんと目的地が近づいてきた。

「ゴードン。あと十秒後に降りる」

 再び頷き、徐々にゴードンの速度が下がっていく。

 十……七……四……二、一!

「よっ、――――――と!!」

 心中でのカウントと同時に跳び、足先を重点的に『強化』して着地する。

 ゴードンがギリギリまで高度を下げてくれていたおかげで、何事も無く綺麗に着地することが出来た。

「って、それだけこき使ってるってことか……じゃあな、ゴードン」

 ゴードンはそのまま飛翔し、やがて空中で淡い光を残して消え去っていった。

 左手に巻いている星時計を見れば、時間はちょうど十一時五分を過ぎたころだった。これなら少し急いで準備すれば間に合うだろう。

 着地した場所は森の中でありながらも木々が一本も無く、人為的に拓かれて広場のようになっている。

 それというのも俺が用いるためにビーン達にわざわざ整備してもらい、基本的な召喚のための魔法陣を描いているからだ。

 召喚陣の機能を保つため、定期的に除草しなければならないのが少々面倒だが。

「さて…………それじゃ早速やるとするか。まずは地脈から、かな」

 目を閉じ、身を屈めて地面に手をつけ、魔力の流れを肌で感じる。

 ――――以前確かめたとおり、ここは微かに地脈の穴となっているようだ。

 道具袋から魔法陣専用の集魔石を取り出し、準備に取り掛かる。

 集魔石で魔法陣を描きながら、意識を自己へと埋没させる。

 地脈の穴、と言っても実際に穴が空いているわけではない。

 地脈とは書いて字のごとく、地面に走る脈のことだ。

 目には見えず、大なり小なり規模の違いはあるが、それらは共通して世界の魔力を世界中に循環させている。

 そんな地脈にも魔力が噴出する『穴』と言われる場所がある。

 世界を巡ることで地脈に一定量以上集まった魔力が暴走しない様にそこから大気へと放出される、とされているらしい。

 また、地脈には自浄作用があり、魔術師が様々に加工した魔力も循環していく中で自然の形へと戻していくらしい。

 ちなみに地脈にそんな機能があるからか、一部の研究者は世界もまた一つの生命体であるという者もいる…………らしい。

「ま、穴熊メガロの授業なんかきちんと聞いてないから確証も無いんだけど……っと、出来たな」

 そんな風に色々考えているうちに作業も終わり、あとは儀式を始めるだけだ。

 星時計を見れば、分針は11の部分を過ぎた頃だった。殆ど予定通りと言っていい。

 道具袋から魔鏡を取り出し、魔法陣の中央へと設置し、儀式を始める。

「ッハァ――――――」

 一番外側に描いた魔法陣に魔力を流して発動させ、この地帯の地脈を片端から集め、中央の魔法陣へと誘導する。

「――――ッ! 次!」

 続けてその内側に描いた魔法陣によって魔力を加工し、召喚する対象の魔力へと魔力の質自体を近付けていく。

「これ、で――――ラストッ!!」

 最後に魔鏡の周囲に描いた魔法陣で地脈の穴を強引に拡げ、あらかじめ設置しておいた魔鏡に一気に魔力を流し込む――――!

「出でよ、そして従えッ! ティタノス――――ッ!!」

 叫びとともに元々描いていた陣を発動させ、目的であった『巨人』を召喚、した――――!

 ――――――召喚は、した。確実に成功したという手ごたえがあった。

 時間も申し分ない。魔力が最も活性化する午前零時ちょうどに施術が終わったという確信がある。

 龍に次ぐ難度と言われる対象である巨人であっても術自体は物心ついたころから扱っているものだ。

 この手ごたえを勘違いすることなど有り得ない。

 だがその時、ふと気が付いた。

 召喚術とはすなわち、召喚術と拘束術で成り立つものである、と――――。

 陣は四つ。そのどれもが召喚術の補助であり、いずれも拘束術の補助に代用可能な代物ではない。

 すなわち――――――。

「ッ――――あれだけ思い起こしてたのに、描き忘れかよッ!」

 もうノルドのこと笑えねえじゃねえか!

 淡い光の粒子が舞い踊り、狂った巨人が召喚される――――!

 

 初め、ソレが何であるのか分からなかった。

 間違って黒い巌でも現れたのかと目を疑った。

 呼び出して視認したソレの姿は、事前に知っていた情報と大差ない。

 事前に本から得ていた情報では、ティタノスとは神代の時代に世に君臨していた巨人であると記載されていた。

 その中でも史書に名を残した者は膂力・魔力・知能のいずれにも優れ、龍すら屠る種族である、という程度のものだった。

 「とはいえ過去には講師とともに、飛龍を実際に撃退したこともある」

 「別に問題は無いだろう」

 「伝説なんて誇張されたものだ」

 「どうせオーガと大して変わらないに決まってる」

 そう、タカを括っていた。良く考えれば気が付いた筈なのだ。

 ――――神代の時代に『君臨』していた。

 それはつまり、その時代においては最強の生物であったということを意味するということに。

 そして、こうも言えたのだ。

 今も尚存在しているということは――――その中でも選りすぐられた者のみが残っているということだ、と。

「ッ! クソッ!」

 瞬時にそこまで思考し、呆けているわけにはいかないと気を張り詰める。

 恐らくは暴走しているであろうティタノスは、状況の変化に戸惑っているのか微動だにしない。

 ここが最初にして最後のチャンスだろう。

 焦燥しきった心とは裏腹に、身に刻まれた技術は緊張の極地であっても流れるように淀みなく魔力を右手の甲へと移送する。

 刻印が光――――――紅い瞳と、視線が交差した。

「――――――――『魔弾の射手』ッ!!」

 感知されないよう俺の後方へ召喚したルージュへと最大限の魔力を送り、真魔術を発動させる。

 全身全霊最大出力の光の矢が吸い込まれるように巨人の額へと当たり――――掻き消された。

「消さ、れた…………?」

 確実に直撃していたにも関わらず、傷一つ付いていない。

 掻き消した際に光で目が眩んだのか、紅い瞳は瞼に隠され、ティタノスの歩みが数瞬止まる。

 数瞬、だけ。

 すぐさま紅い眼が開かれ、あっという間に相手の大剣の間合いに入られてしまう。

 ――――死ぬ。

 あと数瞬も無いうちに、俺は死ぬ。

 それでも何とか足掻こうと、俺は無意識のうちに全身を『強化』し、振り下ろされる大剣を何とかして受け流そうとして――――。

「――――まだ生を諦めんか。その意気や良し」

 唐突すぎるほど唐突に、立ちはだかるように一人の男が巨人の正面へと立っていた。

 完全に隙だらけになっていた巨人の腹部へと男は蹴撃を浴びせ、巨人を数メートル程蹴り飛ばす。

「怪我は無いか、坊主」

「あ……。ああ、うん……ありがとう」

 振り返り、男はこちらを気遣ってくる。

「礼は要らん。先に俺を助けたのは坊主だからな」

「え?」

「力を貸そう。なに心配するな、貴様は見ているだけでいい」

 男はそう言って俺に背を向けた。

 その背中は広く、大きかった。まるで世界一つを背負えるようにすら、感じさせて――――。

「ウギルグルォォォオォォ――――」

 唐突に現れた敵に威嚇するように吼える狂った巨人。

 空気が震え、肌にまで振動が伝わるほどの大音声。

 先程までは構えもせずに振り回していた大剣を、今では正面に構えている。

 ゾクリ、と背筋が粟立った。

 数多の屍を踏み越えたことを知らしめるような、圧迫感を持つ構え。

「心に響き渡り、体中の血が滾る――――かつての戦を思い出させてくれる良い声だ。その声だけは誇ってもいいぞ、木偶人形」

 しかしその圧迫感を、男は涼風の如く受け流す。あまつさえ心地よく感じてるようにも見える。

 否、真実そう感じているのだろう。現にその身に纏う空気が、身体から滲み出る歓喜の色を帯びている。

「集え、我が臣下」

 その言葉とともに男の周りの空間が歪み、撓み、捻じ曲がる。

 いつの間にやら十二本の剣が円を描くように男の周囲にして突き立っていた。

「――――――――九番、カラミティ」

 男はおもむろに手を天へと掲げ、現れた剣群へと呼び掛ける。

 その呼びかけに応えたのか、剣の一振りが自ら浮かび、男の右手に吸い込まれるように握られる。

 それと同時に、残りの剣は一振りずつ、空気に溶けるようにして消え去っていった。

「フッ……相変わらず主に厳しい従僕だな、貴様等は……助けてもくれんのか?」

「ゴガァァァァァァッ――――!!」

 右手の剣を眺めて笑う男に隙を見てとったのか、巨人が大剣を掲げて突進してきた。

「あ、っ」

 思わず息を呑んだ俺が見た光景は。


 巨人の暴風のごとき一撃を。

 さらに上回る暴力的な一撃が弾き返すというものだった。


「俺の邪魔をするなよ、木偶」

 その右手には、先程あの鉄の塊を弾き返したようには見えないほど流麗な石刀が握られている。

 握り心地を確かめるように、男は握った石刀を小刻みに軽く揺らす。

「……黄泉に送ってやろう」

 ゆっくりと歩きながら、一歩一歩着実に男は距離を詰めていく。

 弾きとばされた巨人は二度、三度と大剣を振るいながら距離をとろうと試みる。

 しかし男の右腕に握られた石刀は、そのすべての斬撃を根こそぎ弾き返して強引に道を斬り拓いていく。

 だんだんと、互いの距離が詰まっていく。

「所詮は異名も持たぬただのティタノスか。良い肩慣らしになるかとも思ったが、この程度ではやはり滾らんな」

 男は大仰なまでに深い溜め息を一つ吐き、心底飽きたかのようにぞんざいに言葉を浴びせかけた。

 侮りつつも、男の石刀は確実に巨人の大剣を弾き逸らし、勝利への道を斬り拓いている。

「何なんだ、あの男……」

 あのティタノスを、子供でもあしらうかのように片手の石刀だけで碌に魔法も使わずに圧倒している。

 それだけでなく、あまつさえ物足りないという言葉さえ漏らしている。尋常でない使い手であることだけは間違いない。

 とにかく、後で話を聞かないとな……。

 男が石刀で大剣を弾き上げ、間合いまであと数歩というところに距離を詰めた、そのとき。

 魔眼を持たない俺にも見えるほどの莫大な魔力が、一瞬にして巨人の両腕に溜め込まれていくのが見えた。

「――ッ、危ない!」

 咄嗟の一言も空しいまでに意味をなさない。

 石刀に弾かれるように『偽装』して上げられた大剣。

 振り降ろす瞬間、大剣は爆発的に放出された魔力によって音の速さをも飛び越えた。


 ――――轟音。


 地面が割れ、大量の砂埃が舞い上がる。土煙で何も見えなくなるが、それも長くは続かず直ぐに視界は晴れた。

 そうして俺に見えたのは、先程まで軽々と弾き飛ばしていた筈の大剣に鍔迫り合いで押し込まれている男の姿だった。

 援護の為に慌てて『魔弾の射手』を発動――――。

「……手を出すな。此処は、俺の戦場だ」

 ――――しようとして、男に止められた。剥き出しの殺意を、孕んだ声で。

「で、でも」

「……ふん、少々侮っていた相手から一太刀受けた程度で心配されるか」

 そう言って、男は口元に笑みを浮かべて。

「……侮られたものだなぁ、俺も」

 ミシリ、と空間が音を立てたように響く幻聴。

 悪寒が走り、背筋が凍る。夏の夜空の下から、極寒の雪山に転移させられたかのように体が震える。

「ならこの木偶は早々に捩じ伏せてやるとしよう。――貴様が二度と、俺を侮ることの無いように」

 その言葉とともに繰り広げられる、圧倒的な蹂躙。


 一瞬にして巨人の大剣の三倍ほどの大きさまで石刀が膨れ上がり、大剣を上へと弾く。

 返す刀でそのまま上から石刀を振り下ろし、大剣ごと巨人を真っ二つに断ち切ってしまった。


 刹那にして、大量の光となって空気に溶けていく巨人。

 そうして、男は何事もなかったかのように振り返り、柔らかに微笑んで告げる。

「さて…………二度と、俺を侮るなよ?」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「―い―きろよレ―。い――で寝―――」

