~切欠(上)~
登場人物紹介
那須野ひかり
聖一の幼馴染の少女。髪型は黒髪ショートボブ。常に明るくテンションが高いので、男性・女性問わず人気があり、交友関係も広い。
日本のとある地方都市の一角に、大きな古い屋敷がある。この地に戦前から住んでいるこの家の主の姓は『鷹村』と言い、弓道場を営んでいる。
ある日の朝。この家の勝手口が開き、一人の少女が姿を現した。この付近の高校の制服を身に纏った、黒髪をショートボブにした活発そうな印象の少女である。
「ん~♪今日も侵入成功だねっ!」
鍵を指でくるくる回して得意げに鼻歌を歌う少女。この不法侵入者の名は那須野ひかり。鷹村家の隣に住む女子高生である。
彼女は慣れた様子で玄関の鍵穴に鍵を突っ込み、くるりと回す。鉤が開き、カラカラと古めかしい引き戸が開かれて木造の日本家屋の玄関が姿を現す。ひかりは靴を脱いでそれをキチンと並べると、足音を忍ばせて廊下を歩く。
そして辿り着いたのが一階奥の和室。音もなく引き戸を開け、敷かれた布団に目的の少年が眠っているのを発見すると、ニンマリと笑みを浮かべる。カバンを置き、静かに近寄って――――
「お――――」
跳躍。そして―――
「きろ――――!」
「ぐへぇっ!」
ものの見事なボディプレスが、少年―――鷹村聖一を押しつぶした。
「もー、いい加減にしてよね、ひかり・・・」
「あははっ。いやー、どうしてもこればっかりはやめられなくてねっ!毎朝お天道様と一緒に起きちゃうのさっ」
時刻は午前5時を回ったところ。普段、聖一は鷹村の本家に出向いて不在の両親に代わって弟妹に朝食と弁当を作るのだが、それでも6時半起床だ。
「それにしても、いっつもごめんね。うちの両親、出張しているから・・・」
「気にしなくていいさ。ひかりのご両親にはいつもお世話になってるからね」
ひかりの両親は海外に出張しており、日本に帰ってくるのは稀だ。その間、那須野家では料理を作れる人物がいないため、こうして朝昼晩と彼女は鷹村家で御馳走になっているのだ。
「はい、出来たよ。悠と美樹を起こしてくるから先に食べててね」
「は~い。いっただっきまーすっ!」
エプロン姿の幼馴染を見送って、ひかりはトーストをパクついた。
弟妹2人を送り出した後、準備を整えて聖一とひかりは家を出た。高校までは徒歩10分ほど。2人ならんで他愛無い会話で歩く。初めて出会った小学生の時から10年間も続けてきたやり取りだ。
「ねねね、知ってる?最近広まってる『新・学校の怪談』」
「・・・学校の怪談に新も旧もあるの?まぁいいや、なにそれ?」
ひかるが説明するところによると、ここ数日夜の誰もいないはずの学校の図書館のカーテン越しに誰かが動くシルエットが映ったりしているという。
「噂では、昔校内で自殺した本好きの学生の霊が徘徊しているんだって~!」
「ひかり、なんでそんなに嬉しそうなの?」
「なんかワクワクしない!?」
「・・・不謹慎じゃないかな」
こんな何でもない会話、何でもない日々が続いていく――――
そう、信じていた。
その日の晩、本家に呼び出された父から驚くべき言葉を聞かされるまでは。
―――本家の当主の息子が、秘蔵の書を盗んで失踪した。