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第 三話: 『深海弾物語』 翌日.

掲載日:2026/03/02

君は見た――望美の勝利を。


今、読め。彼女が後に受け取った、一通の報告書を。


一つの記録。一つの挑戦。一つの賛辞。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


これは、星野磯子の証言である。


深海弾に打ち砕かれた、かつての打者。

一年と二千回の反復練習で、たった一度「掠った」探究者。

望美の“テル”を見破った、ただ一人の分析者。


彼女の執着ステータス:100/100。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


魔球開発競争は、始まったばかりだ。

あの日、私が望美に敗れた日。**




空気は息苦しかった。暑いんじゃない。ただ……違った。まるで大気そのものが息を潜めて、私がどうするのか待っているみたいだった。一呼吸ごとに、汗とプレッシャーで喉が詰まる。観衆は壁のような雑音だけど、耳に入らない。私の世界は、四角い土の上と、白い円。そして、マウンドに立つあの子。




望美。




一点ビハインド。最終回の裏。私の生還で同点。私の一打でサヨナラ。もう一発、彼女の最高の球と思しきストレートを、私はスタンドまで運んでいた。あの美しい弧線。手に残る、甘い振動。今、彼女は疲れて見える。あのアンダースローの腕の振りは、ただの奇策だ。見世物だ。




バットで彼女を指す。思い知らせてやる。《見えてるぞ。この勝負、もらった》……そう思った。




キャッチャー、つよ子に目をやる。サインは交わさない。ただ、軽く叩く。仕草。二人は密かにやっているつもり。秘密兵器があるつもり。




構える。グリップは確か。狙うはストレート。あの、深淵から這い上がるような、いやらしいライズ。今度はもっと遠くへ、ブチかましてやる。




**一球目。**




彼女のセット。始まった。でも……違う。グラブ側の腕が、大きく弧を描いて身体の前を横切る──閉じるカーテン。初めて見る。何かを……隠してる。一瞬、球を見失う。次の瞬間、カーテンの奥から弾丸が飛び出してくる。速球。でも、その動きに騙されて、反応が遅れた。真っすぐ引っ掛けて、ファウル。チッ。




……いい。探りだ。0-1。




**二球目。**




修正する。グラブは無視。リリースポイントだけを追え。ウインドアップ。同じようにカーテンが閉じる。視界を遮る。捕らえる。来る。速球。身体はもう、ライズを待って跳ねる準備をしている。




球が出る。同じ軌道。同じリリース。




振った。




……消えた。




バットが、無慈悲な空気の唸りを残して空を切る。球は、まるで重力を無視したかのように、世界の果てから落ちていった。キャッチャーミットに、鈍い埋葬の音。トスッ。




**ストライクツー。**




固まる。血の気が引く。……なんだ、今の? 同じに見えた。最初は同じ軌道だった。なのに、死んだ。あの子の持ち球じゃない。ありえない。




振り返る。望美の表情は石像だ。ニヤリともしない。ただ無表情で返球を受け、次のサインを待つ。まるで、さっき現実を壊したのが、当たり前の日常だと言わんばかりに。




**三球目。**




速球。高め。内側。体をのけ反らせる。警告だ。《ここはお前のホームじゃない》。1-2。カウントは向こうに傾いた。同時に、ヌラヌラとした得体の知れない恐怖が、腹の底に溜まる。




……あの球、何なんだ?




**四球目。**




決着だ。つよ子が構える。低め。アウトロー。速球の構え。カーテンが閉じる。同じ軌道。脳が叫ぶ。《落ちるやつだ!》目は速球の軌道を捉える。千本のスイングで刻み込まれた筋肉が、引き裂かれる。




振ってしまった。




20フィート(約6m)は、速球だった。次の瞬きの間に、それは速球じゃなくなる。沈むんじゃない。**堕ちる**。断崖絶壁から落ちる石。バットは絶望的なまでの、過ぎ去った何かへの遅すぎる土下座。




**「ストライクスリーッ!」**




口から漏れたのは、罵声じゃない。純粋な、呆然とした驚愕の吐息。バットは手の中で死んでいる。ベンチは見ない。観客は見ない。ただ、キャッチャー足元の土を凝視する。あの……“モノ”が落ちたであろう場所。