 耳に憶えのある声で目が覚める。

「ああ、うん、おはよう。起きてる、起きてるよ。うん、そしてお休み、なさい」

「ボケてないで起きろや!」

 敢えてボケると力強く肩を掴まれた。

 そのまま勢いよく脳髄ごと意識を揺さぶられ、強引に覚醒させられる。

「ほら起きろよレオ。今日はお前の大好きな穴熊ちゃんの授業が一番初めに入ってんだろ?」

「……お前ら主従って、何だかんだ言って似てるよな」

 ちょっと感情的になるとすぐに脳髄揺さぶるところとかな。

「は? まあいいや。さっさと朝飯食いに行こうぜ、シェロのやつらも待たせちゃ悪いだろ」

「ああ……そうだな」

 そそくさと着替え、一階にある寮生のための大食堂へと向かう。

 右手で手摺りを掴みながら、緩やかに螺旋階段を下りていく。

 採光用の窓に嵌めこまれたステンドグラスを通り抜け、柔らかな朝の日差しが俺の意識を目覚めさせてくる。

 ヒュイピュイピュイピュイ、と。

 寮の外ではアグロドリの群れが鈴を鳴らすように爽やかな音を響かせるように囀りながら飛んでいる。

 うん、良い朝だ。とても穏やかで、緩やかで、心の中から温まれるようだ。

「で? いい加減教えてくれよ、レオ」

「ん? 何が?」

「いや、昨日の夜に寝てたお前を担いできた兄さんのことだよ。お前の知り合いじゃないのか?」

 刹那、脳内に鋭い電流が奔った。

 先程までの穏やかな気分を投げ捨てて螺旋階段を慌てて降りる。

 窓から直射日光が矢のように差しこんできて、急いでいる俺の目を眩ませてくる。煩わしいことこの上ない。

「っちょ、おい待てレオ!」

 唐突な俺の行動に付いてこれなかったボレロの静止が背中に届く。

「知らないから確かめに行くんだよ!」

 返事をしつつも足は止めない。が、しかし普通に走っても埒が明かない。

 『強化』の魔術を発動。三段飛ばしで落ちるように加速しながら駆け降りる。

 足首に多大な負担を掛けつつ三階分を下り、立ち寄るつもりだった売店がある二階まで到達する。

 が、今はそれどころではない。足を止めることなくそのまま残りの一階分を駆け降りる。

 一階へと辿り着き、そのまま階段の目の前にある食堂の扉を開く。

 そんな俺の目に飛び込んできた光景、それは。

「おお、漸く来たのか坊主」

 昨夜、阿修羅のような強さを見せつけ、俺を助けた見知らぬ男。

 そいつが扉から一番近い席に座り、頬にジャムを付け、朝食を食べながら手を振ってくるというものだった。


「で? お前の名前は?」

 取り敢えず朝食の時間が決まっている以上、まずは腹ごしらえだ。

 最近小じわの目立ってきた食堂の『お姉さん』から朝食を受け取って、男の横に座る。

「おい、レオ。先に俺への謝罪は無いのかよ」

 同時に、遅れて食堂にやって来たボレロがシェロームの隣へと座る。

 先程俺とともに列に並び、シェロームが取ってきていた朝食に手をつけながら俺へと不平を零してきた。

「ああはいはい、悪かった。ごめんごめん」

「謝る気ないよね、それ……」

 そんな不平を適当に流しながら、再び身元不明の男へと目を向ける。

 男は朝食に満足したようで、機嫌よさげに食後の紅茶を嗜んでいた。

「それで、お前の名前は何て言うんだ?」

 再度同じ質問を投げかけて、ようやく男はこちらを向いて口を開いた。

「お嬢さん、悪いがお茶をもう一杯貰えるか?」

「あっ、すぐ貰って来ます。ほら、さっさと退きなさいよボレロ」

 先程の抗議を流されて気落ちしていたボレロの脇を肘で小突いて席から押し出し、シェロームは紅茶を貰いに行ってしまった。

 ボレロもどうやら喉が渇いていたようで、飲み物を貰いにシェロ−ムの後を付いて行っていた。

「おい、いい加減に答えてくれよ。さもなきゃ命の恩人だろうが何だろうが、あんたを侵入者として扱うことになる」

「おいおい血の気が盛んだなぁ、坊主は。まあ取り敢えず質問に答えるとしよう。俺の名はシルクリスだ」

「シルクリス、か。姓は?」

 男は漸く質問に応えてくれる気になったようで、少し安心する。

「姓? 何だ、それは」

 だというのに、次の瞬間に発された言葉によって背筋が凍りついた。

「姓が何だ、って……おい待てシルクリス、お前、出身は何処の国だ?」

 現代では、世界魔導協会に認められている国がおよそ九つある。

 そのどの国民も、人間である限りは姓を持っている。

 にもかかわらず、その姓を持っていない、どころか『知らない』ということは――――。

 脳裏に浮かんだ寒気のする発想を、打ち消すために敢えて尋ねる。

「ヒャノメドゥだ。かつて、俺はそこの王だった」

 ああ、成る程。だから初めてその背中を見た時、王か何かだと思ったんだな。

 聞いた瞬間、思わず現実逃避気味に考えてしまった。それも仕方ないだろう。

 男が胸を張って告げたのは――――もう『数百年以上前に滅んだ』国の名前だったからだ。


「はぁ!? 帝王!?」

「シルクリス、さん……は王様だったんですね」

 結局、戻ってきた二人には正直に打ち明けた。というより、この二人に隠していてもどうしようも無い。

 シルクリスはというと、シェロームの持ってきた紅茶を味わっている最中だ。

 かくいう俺も、シェロームの持ってきた紅茶を一口味わって漸く混乱から回復することが出来た。

「よし、よぅし。じゃあ次の質問だ、シルクリス」

 やっとのことで精神を立て直し、最大の疑問を尋ねることにする。

「おいおい待て待て、坊主。先程からお前ばかり質問してるだろうが」

 だというのにシルクリスはせっかく立て直した精神を崩しにかかってきた。

「今度は俺からの質問だ。ここは何という国だ? ヒャノメドゥからどの程度離れている?」

 しかもよりにもよってこっちが最も答えにくい質問を投げかけてくる。

「う、ああ、うん…………」

 思わず言葉を飲み込んでしまう。

「どうした? まさか坊主もここが何処の国か分からんのか?」

「なわけあるか! ここはコライド、お前がいたヒャノメドゥと同じ場所だ! 但し数百年違うけどな!」

 思わずツッコミとともに詰まっていた言葉も一緒に吐き出してしまった。

 言う筈の無かった言葉を出してしまい、気が重くなる。

「なんだ、そのことで詰まっていたのか。なに心配するな」

 だというのに、シルクリスの方はというと、大して驚くことも無かったようだ。

「俺は封印されておったのだからな、少々長いのは仕方ないことだ」

 全くどうということも無い顔で、更なる爆弾を投下してきた。

「封印されてたって、何に!?」

「っていうか何で!?」

 先程から黙っていた二人も思わずツッコミを入れてくる。

 が、そのおかげで俺も冷静になることが出来た。

 周囲を見渡せば、徐々に食堂から人数が少なくなってきている。

 星時計で確かめると予想通り、そろそろ最初の授業が始まる時間が迫りつつある。

 何故封印されていたかはともかくとして、『何に』かは判断できた。

 後ほどその真偽は確かめることとしよう。

 現時点で重要な問題はあと一つだ。まずはそれを解決することにする。

「最後の質問だ、シルクリス――――俺の使い魔にならないか?」

「はあ!? 正気かよレオ!」

「何百年前かはともかくとしても、れっきとした人間よ!? 魔獣じゃないのよ!?」

 反対側から二人の声が飛んでくるが、それには構わずシルクリスの目を見つめる。

「それで? 坊主の提案に乗ることで俺にどんな利益があるんだ?」

 意外にも、シルクリスは大して怒りを感じたような素振りを見せなかった。

 左手の人差し指を立てつつ、シルクリスに説明する。

「一つは、安全の保証。お前が強いのは知ってる。それでも何も知らないままこの国を歩いていれば、遠からず身元不明かつ現代について何の知識も無いお前は投獄される。最悪の場合、軍に捕まって処刑される」

 『姓を持たない』というのは、単に名前の有り無しではない。

 一般的には姓を持たないのは人間以外であり、姓を捨てた者はこの世界においては第一級の犯罪者である場合が多いからである。

 姓を捨てるとは――家を捨てるとは現代において途轍もない覚悟と重要性を持つのだ。

「成る程。実際にこの国の軍隊がどの程度のレベルかは置いておくとしても、数で押し潰されるとなると少々困るな」

 そう言いつつも、何故かシルクリスは獰猛な笑みを浮かべている。

 敢えてそこに突っ込むことなく、もう一つの理由を説明する。

「二つ目は知識だ。俺の使い魔になればここの図書館もあるし、その他の知識に関し……」

「よし、契約成立だな!」

 いきなり凄い元気ですね。でもねシルクリスさん、せめて全部言わせて下さいよ。

 恐ろしいほどに興奮した様子のシルクリスに若干引いてしまった。

 見れば、俺だけでなく前の二人も若干引いている。

「ああ、うん。じゃあ分かった。取り敢えず儀式は後ですることにして、そろそろ授業に向かうとしよう」

「っと、いけね。クラフト導師のは黄の塔の三階だったっけか。じゃ、片付け頼むぞレオ!」

「レオー、ホントにごめんねー」

 言うが早いか、二人は瞬く間に食堂から姿を消してしまっていた。

 ……テーブルに、四人分のトレイを残して。


「クソッ! 今日も結局遅刻かよ!」

 テーブルに残されていたトレイを片付けているうちに、結局時間ギリギリになってしまった。

 よりにもよってメガロの講義を二日連続で遅刻って、どう考えても不味すぎるだろ!

「ふむ。坊主、講義に遅れそうなのか?」

「正直もう絶望的だ!」

 全力で階段を駆け上っている俺の横を、平然とした顔で並走しているシルクリスが口を出してくる。

「ふむ……よし、確か最上階だったな」

「え? うおおお!?」

 隣のシルクリスは納得したように頷いた。

 かと思うといきなり前から手を出し、あっという間に俺を山賊のように抱え上げた。

「行くぞ坊主!」

 そう言ってシルクリスはちまちまと一段ずつ階段を昇る――――ことはしなかった。

 踊り場から壁へと跳び、壁から次の踊り場へ、と三段跳びの要領で瞬く間に上階へと向かっていく。

 この扱いに不平を零そうとしたが、間に合いそうなので止めておく。

 代わりに、昨夜から気になっていた呼称について抗議することにする。

「そういえば、いい加減坊主って呼ぶの止めろよ」

「ん? いや、俺は坊主の名前を知らんだろう?」

「あ…………」

 そうだった。聞くだけ聞いて俺の名前を教えてなかったんだった。

「俺の名前はレオ。ファルド家のレオ・ファルドだ」

 その言葉にシルクリスは「レオ、レオか……」と覚え込むかのように数度呟いた。

「まあ、どちらにしろ俺は坊主と呼ぶのだがな」

 しかし呼称は変わらなかった。

「きちんとレオって呼べよ! そんなんなら俺はシルクって呼ぶからな!」

「好きにしろ、『坊主』」

 そうこう言いつつも大した反動も無く三段跳びは行われ、最上階へと辿りつく。

 そしてシルクはこの恰好のまま教室へと――――向かった!?

「っちょ、待てシルク降ろ――――」

 抗議も間に合わず、扉が開かれる。

 開始のチャイムと同時に入ってきた俺達へと教室中の魔徒達の視線が突き刺さる。

 ――――主に、昨日事件を起こした癖に今日はさらわれるお姫様スタイルで運ばれてきた俺へと。

 ああ、もうまた穴熊の奴にも何か嫌味言われるんだろうな……。

「…………レオ君。その男とは一体どのような関係かね?」

 ああ、そうか。そう言えば学校には使い魔としての通達を行ってなかったっけか。

 穴熊メガロの質問に答えるため、シルクを小突いて降ろして貰う。

「はい、こいつはシルクリス。自分の新しい使い魔……です」

 俺の返答が予想外だったからか穴熊メガロは、否、教室中の魔徒達は目を丸くした。

「しかし…………見たところただの人間だが……ならば『契約』も終えたということか?」

 実のところを言えば、人間を使い魔にするというのは別に俺が初というわけでも無い。

 現在も、とある小国の姫と契約した市民が騎士となって一流の戦士となっている例も存在する。

 魔獣とは異なり、人間との『契約』は対象へと特殊な力を対象に与えるという実験結果も出ている。

 なので、恐らくメガロはそれを確かめたんだろうが……。

「あっ…………い、いえ」

 残念ながら、未だに『契約』は行えていない。というよりも交渉自体を先程終えたばかりなのだから出来る筈も無い。

「……魔法にも長けているとは言い難い。君を護る力を持たない以上、使い魔と認めることは出来な――――ん? そう言えばその者の姓を聞いてないが……?」

 メガロの視線が困惑から疑念へと質を変化させていく。

「…………うっ」

 不味い。このままでは不法侵入者としてシルクは捕えられてしまうだろう。

「い……いいでしょう。――――おいノルド」

 少し見渡すと、学院内でもある程度名の知られている馬鹿筋肉で有名なノルドが目についた。

 折角なので、その名声を使わせてもらう。

「御呼びでしょうか? お姫様」

 その言葉とともに、そこかしこから笑いが零れてくる。

 ――――――ッ! 

 ッの野郎、こんな時にだけ口が回りやがって……!

