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1、葬儀屋と義姉弟


葬儀屋、松平良彦が現場に着くと、凍て付くような空気がその場を支配していた。

目の前には真っ赤に染まった死体が転がっていたが、それは凍て付く空気には何ら関係ない。

現場には生きている人間が二人いた。一人は童話の挿絵に描かれる妖精のように美しい女性で、それを100%台無しにするほど血を浴びている。おそらくこっちが殺人実行犯なのだろう。

そしてもう一方は凡庸な風貌の青年で、彫像のように表情がなかった。電話の声は男だったので多分自分を呼んだのはこちらの方だ。

本当ならさっさと仕事に移りたいのだが、死体をまたいで女が男を目線だけで殺しそうな勢いで睨みつけている。

美人なだけに睨み顔も迫力が違う。もし間に入って視線が自分に移ったら数秒も持たない。

呆気に取られていると、突然彫像の方がぐりっと首を回して良彦を振り返った。

一瞬ヒッと声を上げそうになってしまったがどうにか耐えた。


「ちゃ、ちゃお」


どうにか挨拶を捻り出すことに成功する。がしかし、思わず素が出てしまった。

良彦は社長と営業を兼ねている。仕事を貰った相手には愛想を尽すが、良彦には今回どういう態度で臨めば相手にとって好感度が上がるのか、男の様子からはさっぱり見当がつかなかった。

自分より2,3歳くらい年下だろうか。まあ、同世代ならこういうノリも理解してくれるだろう。

良彦は開き直った。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!葬儀屋☆松平良彦参上!」


居た堪れないほどの沈黙が返ってきた。

良彦は慌てない。OK。こういうノリは却下ね。学びましたよ。

彫像の方は再びメンチを切っている絵本の挿絵美人の方に振り返ると、何故か身振り手振りで自分の口を指差し、良彦を指差したりして何か言いたそうにしている。

何だこいつしゃべれないのか、と思って良彦は挿絵美人の方を見、彼女の顔色が怒りのあまり赤黒くなる瞬間を目撃した。


「勝手にしゃべれば?!馬鹿野郎!!!!!」


火山が噴火するように叫ぶと彼女はスパーンと男を殴った。


-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-


真っ赤に腫れ上がった頬を無表情に撫でながら、キョウヤは良彦に向き直った。


「すみません、葬儀屋さん。ちょっと、しゃべることを禁止されていたので。さっきの、渾身の自己紹介も反応できなかったですけど、俺は良いと思います」


完全な無表情のまま全く抑揚のない口調でフォローされ、良彦は複雑な気持ちになった。


「はあ、いや。そいつはどうも。……えーと、こいつがご依頼の品?」


床に転がった死体を指差すとキョウヤが頷いた。


「依頼人から、部屋はそのままでいい、と言われています。とりあえず、死体だけ始末お願いします」


「りょーっかい。承り~。じゃあ、回収するんで」


お愛想かどうなのかも良く分からないが、とりあえずさっきの自己紹介が良かったと言われたので、良彦は素のテンションで言った。

待機していた従業員を手招きする。あらかじめ依頼の死体の大きさや特徴は聞いていたので遺体を詰め込むトランクや解体手順は手配済みだ。

従業員が手際よくブルーシートの上に依頼品を置いて解体に入るのを見届けながら、良彦はまじまじとキョウヤを見た。

どこにでも居そうな顔と標準体型を持つ、特徴という特徴のないの若者はいっそ精巧なマネキンだと言われた方が納得のいく表情のなさで解体を見つめている。


「葬儀屋さんは、普段は、普通の葬儀をされている方なんですか?」


「へえ?! あ、はい。そうっすね!一般家庭のもんからヤクザもんのものまで手広くやらせて頂いておりますよ」


マネキンの口が唐突に動いて良彦は仰天して声が裏返った。


「火葬場の死体を焼く時に遺体を置く寝台あるでしょ。あいつにちょっとした細工がありましてね。実はひそかに二段ベッドになってんですよ。上は一般家庭のご遺体、下の見えないようにしてある二段目に人知れず消したい遺体を入れて一緒に焼くんす。で、残った骨は砕いて景気よくぱあっと海に撒いちゃう!」


「なるほど。ロマンチックです」


「・・・ロマン?」


今の話のどこにロマンを感じたのか、良彦はしばし考えた。

多分、海に撒くところか?単語的に海しかロマンというカテゴリに入るものはない気がする。


「で、あのー、さっきの妖精系美人は放って置いて大丈夫なんで?」


良彦は他人のロマン観にはとりあえず触れないでおくことに決め(血まみれの女性を妖精系美人と言ってしまう自分も大概だし)、さっきから気になっていたことを聞いた。

仕事以外でクライアントに関与することは下手すると大変なリスクを伴うが、良彦はそこら辺はフランクだ。入っていける範囲とここから先は踏み込まない方がいい範囲の区別は自分の動物的勘を当てにしている。

