21話 ~王国の姫~
出入り口らしき、小さな門を発見した。
いかにも裏口というか、使用人用の出入り口、という感じの小さい門だ。
ものすごく念入りに、エクセルの数式をわざわざ電卓で計算する人のように何度も周囲をチェックして、人の気配を確認する。
シン、と静まり返った裏門付近。
人の気配は、まったくない。
――よし、大丈夫。誰もいない。
(あと、カギは……えっ、開いてる……!?)
軽く門を押してみると、それは意外なほどにアッサリと、向こう側へと開かれた。
警備的に大丈夫なのか? と余計な心配をしつつ、右と左の扉の間をスリ抜けるようにして、ソローリと足を踏み出す。
足音を立てないよう、慎重に。
一歩。また、一歩。
二歩、三歩、四歩――と進んだところで、フッと肩の力を抜いた。
「……よしっ、ようやく……ようやく、解放だーっ……!!」
顔を上げて、両手を伸ばしてグリコポーズで駆け出した。
目の前には、うっそうと生い茂る森。
このまま森へ入ってしまえば、追っ手もついてはこられない。
内心しめしめとニヤつきつつ、スキップ混じりにそのまま突入していこうとした、そんなときだった。
「お、お、お待ちください!!」
頭上。
空の方から、まるでわたあめのように可憐な声が降ってきた。
「……え……!?」
ヤバい、見つかった!!
脳内で、赤い点滅ランプがブブーッと鳴った。
ギギギッ、と錆びたロボットのように首を回して、声のした頭上へ視線を向ける。
なにか。
高い塀の上に誰か――いた。
「あのっ、ま、魔女様!! ち、ちょっと、お話が!!」
「え、あ……お、王女、様!?」
ひらりと舞い降りてきたのは、なんと、あの女王のそばに控えていた可愛らしい王女だった。
キラキラとピンク色の髪がなびいて、スタンッ、と軽やかに彼女は私の目の前に着地した。
箱入り娘とはとても思えない身軽な動きだ。
私がギョッとして目を見張る目の前で、王女はポンポン、と服のよじれを整えた。
「はい、魔女様。わたくし、王女のアウロレシアと申します」
いちごミルクを思わせる甘い色の髪は、とろんとたれ目の可愛らしい顔つきと合わさって、まるで天使のような愛らしさがあった。
年齢は、十八、九才くらいだろうか。
誰からも好かれそうな、ふわふわしたあどけなさを感じる。
「お、王女様がどうしてこちらに……それも、一人で!」
私がニセモノの魔女だからいいものを、もし悪党だったら取り返しがつかない。
警備がガバガバすぎる! 門のカギが開いてる時点で知ってたけど!
「兵士たちは、民衆の混乱を落ち着かせるのを最優先にさせています。……でも、それを気にされるということは、やはり……あなたは、悪い魔女ではないのですね」
王女は、私の目の前でピンと背筋を伸ばして、静かに問いかけてきた。
まだ年若いのに、まるで悟りでも開いたかのような落ち着きっぷりだ。
「えぇと、悪い魔女、というか……そもそも、魔女でもないんです……たぶん」
正直、ハッキリと否定はできない。
だって、ハダカだし。
レアらしい回復魔法使えるし。
副作用(?)で記憶消しちゃったかもしれないし。
それに、この世界の魔女の定義、よくわかってないし。
そんな私の自信のない否定に対して、王女はしごく真面目な顔でうなづいた。
「こうして、わたくしとふつうに会話をしてくださっている時点で、悪い魔女でないことはわかりますわ」
優しい笑顔で言った後、ふぅ、と小さくため息をついて、アウロレシアはうつむいた。
「最近、母は……女王は、おかしいのです。今までは死罪だなんて、よほどのことがなければ言い出さなかったのに」
「いつもは、その……あぁいう感じではなかったんですか?」
「いいえ! 前は、お優しい方でした。でも今は……彼女の機嫌を損ねた兵士や民は、すぐに牢屋に放り込まれるようになってしまいました。突然、重い厳罰をくだすことまで増えていて……魔女様、お助けすることができず、本当にすみませんでした」
王女は、ピン、と再び背筋を伸ばした後、ゆっくりと頭を下げた。
「えっ、そんな! 王女様が悪いわけじゃありませんし! そ、その……私だって、こんな格好で怪しすぎましたし、あ、あはは」
いきなり、国の内情を暴露されてしまい、動揺することしかできなかった。
アワアワと両手を振って後ずさる私を見て、王女はフッとほほ笑んだ。
(うわぁ、カワイイ……でも、王女様、よっぽど心を痛めているんだろうな)
心なしか顔色が悪く見えるし、どう見ても体は痩せすぎだ。
突然変わってしまった母を、女王を、となりで見ていなければならない彼女の心労は、いったいどれほどのものなのだろう。
私が見つめる前で、王女はスッと片手を持ち上げて、真正面の森へそのまま差し伸べた。
「この先は、他国の使者はもちろん、我が国の兵士たちすら通らない、きわめて危険な森です。名前は、魔の森」
「ま……魔の、森?」
「ええ。森の浅い部分には、弱い魔物しかおりませんが……なにせ敷地面積が広く、とても迷いやすいのです。そして、名前の由来の通り……奥地には恐ろしい魔物が存在すると言い伝えられていて、我が国では一般人が立ち入ることを禁止しています」
――それって、めちゃくちゃヤバい森ってことなのでは?
ゾワゾワッと鳥肌が立ち、ごくりとつばを飲み込んだ。
「あと……そうだ。魔女様は、たしかエリアスとも同じ牢に入っておられましたね?」
「えっ……エリアスさん、ですか?」
「はい。彼は王都からの追放という処分となり、魔の森へ放り込まれたはず……今から向かえば、追いつけるかもしれません」
「……えっ!?」
自分の処刑騒動でスッカリ頭から抜け落ちていた。
確かに、エリアスも自分で『王都から追放になるかも』と言っていた。
(ああ、故郷へ連れて行ってもらう約束……!!)
あわあわと慌てだした私を見て、王女は目を閉じ、祈るように両手を組み合わせた。
「魔女様、お気をつけください。最近は、魔物たちの活動がずいぶん活発になっているとのウワサです」
「あ、ありがとうございます。あの……王女様は、わざわざそれを伝えるために、この場所まで?」
魔女と呼ばれ、処刑されかけた見ず知らずの罪人のところへ。
まだ幼い、しかも王女という立場の女の子が、ひとりで。
アウロレシアは、両方の眉をさびしそうに下げると、声をふりしぼって、言った。