「おーやおや、しかしまあファルド家のお姫様はお姉さまの方だけでは無かったようですねぇ」

 ――――――――よし、殺そう。

 先程まで出汁に使おうとしたことも忘れて虐殺を心に誓う。

「……表に出ろ、似非ドワーフ」

「誰がドワーフだ! 上等だ。メガロ導師、立ち合いお願いします」

「まあ待て――――そうだな。シルクリス、君が決闘を行いたまえ」

 売り言葉に買い言葉といった様子の俺達をメガロは静止し、シルクリスへと水を向けた。

「ちょっと待って下さいよ。あの手先も不器用な単細胞ドワーフは俺が仕留めます」

「テメェ、二度も言いやがったな!」

「落ち着きたまえ二人とも。――――――ペルス兄弟、立ちたまえ」

 メガロから呼び掛けられ、慌てて立ち上がる五人の男子魔徒。

「導師、まさかペルス兄弟とシルクを決闘させるつもりですか?」

 ペルス家と言えば兄弟姉妹での連携魔法で有名な一家で、今代は五つ子兄弟という家系の中でも特に有望視されている程だ。

 単純に考えても五対一な上に連携魔法も組み合わさるとなると――――。

 だが、メガロ導師は次の言葉でそれを否定した。否定してくれた。

「いいや、そこで頭に血を上らせているノルド君も含めた六人と決闘してもらう」

 尤も、さらに酷い提案を代案としてきたが。

「ほう…………いいだろう。なぁ、構わんだろう坊主? ――――坊主?」

 不敵な笑みを浮かべてこちらを見てくるシルク。

 しかしそれには答えず、シルクの目を貫くようにして命令する。

「いいか。負けても良い。お前がボロボロになろうが別に構わない。――――けど、ノルドだけは必ず再起不能にしてこいよ」

 自然、低い声で言い含めるようになってしまう。

 正直、自分でも少々不機嫌そうな顔になってしまっているという自覚はある。

「坊主…………」

 そう言って俺を見るシルクの顔は、どうしてかまるで悪鬼でも見たかのような顔をしていた。


 疑似魔術の講義を駆け足で終え、メガロ導師は学院内の中庭に結界を張り終えた。

「さて、それでは始めようか」

 シルクや俺、ノルドにペルス兄弟達だけでなく、野次馬として他の魔徒達も結界を囲むようにして集まっている。

「ヘイヘイ! 『世にも稀な人間の使い魔』対『五年生きっての武等派六人』の決闘トトカルチョはどうだい皆の衆ぅー?」

「倍率は?」

「オウ! 良く聞いてくれた! 倍率は現在八対二だ。一口につき三百ウェンと割安だぜ!」

「何だよ……皆して安牌にしか賭けてねえじゃねえか……。まあいいや、俺もノルドに三口」

「はい毎度ー。お釣りの百ウェンでーす」

 おいおい、誰だよ賭けとかやってる奴は…………っておい!

「ボレロ! シェローム! お前ら二人して何やってんだよ!?」

「何って……応援だぞ?」

「御免ねー。こいつ止めても言うこと聞かなくって……」

 そうは言っても愛想振りまいて接客してるんじゃ説得力皆無だぞ、シェローム。

「折角だ、お前も賭けろ!」

「ちょっとボレロ!」

「…………二十枚よこせ」

「買うんだ!?」

 新しく出た魔導書を買おうと大事に取っておいたヘソクリも含めた全財産を注ぎ込む。

 代わりに得たのはシルクによって紙切れにも大金にも変わる、まさに魔法のような二十枚の紙切れ。

「シルクー! 絶対に勝てよー!」

 そんな俺の声援を背中で受け、結界内でシルクは黙って右腕を掲げた。

「さて、それでは開始する。ルールは一時限目終了時までに相手を戦闘不能とすること。時間内に決着が着かなかった場合、勝者は学院生達のチームとする。――――――宜しいかね、シルクリス君?」

「ああ構わんさ。大した差は無い」

 圧倒的に不利な条件であるにもかかわらず、さっさと始めろと言わんばかりに余裕綽綽なシルクリス。

「では――――始め!」

「ッハ!」

 試合開始とともに、ノルドは『刃化』の魔術を発動させ、最も扱い慣れた斧を具現化する。

 ――――『刃化』。

 自らの魔力で以て思い描く武装を作り出す魔術であり、その強度は術式によって全く変わってくる。

 こと極めるという点では最高難度を誇るとも言える魔術だ。

 馬鹿として有名なノルドだが、こと近接戦闘に於いては学院中でも上から数えた方が早い程に強い。

 そして魔力容量に於いても『馬鹿タンク』と導師達を含めた学院中の人間から呼ばれるほどの容量を誇る。

 その上、今年は『刃化』の魔術で幾つもの学院内での抗争を潜り抜け、その戦闘技術に更なる磨きをかけていると伝え聞いている。

 馬鹿ではあるが、それだけにシンプルな強敵と言っても良い。……………………馬鹿だが。

 その後ろではペルス家の兄弟それぞれが全く異なる魔法の詠唱を始めている。

 どうやら長男だけは、兄弟を護るために別に張った結界の強化に回っているようだ。

 一方、シルクリスはといえば――――。

「ほらほら、まだ準備は出来ないのか?」

 結界の準備をしている間にその辺から拾ってきた木の枝を右手に持ち、余裕の笑みを浮かべてノルドを挑発していた。

「って、おい! ちゃんとやれよ! この前の魔剣使え!」

「そうがなるなよ坊主。このぐらいのハンデが無いと詰まらんじゃないか」

 シルクはわざわざこちらを向いて叱責した俺を窘めてくる。

 そんな俺達の様子を見て隙と取ったのか、ノルドは無詠唱で『強化』を発動させて距離を詰めてきた。

 試合中に無駄な会話をするだけでなくあまつさえ背を向けるなど、本来なら致命的な隙となり得る。

 しかし、だからこそ。

「よっ、と」

 油断していたように見せかけていたシルクは反転しながら距離を詰めた。

 ノルドが斧を振り下ろす前に一閃。鋭い下からの一撃で以て、ノルドの作り出した斧を空高くへと弾き飛ばした。

「ほら、これで終わりだろう? 坊主」

 硬直したノルドに枝の先を突きつけながらこちらに向かって語りかけてくるシルク。

「馬鹿! 相手が何を武器にしてたと思ってんだ!」

 だが、今度こそ本気でシルクを叱責する。

 その言葉で気が付いたのか、シルクは跳ぶようにして後退する。

 間一髪、シルクはノルドの手に握られた『新たな』斧での横薙ぎを回避することに成功した。

「そうかそうか、成る程。確かに魔法で作っていたな、その斧は」

 なにやら納得したように頷くシルク。

「そいつはその『刃化』の魔法なら一瞬で発動できる! 最初のはブラフだ!」

「ハッ! いい加減黙ってろよお姫さまッ!」

 さらに両腕を『強化』し、斧を縦横無尽に振るっていく。

 対するシルクは手に握る枝で斧の攻撃を受け止める――――ことはしない。

 剛腕から振るわれる連撃を、卓越した技量による絶妙な角度での打ち込みで次々にいなしていく。その繰り返し。

 一見すれば互角のようにも見えるこの状況。

 しかし冷静に状況から判断すれば、誰がどう見てもシルクリスの方が不利だと判断するだろう。

 しかもその後ろでは詠唱を終えた四兄弟が魔法を――――放たない!?

 四兄弟は完成した魔法を放たずに集束し、一か所へと集め始めた。

 そしてその集まった魔法を、先程まで結界の強化に当たっていた長男が薄いシャボン玉のような魔力の膜で包み始める。

 ――――あれは、昨日の軍用魔術!

 あの魔術が困難なのは魔術を集束させるタイミングとそれら複数の魔術の並行同時発動が原因だ。

 まさか、それをこんな方法で解決してくるなんて……。

 張り終えられた魔力の膜に、魔術式が刻まれていく。

 このままでは、単一の魔法では決して防ぐことの出来ない魔法が編み上がってしまう。

 しかしそれでも、俺が慌てることは無い。『あること』に気が付いたからだ。

 ――――さらに冷静になれば、見えてくるものがある。

 実際に戦っているノルドも気が付いたようだ。

「――――ッ! クソッ! 何でだ!?」

「坊主ー。あと何分だー?」

 全ての攻撃を『一歩も退くことなく』いなしていたシルクリスは、余裕の笑みを浮かべながら俺に試合の残り時間を尋ねてくる。

「そうだな、あと二,三分ってとこだ」

「よし、それじゃあまずはこいつからか」

 そう言って、シルクリスは連撃を回避しながら木の枝を短剣ほどの長さにへし折った。

 次いで、それらの先端に魔力を纏わせて両手に握り込む。

 再び距離を詰め、左手の枝でもって振り下ろされかけていた斧を柄尻への一撃で宙へと弾き飛ばす。

 そのまま隙だらけになったノルドの両手両足を右手の枝で鋭く四回連続突き刺した。

「か、は――――ッ!?」

「少々楽しめたが……ノルドとかいう小僧。お前、その『刃化』とか言う魔法では一辺に二つも作れんのだろう?」

「――――ッ!!」

「しかも常に同じ長さの斧ばかりだ……。だからこういう単純な手で負けるのだよ」

 命令通り再起不能となった馬鹿ノルドへと何やら忠告するシルクリス。

 は、良い気味だ。二度とあんな軽口ほざくなよ似非ドワーフめ。

「よっし! いいぞシルク、そのまま魔法が完成する前に――――」

「ああ分かった――――というところなんだろうが、断る。俺を楽しませろと昨日も言っただろうが、坊主」

「お前な! あの魔法は絶対に防げないんだぞ! 仮に避けるにしても外側の魔法が解かれれば上級魔術が四つも拡散するんだ!」

「喧しいぞ、黙って見ていろ」

 そうこう言っているうちに、防御不能の魔法が完成する。

「悪く、思うなよッ!」

 長男の言葉とともに、回避することも防御することも能わぬ魔法がシルクリスへと襲いかかる――――。

「一番、セイジ」

 小さなシルクの呟きとともに、刀身から柄まで全てが透き通った、硝子細工のような短剣が現れる。

 右手に握られた短剣は、無造作に襲いかかってくる魔法球へと振るわれた。

 瞬間、周囲が閃光に包まれる。

「シルクリスッ!」

 目が眩みつつも、堪らず名前を叫ぶ。

 数瞬後、目を開くと目の前には全く変わりない光景が広がっていた。

「何が…………起きたんだ…………?」

 不発、か……?

 ペルス兄弟の方を見ても眼前の光景に目を白黒させているばかりだ。

 いや、失敗はしていない。あの魔術は難易度が高いとは言っても術式自体は俺達の学年でも十分扱えるものに過ぎない。

 あの魔術の難易度が高い要因は他の魔法の並列発動とその安定。しかしそれも完全に成功していた。

 なら、一体シルクリスのやつは、何をしたんだ――――?

「ふむ、少々手間取ったようだな」

 右手に持つ短剣をしげしげと眺めながらひとりごちるシルクリス。

 かと思えばいきなり短剣を上方へと掲げ、剣先から様々な魔術を撃ちだした。

 その数、四つ。火焔が、氷柱が、風刃が、雷撃が、展開されている結界へと襲いかかる。

 四連続の大規模魔術が結界へと同時に衝突し、甲高い破砕音とともに『穴熊』の張った結界が消失した。

 あの魔術はあの四人の魔術、なのか……?

 その常識を打ち壊す光景に、シルクリス以外の全員の動きが、思考が停止する。

 痛みにのたうち回っていたノルドすらも、だ。

 そんな中で、唯一まともに動けるシルクリスがペルス兄弟へと言い放つ。

「さて……まだやるか? 小僧ども」

「ま、負けだ……降参……」

「宜しい。――――さて、そういう訳だメガロ導師。ノルドとやらを治療室にでも運んでやれ」

 分かり切っていたとばかりに鷹揚に頷いて長男の降参を受け入れ、メガロへと指示する。

「あ、ああ。ボレロ君。その行いは不問にしておくから、ノルド君を運んでやってくれ」

 見れば後ろでは一足早く回復したボレロとシェロームが配当金を配っているところだった。商魂逞しいな、お前ら。

 シェロームを制してボレロが近づき、痛がるノルドを『浮遊』の魔術で浮かせて運んでいく。

 その光景を眺めるうちに思考が回復してきた。

 これは――――不味い。

「さ、ささ、ささて。い、言うまでも無いとは思うが、レオ君、シルクリス君。学院長室までついて来て貰おう」

 動揺しているのが丸分かりな程に舌を噛みつつも命令してくるメガロ。

 笑い出したかったが、面白がれる状況でも無い。

 よりにもよって、アメリアのあの魔術を――――破ってしまったのだから。

「ん? どうしてだ?」

 まるで状況を把握できていないシルクリスが、いっそ羨ましかった。

 