アウト一つ。奴らは、たった一つのアウトを取った。




そして、私は今シーズン、初めて。怒りではなく、**確かな手応えの喪失** を抱えてベンチへ戻った。




彼女は、私を打ち負かしただけじゃない。存在すら知らなかった部屋の扉を見せつけ、目の前でバタンと閉めたのだ。




試合は終わっていない。でも、私の確信は……終わった。




---




**ロッカールーム**は、磨き抜かれた金属と湿ったコンクリートの匂いだった。壁の向こうから、優勝のセレモニーの歓声が、遠く、くぐもって響いてくる。私はそれを聞いていない。




汚れたユニフォームのまま、ベンチに座る。まるで他人のものみたいな自分の手を見つめていた。




この手は、何かを成し遂げるはずの形をしていた。




……成し遂げなかった。




**「ねえ……大丈夫?」**




チームメイトの声は、とても小さかった。ためらい。触れたら壊れてしまいそうなものに触れるみたいに、慎重だった。




顔を上げない。代わりに、自分の手のひらを表に向ける。そこにあるタコと、まだバットの感触を刻み込んだ指の形。




……何も掴まなかった指の形。




**「掠りもしなかった」**




彼女は、そっと言う。「誰もできなかったよ。あの最後の球は、もう……」


**「違う」**




言葉は、彼女が言い終えるより先に、私から抜け出ていた。




**「わかってない。私は、一度だって、掠りさえしなかった」**




私は、ようやく顔を上げた。目は見開かれていたと思う。瞬きもせず、ただの苛立ちとは違う、深い何かが溢れそうになっていた。




**「まるで、噂を振ってたみたいなんだ。自分が想像した幻を。目は速球だって言ってた。あらゆる直感も、今までの経験も、速球だって言ってた」**




拳を握る。関節が白く浮く。怒りじゃない。確かな感触を、必死にこの手に呼び戻そうとしているだけだ。




**「それなのに、いつの間にか、消えてた。最初から、存在しなかったみたいに」**




自分の手を見つめる。




**「……ルールを無視する球を、どうやって打てっていうんだ?」**




誰も答えない。沈黙が、遠くの歓声をまるごと飲み込んだ。チームメイトはスパイクを見て、床を見て、ロッカーを見て。私だけを見ない。




答えはない。あるのは、ただ、世界の果てから堕ちていったあの球の記憶だけだった。




---




**金属バットの反響**と、ネットに吸い込まれる鈍い打球音だけが、湿った空気の心臓だった。全身、汗だく。スイングはもう、怒りも力みも抜け落ちて、機械的だ。空っぽ。何か、自分の中が削り取られたような感覚。




ゴルフ部の友達は、フェンス越しに一分、私を見ていた。




**「練習試合以来、ずっとここにいるんだってね」**




私はやめない。マシンが唸る。低めの球が放たれる。




振る。思いっきり、下から。




……空振り。




球は後ろのネットに、トスッ。




**「解明してる途中」**




**「同じこと、繰り返すだけで?」** 彼女は言う。**「真ん中のストレートすら、もう当たってないよ」**




**「そのうち、当たる」**




また球。また、擦り切れるような必死のスイング。ファウルチップ。




彼女はため息をついて、ゲートを開けた。




**「ううん、当たらない。そのまま続けたら、ただの間違いを、もっと深く刻むだけだよ。一緒に来て」**




**「まだ練習……」**




**「練習、やめる必要があるんだよ。今日だけ。現実の空気を吸って。ネットじゃない、ちゃんとした地平線を見よう」**




私はようやく、立ち止まった。バットが、手の中でだらりと下を向く。彼女を見る。本当に見るのは久しぶりだった。そこにあったのは、ずっと無視してきた《心配》の色だった。




