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~織田信長編(下)~

清洲城を本拠にした信長は、それまでの居城・那古野城を今回の簒奪劇の協力者だった叔父で守山城主の織田信光に任せた。

しかし―――その信光は何者かによって暗殺されてしまう。信行派による暗殺が疑われるなか、信長が後任として城主に任じたのは・・・






その日、あるひとりの男が当主に呼ばれて緊張した面持ちで出仕してきた。主君から影で『骸骨』と呼ばれているほど頬骨が出て痩せ気味のこの男の名は林佐渡守秀貞(はやしさどのかみひでさだ)。かつては平手政秀とともに当主信長の後ろ盾だった人物だ。だが、いまは信長の器量に疑問を抱き、信行派に属している。

(わしが信行様擁立に動いている事は信長の殿もご存じの事・・・まさか殺されはしまいが、何の用事であろうか)





「おう、佐渡。久しいな」

「は、ご無沙汰しております」

当主の間には上座に信長、そのすぐそばには彼女の夫である生駒吉乃がいた。他に家臣の姿は見当たらず、武にさして長けているわけでもない秀貞だが、襖の裏に刃をきらめかせた者がいないことぐらいは感じることはできた。

「早速用件を言おう。那古野城の事だ。あの城が尾張防衛の要である事は説明するまでもなかろう?」

「無論でございます。織田家重臣としまして、あの城の防衛の任にあたるは経験豊富な信光殿を置いて他にないと思っておりましたが・・・」

秀貞がそう言うと、信長はニヤと笑った。

「いいや、おるぞ。誰だと思うか?」

「は・・・?柴田殿・・・でしょうか。それとも佐久間殿・・・?」

彼が首をかしげながら家中でも武に秀でた将の名を挙げていくが、主君は「違う」と首を振る。

「あまりオレを煩わせるな、佐渡・・・なぜ己の名が出てこぬ」

「え・・・わ、私でございますか!?」

目を見開いて驚愕する秀貞。まさか自らの名が出てこようとは夢にも思わなかったのである。

「そうだ。お主は織田家筆頭家老の家柄・・・何も不思議な事はあるまい?」

たしかに自分は代々織田家に仕える筆頭家老林家の当主だ。しかし自分は目の前の主君を倒そうとしている者の一味で、それは彼女も知っているはず。

まさかの事態に唖然とする秀貞は、「さっさと城に入れよ」と言って部屋を去った信長に対し、「主命なれば仰せのままに・・・」と返事をするのがやっとであった。






『林佐渡、那古野城主に任命さる』――――この報は瞬く間に尾張国中に広まった。動揺した信行派は『秀貞は信長派に走ったか』と疑い、また秀貞もこの空気を察して信行居城・末森城から距離を取った。

離間の策に成功した信長は、さらに有力家臣である佐久間兄弟を味方につけることに成功した。ここに至り、危機感を覚えた信行派は自派の引き締めを図るため佐久間兄弟の討伐を決意。柴田勝家を大将に稲生(いのう)へと軍を進めた・・・






柴田勝家(しばたかついえ)。通称を権六(ごんろく)といい、先代信秀から仕えてきた猛将である。信行の後見人でもあった彼は、信長の奇行に頭を悩ませている家臣の一人であった。織田家を憂う彼は、『勘十郎様こそが織田家を守りたてていく方だ』と考え、信長排斥に加わっていた。

そしてこの日も、何を血迷ったか信長方に付いた佐久間信盛らを討つべく佐久間軍が砦を構えた稲生に軍を進めた。






そして―――思い知った。

(信長の殿は、『うつけ』などではない――――我らが、あのお方の器量を図るには小さかっただけという事か・・・)

こんこんと湧く水を、小さな升で受けきることはできない。すなわち、湧き出る水は信長の才。小さき升は自分たちの器の大きさを表す。

勝家は自分の眼前で突如現れた信長軍に蹴散らされていく我が軍に、認めざるを得なかった。

(信長の殿こそ、尾張を統べるお方)

後に北陸五ヶ国を統べ、主君のもとでその名を天下に轟かす柴田修理亮勝家(しばたしゅりのすけかついえ)が信長陣営の軍門に降るのにそう時間はかからなかった。

そして勝家が軍門に降るのと前後して信行は討たれ、尾張は信長のもとで統一されていくのであった・・・






それから数年後。尾張を統べ、東海の雄・今川義元(いまがわよしもと)を桶狭間に葬った織田信長の姿は稲葉山(いなばやま)城―――否、彼女が新たに名づけた『岐阜(ぎふ)城』の天守閣にあった。

彼女の目の前に広がるのは、戦火から新たに復興して行く城下町の姿―――次に進んでいこうとする町民の姿だ。

「そうだな・・・吉乃。お前との約束を果たさなきゃな・・・」

最愛の夫が死んで一年が経った。元々結婚前から体が弱かった吉乃は、妻が天下を制する足掛かりを築く前に病に斃れた。

最期の日、2人きりになって最後に交わした約束を信長は胸に刻み込んだ。






『ねぇ、吉・・・僕はキミが天下の争乱を治めてくれる人だって信じてるよ』

『な、何言ってやがんだ・・・』

唐突に話し出した吉乃に、信長は戸惑いを隠さずに『いいから早く治しやがれ、馬鹿』と罵った。

『病人の世迷言じゃないよ・・・初めて会った時から、『この人はただの人じゃない』っていうのは何となくわかったんだ』

彼の笑みは幾度も観てきた。でも、ここまで彼は儚い笑みを浮かべる人だっただろうか?

『ね、吉。僕と最期に約束して』

『約束?』

ここまで話し続けて疲れたのか、深く息を吸って『約束』の内容を話した。








『もう二度と戦火で悲しむ人が出ない国を作って。キミならそれができるって僕は信じてるから・・・』

彼が息を引き取ったのは、その約束を交わした日の夜だった。

信長はその翌日から自分を信じてくれた夫の望みを叶えるため、今まで戦ってきた―――








そして――――







戸の外からは剣戟、怒号。鼻孔を突き、彼女の身体を撫でるのは炎。右肩には矢が刺さり、赤き血がとめどなく溢れ出ている・・・

「本能寺・・・ここが、オレの最期の地か」

戸を開き、窓から見えるのは『水地の旗に白桔梗』の紋。アイツ(日向守)が刃を向けてくるなんて夢にも思わなかった―――

「認識が甘かったって事だろうな」

1万余の反乱軍に対し、彼女を守るのは100名ほど。小姓衆が戦ってくれているが、全滅は時間の問題だろう。

「アイツ(吉乃)はオレの物。オレはアイツの物だ・・・髪の毛一本だって、誰にもくれてやるものか」

信長は脇差を抜き、自らに突き立てた―――肩からの傷とは比べ物にならぬほどの激痛と、薄くなっていく意識の中で、信長は最期に詫びた。

(思えば、短い夢だったな・・・悪ぃ、吉乃。お前との約束、果たせなかったな―――)




―――いいえ、キミはよく頑張りました。僕との約束をしっかりと果たしてくれました―――





意識を失う直前、懐かしい『誰か』の声を聴いた気がした――――


1582年に明智光秀によって起こされた軍事クーデター『本能寺の変』。発生までの経緯については現在でも様々な説が取り沙汰されている謎多き事件である。焼け落ちた本能寺から明智軍が総出で信長の遺体を探したが、見つからなかったという。



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