 処刑台へと連行される囚人の気分が味わえる道のりを重い足取りで越え、学院長室へと辿り着く。

 とはいっても、隣を歩くシルクリスは興味深そうに俺の鞄から奪い取った歴史の教科書を読み耽っている。

 先程の魔剣についても尋ねてはみたが、頑として口を割らない。

「しし、失礼します学院長!」

 重厚な扉をノックし、開いてからメガロは中に入るよう視線で促してきた。

 …………ホント嫌な奴だなぁ、コイツ。

「………………ふぅ」

 一息つき、最早これまでと覚悟を決めて室内へと入っていく。

 勿論、隣にいるシルクリスは未だに自体を把握していないので躊躇することも無く歩を進める。

 緊張するのも馬鹿らしくなるほど自然体で、だ。

 そんな姿を横目で見ていると、生まれる筈の無い余裕が生まれてくる。

 実を言えば学院長室に入るのは初めてだ。なので、ついきょろきょろと見回してしまった。

 扉に比べればさほど大きいとも言い難い部屋。その両側には数多もの貴重な魔導書を納めた長大な本棚が陣取っている。

 何故か室内にはハヴェル導師が、内装に似合わない荘厳な机の横に佇んでいた。

 その姿を目視して、味方である可能性は少ないと分かっていても、つい安心してしまう。

 そして、机に両肘を付きながら手の上に顎を載せて俺達を眺める老人が、口を開いた。

「おうおう。よう来たなあ、レオ・ファルド君」

 好々爺然とした口調で、学院長が穏やかに語りかけてくる。

「お久しぶりです、学院長先生」

 兎にも角にも、まずは挨拶をしておくより他に無い。礼儀正しさを示しておいても悪いことにはならないだろう。

「ががが、学院長! 大変なんです! このレオ・ファルドとその使い魔が――――」

「おう。先程の決闘で用いられた、アメリア嬢のあの魔法を見事に破ったのじゃろう?」

 動揺して上手く舌の回らないメガロの言葉の続きを、学院長はさらりと口にした。

「な、何故それを?」

「君らが混乱の渦中にいた最中、いち早く事の次第を伝えるために駆けつけてくれたんじゃよ。前もって決闘を観戦していた、ここにおるハヴェルがのう」

「そ、そうでしたか…………」

 黙礼するハヴェル導師を見て、気圧されたように後ずさりするメガロ。

 そういえば、メガロはどうしてかハヴェル導師を特に苦手に思ってる節が見受けられるんだよな。

 言っちゃなんだけど、絶滅寸前な黴くさい魔術の講師と隆盛を誇る代表的な魔術の講師とじゃ途方も無い格差があると思うんだが。

「さて、それでは当事者も揃ったことだし君の解析結果を聞かせて貰おうかのう、ハヴェル導師?」

「畏まりました。ああ、その前に…………シルクリス君。君はその魔剣を何処で見つけたんだい?」

 ハヴェル導師は了承したかと思うと、未だに本を読み耽っていたシルクリスへと話を振ってきた。

「…………我が臣下から譲り受けただけだが、それがどうかしたか?」

 読書の邪魔をされたせいなのか、若干煩わしげに返答するシルクリス。

「おいシルク、いい加減読むの止めろよ」

 少々目に付いたので、使い魔の主人として咎めておく。

「まあ待て、今ちょうど我が国の章に入ったところだ」

 しかしシルクリスは全く聞く耳を持たずに次の頁を捲り始める。

「また後で読めよ。王様が礼儀を知らないってことになるぞ」

「む…………」

 渋々ながらも本を渡してくるシルクリス。『王様が』の部分に反応したらしい。

「ふふ、主従の仲が宜しいようでなによりです。さて、結果を説明させて頂きますが――――構いませんか、メガロ導師?」

「どうぞ。間近で見た私よりも余程正しい解析を行えているでしょうから」

 含み笑いをして、ハヴェル導師はメガロへと確認を取る。

 恐らくは「疑似魔術の講師に向かって召喚魔術の講師が解説しても構わないか?」といった意味だろう。

 ただ、その返答が皮肉を込めているわけでもないのが気にかかる。まさか本当にハヴェル導師の方が疑似魔術に長けているわけでもあるまいし――――。

「さて、それでは解析結果――――の前に、レオ君。君にはどのように見えたかな?」

「――――え? ああ、はい。最後にペルス兄弟の魔法を放出していたので、あの魔剣は『吸収』に特化した対魔術用のものだ、と」

 まさか俺に振られるとは夢にも思っていなかったので、少し対応が遅れてしまった。

 しかし恐らくはこの推論で正しい筈だ。単一の魔術に特化しているとするなら、あの結果にも一応説明はつく。『一応は』だが。

 そんな俺の小賢しい考えを見透かしたように、ハヴェル導師はにやついて指摘してくる。

「いやいや、レオ君。君だってそれが無理なことは分かっている筈だ。あの魔術は『接触した魔力』をも新たな魔術に組み込んで敵を攻撃する類を見ない対結界魔術。そんな魔術が『吸収』に対応していないわけがない。第一、仮に『吸収』だとすればあの発光は何故起きたんだい?」

 ぐうの音も出ないほどの口撃で沈められてしまう。

 確かに、その通りだ。『吸収』は全ての魔力を吸収する。わざわざ発光するような魔力だけを残す様な無駄な術式を作ったりしない。

 その通りだが、それではあの規模の魔力で発生した魔術を他にどうやって無傷で防げば――――。

「これこれ、若人を困らせるなよハヴェル君。前置きはここまでで良いじゃろう?」

 楽しげなハヴェル導師から弄られるのを見かねたのか、学院長が助け船を出してくる。

「ええ、十分です。結論から申し上げれば――――シルクリス君は、まず初めに閃光を発生させて周囲の目を眩ませ、次いで大気中の魔力を膨大な量集めつつ『炎弾』の魔術を敢えて『壊結界』へとぶつけ、発動した『ニグレド』の域にも届きかねない魔術へと同威力かつ反対の性質を持つ魔術をぶつけて対消滅させた、というのが解析の結果ですね。どうかな、シルクリス君?」

「――――――はぁ?」

 寝惚けているのか、というのが正直な意見だ。

 メガロも学院長も難しい顔をして唸っているがそんなわけがない。

 そんなことが可能な魔具がある筈が、否、そもそもそんなことが可能な魔術師が存在するわけがない。

「おお! 良く分かったなぁ、ハヴェル導師とやら」

 だというのに、先程まで固く口を閉ざしていたシルクリスは正解だと口にした。

「どういうことだよシルクリス! お前、そんなものどうやって――――」

「だから、先程も言っただろうが」

 思わず挑みかかるような口調で尋ねてしまうが、すげなくかわされる。

 そうか、だから事前にハヴェル導師は魔剣のことを聞いたんだな……。

「いえ、ちょっと待って下さい。それなら」

「ああ、最後の『花火』は振り上げるまでに組み上げて起動しただけだ」

 もう隠す必要も無い、とばかりに堂々とした様子で明らかに異常なことを喋るシルクリス。

 ――――あの規模の魔術を瞬時に並行起動。それも、四つ同時に。しかも、言うに事欠いて『花火』扱いだ。

 余りに非常識な言葉にメガロの顔がとても面白い形に歪む。そんな姿に少し親近感は湧いてしまったが。

「ふうむ…………。そうかそうか、宜しい。ではレオ君――――」

 納得したとばかりに頷き、学院長が何かを言おうとした時、それを遮るようにして『彼女』が現れた。

「レオが呼ばれたって、何があったんですか!?」

 『彼女』は学院の制服のスカートを翻し、見事なまでの優雅さで学院長の机の前まで距離を詰めてくる。

 横を通り過ぎた際に靡く髪から、柔らかな日差しを想起させるような優しい匂いが漂ってきた。

「いや、その、アメリア君……君は今実験中では無かったのかね?」

「聞きつけてから即座に終了させてきました。術式改良により発動率は九割七分まで引き上げられています」

「今朝始めたばかりなのにもう終了――――いや、四割未満が九割七分!?」

 制止しようと口を挟んでくるメガロに対し、『彼女』は目を向けることなく淡々と驚異的な結果を報告する。

 その常軌を逸した報告に、誰しもが瞠目する。

 ――――通常、術式の改良には膨大な時間と労力、そして多分な才能が必要とされる。

 改良にかかる時間は術式の難度によって等比級数的に増していく。

 さらに、そうして術式を改善したとしても精々良くて一割程度。

 酷い場合は三分か四分上昇させるので手一杯ということもざらにある。

 四割から九割なんて、それはもう術式を一から作り直したに等しい程の変更が行われたのだろう。

 それも、片手間の雑用のように。

 この場に居るシルクリス以外の全員が、その結果に圧倒される。

 しかし『彼女』はそんなことはどうでもいいとばかりに学院長へと強い視線を投げかけ続けている。

 その姿に、相変わらず凡人とは隔絶した領域にいるということをまたしても認識させられ、少し嫉妬する。

「しかしな、アメリア嬢。いくらレオ君と姉弟といえこの場に入ってくるのは…………」

「お言葉ですが、学院長」

 学院長の言葉を遮り、『彼女』は淡々と事実を説明する。

「私には魔徒会長として、学院生徒へどういった処分を行うかについての会議に出席する、権限と責任がある筈です」

「う、うむ…………確かに、認可した覚えがあるのう…………」

 やんわりと退出を促す学院長に対して、アメリアは魔徒会長として抗弁する。

 アメリアが学院長へと顔を近付けた瞬間、学院長の頬が緩んだように見えたのは錯覚ということにしておこう。

「さて、それではこうしましょう。アメリア君はここに居て処分会議に参加して下さい。レオ君、あとは私がシルクリス君に関しても説明しておこう。次の講義へと向かいなさい」

 それまで口を閉ざしていたハヴェル導師が、俺に退出を促してくる。

「え、ですが導師…………」

 導師だって、シルクリスに関しては何も知らない筈じゃあ……?

 そう続けようとしたところで、導師が俺へと念話を飛ばしてくる。

《おおよその予測はついてます。悪くならない様に図りますから、借り二つ分をチャラにするということでお願いしますよ》

「…………分かりました、失礼します。行こう、シルクリス」

 ――――――やっぱり、導師の魔鏡の所為か。

 色々言いたいこともあったが、取り敢えず呑み込んで素直に感謝することにした。

「レオ・ファルド君。後でお話がありますから」

 アメリアは魔徒会長として冷静に通達する。

 しかし、その視線だけは気遣わしげに彷徨っていた。

「――――了解しました、『姉さん』」

 敢えて姉の部分を強調して返答し、学院長室を後にする。

「容姿端麗にして才気煥発か。才色兼備という言葉を証明するために生まれてきたように思えるなぁ、坊主の姉は」

 扉が閉まると同時に、再びだんまりを決め込んでいたシルクリスが口を開いた。

「…………姉さんについていちいち言うなよ。それより、シルクリス」

「ん? なんだ?」

 俺の手から教科書を奪い取って中断した頁を探すシルクリスへと尋ねる。

「……どうして、俺に前もって魔剣について説明しなかったんだ?」

 本当ならもう少し強い語調で言う筈だった。

 しかしそれも、アメリアの襲撃で気力が削がれてしまい、中途半端になってしまう。

「どうせ信じなかったのだろう?」

 本を熱心に読みながら簡潔に返すシルクリス。

「…………確かにな」

 他に返す言葉も無く、諦観と納得を半々で抱えたまま、俺は黄の塔へと向かうことにした。


「では学院長。私も実験結果の確認のために失礼させて頂きます」

「うむ。御苦労じゃったぞ、メガロ導師」

 学院長からの労いの言葉にメガロは改めて一礼し、部屋から退出した。

 ドン、と重い音が無音の室内に響き渡る。

「それで、ハヴェル導師。レオ・ファルド君はいったい何を?」

 聴く者の心を浄化するような、清らかな音色でアメリアはハヴェルへと尋ねる。

「そうですねえ。正確に言えばレオ君が……というよりもその使い魔が、ですが。――――決闘にて『壊結界』を破りました」

「それだけ…………ですか?」

 驚異の魔術を作り上げた張本人である筈のアメリアだが、全く意外に感じることは無いようだ。

「まあ、主な問題になっているのはその所為でしょう」

「学院長! たったそれだけのことでわざわざレオを呼びだしたんですか!?」

 その言葉により、アメリアの矛先が学院長へと向かう。

 その攻勢にたじろぎつつ、そして頬を赤らめつつ学院長は言葉を紡ぐ。

「そうは言ってものう、アメリア嬢。あの魔法は現に『ニグレド』の魔術に指定されて……」

「ですが私やハヴェル導師から見ても失敗作ですよ、あの魔術は。真っ先に防御方法も開示してしまっていますし」

 言ってアメリアはこともなさげに右の掌に小規模な『壊結界』を作り出した。

 左手の人差し指から発生させた炎を当ててわざと『壊結界』を発動させる。

 そしてそれが爆発する前に『吸収』の魔術を発動させ、何事も無かったかのように吸収した。

「一度発動してしまえば、相手の如何なる魔術をも吸収するという効果は失われてしまう。そして術式が一定値以上に強固な魔術には通用しない――――じゃったか? しかしそれはこちらの術式を強固にしていけば問題は無いのではないかの?」