**「お願い」** 彼女は、そっと言った。**「もう、幻の球を追い払う修行みたいなの、見てられない」**




背後で、マシンが無意味な球を吐き続ける。肩の力が抜けた。敗北じゃない。ただ、初めて、疲れたと認めた瞬間だった。




**「……午後だけ」**




バットをフェンスに立てかける。これで解決しない。でも、溺れかけていた私が、初めて岸に向かって足を動かした一歩だった。




---




**夕陽**が長く影を伸ばす、午後遅く。私はベンチに硬く座り、虚空を見つめていた。頭の中では、同じ映像が無限ループする。自分のバットが空を切る音。相手のミットに吸い込まれる、あの鈍い音。幻の球。




**「もう……!」**




友達がブツブツ言いながら、クラブを構える。




**「バンカー、マジ嫌い。天敵」**




彼女はゆっくりと、素振りをする。クラブヘッドが不自然に低く下ろされ──そして、なだらかな弧を描いて、しなやかに上がる。




……私の、死んだ目が、僅かに動いた。




**「……待って」**




**「ん?」**




**「それ、何のスイング?」**




**「ああ、バンカーショット。球が埋まっちゃった時用。球を直接打たないんだよ。球の下の砂を打つ。砂が球をリフトアップする」**




**「もう一回やって」**




彼女、瞬き。**「……え?」**




もう一度。ゆっくりと。意図的に。低い始動。上昇するフォロー。気づけば私は立っていた。手を下げ、同じ軌道を辿る。野球のスイングじゃない。**掬い上げる** 動き。




**「……私のゴルフスイング、真似してる?」**




目が見開かれていく感覚があった。




**「あの球」** 私の声は掠れていた。**「沈むだけじゃない。堕ちる。まるで、穴に落ちていくみたいに」**




もう一度、振る。低く。強く。




**「もし、あるべき場所を打つのじゃなくて……」**




もう一度。




**「……これから行く場所を打ったら?」**




**「……土の中、だね」**




彼女は首をかしげた。




**「いやいや、野球でそれ、絶対ダメなやつじゃない?」**




霧が晴れた。




**「クラブ、借りてもいい?」**




---




**ウェッジ**は、手の中で明らかに異物だった。冒涜的。クラブヘッドを、地面すれすれまで下ろす。頭の中のコーチ全員が、悲鳴を上げている。『手を上げろ。レベルスイング。ミートポイントを引きつけろ』全部無視。振る。低い始動。上昇するフォロー。




**「それはもう、野球のスイングでは完全に、絶対ダメなやつ」** 彼女が断言する。




**「知ってる」**




もう一度。もっと低く。もっと高い。




**「でも、“間違い”だけが、残された手札かもしれない」**




後ろから、声。




**「なに……やってんの、あれ」**




我らがチームのデータマニア。バッグを肩に、呆然と立ち尽くす。




**「ゴルフクラブで、現実逃避の真っ最中」** 友達。




マニアが、目を細める。**「……待って、その動き」**




スマホを取り出す。スクロール。止まる。




**「クリケット、これじゃない?」**




私は、スイングの途中で凍りついた。




**「……え?」**




彼女が見せてくれる。スクリーンの中のバッターは、片膝をつく。バットを地面すれすれに寝かせる。土すれすれを掃くような、大きな弧。




……息が止まった。そこにあった。私の身体が、盲目的に探し求めていた動作が。体系化された、本物の技術として。




**「超低いバウンドの球を、攻めるための打ち方なんだって」**




沈黙。




**「……野球の球を、クリケットみたいに打とうとしてるの?」** 友達の、呆れた呟き。




**「あの子の球を、クリケットみたいに打つんだ」**




マニアが、ゆっくりと口元を歪める。




**「これ、天才か……野球界で一生浮く未来か、どっちかだね」**




私はクラブを返した。




**「いいよ。もう“堅実”には飽きた」**




**「……無様なのは、もう飽きた」**




---




**その夜**、私の部屋は光の洞窟になった。クリケットの動画。ゴルフのメカニズム。物理学のダイアグラム。決勝戦のビデオを巻き戻す。望美の手。カーテンが走る直前。彼女の親指が、動く。人差し指の位置が、変わる。




……**そこだ**。




別のクリップ。別のデプスチャージ。同じ動き。**テル**。彼女は、自分で気づいていない。でも、私は知っている。




ストライクゾーンの下に、線を引く。




**彼女のゾーン**。




午前2時47分。




ルームメイトが、ドアの隙間から目をこする。




**「何やってんの?」**




**「クリケット、勉強してる」**




**「ウチの学校、クリケット部ないよ」**




**「知ってる」**




**「じゃあ、なんで……」**




**「クリケットは、野球が無いことにしてる問題に、とっくに答えを出してたから」**




---