実際それで運良くやってきたし、それで下手を打って殺されたなら別にそれでも良いやと割り切ることがコツだ。コツ、とはちょっと違うかもしれないが。


「妖精系……ああ、姉のことなら、怒りが冷めるまで、俺が行くと余計ややこしいので、近づけないんです」


「お姉さんなんすか?!それはまた・・・」


全然似てない。


「義理の、姉です。実際に血は繋がっていません」


「はあはあ。なるほどねー」


手際のいい解体作業はそんな会話の内にもうほとんど終わりかけていた。良彦は腕時計を見て作業に何分かかったか換算する。


「葬儀屋さん。もう一つ、お願いしてもいいですか?」


「え、追加ですか?そうすると料金倍貰っちゃいますけど・・・」


「いえ、遺体じゃなくて。申し訳ないんですが、姉を呼んできてもらえませんか?俺が行ったら、素直に戻ってきてくれないと思うんで」


「え゛俺が?」


さっきの彼女の様子を思い浮かべる。烈火の如く怒った彼の義姉は彼の頬を殴った後、部屋を出る前に良彦に一瞥くれていったが、炎のように怒った直後とは思えない底冷えする視線だった。

仕事柄、色々な殺し屋とも面識があるので、良彦は彼女の自分を見る視線の意味は良く分かった。良彦的に訳すならば、


お前なんざ欠片も信用してねーし、少しでも余分に関わったら殺すぞテメー。


だ。あんな美人なのに身も心もいっそ分かりやすいほど殺し屋らしい思考の持ち主らしかった。ああ言うのはいけない。関わったらヤバイ人種だと本能が告げている。


「実は、ここだけの話なんですが・・・・・・」


キョウヤは秘密の話をするようにそっと良彦に顔を寄せた。無表情な顔が迫ってきて良彦は軽く引いたが、ここだけの話というのに興味を引かれて踏みとどまる。こういう場面でするここだけの話なんてどんな博打ものだろう。


「嫁入り先を探しているんです」


「・・・・・・・・・・・」


良彦は無言でキョウヤの無表情を見返した。


「嫁入り先を」


「聞こえました」


「あ、そうですか?」


良彦は軽く頭を抱えた。キョウヤはその様子に構うことなく話続ける。


「あ、姉はマシロと言います。あんな風なので、家事洗濯はからきしですが、その分一から育てる楽しみがあるというか。筋は良いと思います。料理とか。ナイフを包丁に、持ち帰れば良いだけだと思いますし。どう、思います?」


「ど、どうと言われてもあんた・・・」


つまり、と良彦は思考停止しかけている脳を必死に回転させて整理する。つまり、この男、ついさっき会ったばっかりの俺にさっきの美人殺戮者を嫁に貰ってくれないかと言ってるわけなのか?

冗談めかして言われるならまだ、何を企んでるんだとか考えようもあったが、神妙な様子で、何より無表情すぎて何考えてるのかさっぱり分からない。どう捉えていいのか。あまりのことに絶句してしまう。

不気味だ。

さっきの殺人少女の方がずっと良彦にとって理解できる人種だった。

そうだ。良彦は急に悟った。さっきからこの男に感じていたなぞの違和感があった。最初はあまりに無表情が際立っていたからそのせいだと思っていた。いや、それも一因だが。

この男、あまりに緊張感がなさすぎる。冷静などという言葉では片せないほど。目の前で起こっていることが分かっているのだろうか?自分たちがやっているのは露見すれば人生が終わるレベルの極悪で罪深な殺しだ。金で殺しておいて罪の意識に苛まれろというのではないが、せめて露見したら終わりだというある種の緊張感があってしかるべきだろう。いくら手馴れているとは言え、緊張感があるかないかはまた別物だ。

この男は壊れている。主に危機察知能力的な何かが。危機が察知できないのは、生きる者が等しく持っているべきものが欠落しているからだ。

例えば、死への恐怖とかが。


「やっぱり、いきなり言われても無理ですよね」


キョウヤはカルチャーショックのあまり苦悩している良彦の様子を見て何を勘違いしたのか、そうつぶやいた。


「別に、お嫁さんじゃなくてもいいんですけどね。俺から、引き離せるなら」


「え?そりゃどういう・・・」


「キョウヤ!!」


良彦はその大声にドキッとして振り返った。作業していた従業員もギョッとして手を止める。

けぶるような血を洗い落としたマシロがそこに立っていた。表情はまだ猛烈に怒っていたが血がなくなって妖精度が増している。さらに清廉な真っ白なワンピースなど着ているので一体どこのご令嬢かと言った雰囲気になっていた。


「いやもう、何と言うか。無駄に大きい音を立てないでほしいっす・・・・・・」


思わず本音がポロリと出た良彦に、マシロは殺人光線でも出ているのかという位鋭い目を向けてきた。良彦はちょっと自分の軽口をうらんだ。


「姉さん、機嫌は、直った?」


そう言ったキョウヤと呼ばれた青年に、これでもかという不機嫌な目線が寄越される。


「うん、直ったね」


「え、どこが?!」


良彦はもはや我慢できずツッコミを入れた。


「話しかけてもビンタが飛んでこないから」


「・・・そうすか、苦労してるのネ」


「・・・何仲良くなってんのよあんたバカ?ちょっと、そっちのあほ面も馴れ馴れしくしないでくれる?とっとと仕事終わらせて」


「すみません俺が悪かったです二度と口開きません」


再び殺人光線を浴びせてくるマシロに良彦は全力で謝り倒した。


葬儀屋、松平良彦。妙な殺し屋の義姉弟と知り合った瞬間だった。


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