「いえ、私見ですが、恐らく『壊結界』は強固にしないことによって内と外の魔術を組み合わせることが可能になっている筈です…………合ってますかね? アメリア君」

 自信なさ気に、ハヴェルはアメリアへと確認を取った。

「その通りです、ハヴェル導師。――――術式の性質上、余りにも強固にしてしまった場合にはただ内側の魔術を散弾のように弾けさせるだけの魔術になってしまいます」

「いやぁ、恥をかかなくて何よりです」

「白々しいですよ、導師」

 胸を撫で下ろす仕草をするハヴェルを、ジト目で見つめるアメリア。

「とにかく、これだけなら問題は無いのではないでしょうか?」

 抗議の視線も通用しないと判断したのか、アメリアは学院長へと暗に処分結果について尋ねる。

「いや、まだじゃ。ハヴェル導師にレオ君の使い魔についての詳細を聞いておらんのでな」

「それは私も聞きたいですね、ハヴェル導師」

 二人の視線が一斉にハヴェルへと集中する。

「ええ、では説明させて頂きます。――――おそらくシルクリス君は、いえ、帝王シルクリスは古代ヒャノメドゥ帝国七代目の王です」

 それらの視線を飄々と受け流し、ハヴェルは推論を披露する。

 ――――事実そのものの推論を。

「六百年以上前の人間が、どうして現代に存在していられるんじゃ?」

 推論を聞き、納得のいかない学院長が即座に疑問を呈する。

「お言葉は尤もです。ですが推論では――――」

「封印、でしょうか」

 数瞬の間沈黙していたアメリアが会話に割り入る。

「ええ、私も同意見です」

「ですが、帝王シルクリスは龍によって国とともに死んだ筈では?」

「問題はそこですが、歴史というのは塗り替えられるものですからねぇ」

「確かに、勝者が歴史を作るという言葉もありますが……」

「そもそも、本当に龍に襲われたのでしょうかねぇ?」

「では当時服従させていたノデッバによって行われたとハヴェル導師はお考えですか? ノデッパにも数人の英雄が残っていたとも記録されていたように記憶していますから、彼らが暗殺を企て――――」

「いえいえ、むしろ友好関係にあったペルペーの方が仕向けたと考えています。彼らにとってヒャノメドゥは目の上のたんこぶのような存在となっていたとしてもなんら不可思議ではありませんし、何より――――」

 白熱していく会話に取り残された学院長が、ぽつりと呟く。

「……………………もう儂、要らんのじゃないかのう」

 二人は数刻の間、拗ねた学院長を宥め慰める羽目になった。


 本日最後の講義である歴史は、ボレロやシェロームによるシルクリスへの質問時間として消化された。

 その質疑応答は授業終了後も続いている。

 ――――俺としては、早いとこ立ち去りたいんだが。

「で? シルクって嫌いな食べ物とかあるの?」

「いや、少なくとも目にしたことのある食べ物なら嫌いな物は無いな」

 講義中に歴史の教科書を読み終わり、今度はシェロームから借りた恋愛小説を読みながらシルクリスは答えを返す。

「へぇー。王様って言ったら我儘そうなイメージしか無かったけど、そんなことないんだね」

「んじゃあシルク、好きな食べ物とかってあるか? 王様なんだったら旨い物とかも結構食ってるだろ?」

 シルクがそんなに恵まれた国の王じゃなかったことを聞いているにも拘らず、尚も王様だからと付けるボレロ。

 どうやらボレロやシェロームは王族に対する相当に凝り固まったイメージを抱いているようだ。

「……そうでもないな。現代の方が食が洗練されている」

 読みながらも考え込むようにして、シルクリスはゆっくりと答えを返していく。

「……ただまぁ、好物というならやはり飛竜の肉だな。程良く焼いて岩塩を振りかけて食べるのは、格別だった」

 そして言葉を飾ることなく、本を読みながら淡々と現代にも有り得ない珍味を紹介してくるシルクリス。

「飛竜!? そもそも食べるっていう発想がねえよっ!」

「っていうか、美味しいんだ……」

「ほら、そろそろ出ようぜ? 話は歩きながらでも出来るだろ?」

 好きな食べ物についてゴードンが聞いたら何て思うだろうかと考えながら、退出を三人に促す。

「あー? でもなんか入口の方は全然人が捌けてないぞ?」

「もーちょっと居たって一緒だって、馬鹿だなぁレオは」

「本が痛みそうなのは少々困るぞ、坊主」

 三者三様ながら揃ってダメ出しされる。っていうかシェローム、さりげなく暴言吐かなかったか?

「ごめんなさい、ちょっと通してね。ごめん――――って、見つけた。レオー!」

「っう」

 清らかな声が耳に届き、反射的に声が漏れる。

 振り返って入口を見ると、アメリアがこちらを見ながら手を振ってきている。

 ――――――――遅かったか。

「アメリアさんじゃないですか!」

「お久しぶりです、お姉さま! だから混んでたんですね!」

「うん、久しぶりだねシェロちゃん。ボレロ君も、久しぶりだね」

 アメリアを見るなり、俄かにテンションが上がるボレロ主従。もうこいつらがアメリアの弟妹になれよ。

「人気だなぁ、坊主の姉は」

 いつの間にか本を閉じて机上に置いていたシルクリスが笑いかけてくる。

 代わりに、先程までは本を持っていた右手には刀身の白い小剣が握られていた。

「そうだな。ところでシルク、その魔剣の能力は――――?」

「ほーら何話してるのレオ。そろそろ行くよ?」

「行くって何処にだよ、姉さん」

 検討は付いているが、一応とぼけておく。言うなれば最後の抵抗だ。

「お姉さま達、どちらにご旅行なさるんですか?」

「いいえ、旅行じゃないわ。明日は休日だから、久々にちょっと帰省しようかなぁって」

「…………そう、だったっけ」

 まぁ、確かにあの時「後で話がある」って言ってたからな。

「ック!」

 肩を震わせ、唐突に笑いを堪え始めるシルクリス。

「あの……大丈夫ですか、シルクリスさん?」

「ああ……ちょっとした思い出し笑いだ。何でもない」

 アメリアからの心配に、気安げに答えるシルクリス。

「ック! ――――ッ!!」

 再び、今度はさらにうずくまるようにして笑いを抑えるシルクリス。

「シルク、大丈夫?」

 シェロームからの心配を手で制して笑いを堪えるシルク。

 ……いきなりどうしたっていうんだよ、全く。

「――――まあ良いや。ところで姉さん、処分の件はどうなった?」

「それを話すためにも帰るんでしょ、何言ってるの」

 呆れたような顔で言うアメリア。

 そんな顔をしていても十分に綺麗だと思えるあたり、本当に美人は得をするんだな、と納得する。

「フ、フフ――――クッ」

 左手も震えるせいで図らずしも机を叩く格好になってしまっているシルクリス。

 笑いをこらえているシルクリスは、ついには右手に持っていた剣をも消し去ってしまった。

 流石に何かおかしな物でも食べたんじゃないかと心配してしまう。

「おいおい、大丈夫か? 一体どうしたっていうんだよ」

「ッだ、大丈夫だ。もう、問題ない……」

 ようやく復調したようで、シルクリスは乱れた呼吸を整え始めた。

 なんだ、ただツボに入っただけか。

 ――――――って、何がツボに入ったんだ?

「……ってことは、父さんにも?」

「決まってるじゃない。勿論、伝えるわよ」

「やっぱりか……」

 ――――まあ、仕方ない。

 結局のところ、責任は無茶な召喚をしようとした自分に降りかかってくる。

 早めに諦めるのが吉、だろう。

「それじゃレオ。私、先に中庭に準備しに行くから。またね、二人とも」

「うぃーっす、良い休日をー」

「またね、お姉さま!」

 そう言って、アメリアは優雅な足取りで教室から出ていった。

 隣でシェロームが『ああいう風になりたいなー』って感じの視線で後ろ姿を追っているが、正直無理だと思う。

 そして、そのまま二人は帰りの支度を始め――――っておい。

「お前らね、友人の筈の俺には何で一言も無いの?」

「うん? ああ、居たのか」

「それは酷過ぎるぞ!」

 何てこと言うんだコイツ! ホントに親友かよ!?

「冗談、冗談だって。お詫びってわけでもないけど、ほら」

 そう言って、ボレロは数十枚もの紙幣を差し出してくる。

「いやいやいやいや! そんな、こんな大金……!」

「手が伸びてるわよ」

 ついつい手が勝手に!

 まぁ、指摘されようと紙幣から手は離さないのだが。

「感激しているとこ悪いが、それ今日のお前の勝ち分だからな」

「ああ…………成る程…………」

 お前んちにそんな余裕……無いわけじゃないけど、親からの仕送り断ってるもんな。

「ん? ってことは胴元のお前はどのくらい……?」

 二十枚しか買わなかった筈の俺は、賭け金の十倍近くを手に入れてるんだが……。

「おおっとゥ! それ以上は聞くべきでは無いぜ、言わぬが花って言葉もあることだしな」

 まぁ、こいつの専攻してる魔術は金が掛かるからこういう時に稼がないとすぐに破産するからな。

「まあいいや。ありがとな、ボレロ」

「良いってことよ。んじゃ、またな二人ともー」

「それじゃ、またね……って、ちょっとは待ちなさいよボレロ」

 すたすたと帰るボレロを慌てて追いかけるシェローム。

 その後ろ姿は、仲の良い兄妹のように見えた。

「では俺達も向かうとするか、レオ」

「そうだな……」

 実家に帰るのはとても気が進まない。

 帰らずにハヴェル講師の研究室で新たな真魔術の構成を論議していたい、というのが本音だ。

 説教から逃げるために、というのが主要因だが。

 しかし、相手はあの天才アメリアだ。

 最悪の場合には遠隔操作からの『強制転移』で父さんの部屋に直接飛ばされてしまうだろう。

「ほらどうした、待たせとるんだからさっさと行くべきではないのか?」

「…………だな」

 結局、シルクリスに促される形で再度覚悟を決める。

 教室から出ようとする頃にはあれだけいた人だかりも消え去っていた。

 ま、あれだけ集まってたのはアメリア目当てだったからだろうけどな。

 そんなことを考えながら、教室から出て廊下を歩き、階段を降りはじめる。

 隣に並ぶシルクリスは、危なげなく階段を降りながらも俺も読んだことがある恋愛小説を熟読している。

 どうやら残りの頁数から見るに、クライマックスのシーンらしい。

 それにしても集中してるな、こいつ……。

「なぁ、レオ」

 不意に真剣な声を掛けられる。

「ん? 何だ?」

「本の中でたびたび『メルエルのようだ』などと書いてあったのだが、このメルエルとはどんな物なのだ?」

 真剣な声のまま、至極どうでもいいことについて質問してくるシルクリス。

 どうやら小説の表現でどうしても想像しがたい部分があったらしい。でもそこまで真剣な顔と口調で聞くような内容では、無い。

「何だ、そんなことか」

 しまった、思わず口に出してしまった。

 っていうか、よりにもよってメルエルかよ。

「何だとは何だ。俺の時代にはこのような物は存在しなかったのだから仕方あるまい」

 読み終わった本を俺に手渡しながら口を尖らせるシルクリス。

 いや、口尖らせるって本当に王様だったのかお前。

「そりゃそうだ。そのメルエルってのは、言うなればペットだよ。白くって、主人に従順で可愛らしい、見た目は少々犬みたいだが耳が四本あって、番犬代わりにも使われてる。魔獣に慣れてない魔術師が初めて触れるにはうってつけだ」

 受け取り、鞄の中に入れながらメルエルについて説明する。

 この本はまぁ……明後日にでも返すか。

「ほう……。一度見てみたいものだな」

 興味深げに顎を撫でながら思案するシルクリス。

 どうやらどうやって俺を説得してメルエルを拝もうか悩んでいるようだが、それには及ばない。

「心配するな。うちにも居るぜ、しかも最初の個体が」

「ほほう。では是非……ん? 『最初の』個体?」

 一瞬の間、顔に喜びの色を浮かべたシルクリスだったが、すぐに不思議そうな顔へと変える。

「そうだよ。メルエルは何世代もの魔獣の交配によって作られた、新しい形質を持つ魔獣なんだ」

「魔獣を、交配する――――」

 今度は呆れたような顔をするシルクリス。まぁ、気持ちは分からなくもない。

 一番最初に聞かされた俺はもっと冷たかったけどな。

 今思えば『寝言は森の中で言ってもらえませんか? 飢えた魔獣達なら聞いてくれますよ』は言い過ぎだよな。

「で、そんな夢物語を達成したのがハヴェル導師だ。尤も、特許は学院にあげちゃってるみたいだけどな」

 『私は研究できればいいので……』と珍しく恥ずかしそうに笑っていたハヴェル導師の顔が頭の中に浮かぶ。

「だが、あの導師は召喚魔術を教えているのではなかったか?」

 腑に落ちない、といった顔をするシルクリス。まあ、来たばかりじゃ無理もない。

 そんなシルクリスに、単純すぎて答えるには困難が過ぎる解答を教えてやる。

「ちょっと違う。正確には『召喚魔術』の担当じゃない。『魔獣に関する学問全て』の担当なんだよ、あの人は」

 あまりといえばあまりに力技すぎる答えに、階段から足を踏み外しかけるシルクリス。動揺するのも仕方ない。

 例えるなら『パンはパンでも食べられないパンって何だ?』ってなぞなぞの正答が『食べられないパン』だったようなもんだろ、これ。

「だから、あの赤の塔に居る講師はハヴェル導師だけなんだよ」

 窓から見える、丁度反対側に位置する赤の塔を見ながら言う。

「……常軌を逸してるな、あの導師は」

「…………」

 歯に衣着せぬシルクリスの言葉に閉口する。

 本来なら注意するべきなのだが、内心では少なからずそう思っている面もあるので耳に入らなかったことにした。

 そんな無駄話を終えたところで一階に辿り着く。

 塔から出て中庭へ出ると、とっくに転移のための陣を張り終えていたアメリアが腕を組んで待っているのが見えた。

 ただ、その隣にはまた別の魔法陣が張ってあった。失敗でもしたのか?