**一ヶ月**。




打席での立ち姿は、完全に異質だった。コーチは大嫌いだ。でも、やらせてくれた。




**「いいだろう」** 彼は言い、私の軸足をトントンと叩いた。**「どうせ狂うなら、せめてバランスだけは保て」**




私は笑った。狂っててもいい。無様より、ずっとマシだ。




20キロのサンドバッグと、6メートルのロープを担いでいた。ゴルフ部の友達が、セッティングを手伝ってくれた。




**「本当に、これでやる気?」**




高さを調整する。もっと低く。もっと。地面から15センチ。




**「確かなことなんて、何もない」** 私は言った。**「でも、やるしかない」**




彼女は一歩下がり、バッティングケージに吊るされた膝丈のサンドバッグを、呆然と見つめた。




**「自分がどれだけバカみたいに見えるか、分かってる?」**




**「分かってる」**




バットを握る。




**「でも、バカは無様には勝る」**




振る。完全に空振り。また。バットが土を擦る。また。掠めるが、バッグは微動だにしない。




また。




**ドスッ。**




コンタクト。バッグは、ほとんど揺れなかった。でも、感じた。掬い上げるインパクト。コンタクトポイントを、バットが上昇しながら通り抜ける感触。




今までのどんなスイングとも、違う。




間違い。でも、間違いこそが正解かもしれない。




50回のスイング。コンタクト、3回。前腕が悲鳴を上げる。氷で冷やして、帰宅。




二日目。




50回。7回。




三日目。




50回。12回。




手のひらに、見たことのない場所に、マメができる。普通のバッティングのタコじゃない。掬い上げるタコ。上昇するタコ。テーピングして、続ける。




動きが、自然になる。まだ完璧じゃない。でも、身体が学習し始めている。低く沈め。体重を軸足に。バットを土すれすれに。爆発的に、振り上げる。掬い上げる。フォローは高く。




**ドスッ。ドスッ。ドスッ。**




リズム。




データマニアが、ケージの外で見ている。




**「コンタクト率、60%まで上がったよ」** ノートを確認しながら。**「対・静止バッグで」**




**「まだ足りない」**




**「静止バッグ相手なら、十分すごい進歩だって」**




彼女は一呼吸置く。




**「時速130キロで、落差1メートルの球を相手にしたら……それが、どうなるかは、私にも分からない」**




私は、再び構えた。




**「だから、確かめに行くんだ」**




**ドスッ。**




---




**夜9時**。コーチがケージに現れた。無言。ただ、見ている。




振る。コンタクト。




また。コンタクト。




また。コンタクト。




サンドバッグに、20連続ヒット。




彼は、やっと口を開いた。




**「軸足、流れてるぞ」**




スイングの途中で止まる。彼を見る。彼はケージに入り、私のスタンスを直す。




**「そこに刻め。振り上げのパワーが逃げてる」**




もう一度。よりクリーンなコンタクト。バッグが大きく揺れた。




**「……良し」**




彼はケージの外に椅子を引きずり出し、腰掛けた。




**「あと50。終わったら、絶対に前腕を冷やせ」**




疲労困憊の中、私は思わず笑っていた。




**「はい、コーチ」**




彼は首を振る。




**「まったく。お前も、あの望美って子も、どうかしてる」**




---




**前腕**が、変わった。存在すら知らなかった筋肉が、浮き出ている。ヘビーコンディショニングを課した掬い上げの反復、一日200レップ。それは私を、再構築した。




手を開く。新しいタコ。違う位置。




トレーナーが、私の脇腹を包帯で巻く。




**「この動き、野球の自然な可動域じゃない。身体が代償動作してる。ローテーションに、無理がかかってる」**




**「……分かってます」**




**「休む必要がある」**




**「休めません。もっと、練習しなくちゃ」**




彼女はため息。包帯を、きつく巻き直す。




**「悪化したら、即中止。絶対だ」**




頷く。私も彼女も、それが嘘だと知っている。




---




**第四週**。




データマニアが、スマホのタイマーをセットする。




**「30秒。クリーンコンタクトのみカウント。空振りはノーカン」**




頷く。低く構える。




**「スタート」**




**ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ**




途切れない。流れるよう。無駄な動きゼロ。バッグは激しく揺れる。合わせる。打ち続ける。呼吸はコントロールされている。心拍数は安定。この動きは、**もう私のものだ**。




