0. 血で誓った義姉弟
昔から表情があまり変わらない人間だった。
好きでそうしているわけじゃない。感情は動いているのに表情を変えるのが下手くそなのだ。
キョウヤは自分のその状態を<表情筋が不器用>と称していた。
「何、考えてる?」
キョウヤの表情筋が不器用であることを知っている目の前の少女は、無表情で突っ立っているキョウヤに尋ねた。
「悲しい。マシロが、俺のせいで血まみれだ」
マシロはキョウヤが付けた名前だった。マシロに初めて会った時、なんて肌が白くて綺麗なんだろうと思った。真っ白だからマシロ。小さい頃は自分の歩く後をヨタヨタと頼りなげに付いて来た、2歳年下の名無しの少女をキョウヤはそう呼んでいた。
キョウヤの中でマシロはいつでも白いイメージだった。マシロもキョウヤのイメージに合わせているつもりだったのか、仕事のない日は白い服を良く着た。
それが今、余すところなく返り血で染まっている。真っ白な服も、整った白く綺麗な顔も。
「別に。キョウヤのためじゃないわ。気に入らないから殺しただけよ」
マシロのナイフで首を掻き切られた死体が冗談みたいにゴロゴロ転がった通路はシミ一つない白壁と白タイルで覆われている。ついさっきまでマシロの肌みたいだと思いながらキョウヤはこの通路を歩いていた。
今は弾けるように散らばった鮮やかな赤が目に痛い。
近くの死体の服に、刃の血のりを擦り付けて落としながらマシロは鍵束をポケットから取り出した。
キョウヤの鉄で出来た手かせの鍵穴に一つ一つ鍵を差し込むが、なかなか当たりが見つからない。
「監視塔にいた奴らも殺しておいたから、逃げる時間ならあるわ。大丈夫よ。あたしに任せて」
そう言うマシロの手が震えている。震えて鍵穴と鍵がぶつかってカチカチ金属音がする。
キョウヤはその音を聞きながら、マシロが緊張するくらい、今の状況は緊迫しているのだと思った。
「マシロだけで逃げて。俺が行くと足手まといだ」
そう言うとマシロの顔が泣き出しそうに歪んだ。
可哀想なマシロ。名前を付けてやったのがいけなかったのだろうか。後ろから付いて来る彼女の手を握ってしまったのがいけなかっただろうか。仕事が終わるとキョウヤのベッドに潜り込んで眠る彼女を追い出さなかったのがいけなかったのだろうか。
もう何を悔やんでも遅かった。彼女は情を頼りに自分なんかを救いに来てしまった。
出来るなら荷物になる自分など放って今からでも彼女は一人で逃げるべきなのだ。
「マシ・・・・・・」
「あんたは義弟だからよ!」
唐突にマシロはそう言い放つと自分の指を薄く切り付けた。白い指にうっすらと血が滲むのを無表情で見つめるキョウヤ―――彼の表情筋が器用だったら驚いたように目を見開いていただろう―――の口に思いっきりそれを突っ込んだ。
「んぐっ?」
指を突っ込まれた状態でキョウヤは数回瞬きをした。
自身の表情のなさを不器用だからと言うキョウヤだが、何の前触れもなく指を口に突っ込まれてこの程度しか反応出来ないのは、もう不器用と言うより表情筋が生まれつきなかったのではないかとマシロは思う。
口の中に鉄っぽい血の味がじわっと広がった頃、指は引き抜かれた。
「ケホッケホ・・・・・・マシロ、何を・・・・・・」
マシロは答えもせず、手かせが付いたキョウヤの手を取ると、自分の指と同じように小さく切り傷を付けた。手かせでずっと手首を固定されていたせいか、血の流れが悪くなった冷たい指先は何の痛みも感じない。
血が滲んだ指をマシロが口に含んだ時、ようやく痛みが走った。
冷え切った指のせいでマシロの口の中はひどく熱く感じる。傷口をマシロの舌がざらリと抉った。
「これで私たちはたった今から、血で誓った義姉弟よ。裏切ることは許さないし、勝手に死ぬのも許さない。分かったわね?」
指から口を離すと、マシロはビシッと言い放った。
キョウヤは相変わらずの無表情でマシロを見つめ返している。
マシロはひどく落ち着かない気持でキョウヤの反応を待った。こういう時、キョウヤの無表情は驚異的に思考を悟らせないことに貢献する。
「・・・・・・年上の俺が弟なのは?」
投げかけられた素朴な疑問に、構えていたマシロは拍子抜けしてガクッと膝を落としかけた。
「・・・・・・お間抜けなあんたが兄とか有り得ないわ」
キョウヤの背景色がうっすらと悲しみ漂う青色になったような気がした。顔が無表情でも付き合いが長くなるとないはずの背景色が見えるようになる。
「弟は弟らしく、姉に守られているのが役目なのよ」
手かせの鍵を探す作業に戻りながらマシロは呟いた。
キョウヤはそれきり何も言わなかった。
真っ白で、真っ赤な通路に鉄の手かせが落下してガンッと大きな音を立てた。
更新はカメになっちゃうかもしれません。(月2くらいで頑張りたい。。。)
もう一本連載中なのでそっちが終わるまで更新が遅いです。
それでも良かったら読んでやって下さい。