 もっとも、本当にアメリアが失敗したとは欠片も思ってはいないが。

「遅い。いい加減待ちくたびれて雪でも降らそうかと思ってたよ」

 慌てて近寄ると、人差し指で心臓を差しながら開口一番に注意される。

「悪かったよ。でも人を指で差すのは失礼だぞ姉さん」

「あっ、ごめんごめん」

 むっとした顔が一転して困り顔に変わる。しかしまあころころと表情が変わるな。

「さてどのような家なのだろうな、坊主の家は」

「あ、ちょっと待ってシルクリスさん」

 見るからに期待していそうな顔のシルクリスを制止するアメリア。

 いやいや、そんな露骨に水を差されたみたいな顔するなよ。……アメリア相手に。

「悪いんだけど、先に『契約』を済ませておいてほしいの」

「ああ。確かに、そういえばまだ済ませて無かった」

 思い出したように掌をぽんと叩く。言われた通り、シルクリスとは未だに『契約』を交わしていない。

「使い魔となる契約なら、済ませたが……?」

 怪訝そうな顔をするシルクリス。

 同じようにシルクリスの体を見まわしながら怪訝そうな顔をするアメリア。

 …………ああ、成る程ね。

「違うぞシルクリス。ア……姉さんが言ってるのは『契約』の魔術だ。俺との間に交わした契約のことじゃない。あれも必要なことだけどな」

 二人の間にある些細な誤解を解くため、まずシルクリスに説明する。

 した後に振り返ってアメリアには予め敷いてあった魔法陣について問う。

「にしても、わざわざ契約陣まで敷かなくても良かったんじゃないか? 一応はハヴェル導師の直弟子なんだけど」

「レオが召喚術に関してはプロだって知ってるけど、シルクリスさんは人間だから一応ね」

 確かに、何度も『召喚』や『契約』をこなしてきた俺も人間相手に試したことは無い。

 というより、召喚術自体が廃れてきているのだ。

 わざわざ人間と『契約』を結んだ経験のある魔術師なんて、国内でも絶滅が危惧される部類に入る筈だ。

 ハヴェル導師なら――――あるかもしれないけど。

 そういうことなら、意地を張らずに使わせて貰うことにしよう。

 にしても『召喚術に関しては』ね……。

「成る程。それで? 俺はどうすればいいのだ?」

「それじゃ、そこの陣の中央に立ってくれ」

 言われた通りの場所に立つシルクリス。一応、契約陣自体に問題が無いことを確認する。

 ……無駄な心配だったな。

 全く問題が無かったため、目の前に立ってシルクリスを見る。その顔には特に気負いなど見られない。

 すぅ、と呼吸とともに大気から魔力を吸うイメージ。

 今日はカオスの日なので実際には殆ど魔力を取り込むことは出来ない。

 しかし、これ自体が『契約』のための俺の儀式なので問題は無い。

「――――――行くぞ」

「ああ、さっさとしてくれて構わんぞ」

 呼びかけに、まるで緊張感のない答えが返ってくる。

 少し口元が緩むが、気を引き締めて魔術を発動する。

「魔剣の主よ。汝、我が剣となりてあらゆる敵を切り払うことを誓うか?」

 契約陣へと軽く魔力を通して詠唱することにより、通常以上に『拘束術』の力が強まっていく。

 流石はアメリアの陣といったところか、僅かな魔力でも生半な魔獣ならば即座に頭を垂れる程にまで力を引き上げている。

「断る。斬る相手は己で決めるのが俺の信条だ。強制されるのは性に合わん」

 だというのに、生身の人間である筈のシルクリスはいとも簡単に否定する。

 どうやらシルクリスは魔術に対する抵抗値が余程高いらしい。余りにも早い即答だったので、さらに笑い出しそうになってしまった。

 とはいえ集中が切れればこの増幅された術が暴走して一気に俺へと襲いかかるので、気を引き締めてかかる。

 『契約』とは、そういう綱渡りの魔術でもあるのだ。

「――――魔剣の主よ。我と契約を交わし、対等の存在となって我を導くことを誓うか?」

 術式通りではないため契約陣と術式の両方に手を加えつつ、契約条文である詠唱を変更する。

 『契約』に最も必要なのは相手からの同意だ。同意があれば、例え契約主の力量に見合わない魔獣とも『契約』は結ばれる。

 『契約』の際に強い拘束術が用いられるのも、相手からの同意を引き出すためだ。

 ――――だからこそ、拘束術そのものを契約陣と術式から取り除いた。

 拘束術が無くなった事が肌で感じ取れたのか、シルクリスの表情から僅かな強張りが溶けたように見えた。

「――――それで良い。誓うとしよう、坊主」

 同意の言葉に反応し、契約陣から山吹色の魔力が溢れだし、シルクリスの右腕へと集まっていく。

 一瞬の強い白光。

 光が治まると、シルクリスの右腕には俺の手に有るものと同じ形の刻印が刻まれていた。無事に『契約』が成立したようだ。

「これは……太陽、か?」

 刻まれた『契約』の証しをまじまじと見ながらシルクリスはそんなことを呟く。

 ああ、成る程。そう見えないことも無いな、この形だと。

「よし。それじゃ行こうか、二人とも」

 それまでずっと沈黙を保っていたアメリアが漸く口を開いた。

 空も先程までは夕焼けで朱色に染まっていた筈が、もうすっかり夜の青へと近づきつつある。

「ああ、頼むよ姉さん」

「うん。――――開け、此方と彼方を繋ぐ扉よ。名はアメリア・ファルド。我が名と力を鍵と為し――――」

 詠唱を始めるアメリアを見ながら、不思議そうな顔をする

「また陣と詠唱か。現代の魔術師には小細工が大量に必要なようだな……」

「小細工って、お前なぁ」

 現代魔術の様式に喧嘩売るなよ。っていうかアメリアなら別に両方使わなくても問題は無いんだぞ。

 は? っていうかシルクリス、現代のって言ったか?

「――――彼の地へと我等を導きたまえ。『転移』!」

 聞き間違いかどうかを確かめようとしたところで『転移』の術式が完成する。

 魔法陣から大量の魔力が吹き出し、光の粒子となって視界が七色に満たされた。

 かと思うと、次の瞬間には全く別の場所へと景色が切り替わっていた。

 月光に照らされながら、円形の花壇に咲いているアルテミシアはその白い花弁を夜風に揺らめかせている。

 そして、その中央には滾々と湧き出る噴水。

 振り返れば、つい数年前までは毎日寝起きしていた、記憶にあるものと寸分違わない見慣れた屋敷。

 目の前にあるのは、久しぶりの我が家だった。

 久しぶりに『転移』したが、体にも特に異常は無さそうだ。

 ……暴走すると腕とか置いてきちゃうからな、これ。

「これが『転移』か。なるほど、これだけ大規模な現象を引き起こしておきながら大した消耗も無いとは……」

「いいえ、派手な見た目ほど大した距離を移動したわけでもないの。うちの領地は学院の近くだから」

 『転移』に対して素直に感心するシルクリス。

 そんなシルクリスに対して、アメリアは些細な事実を交えながら申し訳なさそうに謙遜する。

 本来困難なことを何でも無いかのように実行し、申し訳なさそうな顔で謙遜するアメリア。

 そんな姿は人生の中で何度も見てきたので、いい加減慣れてきている。嫉妬に駆られてしまう時が無いわけではないが。

 アメリアの言うとおり、確かにファルド家は学院に最も近い場所に領地を持っている。

 しかし、そもそもの『転移』という魔術からして難易度が高い。『ニグレド』の位階とはいかなくとも、それに次ぐ難易度がある。

 現に『突破者』と呼ばれる人間にも『転移』魔術が行使出来ないものなど大勢いる。

 さらに『転移』の魔術は距離によってその難易度と使用魔力が比例して上昇していくのだ。

 魔力消費を抑えつつ距離を稼ぐという二重の効果。

 それをそれほど細かくも無い術式の魔法陣一つで得られるようにするその才能の、どこが大したことが無いんだよ。

「領地!? ということは坊主。お前、貴族だったのか!?」

 目を剥いて俺に向かって叫ぶシルクリス。その顔は驚きに満ち満ちている。

「あれ? 言ってなかったっけか?」

「聞いとらん。……まあ、だからといって何が変わるわけでも無いのだがな」 

 とは言いつつも、心なしかシルクリスがそわそわしているように見える。

 ん? ああ…………成る程。

「ところで坊主、さっそくだが――――」

「はいはい。俺の部屋は二階に上がってすぐ目の前にある部屋だから、好きなだけ読んどいて良いぞ」

「本当かっ!」

 そんな念願の宝物を譲ってもらった少年のような顔で見るな。お前本当は幾つなんだよ。っていうか王様だったっての嘘だろ。

 わざと荒く扱ったことにも気付かず、シルクはそのまま行ってしまった。

 …………どんだけ本好きなんだよ、あいつ。見た目とそぐわなさすぎるぞ。

 若干どころか多大なくらいシルクリスのギャップに呆れていると――――不意に、脇から白い腕が伸びてきた。

 そのままギュッと、抱き締められる。背中に柔らかい何かが当たるのを感じ、一瞬で頭が沸騰するような錯覚を覚えた。

「レ〜オ〜。ハグハグ」

「…………何してるんだ、姉さん」

 魔術を使う時よりも数段強く自身を抑え、ゆっくりと呼びかける。

 発した声に震えは無い。動揺も、普通の域を出なかった筈だ。

「ん〜? 魔力の代わりにレオ分の補充中〜」

「いや……離してくれ。いくら周りに誰もいなくなったからって気を抜き過ぎだ、姉さん」

 強く振りほどくことが出来ないのは、何だかんだ言って俺にもアメリアへの甘さがあるからだろうか。

 耳まで赤くなっているのを隠すため、体を揺らして振りほどこうと試みる。

 それによってアメリアの体も動くことでかぐわしい花の薫りが鼻腔へと入り込んだ。

 嗅覚により、その存在を身近に感じることでさらに顔の赤さが増してしまう。

「むー。もう少しで満タンなんだから待ちなさい〜」

「学校のファンが見たら泣くぞ……全く」

 まあ、ここでは俺や家族にしか見られないから問題は無いと思っているんだろうけど。

 にしてもくっつきすぎだ。背中に胸が触れてるじゃないか。

 柔らかな実感とともに、心臓の鼓動がどんどんその間隔を短くしていく。

「えー? 学院長とお父様の説得もやってあげたお姉ちゃんに、そんな扱いは酷いんじゃないかなー?」

「は? やってあげた? どういうことだ?」

 唐突な告白に、一瞬自身がおかれた状況も忘れて思考が空白になる。

「だーかーら、あらかじめお父様には学院長と一緒に報告は済ませてあるから特にお説教は無いの。後はシルクリスさんを紹介するだけ〜」

 緩い口調であっさりと、つい先程まで悩んでいた問題が解決済みだったことを告げられた。

「…………つまり。父さんはとっくに知ってるし、説教を受ける心配も無い……ってことか?」

「そういうこと〜。しかも今日は父さん夜遅いよー。ハグハグ、ぎゅー」

 さらに強く抱きしめられたことで、背中で感じた柔らかい双球の温かさが暴力的に理性を駆逐し始めた。

 ――――――抱きしめたい。

 空白だった思考が一瞬で桃色に染め上げられる。

 そのまま、ひとりでに右手が動き、白魚のような手を掴――――。

「――――ッ!! しっ、シルクリスに伝えてくるッ!!」

「あっ、レオ…………」

 名残惜しげな声に後ろ髪惹かれる思いだったが、何とか振り払って屋敷へと入り、階段を駆け上がって自室へと入り施錠する。

 一応ドアに耳を当てて様子を窺うが、着いて来ている様子は無い。

「ふぅ…………」

 一息吐き、胸をそっと撫でおろす。胸の鼓動は未だに収まる気配を見せない。

 …………あのまま居たら、どうにかなってたかもしれないからな。

 伸ばしかけていた右手を、戒めるように睨みつける。

「随分と感慨深げに右手を見ているなぁ坊主。んん?」

「うおおおおおおおお!?」

 勢いよく振り返ると、にやにやした顔でこちらを見てくるシルクリスが椅子に腰かけていた。

 その右手には幼い頃に俺が好んでよく読んでいた童話が握られている。

 そして、その左手にはどうしてか剣が握られている。学院でも握っていた白い剣だ。

「……ど、どうでもいいだろ。お前こそ、童話読みながらにやにやしてるなんて気持ち悪いぞ」

「ほう。それは……実の姉に思いを寄せている人間よりも、か?」

「――――――――ッ!?」

 心臓が握りしめられ、強制的に停止させられた。

 少なくとも、実際にそう感じるほどに、衝撃的な言葉だった。

「っは。何言ってんだ、よ」

「柔らかいなぁ、アメリアの胸。前よりも大きくなってないか?」

 それは、さっきの俺の思考!?

 驚愕によって、全身の動きが縫い止められる。

「俺の方からキスしたら、どんな顔するだろう?」

 得意げな顔で朗読を始めるシルクリス。その姿に漸く体が動いてくれるようになった。

「っちょ、止めろ! 止めてくれ!」

 どういう原理かは分からないが、シルクリスは俺の思考か何かを完全に『読んでいる』!