**「タイム!」**




止まる。息は上がっているが、限界じゃない。彼女はスマホを見つめたまま、動かない。




**「23」**




沈黙。




**「30秒で、23回のクリーンコンタクト」**




彼女が顔を上げる。




**「……もう、いけるよ」**




まだ微動するバッグを見る。2000レップ。もっとかもしれない。数えるのは、もうやめた。




**「……うん」** 私は静かに言った。**「そうみたいだ」**




---




**一ヶ月**:異質だったスタンスが、違和感じゃなくなる。


**三ヶ月**:真ん中のストレートを、空振りしなくなる。


**六ヶ月**:コーチが、練習を見ても、もう顔をしかめなくなる。




---




**──実戦で試す時が来た。**




でも、トーナメントで同じブロックに並ぶのを、待っていられなかった。機械じゃダメだ。**彼女**と、勝負しなければ、確かめた意味がない。




だから私は、前代未聞の行動に出た。




コーチに、対外試合をセッティングしてほしいと頼んだのだ。相手は、望美の学校。




彼は、正気を疑った顔をした。




**「……直接、挑戦状を叩きつける気か?」**




**「彼女の球に、自分がどこまでやれるか、確かめたいんです。4ヶ月の努力が、意味を持つのかどうか」**




彼は、電話をかけた。




3日後。練習試合が決まった。




---




**オン・デッキ・サークル**で、望美が投球練習をするのを見ていた。




彼女は、何も変わっていなかった。同じアンダーハンド。同じ無表情。同じように、返球を無造作に掴み、歓声など、どこ吹く風。




でも、私は変わった。




打席に立つ。




**七回裏。二死。一点ビハインド。**




土の感触が、違った。柔らかくなんかない。硬くもない。ただ……**私の土**だった。ここに立つ権利は、私が勝ち取った。




望美が、私を見た。




私を通り抜けて、じゃない。私の向こう側、じゃない。**私を**、見た。




一年ぶりに。彼女は、私の存在を認めた。




そして、彼女は……**座った**。




サインは、つよ子から。人差し指一本。速球。




彼女の右手が、シームを掴む。




……待て。




親指が、わずかに動いた。微細な調整。3週間、深夜3時にフリーズフレームを見つめ続けた人間にしか、見えない動き。




**……来る。**




クリケットのビデオを思い出す。バッターが、膝を折る。そして、バットを地面すれすれから、掃くように振り抜く。灰の中から蘇る不死鳥のように。




構えた。覚悟は決まった。




球が、**堕ちる**。




私は、**落ちる**。




掬う。




**カツッ。**




……転がった。




アウト。




でも、私は、全てを勝ち取ったように笑っていた。




**「……掠った」**




息が詰まる。声にならない。




望美は、土を見ていた。




つよ子が、マウンドへ走る。




**「見抜かれてた」**




望美は、自分の右手を見る。そのグリップ。




**「……テルか」** 彼女は、静かに言った。**「私に、テルがあったのか」**




彼女は、ベンチを見た。




私は、チームメイトと笑い合っている。




望美の表情は、変わらない。




でも、その瞳の奥が、**研ぎ澄まされていく**。




**「……面白い」**




彼女は、再びホームプレートに向き直る。




**「もう一度、やれるかな」**




---




**ナイターの灯り**が、優しくフィールドを包む。




**「負けたね」** 友達が言う。




**「うん」**




**「でも、笑ってる」**




**「掠ったから」**




マニアが、大げさに天を仰ぐ。**「勝負、楽しんでるでしょ」**




**「そりゃ、ね」**




車のドアを開ける。




**「……また明日」**




彼女は首を振る。**「マジ、変態」**




私は、笑った。




**「うん」**




フィールドを振り返る。望美は、まだマウンドに立っていた。怒ってなんかない。蔑んでもいない。**好奇心**。まるで、次の一手を、もう組み立て始めているみたいに。




**「でも、もう無様じゃない」**




そして、この勝負も、まだ終わってない。




**──球種開発競争は、まだ始まったばかりだ。**




---




**この報告書は、私の依頼に応じ、磯子自身が書き起こしたものです。再戦後、私は彼女にそのプロセスを記録するよう依頼しました。彼女は、一つの条件をのんで引き受けてくれました──このコピーが、貴方に届くこと。私は、彼女が貴方に、自分が何に触発されたのかを知ってほしいのだと思います。**