 『契約』によって身に付けた能力である可能性もあるが、今はそんなことはどうでもいい。

 ってことは、まさか――――。

「ほほう、坊主は数年前までは姉と共に風呂にも入っていたのか。寝る時も一緒とは、これまた重症だなぁ!」

 高笑いするかのごとく、次から次へと俺の恥部を詳らかにしていくシルクリス。

「あ、悪魔! 悪魔の仔!!」

「ふふん? どれどれ? おいおいこれは去年か? 澄ました顔したまま姉の入浴中に狙って……」

「ぎにゃああああああああああ!」

 俺の罵倒も負け犬の遠吠えのようにしか響かず、結局その後も悪夢のような朗読会は続けられた。


「ま、これくらいにしといておくか。変態といえど主だからな」

「………………」

 漸く……終わりにしてくれるのか……?

 一切容赦せず精神的に嬲ってきた張本人であると分かってはいる。

 なのにそれでも、シルクリスが救いの主であるかのように見えてしまった。

「しかし、坊主はいつも姉のことを内心ではアメリアと呼んでいるのだな」

「…………どうやって、読んだんだ」

 シルクリスの言葉に反応する気力も無く、聞くべきと思ったことを先に聞いておく。

 ただでさえ疲れていた中で更にこの疲労が加わるとなると、このまま眠ってしまってもおかしくない。

 その問いに、シルクリスは左手の小剣を掲げながら答える。

「十一番、クラウン。こいつのお陰だよ」

「そんな魔剣まであるのか……」

 放課後、唐突に笑っていたのはそれでか。

「まぁ、こいつは表層しか読めんから坊主の考えているほど使い勝手は良くないのだがな」

「つくづく理不尽だな……お前の魔剣……」

 握っているだけで対象の意識が逐次仔細漏らさず伝わってくるなんて魔具、どれほど有名な技術者でも未だに作り上げた奴は居ない。

 コライド国最高の鍛冶師、ズドラル・ジェルノだってそんなものは作れないに違いない。

 こと一対一の白兵戦に於いて、これよりも使える武装は無いんじゃないだろうか……?

「いやぁ、むしろ交渉の場の方が上手く使えるのだがな。心が読めようと回避できない攻撃ならどうしようもない」

「っていうか、いい加減それ仕舞えよ!」

「いちいち文句が多いな、坊主は……」

 最後の力を振り絞っての叫びで漸く、シルクリスは魔剣クラウンを消し去った。

 安心してしまい、そのまま座っていたベッドへ倒れ込む。

「おやす、み……」

「ああ、良い夢が見れると良いな」

 意識を失う直前、悪意に満ちたシルクリスの声が聞こえた気がした。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌日、目覚めると同時に枕を殴りつける。

 ――――どんな夢だッ!

 あ、あんな真似、アメリアは俺にあんなこと命令しないし、俺は従わ――――ッ!?

 咄嗟に周囲を見回すと、シルクリスは椅子に座って本を開いたまま眠っていた。魔剣クラウンを持っている様子は無い。

「はぁ…………」

 あんな魔剣があると知っただけで……迂闊に夢も見られないのか。夢の中でなら、というより空想でなら何したって良いだろ?

 その後すぐに起きたシルクリスとともに一階の食堂へと向かうと、既に一家全員が朝食を摂っているところだった。

「おはよう、姉さん」

「ああ、レオ。おはよう……」

 昨日の今日だが、動揺をおくびにも出さない様に心がけて挨拶する。おいこら、笑うなよシルク。

 声を我慢して笑うシルクリスを睨みつけるが、効果は今一つのようだ。

 それにしても、どうにもアメリアに元気が無いな……?

「私への挨拶は無いのかい? レオ」

「ゴメンゴメン。おはよう、父さん」

 少し拗ねたように尋ねてきた俺の父、ソウェル・ファルドへと挨拶を返す。

 礼式に沿った、宵闇のような漆黒の色をしたスリーピーススーツ。

 徐々に白色が主張し始めてきたロマンスグレーの髪。

 柔和そうな顔に不釣り合いな鋭い眼も、朝の紅茶を嗜む今は細められている。

 もうぱっと見は本当に優しそうなオジサマといった感じだが、これで職業は軍人なのだから恐れ入る。

 今は幹部ということで実質隠居状態のようだが、かつては『灰の悪鬼』と恐れられていたらしい。

「それで? その方がシルクリスさんかね」

 ああ……昨日色々あった所為で忘れてた。そういえば、元々はシルクリスを紹介するための帰省なんだったっけ。

「そうだよ、新しく『契約』を結んだシルクリスだ」

「坊主の父上か。俺がシルクリスだ。今後は坊主の学院での生活については心配せずとも良いぞ」

「これは頼もしい。是非ともそのついでにレオ本人を鍛えて頂きたいものですな」

「そのぐらいお安いご用だが、こんな素性の知れない男をよくもまあ即座に信頼できるな」

「おい、シルク!」

 父さんに向かって、よくまあそこまでぽんぽんぽんぽん無礼な言葉が出てくるな。『拘束』使うぞ!

「構わないよ、レオ。私だって幾つか戦場を越えてきた身だ。相手がどれほどの強さを持っているかが分からないようでは、この年まで生き残ることは出来なかっただろう」

「…………ほう。成る程、流石は坊主の姉の実の父なだけはあるな」

 そこで敢えてアメリアの方を挙げて称賛するあたり、自分の不甲斐なさが現れているようで泣けてくる。

 っていうか『実の』ってなんだよ『実の』って。俺だって実の子だよ!

「ははは……さて、それでは私はそろそろ部屋に戻るとしよう」

「え? 今日は久しぶりの休日なんじゃないの?」

 普段ならもう少し紅茶を楽しみながら新聞を広げていそうだが、既に読み終っているというような形跡は無い。

 ん? でも誰か別に食べたような形跡がある……母さんか?

「ああ、アブラハムさんがいらっしゃってるんだよ。先程まで一緒に食事をしていたんだ。今は御不浄に行っておられる」

「……もしかして、サーレオンさんとの婚約の件の続きですか?」

「ッ!?」

 それまで沈黙していたアメリアが、突然口を開いたかと思うと驚きの一言を呟いた。

 横で再び笑いを堪えるシルクにも構わず、全力で顔面を制御して飛びそうな意識を保つ。

「ああ……そうかもしれないね」

「いくらお父様のお言葉でも、余り気は進みません……」

「どうにか断ろうとはしているのだが……どうもな」

 目前の二人の会話によって、途轍もない速度で希望と絶望の相転移が俺の表情を舞台に繰り広げられる。

 横で笑いを堪えていた筈のシルクリスが引いたように感じたが、今はそれどころではない。

 父さんはそのまま食堂を出て行ってしまった。どうやら話し合いは書斎で行うらしい。

 幸いにも、俺の百面相にアメリアは気が付かなかったようだ。

 しかし次の瞬間、俺はそんな楽観を自身に許したことを後悔する。

「はぁ……。やっぱり結婚しなくちゃ、駄目なのかなぁ……」

 俺の存在も忘れ、つい漏らしてしまったような、アメリアの、諦めきったような声。

 その気落ちした顔の、閉じられた目尻に、小さな雫が浮かんだように見えた。

 それが見えた瞬間――――体が勝手に動き始めた。

「っ、おい坊主」

 シルクリスの制止も心に届くことは無い。食堂を出て、廊下を早足で渡って階段を昇る。

「ショックだったのは分からんでも無いが……どこに向かってるのだ?」

 後ろからついてくるシルクリスに答えることなく、父さんの書斎へと向かう。

「坊主……アメリアは天才だ。加えてあの容姿とくれば、本人の意思に依らぬ婚姻があることくらい分かっているだろう?」

 敢えて、シルクの言葉に応えるために振り返る。反応があったことに少なからず驚いているようだ。

「……分かってる。分かってるさ。それでもな、シルクリス」

 黙れ。

 そう意志を込めて、一言ずつ言葉を紡ぐ。

「…………」

 常ならば雄弁であるシルクリスも、口を閉ざした。

 別に、『拘束』の魔術を使ったわけではない。

 魔力も――――全く漏れ出てはいないだろう。例え、中でどれほど荒れ狂っているとしても。

 それでも、シルクリスは口を開いたまま舌を動かすことは無い。気が付いたのだろう。

 今の一言が――――俺の逆鱗に、触れていたことに。

 溢れ出る殺意までは抑えることが出来ず、自然と目の前の男に叩きつけるようになってしまう。

「アメリアと結ばれるなんて無理だって分かってる。アメリアが全く別の誰かと結婚したいなら、笑顔で祝福してやるさ。でもなシルクリス。アメリアは今、『泣いて』たんだよ」

 言葉を荒げるような真似は、しない。

 ただ、裡で荒れ狂う鬼気を八つ当たりのようにシルクリスへとぶつけてしまう。

「………………理解した」

「……何をだ?」

 言葉だけなら俺の意見を納得してくれたようにも聞こえる。

 が、何故だか今のシルクリスの言葉にはそれ以外への意味も含まれているように感じられた。

「いや、何でも無い。俺も、もう止めはせんよ」

「……そうか」

 書斎に辿り着くと、中では既に話し合いが行われているようだ。

 逸る気持ちを抑えつけて、扉に耳をつけて状況を探る。

「やはり婚約の件、無かったことにしては頂けませんか」

「これはこれは『灰の悪鬼』ともあろう御方がお忘れとは。魔術師にとって『借り』とは絶対。しかも命の『借り』となれば、それは本来命でしか返すことは出来ないものでしょうに」

 ――――それで、か。どうにも断れないと言っていた理由は。

「…………確かに。だが、アメリアの気持ちを余りにも無視している。それに『借り』ならば私自らが返すべきでしょう」

「本来なら、私だってこのような真似は御免こうむる。しかし、うちの倅のたっての頼みなのですよ。この婚約が実現すれば、奴も軍人の道に進む覚悟を決めるそうで」

 ――――抑えが、壊れた。

「納得がいきませんね、マクガヴァン閣下」

 ノックすることなく、乱雑に扉を開いて中へと押し入って言い放つ。

 最早何も語らず、シルクリスも追従してくる。

「な、なんだね君は……」

「こ、こらレオ! いきなり何を言い出すんだ」

 突然の乱入に気が動転しているのか、父さんの叱責にも迫力が足りない。

 尤も、迫力があろうが無かろうが今の俺は止まらない。

「そうか、君がサーレオンの言っていた……」

 マクガヴァン少将は小さく息子の名前を呟いた。その口調によると、俺のことを聞き及んでいるらしい。

 どうせファルド家の恥さらしとでも呼ばれていたんだろう。

「すみません閣下。レオ!」

「いや構わんよ。この子の話を聞いてみたい。……それで? レオ君は何に納得がいかないのかね?」

 寛容にも、少将は俺の話を聞いて下さるようだ。

 強引な『交渉』を行わざるを得ない事態にならなかっただけマシとしよう。

 勿論、遠慮も気兼ねもする余裕は俺には無い。

「分かってるでしょう? サーレオンとの婚姻ですよ」

「ほぉ、随分はっきりと物を言う子だ。しかし私には君の父上に『借り』があってね……」

「ええ、存じてます。ですから、賭けをしましょう」 

 皆まで言わせず、堂々と言い切る。

 俺の宣言に、少将は目を丸くした。

「――――賭け?」

「ええ、賭け事です。俺が勝ったらその『借り』を無くして下さい」

「中々に面白いな、それは。確かに、私が同意さえすればそれも『借り』を解消するための方法と成り得る」

 当然だ。そうなるような方法を出したのだから。

「それで? どのような賭けだね」

「今日からちょうど一か月後、学院では闘魔会という魔術大会が開かれます。それで自分とサーレオンのどちらが勝つか、です」

「レオ、それは無茶だ」

 先程まで黙っていた父さんが、堪らず静止する。

 そんな父さんを眼で制す。心配するなという意志を込めて。

「ほほう! 君はうちの息子に勝つ、と。そう言ったのかね?」

 上機嫌に笑いながら、少将は確認してくる。どうやら賭けに乗り気らしい。

 ――――ほら、餌に喰いついた。

「ええ、勝ってみせましょう。問題ありません」

「しかし、仮にサーレオンと当たらなかった場合はどうするつもりかね」

「問題ありませんよ。俺が優勝すれば良いだけの話です」

「口の減らない子だ、実に面白い」

 そう言うと、マクガヴァン少将は何事か考えだした。

 恐らく賭けの勝率でも考えているのだろうが……。

 俺の噂を知っていればいるほど、その勝率は分が良くなる筈だ。

 こういう時だけは、己の才能の無さを神に感謝したくなる。

「……では私から受ける条件を言おうか。君が負けた場合、君には私の下で働いて貰おう」

 チップを強引なまでに釣り上げてくるが、構わない。

 むしろ一族郎党全てを奴隷とする、くらいだと思っていたところだ。

「構いません。ここに『誓約』は完了しました」

 耳鳴りのような音とともに、『誓約』の魔術が発動する。

 同意を得たことで、あらかじめ無詠唱で待機していた『誓約』の魔術の発動条件が達成されたためだ。

「――――即答、かね。そしてここにきて『誓約』とは、恐れ入ったよ」

 降参といった様子で両掌を上に広げるマクガヴァン少将。

「レオ……お前……」

「では閣下。『レオ・ファルドが勝利した場合はソウェル・ファルドへの『借り』を抹消する』そして『サーレオン・アブラハムが勝利した場合はレオ・ファルドをマクガヴァン・アブラハムの部下とする』。これで宜しいですね?」

 さらに内容を再度繰り返しつつ、『誓約』を発動させて強化する。

「そこまで徹底すると、もはや用意周到というよりも執念深いの方が近いよレオ君……『同意する』」

 先程よりもさらに強い音を鳴り響かせながら、魔術が発動する。

「有難う御座いました、閣下」

「さて、では失礼しようか。実に有意義な話し合いだったよ、ソウェル大佐」

「ええ……本日は、有難う御座いました」

 そう言って、マクガヴァン少将は去って行った。

 そのことを確認し、漸く一息つく。しかし、気は抜かない。

 俺は正しい、と小さく呟いてから父さんの方を向いた。

「やってくれたな……レオ」

「もう無駄ですよ、父さん。この重ね掛けは、アメリアにも解除出来ません」

 鉄球の如く重苦しい父の言葉に、開き直ったように返す。

 そう。そうなるように、わざわざ『誓約』の重ね掛けなんて無駄なことまでしたのだ。

「……もう、いい。もうこうなれば勝つしかないだろう。それで、勝算は有るのか?」 

「ええ、大丈夫ですよ。何回やろうが俺が勝てます」

「――――ちなみに、俺は基本的に参加せんぞ」

 一瞬の、間。

「現時点では三割五分です」

「何だと!?」

 掌を返したようにあっさりとした俺の敗北宣言に目を剥く父さん。

「シルクリスさん! 貴方は先程この子を守ると言ったでしょう!」

「仕方ないですよ父さん。こいつはこういう奴なんですから」

「だが、それでは勝てんのだろうが!」

 ついに怒りが沸点を越したのか、父さんは怒りながら嘆き叫ぶという困難な動作を行い始めた。

 そんな父さんを前にして、俺は特にどうといったことも無いという様子を装って嘯く。

「だから――――修行するんですよ」


「あれだけの大言壮語を、よくもまあ吐けるものだ」

 あれからは本当に大変だった。

 神経をすり減らし過ぎた父さんが倒れたり。

 それを見た母さんが俺が犯人だと勘違いして本気で締め上げにかかったり。

 それを止めようとしたアメリアが『拘束』の魔術で母さんを締め上げたり。

 そんなこんなで、殆ど休めないまま一日が過ぎてしまった。

 結局、アメリアとともに学院へと戻れたのは夕方になってからだったのだ。

 寮に宛がわれた俺の部屋に入るや否や、殆ど口を開かなかったシルクリスが呆れたように言う。

「仕方ないだろ。『借り』ってのは、それも命の『借り』はそれだけ重いってことだよ」

「成る程な、理解した。それで、やるのだろう?」

 シルクリスは何やらやる気のようだが、何のことやら見当がつかない。

「ん? 何をだ?」

「無論、修行のことだ。まさか、それすらも嘘だったのか?」

 自分で言って俺から距離を取り始めるシルクリス。いや、勝手に人を詐欺師扱いするなよ。

「いや、ただ修行って言っても俺は剣士じゃないからな。術式をもう一度改良してみるつもりだ」

 机の引き出しから、以前計算した俺の『契約』済みの召喚獣達との合作である真魔術のノートを取り出す。

 さらに威力や発動速度を何とかして強化すれば、僅かとはいえ勝率は増す筈だ。

 さて、まずはビーン達のから……。

「――――それだけでは、勝てんな」

 そんな楽観的な俺の思考を、容赦なく叩き潰すシルクリス。

「言ってくれるな、シルクリス」

 振り返りながら、ついムッとした声で答えてしまう。

 っていうか、そもそもこいつが手を貸さないなんてゴネるから計算が狂ったんだよ。

 そんな俺の不満が伝わったのか、苦笑しながらシルクリスが諭すように言う。

「試合には手を出さんが、修行には付き合ってやる。ちと遅いが表に出ろ。実戦での坊主の短所を教えてやる」

「俺の、短所……?」


 ゴードンに乗せて貰い、禁忌の森のシルクリスを召喚した所まで場所を移す。

 ここなら、誰かに聞かれる恐れも、迷惑になることもないだろう。

「……それで、俺の短所って何だよ」

「まあ待て坊主。お前はどうやら本来は俺と同じ戦術を使うようだからな」

「同じって……どこがだよ」

 お前は剣士で、俺は魔術師だろうが。

 武器だって、お前は魔剣で、俺は魔術――――。

「召喚獣を…………あっ」

「気が付いたか? 俺も王だった男だ。軍を率いての戦など数えきれぬほど行ってきたわ」

 成る程。俺もシルクリスも、規模と質は違えど同じ指揮官タイプってことか。

「それで? 俺に戦術でも教えようってのか?」

「それも行うが、言っただろう。秘策を授けてやる、と」

 いやさっきと言ってること違うぞ?

 などと揚げ足をとったら流石に怒るだろうから自粛する。

「坊主、お前の短所はお前自身だ」

 隠された古代の謎を見事に解き明かしたように自慢げな顔で、シルクリスが言う。

「いや、まあ……そりゃそうだろ」

 とはいえ予想されていた答えだったために別に驚くようなことでも無い。

 そもそも、召喚術師を崩すセオリーとして『術師本人をまず叩け』と教本に記載されているくらいだ。

「意外に反発も無いのだな、もう少し何がしかの反応を示すと思っていたのだが……」

 本当に意外そうな顔をするシルク。

「まあ、実感してるからな」

 逆に俺の仲間が短所だと言っていたら殴っていたところだ。

「そうか、なら無理矢理教え込む手間が省けたな」

 …………ノルドにしたみたいに棒っきれで実力差を味合わせるつもりだったのかよ、お前。

「さて、それじゃあ坊主。あの『刃化』という魔術は使えるか?」

「ああ、まあ一応は…………」

「やって見せろ」

 …………もう、こいつ本当に俺のこと主だと思ってないよな、いいけど。

 言われた通り、『刃化』の魔術を発動するために意識を集中させる。

「我が魔力を鋼と為し、我が意志で以て刃となれ――――『刃化』!」

 詠唱が完成し、『刃化』が発動する。『刃化』によって、俺の手の中には両刃の長剣が握られる。

「ふむ…………うむ、現時点でこれなら十分か」

「十分って、これ以上は俺には無理だぞ?」

 発動させるだけなら可能だし、魔力を多めに使えば多少は強度も増すだろうが……。

「では坊主、同じ長さで構わん。今度は片刃の長剣を、特に刃の部分を特に重点的に、本物を作り上げるような術式で作ってみろ」

「――――分かった」

 作り上げた長剣への意識を切ると同時に、長剣が光となって消え去る。

 正直その程度でこの魔法剣が強化されるとは思わないが、それでも意識を集中させてやってみることにする。

 魔術式を改良するために術式を思い出し、それへと意識を埋没させる。

 そもそも、だ。

 魔術を発動させるには魔力と魔術式が必要とされる。

 そして魔術式は通常の文字とは異なるルーン文字で記述されている。頭に思い浮かべる魔術式もルーン文字で記述されたままだ。

 ルーン文字とは一字一字に様々な意味を含む魔力のある文字であり、通常はエイヴォンが発見した魔術文字のことを指す。

 本来は魔術式を頭に思い浮かべながらルーン文字を唱えて魔力を消費することで魔法は発動されるものだ。

 例外として、魔術式を頭に思い浮かべながらであれば、その意味を完全に正しく訳した通常の言語でも魔法は発動する。

 大きく深呼吸し、神経を張り詰める。

 術式改変。

 魔力の優先使用先を刃に設定。

 次いで全体のバランスを保つために構成の補強。

 魔力の硬度設定の変更――――二段階強化。

 ――――改変終了。

 魔力の使用量が四割も増したことを除けば、完璧に改良は成功した。

 刃の他に構成の補強にも多めに魔力を用いただけあって、暴走の危険性も抑えられている。

「……我が魔力を鋼と為し、我が意志で以て刃となれ――――『刃化』」

 完成した『刃化』によって新たな長剣が現出する。

「――――出来たぞ」

「やり直せ」

 即刻やり直しを命じるシルクリス。

「何でだよ! 言うとおりやっただろうが!」

「やってなどいない」

 憮然として否定するシルクリス。

「それじゃ、どうやれって言うんだよ!」

「……細かく言おう。高密度の魔力の薄片を数千層単位で圧縮複製し、刃の側の硬度を上げて反対側の靭性を強化するんだ」

「何言ってんだ無理だろうがそんなの!」

「いいからやれ、変態シスコン」

「……………………」

 再び、脳内で血管が切れるような音が聞こえた気がした。

 そっちがそう言うなら、やってやろうじゃねえかこの馬鹿シルクリスが!

 再度改良するために意識を埋没させる。

 術式改変。

 刃の部分の構成を変化。

 棟側の硬度を最低限まで低下、並びに靭性を最大限まで強化。

 刃側の靭性を最低限まで低下、並びに硬度を最大限まで強化。

 魔力を第一層から順に複製圧縮開始。

 ……第二十六層、複製圧縮。

 …………第百三層、複製圧縮。

 ………………第四百十二層、複製圧縮。

 …………やっと五百、か。

 ……………………第六百七十九層、複製圧縮。

 …………これで八百二十層…………。

 ……これで、千層………………。

 ……………………第千五百五十三層、複製圧縮。

 ………………………………第二千百六十四層、複製圧縮――――ッ!

 改変、終了――――。

「でき、たぞ……」

 時間にして一時間にも及ぶ改良の末、どうにかして一応の体裁は整った。

 …………いや、一度にこれやるのは気が狂うって。

 通常の言語ならば苦も無く終わるのだろうが、ルーン文字で意味を通すのにはかなり難儀な作業だった。

 『刃化』発動の魔力使用量が元々の使用量と変わらない様に途中で複製圧縮を止めてしまったため、自信は無い。

「見せてみろ」

 鷹揚に促すシルクリスの頬を引っ叩いてやりたいが、そうする気力は未だ回復の兆しを見せてはくれない。

「……我が、魔力を……鋼と為し、幾千を集わせ一つに固め、真に鋭き刃となれ――――『刃化』」

 魔術式を大幅に改変したため、詠唱にも違いが発生する。

 消耗が詠唱にも現れたのか、随分とたどたどしいものになってしまったが、魔術は発動してくれた。

 自分で手に取ることはせず、地面に突き立てるようにして現出させる。

「よしよし、それで良い。ここまでは上出来だ」

 剣を引き抜き、微に入り細を穿ち、矯めつ眇めつ眺めて漸く、シルクリス王は合格をお出しになられた。

 満面の笑みで長剣を渡しつつ、恐るべきことを口にする。

「さて最後だ。その魔法剣を『強化』しろ」

「――――っ!?」

 受け取りながら、その言葉に硬直する。

 シルクリスの言葉は、本来ならば不可能なことだ。 

 通常、魔力は物質の形を取らない――――否、取れない。無から有を作り出すことなど如何なる魔術にも出来はしない。

 高密度な魔力は実体となることは可能だが、それでも他の物体に成り替わることは無い。

 そして『強化』は物質を強化する魔術だ。通常、単なる魔力によって形作られる魔術を強化することは不可能とされている。

 実際に一年時の頃、習いたての『炎弾』を『強化』しようとしてみたものの、発動せずに魔力だけが失われていったのを覚えている。

 誰しもがそれを試して失敗するからこそ、誰も試そうとはしない技法――――。

 しかしこの剣にならば、この存在感にならば不可能では無いとも思わせる。

 唾を飲み込み――――――魔術を行使する。

「――――『強化』」

 光とともに、魔術が刀身を奔り抜け――――刀身全体を覆って固着する。

「よっしよくやった坊主、完成だ!」

「……………………」

 試して、その効果を見て分かった。これは、これは――――。

「これ……ヨキの『錬剣』じゃないか……」

「ほう、この技法を行っている魔術師が現代にもいるのか」

「ああ、世界最強に近い男の一人だよ」

 とはいえ、この剣ではヨキ・ヒウーガの術式には程遠そうだ。

 かつてとある大会でヨキの試合を観戦したが、その時に見たヨキの魔法剣はどんな実際の剣よりも剣らしかった。

 現在のこれでは、とてもじゃないが同じものとは言えそうにない。あちらが名剣でこちらがなまくら、といったところだろうか。

「ふん、まあいい。では本題に入るとするか」

「――――ふぇ?」

 何を言ってるんだろう、この人。

 シルクリスの言葉は確かに耳朶を震わせたはずなのだが、脳髄が疲れきっていて全く認識が出来る状態では無い。

「何を腑抜けた声を出してるんだ。坊主、今のお前は漸く武器を手に入れたに過ぎんのだぞ?」

 シルクリスは訳が分からない、といった顔をしながら魔剣カラミティの名を呟き、その手に握る。

「これからは――――実戦訓練の時間だ」

 その言葉とともに、容赦躊躇の一切無い斬撃が俺へと振り下ろされてきた――――。


あらすじって、嘘を書かなくても嘘っぽくなっちゃいますね。

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