**この情報を、どう使うかは貴方の自由です。**




**敬具。**




---




**名前:星野ほしの 磯子いそこ**


**年齢:高校3年生**


**ポジション:スラッガー、クリーンナップ**


**打撃:右投げ右打ち**


**投球:右投げ**


**身長:166cm**


**特技:執念のリサーチ力、異例の適応力**




**【一言で表すと】**


**“不可能の前でも、決して諦めない探求者”**




望美律子(デプスチャージの使い手)に、かつて完全なまでに打ちのめされた少女。4球で三振。バットすら掠めることすら叶わなかった。




その屈辱から、彼女は誰も想像しなかった方法で這い上がった。野球の外に答えを求め、ゴルフとクリケットの技術を融合させる。常識を捨て、「不可能な魔球」へと挑む道を選んだのだ。




**彼女の信念:「勝てないなら、真似るな。研究し、突破する道を探せ」**




---




**標的魔球:『Depth Chargeデプスチャージ』(アンダーハンド・スプリットフォーク変形)**


対デプスチャージ空振り率:100%


知覚球速:約130km/h(ストレートと誤認)


実際の鉛直変化量:-94cm(落差約1m)


コンタクトの質:皆無 → **1/1(ゴロ)**


成功確率(実戦想定):約40%




---




**【身体ステータス】**




パワー    ████████░░ 80/100


スピード   ██████░░░░ 60/100


コンタクト  ████████░░ 80/100(不死鳥後)


スタミナ   ██████████ 92/100


肩      ██████░░░░ 60/100




---




**【メンタルステータス】**




分析力    ██████████ 99/100


執念     ███████░░░ 85/100


適応力    ██████████ 91/100


勝負強さ   ████████░░ 85/100


戦略性    ██████████ 96/100




---




**【固有技:ライジング・フェニックス(Rising Phoenix)】**




┌────────────────────────────┐


│ 難易度: ★★★★★           │


│ 破壊力: ★★☆☆☆           │


│ 精度:  ★★★★☆           │


│ スタミナ:★★★★★           │


│ 実用性: ★★★★☆           │


└────────────────────────────┘




**《概要》**


ゴルフのバンカーショットとクリケットのスイープショットを融合させた、前代未聞のバッティング技術。


バットの始動位置を地面すれすれ(約15cm)まで下ろし、


下から上への弧を描くスイングで、極端な低めの球を“掬い上げる”。




**《習得期間》** 4ヶ月(反復練習2,000回以上)




**《成功率》**


・対・静止バッグ:77%(30秒間23回成功)


・実戦:不明(対デプスチャージ コンタクト1回のみ)




**《身体的負荷》**


・前腕の著しい筋肥大


・腹斜筋の慢性疲労


・異型バットタコの形成




**《弱点》**


・破壊力を犠牲(長打は困難)


・高めの球に対応不可


・投手の“テル”読みが必須




---




**【固有技:テル認識】**




┌────────────────────────────┐


│ 難易度: ★★★★☆           │


│ 精度:  ★★★★★           │


│ 実用性: ★★★★☆           │


└────────────────────────────┘




**《概要》**


投手の無意識の動作から、投球種を予測する技術。


デプスチャージの場合:


1. 右手親指の微細な調整(グリップの変更)


2. 投球側の肩の、わずかな沈み込み




この2つが確認された場合、90%の精度でデプスチャージを識別可能。



**【分析者ノート】**



**“本被験者は、極端な縦変化球を攻略するため、クリケットに着想を得たスイープ打法を開発した。高い障害リスクを伴うが、戦術的には十分に機能する見込み。前腕の負担管理を継続的に要観察。”**

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